冬休み -2-




そして大晦日。
結局、中西も入れて4人で鍋をすることになった。
「ちわっ。愛の巣にお邪魔しま〜す」
何度来ても同じセリフを吐く中西に速攻で釘を差す。
「中西、その言葉、今度言ったら家に上げねーからな」
噛みつく勢いで言っても。
「森宮って、進歩しないのなぁ」
中西は笑って流す。そういうヤツだ。
「うるせーよ」
それは進歩とかいう問題じゃないだろ。
「んじゃ、買い物行くかぁ〜」
さっさと樋渡の車の鍵を持って部屋を飛び出す中西の後を三人でバラバラについて行く。
「中西と進藤は後ろだ」
「なんでぇ? 俺、前がいいなぁ」
ダダを捏ねる中西を無視して樋渡が俺に微笑みかける。
「助手席は麻貴ちゃんの専用だからな」
……なんか疲れてきた。


年末の混雑したスーパーで妙な違和感を撒き散らしつつ、野郎4人で買い出し。
「こんなに誰が食うんだよ??」
「いいじゃん、残ったら樋渡が麻貴ちゃんのために美味しくお料理してくれるよん」
へらへら笑う中西に俺が文句を言う前に、樋渡がキレてムッとした。
「おまえは麻貴を名前で呼ぶなって言ってるだろ?」
このセリフも聞き飽きたけど。
中西は毎回ゲラゲラ笑って流すだけだ。その間に進藤がちゃんと会計を済ませる。
「一人1500円ね。家に帰ったら徴収」
言いながら思いっきり適当にビニール袋に野菜を突っ込んだ。
「進藤、普通は重いものが下だろ?」
樋渡からクレーム。
「大丈夫だよ。少しくらい潰れたって。な、森宮」
進藤、なんで俺に同意を求めるんだ。
「……どうでもいいよ、そんなことは」
「俺も麻貴ちゃんに賛成〜」
とか言いながら、中西は備え付けの小さなビニール袋で風船を作ってた。
「おまえは麻貴を名前で呼ぶなって言ってるだろ?」
……ホントに、どいつもコイツもマイペースなんだよな。


