Halloweenの悪魔
図書室でゴコウム



-2-

「じゃあ、お買い物券のお話はこれで終わりにして朝ごはんにしましょう。アルデュラ様がきっと首を長くしてお待ちですよ」
「あ、そうだった」
エネルのダンスのせいですっかり忘れていたけど、アルはキッチンでつまみぐいをするために僕らより早く起きたのだ。
そうやってたくさん食べるせいで、あっという間に僕と同じくらいの背になったんだなって思いながら朝ごはんの部屋に行くと、ニーマさんの言った通り、アルはテーブルについたままのびあがって僕らが入ってくるドアのほうを見ていた。
「遅いぞ、レン」
「ごめんね。エネルにダンス見せてもらってたんだ」
そう言ったらアルは「ああ、あれか」って顔になった。
「俺は3番まで覚えたぞ」
「え? 3番もあるの?」
ニーマさんが殿下に聞いたところによると、『毎日一個ずつで一年分』あるらしい。
「それはすごいね」
エンデの一年が何日なのか知らないけど、どんなに短くても100日くらいはあるだろう。
「『今日は何の日』っていう感じの歌なのかな?」
「『きゅー』とか『ぷー』とかばっかりで、意味はぜんぜんわからないけどな」
テーブルにごはんのお皿が並ぶまでの間、アルが覚えたばかりの3番を歌ってくれたけど、エネルのときと違ってすごい呪文みたいに聞こえた。


