冬休み -3-




どのくらい飲んだとか、いつまで起きてたとか。
まったく覚えていなかった。
「…う…ぅん……?」
息苦しくて目を開けたら、樋渡が俺の体の上にいた。
「麻貴、目、覚めたか?」
顔を覗き込んで聞いた後、俺の唇を塞いだ。
それでも俺はまだぼんやりしたままだったけど、視界を占領している樋渡の顔を押し退けて周囲の状況を確認した。
明かりを落とした部屋は薄暗かったけど、俺が寝転がっているのはどう考えてもリビングのカーペットの上だ。
テーブルはもうすっかり片付けられていて、床に転がってた酒の空き瓶もなくなってた。
俺が寝ている間にみんなで片付けてくれたのかと思ったが、そんなはずはないな。
進藤と中西なら、間違いなく俺を起こすだろう。
そんなことを考えている間も樋渡の唇は俺の首から離れない。
「……ちょ……っと、待て……っ」
起き上がろうとしても、身体は抑えつけられていて身動きが取れない。
とりあえず、この状況を進藤たちに見られたくない。
目だけ動かして二人を探したら、足元の方向に進藤の手と中西の足が見えた。どうやら、二人で潰し合ってそのまま撃沈したらしい。
「面倒だから放っておけよ。布団掛けてあるし、風邪なんて引かないだろ」
進藤の手と中西の足は妙な位置関係で掛け布団から覗いていた。多分、中西が進藤に潰されてるんだな。
布団は二人で一枚。樋渡が掛けてやったんだろうけど、それって、あんまり親切じゃないよな。
「じゃ、麻貴ちゃん」
俺も相当酔っ払っていたけど、マズイことに意識はあった。
「……なんだよ」
その後、樋渡がニッカリ笑って、危険な空気が流れた。
「バカ、やめろ、よ……??」
俺、口が回ってないような……
「そう言われ続けて何日ガマンしたと思ってんだ? 休みになったんだから、もういいだろ?」
ヤバイことに、どうやら樋渡は中途半端に酔っ払いだった。すぐには寝てくれそうにない。しかも、普段から少ない理性がさらに半減してる。進藤と中西がすぐそこにいる場所でやろうとしてるのが何よりの証拠。
樋渡の手が俺のシャツをめくり上げて、さっき爪を切ったばかりの指が滑り込む。
「やめろって、樋渡……っっ!!」
叫んだ時、足元の方向から中西の声がした。
「まだ死にたくない〜っ……」
寝言らしかった。
よほど進藤が重いんだろう。可哀想に。
……などと、中西に同情してる場合じゃなかった。
けど、それを聞いて樋渡が仕方なさそうに俺を抱き起こした。
「やっぱ、ここじゃダメだな。中西に麻貴ちゃんの肌を見せたくないし。部屋、行こうな?」
ここでヤラれるよりはずっとマシだけど。だからと言って、樋渡の部屋じゃヤラれ放題な気がする。
とりあえず。
「俺、立てねーから、先に行ってろよ」
後から行く気なんてなかったけど、ダルくて立てなかったから、そう答えた。
けど、よく考えたらそれは言わない方がよかったんだ。
樋渡がニッカリ笑って手を差し出した。
「じゃあ、麻貴。俺の首に腕回して」
「へ?」
「連れてくから。ほら」
お姫様だっこ体勢。
「いいよ……って言うか、やめろ」
樋渡に連れて行かれるくらいなら、途中で転んでも自分で歩いた方がいい。
こんなカッコで抱かれていった日には、ベッドに行くまでの間に樋渡のすべてのスイッチが入ってしまうに違いない。
「いいから、ほら、麻貴ちゃ〜ん」
俺は残った力を振り絞ってその手を振り払った。
ダルさ全開で何とか立ち上がると自分の部屋に向かった。
でも、途中で何度もよろけてしまって辿りつけず、結局、ずるずると樋渡の部屋に連れ込まれた。
「夜中に進藤が起きて麻貴の部屋に行くかもしれないだろ? ベッド、空けといてやれよ」
そんな白々しい言葉を吐きながら、俺をベッドに寝かせた。
「だったら、進藤と一緒に寝るからいいよ」
一応、言い返しているものの、俺の目の前はぐるぐる回ってた。
「ダメだって、麻貴ちゃん。大人しく俺の言うこと聞いて」
このしゃべり方って、もうスイッチ入った後って感じなんだけど。
それとも酔ってるせいなのか?
