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樋渡と中西とは苦楽を共にした仲のはずなんだが、たまに妙に険悪な気配を感じさせる時がある。
ま、俺には関係ないけど。

「おまたせ」
中西が眉をひそめた。
「なんで樋渡付き??」
「それは俺のセリフだ。なんでおまえが麻貴を誘うんだ?」
「別に〜、理由なんてないけどさ〜」
進藤と二人の時は何も言わないくせに。中西の時だけ警戒するのはヤツに彼女がいないせいなんだろうか。
だからって心配することなんて無いと思うのに。
「何買うんだよ? さっさと済ませて帰るぜ?」
樋渡のこの不機嫌さも久しぶりだな。
「ちょっとその辺をフラフラするだけだよ。樋渡が買い物嫌いだから中西と出かけることにしたんだろ?」
「中西を誘うくらいなら俺が一緒に出かけるよ」
てっきり中西がぶははと笑うのかと思いきや、真面目に顰め面をされた。
「過保護もそこまで行けばすごいよな。おかしいぞ、樋渡」
「笑い飛ばさないおまえの方がよほどおかしいと思うけどな?」
なんだよ、この空気は??
俺が思っているよりずっと険悪じゃないか?
「そんなこと別にいいだろ? な、樋渡」
宥めても聞こえないらしい。
「中西の性癖を知ってるだけに麻貴と二人で外出はさせられないんだよ」
ってことは、中西もそのケがあるのかな。
なんと言っても樋渡の友達だからな。それにちょっと不思議な雰囲気のヤツだし。
「麻貴には手を出すなよ」
「街中で手なんか出せるわけ無いだろ?」
中西も真面目に答えてるもんな。
「あのさ、その険悪な雰囲気、やめてくれねー?」
それを聞いて二人同時にムッとした。
俺に当たられても困るんだけど。
なんかあったのか?
不機嫌な顔で歩くし。口利かないし。
「あのな〜……嫌なら二人とも帰っていいんだけど……」
そんなことを言うと二人して相手に「おまえ、帰れよ」とか言うんだよな……
「あ〜……もう……」
仕方ないので進藤に電話をかけて助けを求めた。
進藤はまだ外でフラフラしていたらしく、すぐに待ち合わせた場所に来てくれた。
「うわ〜、マジですっごい険悪なんだ」
「だろ?」
「まあ、しかたないよ。昨日ケンカしたばっかりじゃね」
「……へ?」
俺は知らなかった。
樋渡はそんなこと一言も言ってなかったし。
しかも、昼間はそれなりに普通に話してた。
なんで、いきなりこうなるんだ?
「彼女を樋渡に取られたんだって」
進藤が俺の表情を読み取って説明してくれた。
「取ったわけじゃないぜ?」
樋渡、弁解っぽい口調。
「同じだろ?」
中西、否定せず。
そりゃあ、険悪にもなるよな。
「昨日さ、中西、樋渡に彼女を紹介したんだ。そしたら『可愛いね、中西にはもったいない』とか言ったらしくてさ」
「それは口説いたことにはならんだろ?」
どう考えても社交辞令だ。
「彼女は口説かれたと思ったんだよ」
樋渡にそんなつもりがなくても、真顔で言われたら勘違いしたくなるかもな。
「それくらいで別れるような女なら、最初からおまえには脈ないぜ?」
「そんなことないっ!」
う〜ん、どうなんだろう。
中西もまあそこそこカッコいいんだけどな。樋渡と違っていかにも遊んでるっぽいところがあって、女の子の受けはよくない。その点、樋渡はなぁ……。
なんの気なしに溜息をついた。
「ほら見ろ、麻貴が誤解してる。嘘だからな、気にすんなよ?」
別に樋渡が女の子を口説いたとか、そんなことは思ってないけどさ。
「んなことは別にどうでもいいんだけど……気まずいなら、俺、進藤と二人で遊ぶから」
二人の間で解決しといてくれよな。
俺らが口出ししてどうにかなる問題じゃないんだし。
「だからって腹いせに麻貴を誘うことないだろ?」
「そんな理由で誘ったんじゃないよ。振られたって言ったら森宮が励ましてくれるって言うからさ〜……はふ〜っ」
ケンカするのに飽きてきたのか、喋ってる最中に欠伸をする中西。
彼女を取られたと思ってるにしては、それでいいのかって感じだけど。
進藤も俺と同じことを思ってるのだろう。ちょっと首を傾げていた。
「まあ、いいけどな〜……」
中西は良くても樋渡は良くないらしい。
「麻貴には手を出すなよ」
「そんなんじゃないって」
中西の面倒くさそうな返事を聞いて俺の方が恥ずかしくなった。
考え過ぎなんだ、樋渡は。
俺が困ってるのを中西はちゃんと気付いていた。
「俺、昔、一度だけカレシってやつがいて、だから樋渡が気にしてるんだよ。まるっきり取り越し苦労じゃなくって」
分かってやれよと言う中西を見て、結構いい奴だなと思った。
ケンカしてたのに。彼女、取られたのに。
ま、苦楽を共にした仲だもんな。お互いの事は分かるんだろう。
ほのぼのした気持ちになっていると、進藤に釘をさされた。
「森宮、それは中西がバイだってことで、しかも取り越し苦労じゃないって言ってるんだから、安心なんかしてちゃダメなんだよ?」
「そうかぁ……?」
だって、中西が俺に接する態度は進藤たちと同じだぞ?
と思っていたら。
「進藤、それはおまえも同じことだからな。他人事と思ってるなよ」
進藤も樋渡に忠告されていた。
俺と進藤は、きっとものすごく普通なんだ。
そう思った。
「酔ってなければ大丈夫だからさ。そんなに警戒しなくていいよ」
中西はあっけらかんと笑っていた。
「まあ、そうだけどな」
それについては樋渡も否定しなかった。

