その後、中西がソファでグーグー寝はじめたのを確認してから、樋渡が俺に覆い被さってきた。
「バカ、止めろ」
言うのも聞かずに唇を塞いだ。
声を出すわけにも行かず、口内を弄る舌先から神経を離れさせようと必死になった。
「止めろって」
バタバタもがいたら、やっと唇が離れた。
ふうっと息を吐いて見上げると笑ってる顔が見えた。
「俺、麻貴のどこが好きなんだろうな」
離れたばかりの唇が目の前でそんな言葉を呟く。
「知らねーよ。ったく……」
「こんなに素っ気ない相手をそれでも好きだってどうなんだろうな」
「……だから、おまえが変なんだろ」
おかしいっていうのは前から分かっていたけど。
そこまでっていうのは、何かに取り憑かれてるんじゃないかと思うわけで。
「俺、マジメな話さ、昔はちょっとでも気に入らないと次の女って感じだったんだぜ?」
その噂は聞いていた。入社間もなくの頃だ。まあ、当時の樋渡は見るからにそんなヤツだったけど。
「だったら、なんだよ?」
「……今回は本気だってことだ」
樋渡は笑っていたけれど、少し苦しそうにも見えた。
けど、そんな気持ちを俺に悟られないようにまたキスをした。
「……だったら、なんだって言うんだよ……」
好きだなんて言わないでいてくれたら、考えなくていいのに。
こんなにバカみたいに悩まずに済むのに。
また少しムカついて、無理やり樋渡の手を振り払って背を向けた。
「おやすみ、麻貴」
樋渡の指がそっと髪に触れた。
けれど、それ以上は何もなかった。
そうやってまた日が過ぎて。
昼に会社に戻ってくると、ちょうど中西から電話がかかってきた。
『な、森宮。今日、どう?』
飲み好きとは聞いていたけど。ホントに楽しそうに誘うんだよな。
「悪い。俺、今日はちょっと遅いかも。夕方からアポ先行くんだ」
会社に戻ってから残務を片付けるから、遅くなるのは分かっていた。
『そっか。残念。樋渡と二人も飽きたしなぁ……っていうか、森宮がいないと樋渡をからかっても面白くないんだよ』
そんなことだろうとは思っていたけどな。
「まあ、行けそうだったら後から行くよ」
『おう。じゃあな。仕事頑張れよ』
中西は意外といいヤツだ。俺らのことを面白がりながらも、ちゃんと心配もしてくれていた。
心配されてもどうにもならないのが難点なんだけど。
7時過ぎに俺の様子を見に来た樋渡はもうすっかり帰り支度をしていて、飲みに行く準備万端だった。
俺はまだ会社に戻ったばっかりで、これから残務整理に取りかかるところ。
とてもそんな状態でもなく。
「なんだ。ぜんぜんダメそうだな」
机に置かれた提案書をパラパラとめくりながら、樋渡が溜め息まじりに携帯を取り出した。
「ああ、遅くまで飲んでるつもりなら、後から行くけど」
そんな会話に進藤が首を突っ込んできた。
「何? 飲み? 俺も交ぜて〜」
進藤は飲み会の雰囲気も酒も大好きだから、こういう話には反応が早い。
「進藤、もう終わんのか?」
「俺? いつでも。今日は乗らないから止めにした」
ってか、飲みって言葉を聞いた時点で乗らなくなったんだろうけどな。
「なら、行くか? 俺の大学ン時の悪友が一緒だけど」
中西に電話をかけて、俺が来られそうにない事と進藤が一緒に行くことを伝えた。
「樋渡の友達? 面白そうだな。森宮は知ってるの?」
「ああ、何回か飲んだ。いいヤツだよ」
進藤は「ふうん」という返事の後、あたふたと机を片付けると上着を羽織って元気よく戻ってきた。
「いいよ、樋渡。準備オッケー」
お先にと言って出て行く二人を見送ってから、俺は応接に走った。窓際に寄って携帯のボタンを押す。
もちろん相手は中西だ。とにかく口止めをしなければと慌てたが、電話の向こうで中西は真面目な声で俺を宥めた。
『俺もそこまで野暮じゃないつもりだけどな』
「けどさ……」
『おまえらがヤリにくくなるようなことはしないって。一応、俺は樋渡のマジ恋を応援してるから』
「ならいいけど……」
そう言った途端に中西が笑い転げる。何かと思ったら、
『応援して欲しいってことかぁ?』
なんて言いやがって。
