-1-
9月。
俺もようやく、夏期休暇。
夏休みと言うにはすっかり季節外れな雰囲気だが、まあ、仕方あるまい。
文句など言えないのがサラリーマンというものだ。
そんなわけで今日から一週間の休みになった。
「何するかなあ?」
今年はぐーたらすることに決めていたから、休暇突入の前日、つまり昨日のうちに進藤に電話しておいた。
ぐーたれるには最適の場所。そう、樋渡&愛しの麻貴ちゃんちに行くためだ。
「これで3食昼寝付き〜。あいつら何してっかなぁ〜」
夏休みからしばらくの間、樋渡は森宮の膝枕がお気に入りだったらしいけど。
何回目かに「いいかげんにしろ」と蹴飛ばされたらしい。
……まあ、相手が森宮じゃ、それが当然の反応だ。
進藤もそんなことくらいでは動じなかったけど。
「最近、どうよ、樋渡君は。ご機嫌麗しい?」
ここのところ進藤が森宮とも樋渡とも飲みに行っていないことは承知の上で聞いてみた。
あ〜、俺って策略家。
『心配しなくてもまあまあ仲良くやってるんじゃないかな……あ、でも、最近あんまり見かけてないかも……』
進藤のほのぼのした声が暗転したのを見計らってさらに突っ込んでみる。
「またケンカしてたりして。な、どうよ、進藤?」
わくわくしてる俺の声をどんな顔で聞いてたのかは知らないが。
『…………』
進藤からはこんな反応が。
つまりはノーリアクションだったわけだけど。
「し〜んどぉ〜君、だからさ。一緒に行こうよ、樋渡&森宮のお、う、ち」
進藤は、たぶん、マジメに心配しちゃってるわけで。
『じゃあ、明日行ってみようかな』
そんな返事も本当に心配そうだった。
……キミってホントにいいヤツだね。
そんなわけで。
翌日の土曜日。進藤と二人して愛の巣へ押しかけた。
「こんにっちは〜」
本日の訪問については昨日進藤が森宮に電話したはずなんだけど。
「どしたの、森宮。機嫌悪い?」
森宮はひどく不機嫌だった。しかもえらくダルそうだ。
「それとも何かあった〜?」
それに対しての森宮の返事は「別に」だったけど、俺はすぐに事情を察した。
だってさ、俺たちが来てても森宮にいちゃいちゃ纏わりついている樋渡は、異常にご機嫌で。
しかも、外にはシーツが2枚も干してあったから。
「ってことは、週末だからって相当アレコレやられちゃったあとなんだな〜。イクイク〜、もうだめえ〜って感じ?」
俺のひとり言を聞いていた進藤が。
「……中西って品がないよね」
呆れ顔で俺をとがめた。
そういう言葉は聞き慣れてるから今更何とも思わないけどね。
でも、日頃マジメな進藤君に言われるとちょっとキツく聞こえるのはどうして?
とりあえず。
愛の巣は今日もキレイに片付けられていて、居心地も最高だった。
「酒持ってきたよ」
そう言われても森宮はどんよりとダルそうにしてた。
まあ、絶好調の時でも森宮は全体的に面倒くさそうな感じだから、いつもとあんまり変わりないっちゃ、ないんだけど。
「でも、俺らが来てよかっただろ?」
その質問には、
「……まあな」
そんな返事だ。
なるほど。やっぱりそうなのか。
これ以上、二人きりにしておくとまた樋渡の理性が激減して、森宮が寝込んだりするかもしれない。それじゃあ、あまりに大変だもんな。
オアズケを強いられる平日の間に溜めたものを出したい気持ちは俺だってよ〜くわかる。
が、やっぱ、それは小出しにしないと。
森宮に嫌われて、やらせてもらえなくなったら元も子もないって。
「やっぱ、ヤリすぎはダメダメ〜。樋渡君ったら、やぁらしぃ〜」
くへへと笑っていたら、またしても進藤が。
「中西って、たぶんこの先一生カノジョできないと思うよ」
にっこり笑ったまま真正面から告げた。
俺もちょっとそう思うけど。
それを笑って言うってどうなのよ、進藤君。
その後、樋渡は俺らの存在などまったく無視して、可愛い麻貴ちゃんのためにスーパーに向かった。
リビングを去る時も100回くらいキスしそうな勢いで森宮に張り付いていたんだけど、蹴り飛ばされてしぶしぶ出かけていったのだ。
それから10分後。
「森宮、携帯鳴ってるぞー」
肝心の携帯がどこで鳴ってるのかはわからなかったけど。
「ああ? 放っておけよ、どうせ樋渡だろ」
本人は当然のように無視していた。
「樋渡だったら出なくていいのかあ?」
俺がマジメに心配しても。
「どうせくだらねー用事なんだよ」
すっかり知らん顔。
すごすぎる。
そうこうしてる間に携帯は鳴り止んだ。
「なに、あれって樋渡用着信音なわけ?」
面倒くさがりの森宮が相手によって音を変えたりするんだろうかと思ったけど。
「んなわけねーだろ」
当然の返事だった。
「樋渡じゃなかったらどうするんだよ?」
休日に仕事の呼び出しって可能性は低いかもしれないが、ヘタをすると身内に不幸がとか、親が倒れたとか、そういうこともあり得るわけで。
なのに。
「違わねーから心配すんな」
森宮ったら自信満々なのね。
「けど、徒歩5分のスーパーに行った樋渡から電話がかかってくるのかあ?」
それでも森宮はぼーっとテレビを見たまま答えた。
「なら、今度かかってきたら出てみろよ。携帯、ダイニングテーブルの上に置いてあるから」
しかも、他人任せにしちゃうわけ?
