微妙な夏休み
-6-



1時間くらいしてから、樋渡は目を覚ました。
「悪い。すっかり寝てたな、俺」
少し気怠そうに起き上がって、俺を抱き寄せてそっとキスをした。
無理やりでもなかったし、羽交い絞めにされたりもしなかったから、それほど鬱陶しいとは思ってなかったんだけど。
「静かでいいから、ずっと寝てろよ」
つい、そんなことを言ったら、樋渡はちょっと複雑な顔をした。
「……な、麻貴」
ついでに妙なシリアスモードになった。
「なんだよ」
「麻貴は俺がいなくても平気なのか?」
俺をギュッと抱きしめたままでため息をついて。
まったく、突然何を言い出すのかと思えば。
「別に」
今回だって風邪さえ引かなければ夏休みを謳歌していたはずだ。
それに、たとえば最初から半月帰ってこないとわかっていたら、部屋を散らかしたりもしなかっただろう。
「俺がずっと戻ってこなくても?」
相変わらず俺は抱きしめられたままで、樋渡は真面目な声で。
なんだか妙な感じだった。
「なに言ってんだよ、おまえ??」
そんなことを真剣に聞かれても困るんだけど。
そうじゃなくてもボーッとしてる時に考え事をさせるなよなぁ……
「んなこと分かんねーよ。どんな時のことを言ってるんだ?」
一番あり得るのはどっちかが転勤する時だろうけど。
それでも樋渡なら会いに来そうな気がした。いや、それよりも、「会社を辞めて一緒に暮らす」とか言い出したらどうするんだ、俺。
「んー。全然わかんねー」
そうそうに考えることを放棄した。俺の脳が働いていないせいもあるけど、仮に絶好調だったとしてもそんな状況は想像できなかったと思う。
「そうだな……たとえば、事故か何かで俺が死んだ時とか」
こんな午後に鬱陶しいほどしっかりと腕を回した状態で聞くようなことでもない。
「あのなぁ……」
至近距離過ぎて俺には樋渡の首と肩しか見えなかったが、耳元で響く声は至極真面目で暗かった。
「それでも平気か?」
会いたくても叶わない。
そんな状況なんて考えても分からないし、それ以前に考えたくもなかった。
だから、その会話を無理やり終わらせた。
「……縁起でもない話するなよ」
樋渡はしばらく何も言わなかったけど。
「麻貴、」
もう一度ギュッと抱きしめてから、そっと俺の髪を梳いて。そのあとで腕を緩めて、また唇を塞いだ。

別になんてことはない。いつもと同じただのキス。
だけど。
「なんだかなぁ……」と思いながらも、樋渡が飽きるまで長い長いそれに付き合った。


「……おまえさ」
今日に限らず、樋渡の喜怒哀楽のタイミングは俺には全然わかんないんだけど。
「変な夢でも見たんだろ?」
膝枕なんかしたせいで変なスイッチが入ったことは間違いなさそうだった。
「……そういうわけじゃないけどな」
少し沈黙が流れて。
その後でため息をついて、また。
「俺がいない間、この部屋に誰か来たか?」
「はあ??」
間抜けな返事をしつつ、この分だと午後はずっとこんな状態かもしれないと思って眩暈がした。
「女の子とか」
「……アホか」
勝手に出て行ったくせにそういうことを聞くかな、普通。
「誰か来てたらあんなに散らかってるかよ」
いくら俺でも人が来る時くらいは片付けるよな。
少しは物を考えてから発言しろよ。
「だいたいおまえがあんなに長く帰ってこないなんて思わねーだろ?」
そう言った瞬間に目の前で樋渡の口元が緩んで。
俺は「しまった」と思った。
「麻貴」
ちょっと声のトーンが変わっていて、次の瞬間にはマジにヤバイと思ったんだけど。
……当然、手遅れ。
樋渡が俺を抱きしめていた手がシャツの中に滑り込んだ。
「バカ、樋渡、怒るぞ」
けど、復活した樋渡にそんな言葉は脅しにもならない。
「いいぜ、怒っても」
ニヤッという笑みのあと、俺はあっけなくカーペットの上に押し倒された。
でも、樋渡はいつもと少し違ってた。肩を押さえた手も見下ろす瞳もどこかまだ心配そうで。今なら、もがいたら抜け出せそうな気がしたけど。
「麻貴、」
名前を呼ばれた時点で次のセリフが分かって、なぜか視線をそらせた。
だから、抵抗する気持ちは残っていたけど、結局、流されてしまった。
「……何度も呼ぶなよ」
顔を背けたままつぶやいた時、唇が重なった。
俺が予想していた続きの言葉は聞かなくて済んだけど。
甘い感触はすぐに深くなり、激しくなる。歯列を割って入り込んだ舌が絡みついて呼吸を奪った。
「ん……んっ……」
体はもうすっかり抑え込まれていたけれど、樋渡もすぐには押し入って来なかった。
長いキスの合間に頬や唇を柔らかく噛んで、何度も俺の名前を呼んだ。
伏せていた視線を上げるたびに目が合って、「無理はしないから」と言われて。
「ふ……ざけんな……よ」
そんな言葉を信用したわけじゃないけれど。
どんなに拒否を口にしても、身体はもう熱を持ち始めていた。