帰りに酒も買い込んで帰宅。
肉や魚介類をひとまず冷蔵庫に入れた。
野菜を切るのは樋渡と中西でやるらしい。
「けど、男4人ってナンだかなぁ〜」
包丁を眺めながら中西が文句を言うんだけど。
「なんなら彼女連れてきてもいいぞ」
樋渡が涼しい顔で厭味を言った。それを真に受けた進藤がにっこり笑って。
「中西、彼女できたんだ? オメデト」
進藤には悪気はないんだが。言われた中西はちょっとイタい。
「進藤、俺をイジメてる?」
思いっきりムクれていた。
中西にしては珍しく、ここ数ヶ月、女はキレてるらしい。本人が言うところによれば、「物心ついてから、一番長いブランク」なんだそうだ。
「おまえの場合は自業自得だな。あっちこっちでちょっかい出すからそんなことになるんだろう?」
樋渡がカンペキに呆れた様子で言った。
まあ、ちょっと可愛いとすぐ声をかける中西の性格もどうかとは思うんだが。
自分も昔はそうだったってことは、樋渡はすっかり忘れているらしい。
「けど、やっぱ目移りはするだろ? なあ、森宮って一途な方?」
なんで俺に振るかな。
「んなわけねーだろ」
そういうことは進藤に聞けよ。少なくとも入社一年目からずっと同じ相手と付き合ってるんだし。
俺なんて付き合ってた相手と長く続いたことは1度もないってーのに。
「森宮の場合、お相手がすっご〜く一途じゃないと続かなそうだもんなぁ?」
中西が何を言いたいのかはわかったけど。
その質問には絶対答えたくなかった。
つまり、どっかのバカが。
「俺、麻貴ちゃん一筋なんだけど」
予想通りに要らない返事をするからだ。
「じゃ、期待を裏切らない返事をもらったところで、気合を入れて準備しますかね〜?」
とか言うんだけど。中西は口先ばっかで、準備は樋渡が大半を片付けた。
会社でもそうだが、樋渡はとにかく一から十まで全て仕切る。
「中西、水汲んできて。進藤、そっち片付けて」
指示する間もせっせと働く。
こういう時の樋渡は本当に便利だ。
仕事でコレをやられるとムッとする時もあるけど。
「樋渡〜、俺、何すればいいわけ?」
とりあえず野菜は洗い終わったものの、他にやることも思いつかなかった。
言ってくれれば豆腐くらいは切ってもいいと思ってたんだけど。
「麻貴はいいよ。俺がやるから座ってな」
樋渡が当たり前のように答えてリビングを指差した。
いや、確かに、二人の時はいつもそうなんだが。
進藤と中西が居るってーのに、このあからさまな特別扱いは。
……ちょっと、引く。
「あ〜〜、もう、まただよ。進藤、樋渡を何とかしろ〜」
中西からブーイング。
けど、進藤はさらっとそれを流した。
「樋渡に何を言ってもダメだよ。それより、森宮、樋渡に甘えてないで手伝えって」
「甘えてるんじゃねーよ」
自分だってついさっき「野菜の洗い方がわからない」と言い放って、茶碗と箸の用意しかしなかったくせに。
「だって、森宮はすべてにおいてそうなんだから、ずっとこんなことしてると樋渡なしで生きていけなくなるよ?」
「んなわけねーだろ」
ってか、進藤、自分を棚に上げるなってーの。
だいたい、まともに会社で働いて給料さえ貰っていれば、メシなんて外で食えるんだから、料理ができないくらいで困ることはない。
なのに樋渡は何故かニンマリしてた。
「なんだよ、樋渡、気持ち悪ィな」
思いっきり非難してみたが、樋渡はしれっとした顔でいつものこっ恥ずかしいセリフを吐いた。
「心配しなくても大丈夫だ。俺、一生麻貴を一人にはしないから」
……どうしてコイツはこうなんだ。
「あ〜、樋渡、スイッチ入っちゃったよ」
中西が爆笑して。進藤が苦笑いして。
「樋渡、だから尽くしちゃってんのかぁ? メシ作ったり、掃除したり。洗濯も樋渡がやってんの?」
部屋の隅に干されていたタオルや衣類を見ながら、中西がケラケラ笑った。
「ああ。でも、それは俺の趣味だ。おまえらにとやかく言われるようなことじゃないからな」
樋渡はちょっと不機嫌だった。
俺だって樋渡にやってもらうことを当たり前と思ってるわけじゃないんだけど。起きた時にはもう全部終わってるんだよな。
「なんでそこまでするかなぁ」
中西に笑われても樋渡は大真面目で。
言ったセリフがコレだった。
「そりゃあ、どんな時でも麻貴が迷わず俺を選ぶように。腹が減った時とか、掃除が面倒になった時とか、やっぱり俺がいてよかったなぁ……ってさ。そしたら、地球滅亡の日も俺と一緒にいたくなるかもしれないし」
そんなセリフを真剣な顔で言うのが相当怖い。
「ったく……」
やってられねーよと思ったけど。
樋渡のアホ全開のコメントは進藤に粉々に否定された。
「おかしいよ、樋渡。普通そんなこと考えないよ」
その上、あっさりとその話を終わらせた。
「もう、いいから。中西も森宮も準備しようよ」
一番まともなのは、やっぱり進藤なのかもしれない。
目玉焼きが作れなくても、野菜の洗い方がわからなくても、人間として普通の思考回路を保ってる方がはるかにいい。
「ふえ〜い」
中西が面倒くさそうに切った野菜をザルに入れて俺に渡した。
それを見て、我に返った樋渡はせっせと準備をしながら次の指示を飛ばした。
「進藤、それ終わったら先に風呂入れよ」
「うん、じゃあ、お先」
家事労働から解放された進藤は嬉しそうに着替えの用意なんかしてたけど。
「風呂の順番は進藤、中西。んで、麻貴ちゃんと俺、な?」
また『な?』とか言われたが、もちろんさっくりと無視した。
だが、素通りできない男がここに一人。
「なんだぁ、それぇ?? 『麻貴ちゃんと俺』って? 樋渡と森宮、一緒に風呂に入るってこと? うそ、やらしい〜」
うるせーよ、中西。
余計なところに突っ込むな。
「んなわけねーだろ??」
ケッと吐き捨てたら。
「麻貴、可愛くなくなるからそれは止めろ」
樋渡が包丁を置いて、律儀にもちゃんと手を拭いてから俺の頬を抑えた。
それから、中西と進藤の目の前でキスしやがった。
「……んんっっ!!……舌とか入れんなっっ!!」
思いっきり抵抗して解放された瞬間。
「もちろん一緒に風呂入るよな? ヤダって言ってもダメだからな?」
「おまえ、正気か??」
俺が呆れ果ててるのに。
中西と進藤が顔を見合わせて溜め息をついた。
「今さらそんなこと確かめるのって、遅過ぎるよね」
「樋渡、ホントに脳髄まで森宮が転移しちゃってるからなぁ」
「人をガン細胞みたいに言うなよ」
どう考えても樋渡がおかしいだけだろ?
「なぁんか、おまえらって楽しいよな」
楽しいのは中西だけだと思うんだけど。
「じゃあ、俺、先に風呂入るからね」
進藤はもう全然聞いてないし。
「麻貴、背中流してやるからな?」
樋渡はまだイっちまってるし。