結局、買い物なんてせずに4人でメシを食って家に帰った。
樋渡と険悪な時は4人でいると助かるけど、こういうのはなんかややこしいよな。
俺と樋渡だけでもすっきりしない関係なのに。
進藤がいないと大変なことになりそうだ。




そして。そんな俺の一抹の不安は的中した。

金曜日の夜。
週末気分満喫でぼけーっとしていると、久しぶりに中西がマンションにやってきた。しかも、予告もなしの不意打ちで、その上、かなり遅い時間だった。
一人でこんな時間に来ることは初めてだった。
「どうしたんだ? 珍しいな」
樋渡からは「付き合いで遅くなる」とさっき電話があったばかりだった。
「まあ、入れよ。樋渡、今日は遅いらしいけど」
中西はワイン持参だったが、すでにちょっと酔っ払っていた。
「森宮、明日、休みだろ?」
「だよ」
「泊まってっていいか?」
「ああ。ソファで寝てもよければな」
「ぜんぜんオッケ〜」
中西はいつもよりもさらにちょっとハイだったが、別にそれほど変わったところはなかった。
樋渡の話とか進藤の話とか、世間話とか、そんなどうでもいいことを話しながら、楽しく飲んで、気がつくとすっかり0時を回っていた。
「森宮〜、電話鳴ってるぞ〜」
樋渡からだった。
『接待で朝までつき合わされそうなんだ』
「ああ、分かった。無理すんなよ。こっち? ああ……今、中西が来てるんだ」
中西はトイレに行ってしまっていた。
『中西が? 何しに?』
「酒持って遊びに来た。泊まってくって」
『何で?』
樋渡がムキになる。
「何でって、な……進藤だってたまに来るだろ」
『進藤と中西はぜんぜん違うだろう?』
……どこが??
『もういい。とにかく気を付けろよ、麻貴』
……何に?
ブチっという音と共に電話は一方的に切られてしまった。
なんだ、なんだ、なんだ??
相変わらず訳の分からないヤツだ。
「樋渡から?」
中西はトイレから戻るとまた飲み始めた。
「そう。朝まで付き合わされるらしい」
「大変だなあ」
「ホントにな」
「まあ、俺たちは二人で楽しくやろう」
「ん〜…」
酒が回ってきたのか、欠伸を連発する俺に中西は優しく言った。
「眠かったら森宮は寝てもいいよ。俺、ひとりで飲んでるから〜」
「んー……」
返事はしたものの、半眠り状態。
意識が消えかかる。
カチンとガラスのぶつかり合う音がした。
最後に耳にしたのは中西の声だった。
たぶん、「ぐっすりおやすみ」だと思うけど、最後に「麻貴ちゃん」と言われたような気がした。
唇にふわりと温かいものが触れた。
けど、俺は夢の中だった。