いつもよりゆっくりな朝ごはんとお茶が終わると、ニーマさんがこほんとせき払いをした。
「今日は剣のお稽古も呪文の授業もお休みです。なぜかと言うと、大事なお仕事があるからです」
そう言ってアルに渡したのは「はらいの儀式」をした町の町長さんからの手紙だった。
「返事を書くんだな?」
「はい」
『ジアード領主家を代表してのお返事になりますので、くれぐれもご丁寧に』というのがばあやさんからの伝言だった。
「僕も一緒にいていい?」
書いてるところを見られるのは僕ならちょっと恥ずかしいなって思うけど、アルはそういうのはぜんぜん気にしないので「もちろんだ」と答えた。
でも、ニーマさんの話には続きがあった。
「今日はレン様もご覧になっているだけじゃだめなんです。実は、同じお仕事があるんです」
ニーマさんの手には封筒がもう一つ。
「こちらは町長様からレン様に」
「本当に僕?」
「はい。宛名をご覧ください」
このためにわざわざ練習してくれたんだろう。
表に書かれた名前はちゃんとひらがなになっていた。
「公式の文書ですので、中身はちょっと難しい文字なのですが」
でも、大丈夫と言ってニーマさんが指さしたのはシャーベットみたいなオレンジ色の便箋の右上にあけられた小さなダイヤ型の穴。
「これが翻訳の呪文になっているんです」
指で文字をなぞっていくと、代わりに読み上げてくれるらしい。
ためしに一行触ってみたら四角い穴がパクパクして、町長さんの声であいさつをしてくれた。
「ご招待をお受けして式典などにご出席されると、こうしてあとでお手紙などをいただくことがあります。お返事も大切なお役目のひとつですから、今から少しずつ練習しておきましょう」
まず何から書けばいいと思いますかって聞かれて、ちょっと考えたけど。
日本にいるおじいちゃんとおばあちゃんに書く手紙を思い出しながら答えた。
「えっと……『町長さんへ。こんにちは、レンです。お元気ですか。この間はありがとうございました。とても楽しかったです』みたいな感じかな?」
椅子に座っている僕のすぐ横に立っているニーマさんを見上げたら、にっこり笑ってうなずいた。
「そうですね。最初は相手の方のご様子を伺うご挨拶。そのあとで、ご招待していただいたお礼がいいと思います」
その調子でまず自分で書いてから、ダメなところがあったら直してくれると言うので、もらった手紙の翻訳を読み直しながら返事を書いた。
『たくさんのお土産をありがとうございました』というお礼も忘れずに入れた。
「それと、レン様へのお手紙の2枚目には、町長様からのご相談がありますね」
手紙の文字を指さしながらニーマさんが僕の顔を見る。
町で作っているものや、これから特産品にしようと思って育てているものについて書いてあるらしい。
「なんて書いてあるんだろう?」
早く知りたいなって思いながら二枚目を上から指でなぞると、翻訳された町長さんの声が流れてきた。
『いずれは岩山の管理を国に任せ、他の産業で町を運営していきたいと思っております。そこでご相談なのですが、レン様でしたらこの町で何をお作りになりますか?』
難しく考えず、僕がやりたいことでいいって言ってたけど、やっぱり少し悩んでしまう。
「うーんと……そうだなぁ……あっ! 僕、あの花ではちみつ作ったらおいしそうって思ったんだ。花びらで作ったジャムもいいかも」
「それは素敵ですね! 今あちらで作っているハーブのお茶にも合いそうですし……あ、でも―――」
ニーマさんの話ではあのあたりにはハチのような虫が少ないので、蜜を集めるのはちょっと大変かもしれないということだった。
「そっかぁ」
町の人がやることになったら大変だなって思っていたら、またニーマさんが「あ!」って声を出した。
「アルデュラ様のお庭にいる鳥たちを派遣してみたらどうです?」
番人の庭の鳥たちがずいぶん増えたので、少し広い場所に移してあげたほうがいいんじゃないかってちょうど思っていたところなんだって言うのを聞いて、そういえばそうだったって僕も思った。
「鳥はハチの代わりになる?」
「ええ。あの種類は光と水だけあればご飯は食べなくても生きていかれますけど、花や実の匂いが好きなので、蜜や小さな果実を集めたりするんですよ」
番人の庭にも小鳥たちが作った「蜜床」があるらしい。
ときどきこっそりお城の番人がやって来て、キアやルピに頼んでもらっていくんだってアルが言っていた。
「そういえば、家の中より花畑のところにたくさんいた気がするな」
蜜を取るとき花をむしってしまったりしないし、ご飯を食べないからフンが散らかったりしないのも掃除が大変じゃなくていいと思うってニーマさんが大きくうなずく。
「多少羽根は落ちますけど、色がきれいですから、集めて羽根飾りにでもしたらいいですよ」
「うまくいけば、チビたちも向こうで新しい家が作れるしな」
あの町は一年中気候がいいから、小鳥たちもきっと過ごしやすいだろうって。
「そうだね。じゃあ、『声もきれいだし、とてもかわいいです』って書いておこうっと」
町長さんが少しでもいいなって思ってくれたらうれしいんだけど。
「もしこれが上手くいって蜜の試作品ができたら、真っ先に送っていただけますよ」
「そうなったらいいな。僕、はちみつ大好き」
「俺もだ」
ル・ルーク王子にも持っていってあげられたらいい。
きっとすごく喜ぶだろう。
小さくてかわいいビンにすれば中に落っこちたりもしないから安心だ。
そんなことを考えながら、手紙に書くことをメモしていたら。
「はちみつ、いいですねぇ……」
とつぜん後ろから声が聞こえた。
ちょっとびっくりしたけど、半分開けたドアから顔を出していたのはドラゴン隊でシンバルみたいなジャーンっていうのをやってた人だった。
ニーマさんに用事があってきたけれど、僕たちと話している最中だったので終わるのを待っていたらしい。
軽やかに歩くせいで足音があんまりしないから、こんなに近くにいるのに誰も気づいていなかった。
「あら、こんにちは、ファミーノさん。もしかして5番目の中庭の池の橋の補修のことですか?」
「はい、ニーマ殿。一通り終わったのですが、どなたに確認をしていただいたらいいかと思いまして」
「それでしたら―――」
ニーマさんが部屋の隅にあるテーブルに置いてあったベルを鳴らすと、ルピピアがやってきた。
「御用ですか?」
「橋の修理が終わったそうなので、ファミーノさんと確認に行ってもらえますか?」
「はい。お任せください。お庭の管理者のサインはどうしましょう?」
「サンディールにお願いしてください。今の時間なら草取りをしていると思いますから」
ルピピアは普段はお客様の案内をしているけど、一番得意なのは橋とか塀とか石で作ったもののチェックらしい。
「隙間の具合がいい感じとか、雨が100回降ったら崩れそうとか、そういうのがわかるんですって」
「すごいね。みんな得意なことがあっていいな」
僕も何か手伝いたいっていつも思ってるけど、残念ながらまだ役に立てることが見つからない。
エネルだって係の人がお掃除をがんばるエネルギーになってるっていうのに。
「そんなことはありません。レンさまだってご立派にご公務をなさっていらっしゃるのですから、それはとてもすごいことです」
ルピピアがそう言ってくれるんだけど。
「ゴコウムってなに?」
聞き返したとたんくちばしが「あ!」って形に開いて、それを見たニーマさんがコホンと咳ばらいをした。
「ええとですね……つまり、先日アルデュラ様とご一緒に祓いの儀式にご出席されたこととか、いただいたお手紙のお返事とか、そういうものをですね、全部まとめて『公務』とかそんな感じに言うんです」
コウムは他にもいろんな種類があるけど、その中でも「お付き合い」はとても大事なものですからっていう説明があった。
「それで間違ってないですよね」って顔でニーマさんが隣りを見ると、シンバル係のファミーノさんがうんうんとうなずいた。
「そっかぁ。じゃあ、がんばって手紙のつづき書こうっと」
みんなが忙しいときに僕だけ遊んでいるのはなんだか悪いなって前から思っていたから、ちょっとだけでも役に立てるのはうれしい。
「でしたら、レン様のお国の文字に翻訳呪文を添えるのではなくて、はじめからこちらの文字でお書きになったらいっそう喜ばれると思いますよ」
「あ、そうだね!」
文字の勉強をしようって前から思っていたからちょうどいい。
「じゃあ、辞書がいるな。図書室に行くか」
「うん、そうしよう」
司書さんは別の仕事に行っているので今日はいないけど、普通の辞書ならどこにあるかわかるので大丈夫だ。