あー、もう……。
「じゃなくて。気を遣えるデリカシーがあって良かったってことだよ。ついでだから、樋渡が暴言を吐かないように見張っててくれ」
声を荒げる俺を中西は笑ったまま緩くかわした。
『ラジャー』
って、ホントに大丈夫かな、中西……。
酔っ払ってうっかりなんてことがないといいけど。
暗くなった携帯の画面を見ながら、ふっと息を抜いた。
「……そう言えば、中西の酔ったところはまだ見たことがないな」
なんとなく。
一抹の不安が過ぎっていった。
結局、心配になって仕事もそこそこに樋渡たちが飲んでいる店に行った。
いつもの居酒屋。俺のマンションから徒歩4分。
進藤の家はそこから一駅先。中西は反対方向の三駅目に住んでいた。
「お、来たか、森宮〜」
中西が真っ先に俺を見つけた。進藤もにこやかに手を振っている。樋渡の機嫌は……まあ普通。
ってことは、少なくとも進藤には知られていない。
ほっと胸を撫で下ろした。
ビールを頼んで乾杯をしたあと、進藤が不意に俺に向かって聞いた。
「森宮は中西になんて言われた?」
「え?」
一瞬ドキッとしたが。
「俺、『森宮の友達ってカンジだなぁ〜』って言われたよ」
「あ、ああ、第一印象か。俺は……」
イメージ違ったな、だったっけ。
けど、これ、言えねーよな。
「……忘れた」
流そうとしたのに中西がうっかり口を滑らせた。
「森宮のことはさ、会う前に樋渡に聞いてたんだけど、会ったらイメージ違ったんだ」
「へえ。どんな風に?」
しかも、焦ってる俺を尻目にまだしゃべり続ける気満々。
「樋渡が『可愛い』とか言うからさ、もっと女の子っぽいの想像してたわけ」
口止めなんて何の役にも立ってねえじゃねーか。
くっそ〜……
「そっか」
進藤はにこにこしたまま中西に言葉を返した。
「森宮、会社でも『王子さま』って呼ばれてるんだ。ちょっと口は悪いけどね〜」
「ふうん、王子さまね。うん。そんな感じだ」
進藤は酔っているわけじゃない。もともとがそういう性格なんだ。
疑ったり深読みしたりはしない。
とりあえずホッとした。
俺がこんなに焦っているのに、樋渡も中西も普通にしてるのがムカつくけど。
その話題はなんとかやり過ごして、進藤がトイレに立った隙に中西にもう一度念を押した。
「えー? 別にいいだろ? 進藤は素直だから妙な勘ぐりはしないよ。却って嘘なんかつかない方がいいんじゃないか?」
そうかもしれないけど。
言いくるめられているような気もするような、しないような……
「で、森宮の俺に対しての第一印象は?」
俺が考え込んでいる間に話はもう違う方向に行っていた。
「え? ああ、樋渡の友達っぽいなって」
「進藤と同じ事言うんだな」
「だって、ホントにそれっぽいからな。いかにもつるんで遊んでたっていう……」
中西がゲラゲラ笑い出すから理由を聞いたら、
「口、悪いってホントだな」
と答えやがった。
「中西に言われたくないねーよ」
「ホント、野郎なのになぁ」
「その話はするな」
それでも樋渡は笑っているだけだ。
樋渡は誰に知られても平気なんだろうか。
中西みたいに長年付き合ってるヤツに知られても気まずくなったりしないんだろうか。
……まあ、樋渡だから、そんなことくらいじゃ怯まないんだろうな。
そんなことを考え出したのは、きっと、進藤に知られるのが嫌だったから。
けど、隠したままでずっといるのもなんだか嫌で、また気が重くなったから。
何でも話してきたのに。
―――だから、樋渡は中西に話したんだろうか。
ふとそんな気持ちになって、チラッと樋渡を見たら、絶妙なタイミングでウィンクされてまたムカついた。
「じゃあ、お先」
もう少し飲みたいという中西と進藤を置いて、俺と樋渡は先に帰った。
中西のピッチが早くて、俺も樋渡も結構酔っていた。
進藤は「まだまだこれから」なんて張り切ってたけど。
「あれ?」
部屋の前まで来て、はた、と気がついた。
「どうした、麻貴?」
「俺、鍵忘れて来たみたいだ」
「会社か?」
「んー、どうだろ??」
いや、ポケットに入れていてどこかで落としたのかな?