「けど、樋渡、もうそろそろ帰ってくるんじゃない?」
進藤がにこにこしながら言ったそばから、また着信。
「これも樋渡?」
さっきと同じ音。
「……だろ」
ダイニングテーブルに行って、森宮の携帯を見たら、ウィンドウに『darling』の文字。
「これって……ダーリン?」
……当然、樋渡が自分で入れたんだよな。
んでもって、直すのが面倒だからそのままになってるんだろう。
いや、あるいは音で樋渡とわかるから森宮は一度もウィンドウを見たことがないのか?
森宮の性格を考えると後者の方が確率は高いな。
見てたら携帯ごとゴミ箱に入れそうだ。
まあ、いいか。
「もしもし〜」
出たら、やっぱり樋渡で。
『麻貴は? 昼寝してんのか?』
「いるよ〜ん」
森宮にかわろうか〜?……と聞いてあげられなくてごめんね、樋渡君。
だって、森宮は電話に出てくれないと思うんだよ。
だから、俺のせいじゃ……って言い訳まで考えてたのに。
『梨と葡萄とどっちがいいか聞いてくれ』
樋渡もそんなことは分かっているらしく、森宮を出せなどとは言わなかった。
「梨〜っ」
代わりに答えてやったのに。
『おまえには聞いてない』
やっぱり樋渡は麻貴ちゃんのことしか考えてなかった。
「んー……」
けどな、考えれば分かるだろ?
だって、森宮なんだから。
剥いてもらったものを口に運ぶだけの梨と自分で一粒ずつ食べなきゃならない葡萄だったら、当然、梨の方がいいはずなんだ。
でも、樋渡が納得してないんだから仕方ない。
「じゃあ、聞いてやるけど〜?」
しぶしぶそう言ったら、
『できるだけ麻貴の近くで確認しろよ?』
そんな指示が。
「なんで?」
『麻貴ちゃんのカワイイ声が聞こえるように』
樋渡があんまりにも可哀想になったので、リクエスト通りにすぐ隣まで行って聞いてやった。
「森宮、梨と葡萄とどっちがいいかって〜」
森宮はテレビの画面から視線を移すこともなく、死ぬほど面倒くさそうに答えた。
「別になんでも……くだらねーことでいちいち電話してくるな」
コレのどこが可愛い声なんだか、俺の理解の範疇は軽く超えたけど。
「……って言ってるけど」
これって、聞いた意味あるんですかね?
でも、樋渡は嬉しそうな声で『ああ、わかった』と言って電話を切った。
なんで嬉しそうなのかは全くもって謎なんだが。
「樋渡の用事ってそれだけだったの?」
さすがに進藤もちょっと「え?」って顔をしてた。
当然だよな。日本全国誰だってこの会話に意義は見出せないだろう。
「いつもそうなのかな?」
進藤の疑問が自分に向けられていることにさえ気づかずに森宮は寝起きの延長のような顔でぼーっとテレビを見ていた。
「そうなんだろうなあ……」
森宮の代わりに返事をしながら、笑うべきところなのか悩んでみたけど。
客観的に事実だけを取り上げてみると、樋渡がちょっと気の毒で。
さすがの俺も笑えなかった。
だってなあ……
「こんな返事を聞くためにわざわざスーパーから電話してるんだな、樋渡って」
「すごいよね」
しかも愛しの麻貴ちゃんは電話に出る気なんてカケラもないっていうのに。
「うん、すごいよなあ……」
本当に、ご苦労さま。
麻貴ちゃんのために、これからも頑張ってね。樋渡君。
|