White Day当日
―・by中西・―




「今日、ホワイトデーなんだよなあ? だから、樋渡も森宮もいないのか?」
本当は4人で飲みに行くはずだったんだけど。
なぜか進藤だけがやってきた。
彼女もいない俺としては、4人で飲んでそのまま樋渡&森宮の愛の巣へ邪魔しに行こうと思ってたんだけど。
「違うよ。樋渡、風邪引いて会社も休みなんだ」
「マジ? バカだなぁ、樋渡」
ビールを飲みながら俺は笑い転げた。
だって樋渡はホワイトデーをとっても楽しみにしてたんだ。
それも、バレンタインの日から一ヶ月間ずっと。
もちろん森宮がホワイトデーなんて世俗的なイベントに関心を示すはずはない。
そんなことは樋渡だって百も承知の上で。
それでも楽しみにしてたんだ。
『麻貴ちゃんとクリスマス』
『麻貴ちゃんとお正月』
『麻貴ちゃんとバレンタイン』
『麻貴ちゃんとホワイトデー』
樋渡のにやけた顔が目に浮かぶ。
……ほんと、バカな奴だ。
「どうでもいいけど、森宮、当然樋渡の世話なんて焼いてないだろうなぁ」
だいたいバレンタインだって樋渡が買ってきたチョコとプレゼントを見て、
「んなもんいらねーよ」
何の遠慮もなくキッパリ断わったくらいなんだから。
まあ、そんな返事は予想通りだったから、樋渡も全然気にしてなかった。
『はい、麻貴ちゃん。あ〜んして』とか言ってデレデレしながら無理やりチョコを食わせてた。
もちろん森宮は『あ〜ん』なんてしないで自分で食ってた。
「いらねー」と言ってたわりにはちゃっかり食ってる森宮を樋渡は緩んだ顔で眺めてたけど。
何を思ったか、まだ食ってる途中の森宮に唐突にディープなキスをした。
俺は「うげげげっ……」って思ったんだけど、進藤はなんのリアクションもなく流してた。
「俺ね、最近、慣れてきたんだよ」
そう言って爽やかに笑った進藤が実は一番マイペースなんじゃないかと思った瞬間だった。
で、今回も。
「じゃあ、お見舞いに行こうよ。中西、ヒマだよね?」
進藤はけっこう無遠慮だ。
ホワイトデーに「ヒマだよね?」ってさ。
『彼女いないんだしね?』って言われてんのと同じだと思うのは被害妄想か?
まあ、進藤がイヤミで言ってるわけじゃないのは分かってるんだけどさ。
「でもなあ。進藤は彼女と約束あるんだろ?」
「ううん。会うのは明日の夜だから」
「あ、そ。じゃ、見舞いに行くか?」
樋渡の容態によってはあんまり遊べないかもしれないけどな。
とりあえず行くだけ行ってみることにした。
樋渡と森宮の組み合わせは、やっぱ暇潰しに最適なんだ。
「お見舞いは何がいいかな? 森宮に聞いてみようか?」
進藤が楽しそうに言うんだけど。
「あ〜? 森宮にか〜?」
進藤君たら、いったい何年森宮と付き合ってんのよ。
アイツが樋渡の見舞いに関心を示すはずないだろ。
きっと「なんでもいい」って言われておしまいだ。
「樋渡本人に聞いてみた方がいくらかマシなんじゃないか?」
それでも『麻貴ちゃんは○○が好きだから、あれとこれとそれを買って来い』とか言うんだろうな。
どっちにしてもバカらし過ぎてごちそうさまな感じだけど。
「じゃあ、メールしてみるよ」
進藤がそう言いながら送信した後、すぐに樋渡からの返事が届いた。
「なんだって?」
「見舞い、来なくていいって」
進藤はひどく残念そうに携帯をポケットにしまった。
「あ、そ。酷いのか? それとも風邪うつしたらマズイって?」
あんまり風邪なんて引かないヤツだから、一度引くと大変なのかと思ったんだけど。
「ううん。せっかく森宮と二人でホワイトデーなんだから、邪魔するなって」
なんていうか……さすがは樋渡。
いつでも世界の中心は『愛しの麻貴ちゃん』だ。
期待を裏切らない返事をどうもありがとう。
「じゃ、森宮にバラの花束でも持って行くか?」
「なんで森宮? 寝込んでるの樋渡だよ?」
進藤は首を傾げていたけど。
「ヤキモチ焼いて熱が上がるように」
「中西、それって悪趣味」
その程度の非難で怯んでいては楽しいことにはありつけない。
「ま、そう言わず」
「うん、じゃあ、行ってもいいか森宮に聞いてみるよ」
進藤は律儀にも森宮に電話をかけて指示を仰いだ。
どうやら森宮はもう家に帰ってるらしい。
珍しいこともあるもんだ。
でも、樋渡が寝込んでるから早く帰ったんだと思うとちょっと微笑ましいよな。
ついでにちょっと羨ましかったりして。
「うん。見舞いなんだけど、行っても大丈夫?」
進藤が遠慮がちに聞いた。
んで。それに対する森宮の返事。
『見舞い? いらねーよ。つけあがるから止めとけって』
さすがは森宮。
いい返事だ。
「そうだなあ、樋渡にも二人のラブラブホワイトデーの邪魔するなって言われたしぃ〜」
進藤の電話を取り上げてそう言ったら、『チッ』という舌打ちが聞こえた。
「森宮、『可愛くなくなるからそれは止めろ』って樋渡に言われてなかったかぁ?」
『うっせーよ、中西。来るならサッサと来てサッサと帰れ』
そんなわけで。
森宮のご快諾を取り付け、進藤と二人で酒をしこたま買い込んでヤツらの愛の巣へ行きましたとさ。