まあ、いいか。
とりあえず樋渡が合鍵でドアを開けた。
こういう時は樋渡も便利だけどな。
部屋に戻って、シャワーを浴びるとすぐに樋渡がちょっかいを出してきた。
「やっと週末だな」
せいせいした声で言うんだけど。
「おまえ、全然疲れてなさそうじゃん」
何がそんなに嬉しいんだよ、と思ったが。
「もちろん、疲れてないぜ。覚悟はいいか?」
俺は反射的にソファから立ち上がった。
「何? 麻貴ちゃん、ベッドに行く気満々?」
「じゃねーよ。触るな。俺は疲れてるんだから」
「そっか、もう眠いんだな? いいぜ、遠慮なく寝ろよ」
疲れてる上にこの酒量。身体もまともに動きそうにない。
……最悪のパターンだ。
「おやすみ、麻貴。俺は麻貴が寝てからゆっくりさせて貰うから」
「おまえ、それ犯罪だぞ??」
不毛な会話だとは思いつつ、一応できる限りの抵抗はしておかないと。
「ドメスティック・バイオレンス?」
「バカ、おまえ意味分かって言ってるのか??」
「家庭内暴力」
「どこが『家庭』なんだよ??」
「恋人に対しても使うだろ?」
そもそもそこからして間違ってるんだ。
「恋人じゃな……んっっ」
俺が言いかけると俺の手を押さえて口を塞ぐ。卑怯なヤツ。
お互い短パンにTシャツだから、身体がどこまでイッてるかなんてすぐに分かる。
「麻貴、酔ってる時の方が反応いいな」
怠い、眠い、身体が重い。
もう、抵抗しようなんて気はなくなってた。
どんどん思考回路が眠ってしまい、本能だけになるのも時間の問題だ。
「本当はどんなに抵抗されても意識がある時に抱きたいんだけどな」
どうでもいいだろ、そんなこと。
ヤルだけなのに。
「ごめんな、麻貴。けど、我慢できないんだ」
溜め息交じりの樋渡の声が遠くなっていった。
酔っ払ったからって、意識がないわけじゃない。
朝になってもちゃんと覚えている。
「麻貴、大丈夫か? 痛かったら言えよ?」
こんな風に樋渡がずっと俺の身体を気遣うことも。
それに対して自分が返事をしたことも。
樋渡の身体にしがみついたことも。
「……ん、ん、、、いいっ……」
俺の意識がどんなに希薄になっても、樋渡は無理な事はしなかった。
いつもと同じように丁寧に身体を解す。
髪に指を絡めて深く口付ける。
「……りゅ……いち……」
名前を呼ぶ事が樋渡にとってどれだけの意味があるのか知らない。
けれど。
樋渡はすぐに俺の中で果てた。
俺をギュッと抱き締めたまま、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
息が整うと何度もキスをした。
もっと意識がはっきりしていたら、やめろと言ったかもしれない。
心臓と喉の奥の方が痛くて堪らなかった。
泣き出す直前のような苦しい気持ちになって、俺は無理やり意識を手放した。
中西が夜中に鍵を持って来た時、俺はぐっすり眠っていた。
多分、樋渡の隣りで。腕枕をされて。
不穏な空気と話し声に気づいて、目を擦りながらモソモソと布団から顔を出したのはもう朝も近いという時間。
樋渡は短パンだけはいた状態でベッドの上に座っていた。
そして真正面には中西がへらへら笑って立っていた。
「……なにしてんだよ……中西」
中西はネクタイを緩めてワイシャツのボタンを三つも外しただらしない格好で手を振っていた。
「森宮ぁ、鍵、落としただろ? 持って来たよ〜」
っつーか、酔っ払っていた。
「ああ、サンキュ。テーブルに置いて……」
言いかけて上半身だけ起こした時、全てが空白になった。
中西の後ろに進藤が立っていたんだ。
魂が抜けたみたいに呆然とした顔で。
狭いベッドに俺と樋渡が一緒に寝てたら、そりゃあ驚くだろう。
しかも、俺なんて一枚も服を着てない。