一眠りした頃、周囲の騒がしさに目が覚めた。
「うるさいなあ、静かにしろよ。人が気持ち良く寝てるのにっ……」
酒の抜けきらない身体をようやく起こして、前を見て驚いた。
樋渡と中西が取っ組み合いのケンカをしていたのだ。
「おまえら、何やってんだ??」
二人とも酔ってるから、全力で殴り合ってはいなかったが、そこそこ鋭い攻撃をしていた。
中西も上半身は裸だった。
あっけに取られる俺に樋渡が厳しい口調で言った。
「気をつけろって言っただろ?」
「だから、何に?」
「中西だよ」
「なんで?」
「人の物を盗るのがシュミなんだ」
「中西、何、盗もうとしたわけ?」
中西はへらへら笑っていた。
それで樋渡にもう1発殴られた。
「樋渡、やり過ぎだって……」
樋渡って、キレると恐いんだな。
マジに怒ってるところなんて見たことなかったけど。
「取られたわけじゃないんだろ?」
だいたい、そんなに高価ものなんてあったっけ?
「まだ、何もしてないんだけどね〜」
中西の返事を聞き流して樋渡がベッドまで歩いてきた。怒った顔のままで、ガバッと布団を捲り、俺の身体をじっと見ている。
俺はちゃんとベッドで寝ていたけど、下着以外は何にも付けていなかった。
「なんだよ??」
樋渡がぺたぺたと俺の体を触る。挙句の果てには、パンツを脱げと言った。
「だ……大丈夫か、樋渡??」
酔っ払ってるのだと思ったが、そういうことではないらしい。
「やられてないか、確認するだけだ。」
「……はあ……?」
「だから、まだ何にもしてないって〜」
ようやく事情が呑み込めた。
……俺??
「樋渡の一番大事なもんっていったら、そりゃあ、森宮だろう?」
「……って、中西、俺を襲おうと思ってたってことか??」
「そーいうこと〜」
樋渡がもう1発中西を殴りに行きそうだったので、俺は慌てて樋渡の腕を掴んだ。
「やられたかどうかくらい、酔っててもわかるよ」
「けど、おまえ、酔ってると抵抗できないじゃないか?」
それを、おまえが言うか。
「今日はそんなに酔ってねーよ。眠かっただけで……ほんと、大丈夫だから」
樋渡の手を握り締めた。とにかく、落ち着いてくれと言う念を込めて。
「……中西も酔うと見境ないからな」
樋渡もようやく深呼吸をした。
中西は殴られたばっかりだと言うのに、ひっくり返って気持ち良さそうに眠っていた。明日になったら、今あったことなんてまったく覚えてないだろう。
「樋渡、朝まで付き合わされるんじゃなかったのかよ?」
「抜けてきちまったよ。月曜に課長に怒られるな」
俺のために……だろうな……。
「樋渡、もうちょっと会社での立場とか考えた方がいいんじゃないのか?」
俺が言うようなことじゃないけど。
「そうなんだけどな」
樋渡は面倒くさそうに中西をソファに引き摺り上げ、毛布を掛けてやった。
それからやっとスーツを脱いでハンガーにかけた。
「麻貴、先に寝てろよ」
樋渡がシャワーを浴びて戻ってきた時、俺は半分夢の中だった。
酔ってても、意識が半分以下しかなくても、自分に触れているのが樋渡かどうかはちゃんと分かるんだな、と思いながら……。
「麻貴……」
樋渡の声が穏やかに染み込んでいく。
抱き締める腕は強引だけど、優しくて。
いつか、樋渡にだけはちゃんと伝えなければいけないだろうと思った。
俺がこの鬱陶しい行為をそれなりに嬉しく思ってるってことを。