とりあえず。
進藤が風呂から出た後、中西に断わってから樋渡の目を盗んでさっさと風呂場に滑り込み、中から鍵をかけることに成功した。
中西の話によると、樋渡はショックを受けてたらしいが、そんなこと俺には関係ないし。
これでメシも美味く食える。
よかった、よかった。


最後に風呂に入った樋渡が出てくるのを待たずに勝手に飲み始めた。
けど、俺と進藤と中西じゃ今一歩スムーズにいかないんだよな。
鍋と言うのは、食べながらもせっせと具材を鍋に放り込んだり、アクを取ったり、水を足したり。食ってる途中でやることがたくさんある。
で。
それはもちろん風呂上りの樋渡が甲斐甲斐しくやることになった。
面倒だと思うのに、樋渡はぜんぜん嫌そうじゃない。
それどころか。
「麻貴、皿貸せよ。取ってやるから」
嬉々として世話を焼こうとする。
いいヤツだとは思うけど、相変わらずちょっとヤリ過ぎだ。
「じゃあ〜、俺〜、肉と葱と白菜と〜……あ、シイタケ入れるなよ〜」
中西が調子付いてたが。
「おまえは自分でやれ」
遠慮なく突き放された。
それを見て可哀想だと思ったらしく、進藤がニコニコしながら中西に取ってやってた。
どうやら進藤は最初に日本酒一気をしたのが響いて、もう酔っ払ってるらしかった。
「進藤、シイタケ入れるなって〜〜っ!!」
「好き嫌いはダメだよ、中西」
そんなほのぼのムードの二人をまったく無視して、樋渡はせっせと俺の世話を焼く。
「麻貴、好きキライないよな?」
自分でやるからいいと言ったところで、樋渡が「そうか」と答えるはずはない。
余計な世話と撥ね付けてもいいんだけど。
この先のことを考えると、こんなどうでもいい事にエネルギーを使うわけには行かない。
せめて進藤と中西が帰るまでの間は、ヤバイことにならないよう樋渡をかわさなければならないわけで。
「ねーよ。よっぽどゲテモノが入ってなきゃな」
「俺、ナマコ食えるぞ〜」
それまで全然聞いてなかったくせに突如得意げに叫んだのは中西だった。
なんでいきなりナマコなんだ??
もう全員放っておこうと思う俺とは対照的に進藤はちゃんとそれにも答えてやる。本当にいいヤツだ。
「俺、ナマコはダメだな。樋渡は?」
そういうことを樋渡に振るから。
普通の会話が突然切れる。
「俺は麻貴が好き」
ちなみに、樋渡はまだシラフで、しかも真顔だ。
コイツの脳には世間話さえ普通に入って行かないらしい。
それでも仕切りだけはちゃんとする。
「あ、酔っ払う前に言っておくけど、寝る時は進藤が麻貴の部屋。中西がソファだからな。もちろん、麻貴は俺の部屋」
そんなことわざわざ口に出して言うなよ。
たとえ中西と進藤でも一応、人前なんだし、俺は抵抗がある。
「樋渡、おまえな……」
なのに聞いてる進藤と中西はすっかり慣れてしまったようで、当然のように聞き流した。
「けど、なんで俺がソファなんだぁ?」
その点についてのみ、中西が不満そうな顔をした。
まあ、中西の言う通り、進藤の方が背は低いからソファで寝やすいはずなんだけど。
「おまえに麻貴の匂いのするベッドを貸すわけにはいかないからな」
返事をする樋渡がめっちゃくちゃ真顔なのが結構怖い。
「なんなら変わってやるよ、中西。俺の代わりに樋渡の部屋で寝ていいぞ?」
できれば自分の部屋で鍵を掛けて寝たいけどな。
樋渡のことだ。進藤たちなんていてもお構いなしだったらヤバイだろ?
「そんなのダメに決まってるだろ?」
アホ樋渡の脅しなんて聞く気はない。
けど。
「樋渡と寝るくらいなら俺、タクシーで帰るぞ〜」
中西が暴れて。
進藤が押さえて。
帰れ帰れと言ったのは、俺じゃなくて樋渡だった。
ったく、俺がまだシラフなのに勝手に酔っ払うな。
「進藤、俺にも日本酒くれよ」
もう、さっさと潰れて寝てしまおう。
それからはほとんど潰し合いだった。