「おっじゃましま〜す。ようこそ愛の巣へ〜」
歌いながら入ったら、森宮に新聞で引っ叩かれた。
コイツってば、口が悪いだけじゃなくて手も早いんだよな。
「で、樋渡は?」
俺のマジ質問に対しても。
「知らねー」
一言で説明終わり。
普通は「もう熱は下がったけど」とか「まだイマイチなんだよね」とか言うだろ。
なのに、「知らねー」だぞ?
もう、全てが森宮。
「森宮、看病してあげてないんだ?」
進藤がちょっと非難したけど。
「ああ、中から鍵かかってんだ」
「へ?」
よくよく聞いたら、立ち入り禁止にしているらしい。
樋渡のことだ。
『麻貴ちゃんにうつしたくないから』とかってしょうもない理由だとは思うが。
「でも、おんなじ家に住んでたら、あんまり意味ないよね?」
進藤の言うことはもっともなんだけど。
「いいじゃん、樋渡の愛情イッパイで。麻貴ちゃん幸せ〜」
からかった瞬間、背後に殺気を感じた。
「中西、いい加減森宮を名前で呼ぶのやめろよな」
突然のご登場。
樋渡ってホントにそういうことには敏感だねェ。
「ちわ。どうよ、風邪」
「治った」
あっさり答える樋渡に進藤は本当に嬉しそうに「よかったね」と言ったけど。
愛しの麻貴ちゃんは嫌ぁ〜な顔をしていた。
その森宮を樋渡が軽く抱き締めて。
「そういうことで。二人ともさっさと帰ってくれ。進藤、彼女ほったらかして遊び歩いてるなよ。中西、自分に彼女がいないからって他人の家で遊ぶな。ここは俺と麻貴ちゃんの家だ」
ま、それくらいのことは言われると思ってたけどさ。
「ちぇ〜、せっかく邪魔しに来たのにな、進藤?」
「え? 俺は森宮が一人で看病だと大変かなって思ったから来たんだけど。だって、出張続きで森宮、疲れてるよね?」
真面目に答えるあたりが進藤のかわゆいところだけど。
頼むから真面目に答えないでちょうだいね。
もう少しボケるとか突っ込むとか。
それなりのリアクションをしないと笑えないよ?
「じゃ、樋渡も治ったところで宴会といくか〜」
進藤はアテにせず、一人で飛ばすことにした。
勝手にリビングに入り込んで宴会準備。
樋渡も案外元気そうだし、これは楽しめるに違いない。
「俺の風邪にこじつけて宴会なんてするな。いいから、帰れ。特に中西」
なんで俺だよ。
10年連れ添ったご友人にそれはないだろ、樋渡ちゃん。
そんなこと言うと俺だって反撃しちゃうよ?
「じゃ、森宮、一緒に飲みに行くか? 樋渡、まだ病み上がりだしなぁ?」
「ああ、いいけど」
あっさりとそう答える森宮が俺は大好きだ。
「ちょっと待てよ、麻貴。なんでおまえが中西と飲みに行くんだよ?」
樋渡、慌てまくり。ざまぁ〜みろ。
「じゃ、ここで宴会ってことで。決まり〜」
さて、準備、準備。
「進藤、つまみ出して〜」
ぼや〜っとしてた進藤を準備に借り出した。
んで、宴会開始。
どうでもいいけど、ここって、妙に居心地がいいんだよな。
人の家とは思えない。
「じゃ、樋渡。今日は主賓だから、あったかい格好に着替えてソファに座ってろよ」
とか言ってる間にパジャマから普段着に着替えてきた。
ついでに森宮にセーターを持ってくるあたりが樋渡らしいけど。
「麻貴ちゃんはこれ着て。風邪うつるといけないからな?」
森宮にだけベタ甘な口調の樋渡が笑える。
部屋はまだ少しだけ寒かったので森宮は黙ってそれを着たけど。
暑かったら何の遠慮もなく「いらねーよ」って言うんだろうな。
できればそっちのセリフが聞きたかったが。
まあ、そんなのは1時間のうちに何十回も聞けるだろうから大人しく待ってることにしよう。
樋渡は俺たちがいてもいなくても森宮にはベタベタで。
「麻貴、寒くないか?」
「メシ、ちゃんと食ったのか?」
「疲れてるだろ?」
気遣い連発なんだけど。
森宮は樋渡の相手はもちろん、俺や進藤さえもスルーしてテレビを見てた。
まったく聞いてない。
当然、病み上がりの樋渡のことだって少しも心配してない。
……もっとも、こうして見る限り樋渡はいつもと同じくらい元気そうだけど。
「樋渡、ホワイトデーになんかするつもりだったのかぁ? 森宮からお返しがあるとか?」
面白いことでも言ってくれるんじゃないかと思ったのに。
「んなもんあるわけねーだろ」
森宮は、やっぱりサクッと否定した。
なのに。
樋渡はまたしても森宮にプレゼントなんかを買ってきてた。
「なんでおまえが買ってきてるんだよ??」
さすがの森宮も引いていた。
だってなぁ、バレンタインも樋渡が森宮にプレゼントを買ってきたんだぞ?
なのにホワイトデーまで豪華なプレゼント付き。
「もしかして、樋渡、それ買うために会社休んでたの?」
スルドイぞ、進藤。いい突っ込みだ。
でも、樋渡は相変わらずで。
「麻貴ちゃんのためなら会社なんて後回し」
あっさりと肯定した。
それに対しての森宮の返事。
「けっ……」
ついでにいつものやり取り。
「可愛くなくなるから止めろって言ってるのに」
それから。
「愛してるよ、俺の麻貴ちゃん」
テレビに集中してた森宮を押さえ込んで無理やりキス。
あ〜あ〜あ〜……
もう、こいつらは。本当に。
とか言いながらも見慣れてきたけど。
それでも毎回凝視してしまう俺を進藤が咎める。
「中西、悪趣味だよ。そんなことだから彼女できないんだよ?」
……おっしゃる通りです。