「インターホン……壊れてて、勝手に、鍵開けて……入って来たんだ」
進藤の切れ切れの説明が頭を素通りして行く。
「ごめん、俺、そういう関係だって知らなくて……」
当たり前だ。気づかれないように必死だったのに。
なんて説明すればいいんだ。
進藤は酒のせいで顔が赤かった。それでもこの状況を目の当たりにして、一気に酔いが醒めたようだった。
「じゃ、森宮……俺、帰るから……」
踵を返す進藤を中西が引き止めた。
「いーじゃん、進藤〜。泊まってけよ〜。友達なら祝福してやれって」
急にそんなこと言われて、冷静に答えられるヤツなんていない。
進藤も当然固まったままだった。
「……しなくていいよ……俺ら、そんなんじゃ……」
空白の脳ミソでやっと答えた。
そしたら進藤が心配そうな顔をした。
「……付き合ってるわけじゃない……の? 森宮、それって……」
重い空気の中、中西が冷蔵庫からウーロン茶を持って来た。
「ま、進藤も座れって」
無理やり進藤をソファに座らせて、グラスを握らせた。
落ち着こうとして一気にそれを飲み干す進藤を見ながら、言い訳を考えた。
ああでもない、こうでもないとあれこれ思い巡らせたけど。
でも、どう説明してもおんなじだ。
樋渡と付き合ってるのかと言われれば、それは違うような気がした。
だからと言って、身体だけってわけでも……
その間に樋渡がベッドの下に落ちていた服を拾い、無言で俺に手渡した。
樋渡は慌ててもいなかったし、困った顔もしていなかった。
なのに、なんの説明もする気はなさそうだった。
視線を移した先では中西が一人で楽しそうにしていた。
「進藤、ナンの心配してんだよ〜。森宮だって嫌だったら、嫌って言うよ。樋渡の言いなりになる性格じゃないだろ?」
「そうだけど……」
進藤は多分わかっていた。俺がこの状況をいいと思っていないことを。
「大丈夫だって。樋渡も森宮もあんなだからさ、まだ、ちょっと噛み合ってないんだけどな〜」
中西は話しながらも進藤に二杯目のウーロン茶を注いだ。
その後、俺と樋渡にもグラスを差し出した。
中西は、もしかしたらぜんぜん酔ってないのかもしれない。
それどころか、わざと進藤をここに連れてきたんじゃないかとさえ思った。
「なんていうかさ、樋渡がベタ惚れで。ちょっと突っ走ってるんだよね〜。だから、森宮の気持ちがついて来てないんだ。けど、もう少しゆっくり進めるんなら、大丈夫だと思うんだよ」
進藤はグラスについた水滴を指で拭いながら、ふうっと深呼吸した。
「樋渡は今まで散々遊んだ経験をムダにせず、森宮の気持ちを待ってあげないといけないんだけどさ。森宮がむやみに樋渡を拒否するもんで、どうもムキになるみたいで……」
バカだよなぁ、なんて笑われても樋渡は何も言わない。
「そりゃあ、なかなか、すんなりは……なんて言うか、いろいろ大変だと……」
進藤が口篭もる。
できれば考えたくない事まで想像せざるを得ないこの状況。
俺が進藤の立場でも相当イヤだもんな。
進藤が今何を思ってそのセリフを言っているかなんて、考えたくもなかった。
「それは俺も分かるんだけど。森宮がさ、よりによって樋渡の気持ちを真っ向から拒否するんだよ。男同士だから寝るのが嫌っていうんなら、仕方ないとは思うんだけど」
当たってるんだろうな、となんとなく思った。
中西の言う通り、どんどん先に進んで行くのが怖かった。
なのに樋渡はいつも楽しそうだった。自分の好きなようにして、俺の気持ちなんてどうでもいいみたいに見えたんだ。
そういう樋渡を受け入れられなくて、きっと何度も傷つけた。
今だって樋渡はただ真っ暗な窓の外を見てるだけ。
何を考えてるんだろう。
それが分かればいいのに……―――