Tシャツがめくられ、樋渡の手が肌の上を這って胸の突起をもてあそぶ。
「麻貴」
呼ばれても、もう、まともな返事さえできずに呼吸だけが荒くなっていく。
「……やめ……っ……」
捲り上げた胸元に唇を当てた。
刺激に反応して硬くなったそこを執拗に責め立てられて、行為に意識が集中してしまう。
「……バカ、やめろっ……て……」
身体をよじるたびに舌先が突起の先端がギュッと押されて、体がビクンと跳ねる。
さらに舐め上げられて、強く歯を立てられて。体はまた熱を持つ。
「……可愛いよ、麻貴」
樋渡の手がパンツのボタンを外して中に滑り込む。すでに硬く立ち上がったものからは透明な液が溢れて下着を濡らしていた。
長い指がヌルヌルと先端に絡みつく。クチュリと言う音とともにまた身体が跳ねて、それを確かめると樋渡の口元に少しだけ笑みが浮かんだ。
「大丈夫そうだな」
ひとり言の後、Tシャツを脱がせて首筋にきつく痕を残した。
俺の顔をだけを見ながら、人差し指が下着にかかって、それを引きおろす。
「麻貴」
目をそらせたままの俺に、また深く口付けてから。
「女の子が絶対にしてくれないことをしよう……な?」
ゆるい笑みとともに熱い肌が触れた。


冷房の効いた部屋。樋渡の身体だけが妙に熱く感じた。
「先に前だけで達きたい?」
ニヤニヤした口元が視界の隅に映る。
カーテンさえ引いていない明るい部屋ですることには抵抗があったけれど、それを告げる理性さえ残ってはいなかった。
「……あ、っ……」
返事も出来ずに喘ぎ声を上げるだけ。
濡れた先端を弄ぶ手がニチュニチュと卑猥な音を立てていた。
反対側の手もすぐに後ろに回って、閉ざされた場所を探り当てる。入り口を柔らかく押しながらも樋渡は俺の顔を見ていた。
指先はしばらくの間、そこが収縮するのを楽しむように周辺を往復していたけれど。
「麻貴……足、開いて」
少しかすれた声が耳に届いて、その後すぐに両足を持ち上げられた。
天井に向けられた蕾はわずかな刺激に反応して絶え間なくヒクヒクと動き続ける。
「待てよ、すぐによくしてやるから」
言い終わらないうちに樋渡の唇が腿の内側を滑り降り、やがて目的の場所にたどり着いた。
「やめ……樋渡っ」
エアコンの冷気に晒されて、また収縮を繰り返す。それを見つめている樋渡の笑みが視界に入るたびに身体が火照った。
「綺麗だよ、麻貴。身体も、ここも、全部」
自分で見たことさえないような場所に唇が当てられて、やがてヌメヌメとしたものが閉ざされた部分を押し広げていく。
「……ぅあ、っ……」
ピチャピチャと唾液の跳ねる音が耳から体の奥に入り込み、手の届かないところまで犯されていくような錯覚に陥る。
くすぐったさと快楽がない交ぜになった言いようのない感覚の中、腹に押し付けられたものから溢れた粘液がカーペットに流れ落ちた。
「……ん……っく」
嫌だという気持ちは確かに残っているのに、無意識のうちに腰が揺れて、それに気づくとまた羞恥心で身体が熱くなる。
「麻貴、もう欲しくなったのか?」
その場所から舌が離れて指に代わる。
最初は指の腹だけが内部に触れる程度の深さで、焦らすように恥部を揉み解していった。
「麻貴……挿れるよ」
冷たい溶液が垂らされて、指で押し広げられた場所に塗り込められて行く。
グチュグチュと不規則に響く摩擦の音が自分の体から発せられていることさえ気持ちを煽った。
「もっとたくさん欲しい?」
不意にズプリと埋め込まれた二本の指を軽く飲み込んでなお収縮を続ける。
「樋渡……っ」
欲しい場所を外されて、思わず声を上げた。
「わかってるよ、麻貴。でも、ちゃんと言ってみろよ」
一度引き抜かれた指は数を増やして再び埋め込まれた。
中でバラバラにうごめくそれに耐えかねて、樋渡が要求した言葉を口にした。
「もっ……と、奥っ、あ、っぅ」
中を犯していた指は、いつの間にか増やされて圧迫感を増していた。
内部に触れられている感触に体が震え、指がうごめくたびに収縮する。
「麻貴、もう感じてるんだな」
笑いを含んだ声が降る。
「……でも、これからだからな」
無性に腹立たしいのに、体に受ける感覚に抗えない。
「麻貴、何か言うことない?」
クチュクチュという音が途絶えて、樋渡の目が俺の表情を追う。
プイッと顔を背けると、後ろを塞いでいた指がズルリと引き抜かれた。
引き抜いた指にまとわりついた腸壁の入り口が外気に晒されるような感覚に全身が粟立った。
樋渡の指が愛液で濡れた腹をなぞる。
「こんなになってるのに、それでも言いたくない?」
足を床に下ろしたあと、樋渡の身体が覆いかぶさった。
腹に当たった樋渡のものも熱を帯びて濡れていた。
「麻貴、こっち向いて」
わざと顔を背けたら、くすっと言う笑い声が響いて、柔らかい唇が耳を食んだ。舌先が産毛をくすぐって中に入り込む。
「……っ、ぁ……」
唾液で濡れたものがうごめく感触に身体が震えた。
「たまには素直に『欲しい』って言ってみろよ」
強気な口調とは裏腹に樋渡の声はかすれていた。ときどき身体の熱を逃がすように漏らす呼吸が首筋にかかって気持ちを煽った。
「……ん……樋渡……っ」
口を開きかけたけれど言葉にはならなかった。
ただ、樋渡の身体に回した手に力がこもった。
わずかに笑みを含んで濡れた口元が動く。
「何度言っても応えてくれないんだな」
言いながら、舌先が唇をなぞった。
「麻貴ちゃんの口から聞きたかったんだけど……まあ、可愛いから許してやるよ」
膝を割って樋渡の身体が入り込む。
樋渡の硬くそそり立ったものから、欲情が滴り落ちた。



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