樋渡がどんなにエゲツないことをしようとしていても、進藤はごく普通に会社のことやテレビの話をしながら飲んでいた。
「飲み過ぎだって。朝、起きられなくなるぜ?」
樋渡が何の心配をしてるかは分かったけど。
「いいじゃねー。明日、休みだぞ?」
森宮は取り合わない。
っていうか。
……もしかして、わざと?

そんなこんなで、どんどん飲みはペースアップして、俺の記憶も途中でブツっと切れた。
「う〜むむ……」
ごにょごにょと起き上がると隣りで進藤が潰れており、部屋はもう明るくなっていた。
忘年会の時と同じように斜めに掛けられた布団は相変わらず俺と進藤で一枚。
森宮が他人に布団なんてかけるわけはないから、樋渡がやったんだろうけど……。
なんだかなぁ……。
ホント、森宮以外には愛情の薄いヤツだよ。
「んで、その樋渡君はどこに行ったのかな〜?」
忍び足で樋渡の部屋に向かう。
ドアに耳を押し当ててみたが、声はおろか物音も聞こえない。
「ってーことは。ヤッてるわけじゃなさそうだな」
……残念。森宮の喘ぎ声、ちょっと聞いてみたかったんだけど。
気を取り直して、こっそりドアを開けてみた。
薄明るくなった部屋に樋渡と森宮。
二人ともパジャマは着てたし、ヤバイ雰囲気じゃなかったけど。
当たり前のように同じベッドで寝てた。
まあ、なんて言うのか。

妙にイイ感じだった。


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