「聞いてみればいいじゃんか」
中西が俺の前に顔を出してニッカリ笑った。
「……えっ??」
「樋渡に、『今の、どう思った?』ってさ」
「あ、え……??」
気持ちを読まれてうろたえていると、樋渡が窓の外を見たまま口を開いた。
「……麻貴が、逃げるんじゃないかと思ったから」
空ろな口調だった。
「だからって混乱してる森宮を無理やり引っ張って行っていいと思ったのかよ?」
「……思ってなかったけどな」
その声には溜息がまじってた。
「バカなヤツだな。嫌われたら元も子もないんだぞ?」
「分かってたよ。けど……快く受け入れるはずないだろ? 考える時間なんて作らない方がいいって思ったんだ」
普通の恋愛だと樋渡が言った。
どこが普通なんだと俺は思った。
何度好きだと言われても、そんなことあるはずないって思い込んでいた。
けど、樋渡も悩んでたんだな……―――
進藤はぽかんと口を開けて聞いていた。そして、ぽかんとした顔のまま呟いた。
「……樋渡、本気なんだね」
「ああ……そうだよ」
樋渡らしくない暗い声。
「で、森宮はどう思ってるんだ?」
中西の口調だけが妙に明るかった。マイクの代わりにテーブルに置いてあったテレビのリモコンを俺に向けた。
「どうって……俺」
「その様子じゃ、多分、森宮が一番分かってないな」
中西はこの空気を物ともせずにクックックと笑った。
コイツが言うとおり、俺は分かってないと思う。
一番肝心な樋渡の気持ち。
何度も言われたのに。
――――……その上、自分の気持ちも分かってない。
「で、どうするんだ、森宮は?」
そんなこと言われても……
「俺、樋渡のこと、そんな風に……」
また、傷つけるのかもしれない。
先に進みたくなくて、自分を守りたくて。
「じゃあ、荷物まとめて出て行けって、そこまで言ってやった方がいいぞ? 生殺しは良くない」
「え? あ、うん」
俺の返事と同時に樋渡が視線を部屋に戻した。
中西と進藤の存在を感じていないかのように、真っ直ぐこっちを見て。
言葉の続きを待っていた。
「す……好きにはなれないかもしれないけど……一緒にいるのは、別に……」
ぜんぜん生殺しだよな。
けど、曖昧なままなら続けて行かれるような気がしたから。
「それじゃ今までと一緒だよ、森宮ぁ」
中西は笑いを堪えていた。
「うん……そうだな……」
曖昧なままでいいから、もう少しこのままでいたいと思った。
それがダメなんだってことは分かってたけど。
でも。
うつむく俺の髪を樋渡の指が梳いた。
「いいよ。それで」
あんな煮え切らない返事を聞いても、樋渡はにっこり笑ってた。
「樋渡も。そんなこと言ってまた突っ走ったら、森宮を悩ませるんだぞ?」
「今度はちゃんと待つから大丈夫だ」
妙にすっきりした顔で樋渡が言い切るもんだから、ついに中西が笑い出した。
「ゲロ甘ぁ〜。ホント、甘いよ、樋渡は」
つられて進藤も安心したように笑みを見せた。
空が明るくなってきて。
中西一人がまだいろんなことを話し続けて。
樋渡の昔話とか、ナンパで玉砕した時のこととか、そんな他愛もないことだったけれど。
いてくれて良かったと思った。
「けど、良かったよ。部屋に入って、森宮が樋渡と寝てるの見たとき、俺、どうしていいかわかんなかったしさ。また気まずくなるんじゃないかって心配した。あの時みたいに……」
進藤はそこまで言ってから『あっ』と口を押さえた。
「……もしかして、森宮……三年前のってケンカじゃなくて……?」
その疑問には中西があっけらかんと答えた。
「樋渡が森宮を押し倒したんだよ〜ん」
もうここまできたら何を話してくれても構わないけど、それにしても、そこまで楽しそうに言わなくてもいいんじゃないか??