そんなこと言わなくても分かってると思うけど。
分かってなくても、ずっとこうして側にいると思うけど……。



案の定、中西は顔に痣ができた原因をまったく覚えていなかった。それどころか、またしても、なんでここで寝ているのかが分かっていなかった。
「俺、昨日、樋渡に電話した後、進藤と飲みに行って……それからどうしたんだっけ?」
「またかよ」
ため息交じりに樋渡がつぶやく。
「またって、俺なんかやっちゃったのか?」
「おまえの悪癖」
「森宮か樋渡のモノを盗りに来たってこと?」
「俺のだ」
「樋渡の大事なものなんて……あ〜っ、森宮か〜……」
しまった、という顔をした。
「らしいよ」
「で、俺、どこまでやった?」
なんでそれを嬉しそうに聞くんだよ??
また樋渡に殴られるぞ。
「……いや。服を脱がされただけ」
「そっか……ちょっと、残念。なんちって」
樋渡がギロッと中西を睨んだ。
「冗談だよ。怖いな、樋渡。おまえらしくもない。今まで寝取った時だって何にも言わなかったじゃないの。なあ?」
寝取った……って??
親友じゃなかったのかよ??
「麻貴は、別」
「そんなこと言われるとますます欲しくなるんだけど」
「じゃあ、おまえとは縁を切る」
「樋渡、それはあんまりじゃない? 長年連れ添った親友なのにさ」
「おまえが悪いんだろう? 人のモノに手を出しやがって」
「出してないんだろ?」
中西が俺に助けを求める。
なんか筋違いだけど、まあ、いいか。
「とりあえず無事だったけどな。」
でも樋渡は許す気などなかった。
「未遂でも犯罪だ」
「樋渡ィ……」
「酒飲んだら、ここへはくるなよ。特に俺がいない時は絶対に」
「樋渡がいるかどうかなんてわからないだろ?」
「電話で確認しろ。麻貴も俺がいない時は中西を入れるな」
「追い返すのも気が引けるだろ?」
第一、そんなにムキにならなくてもって思うんだが。
「酔ってなければ大丈夫なんだけどな〜」
ヘラヘラ笑う中西に反省の色はない。
「そんなの信用できるか。どうしてもと言うなら俺が帰って来るまで外で待たせておけよ。」
「樋渡、俺も男なんだから、中西くらいはガードできるって」
自分は相当無理なこともするくせに。この過保護ぶりはなんだろうな。
「それよか、おまえが森宮を溺愛しなきゃいいんじゃないのか?」
言い終わらないうちに樋渡にパコンと頭を引っぱたかれた。
「もう一発殴られないうちに帰れ」
「10年来の大親友より、コイビトを取るのかあ?」
「当然だ」
中西が俺の顔を見て笑う。
「のろけられたなぁ」
屈託がないというか、打たれ強いと言うか。
ダテに樋渡と10年付き合ってるわけじゃない。
「コーヒーでも入れようか?」
席を立つ俺を樋渡が引き止めた。
「いいよ、麻貴。俺がやるから」
チュッとほっぺにキスをしてキッチンへ消えた。
「な、森宮。夕べも樋渡とやったの?」
中西と来たら、怒られた後にこの質問だからな。
こりゃあ、樋渡よりうわ手かも。
「いや」
照れもあって、短い返事のみ。
「じゃあ、なんでキスマークついてるんだ?」
えっ……?? 首??
鏡の前に行って驚いた。
首筋だけじゃなくて、胸元にも、心配になってTシャツを捲り上げると脇腹にもついていた。
「気づかないで寝てるくらいだもんな。そりゃあ、心配にもなるよなぁ」
「これって、樋渡、だよな?」
「あたりまえ。俺が付けたんだったら今頃殺されてる」
悪いビョーキなんじゃないかと思うほどのキスマーク。
どうみても皮膚の病気。紅い斑点だ。
まったく、もう……。
「マーキングってやつだね〜。でも、度を超すと異常性愛って感じも……」
コーヒーを運んできた樋渡がまたしてもパコンと中西の頭を叩いた。
「そんなに意思表示しなくたって、麻貴ちゃんはおまえのもんだよ〜」
「おまえは名前で呼ぶな」
「けち」
キスマークなんかつけなくても、樋渡のは異常性愛だよ。
俺は心の中で深い溜息をついた。
なのに、中西が帰った後のことを考えると、体が火照ってくる。
俺も完璧、樋渡に毒されたな……。
まったく、これでいいんだろうか。


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