ファミーノさんたちと別れて図書室に行くと、お掃除担当の人が二人も来ていて、天井まで呪文をまいて念入りにきれいにしたあと、お客様用の豪華な椅子を用意しはじめた。
「あら、どなたかいらっしゃるんですか?」
ニーマさんが尋ねると、背の高いお姉さんがうなずいた。
「先ほど執事室から連絡があったんですよ。エンデを取り仕切っている大賢者さまがお供の方とお忍びでお見えになるから大至急準備してくださいって」
説明していたお姉さんが手でウサギの耳のジェスチャーをしたので、「大賢者様」はグランさんのことなんだろう。
他の人はめったに外に出ないので、お供はきっとエンデールさんだ。
「こちらの植物についての図鑑をご覧になるご予定だとかで」
今朝、ル・ルーク殿下から王様あてに急ぎの手紙が届いたらしい。
それを聞いたアルの耳が少し尖った。
「こぐまはもう文字が書けるのか?」
お姉さんはちょっと首をかしげていたけど、ニーマさんに「殿下のことです」と説明されると真面目な顔で返事をした。
「今回のお手紙は殿下からのご要請を受けて大賢者さまがお書きになったようです」
アルは「そうだよな」って納得してて、それは別にいいんだけど。
「前に僕、殿下をこぐまって呼ぶのはやめてって言ったよね?」
そりゃあ、ル・ルーク殿下はふわふわでちっちゃくてかわいいけど、「エンデの王子様」であって「こぐま」ではないのだ。
「いないんだから別にいいだろ?」
「ダメだよ。それじゃ陰で悪口言うのとおんなじだよ」
「こぐまはまあまあかわいいぞ? 悪口じゃないだろ?」
アルがかわいいと思ってるならそうかもしれないけど。
そんなの殿下にはわからないし。
「そうですねぇ。でも、殿下は最近お兄さんになられた気分を味わっていらっしゃるところですから」
小さい子扱いはやめておきましょう、ってニーマさんに言われて、アルも一応うなずいた。



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