「な、な、なんで、それで怒らなかったわけ?」
進藤がまたフリーズした。口だけがパクパクしていた。
「怒ってたよ。それなりに」
意外なほどあっさりと返事ができるのは、きっと隠し事がなくなってすっきりしたせい。もう昔の事なんてどうでもよかった。
「あんなに熱出すほどショックだったのに?」
「なに? 森宮、熱出したの??」
中西は新たなネタに遠慮なく食いついた。
「ショックで熱出したわけじゃないって。すっごい二日酔いでさ、気持ち悪くて。散々吐いて、その後シャワー浴びて、濡れたままぼーっと外歩いてたら、風邪引いて……」
あんな酷い風邪を引いたのは生まれて初めてだったかもしれないけど。
「麻貴、酒のせいで吐いてたのか?」
それまで黙っていた樋渡が不意に口を挟んだ。
「え? あ、そう、だけど……」
樋渡は何故かそこでめちゃめちゃ大きな溜息をついた。
「……なんだよ?」
「なんだよって……俺、てっきり……」
ああ、そうか。あの時、抱き締めてた樋渡を振り切ってトイレに駆け込んだんだっけ。
しかも、終わった直後だ。
酒のせいなのか、行為のせいなのかなんて今さら俺にも分からないけど。
「……まあ、いいんだけどな。どっちにしても悪いのは俺なんだから」
「そうだよ」
当然だ。いきなりあんなことされたんだ。そりゃあ、ショックのせいもあったに違いない。
思い出して、なんとなくムッとした時、中西と目が合った。
「……どうでもいいけど、森宮ってさ」
「ん?」
中西はまだ笑っている。
「マイペースなんだな」
中西にだけは言われたくないけどな。
「左利きだもんな」
「そんなの関係あるかよ?」
「しかも、B型だしな」
進藤までそんなことを。しかも笑ってるし。
「ぜんぜん関係ねーだろ?」
「あるよ」
三人が一斉に答えた。
ちなみに樋渡はA型だ。両親共にA型らしい。
「なんか、そんな感じ」
0型の進藤がそう言って笑った。
「じゃあ、俺って何型だと思う?」
中西の問いに全員が「0型」と答えた。
血液型で性格が決まるなら、進藤と中西は同じはずだ。
絶対、そんなの当てにならない。
「でも、麻貴はB型だよな」
「どういう意味だよ??」
樋渡に言われると特別にカチンと来るのは何故なんだろう。
一眠りして目が覚めた時、中西は何一つ覚えていなかった。
自分がなんで俺んちにいるのかさえ分かってなかった。
「おまえなー……」
思わず立ち上がった俺を進藤が宥めた。
「いいじゃない。俺、話してもらって良かったよ」
そう言って進藤が笑うから。
だから、俺も中西を許した。
ちょっとだけ感謝もして。
「これからは遠慮せずになんでも相談してよ。まあ、俺で役に立つかはわかんないけど」
ちょっと照れながら言ってくれる進藤にも本当に感謝した。
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