散々飲んだくれて、俺の記憶が途切れ始め、食う物も粗方なくなった頃。
樋渡がいきなり爪を切り始めた。
「何してんだぁ??」
「爪切り」
そりゃあ、見たら分かるけど。
「樋渡、子供の頃、かあちゃんに『夜に爪を切るな』って言われなかったか?」
酔っ払いの中西も真面目にそんなことを聞いてた。
「言われたよ。けど、別にいいだろ」
「明日じゃダメなの、樋渡?」
進藤の頭上にも「?」マークが飛んでいた。
「それじゃあ遅い」
切り終わったらきれいにヤスリをかけて。形を整えた。
見慣れた樋渡の長い指。指先と爪にまでハンドクリームをつけてた。
「新年は指先までピカピカにして迎えるんだ? 樋渡って案外お洒落だね〜」
そんなどうでもいいことにも進藤は感心する。
俺はもうなんだか眠くなってきて、会話そのものがどうでもよくなってた。
「麻貴、眠いのか?」
「いいや」
ちょっとムリして目を開けた。今の状態で押し倒されたらシャレにならない。
もう少し、酔っ払って速攻寝られる状態にしてからベッドに行こう。
さすがに酔い潰れてたら、樋渡だってヤラないだろう。
「俺、日本酒〜っ」
中西が叫んで進藤がコップに注いでやって、ついでに俺にも注いでくれて、3人で一気飲み。
またみんなして更なる酔っ払いコースを走り始めた時、樋渡が俺の目の前に指を突き付けてこっそりつぶやいた。
「お洒落じゃなくて、実用重視だからな、麻貴ちゃん?」
その言葉で一気に酔いが醒めた。
俺、風呂場に立てこもって寝た方がいいのか?
「頼むから、進藤たちが帰った後にしてくれよ」
するなと言っても聞かないだろうと思って、そういう言い方にしたんだけど。
「大丈夫。この分だとすぐに泥酔するだろ? それからゆっくり、な?」

……マジで、言わなきゃよかった。



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