あんまり酔ってるとヤバイんじゃないか?
ここのところお預けさせてた反動が思いっきり来たりしたらどうしよう。
「……樋渡、結構、酔ってる?」
恐る恐る聞いてみたんだけど。
「いや、そうでもない。今日は少し控えてたからな」
わりとマトモそうな返事だった。
「なんで? 身体でも壊した?」
できればそうであって欲しかったんだけど。世の中はそんなに甘くなかった。
「後片付けしないといけないだろ? まだ洗い物してないんだ」
……っつーか。どこまでもマメなヤツだよな。
まあ、樋渡は常日頃からキレイ好きだから、そう言われても驚かないけど。
すっかり片付いてたリビングを思い出して、ちょっと悪いなとは思った。
「んなもん、明日でいいだろ?」
その時、俺の脳ミソは、すでにベッドに寝かされている自分の状況を考える力がなかった。
言い終えた瞬間、樋渡が満面の笑みを浮かべて。
「いいよ。麻貴ちゃんがそう言うなら明日でも」
いきなり俺の服を脱がしにかかった。
「バカ、やめろ」
何、勝手に勘違いしてんだよ??
……もう、手遅れだけど。
「ふざけんなよ。マジでやめろ。ホントに怒るぞ」
「可愛い麻貴ちゃんにあ〜んな可愛くおねだりされて、止まるわけないだろ?」
だから、おまえの勘違いだってーのにっ!!
「とにかく、ちょっと待て」
どうしようかと思った。
樋渡を途中で止めると反動が来る。
せっかくの正月休みをそんなことで潰したくない。だからと言って、叫んで進藤たちに助けを求めたところで、あそこまで見事に潰れていたら気付きもしないだろう。
ったく……肝心な時は役に立たないヤツらだ。
「あ〜、もうっ! だったら、さっさと済ませろよ」
半分ヤケで俺が出した結論。
二人が爆睡してる間にサクサク済ませて寝ちまおう。
一番被害が少なくて済むはずだ……と思ったんだけど。
樋渡からクレームがあった。
「あのな、麻貴ちゃん。俺、手抜きは嫌いなんだよ」
ここで真剣にそれを語られても。
「おまえの好き嫌いなんて関係ねーよ。いいから、早くしろ。じゃなかったら、するな」
俺、もう眠いし。
酒がグルグルと血中を回ってるし。
「そういうわけにはいかないな。俺だって中途半端な気持ちで抱いてるわけじゃないんだぜ?」
ああ、もう。
そんなことはどーでもいいから。
でも、スイッチが入った後の樋渡は俺には止められない。
「俺の全愛情を注ぎ込んでるんだから『さっさと』とか『適当に』なんてのはあり得ないの。わかった? 俺の可愛い麻貴ちゃん」
ニホンゴとしては理解できても、心情的には分かりたくない。
「……ぜんっぜん、わかんねーよ……」
言いながら、疲れてきた。
「わかんなくてもいいけどな」
余裕の笑みを見せながら、すぐに俺の唇を塞いだ。
「んんんんんっ、んんんん、んんんん〜〜っ!!」
一応、『ふざけんなっ、ヘンタイ樋渡』……のつもりだったんだけど。
文句を言っても言葉にならない。
長いキス。ついでに深くて、どぎつい。
ようやく唇が離れて、俺は必死で酸素を吸い込んだ。それから、切れ切れに言葉を吐き出した。
「止めろ。怒るぞ。これ以上なんかしたら、もう2度と、本当に、絶対、させないからな」
それを聞いて樋渡はため息をついたけど。
「じゃあ、キスだけ。ならいいだろ?」
そんな大嘘。
信じてなかったけど。
「続きはアイツらが帰った後にするって約束するから。な?」
妙に捨て子犬な顔で言うから、まあ、そのくらいは付き合ってやろうと思って頷いた。
外されていたシャツのボタンを樋渡の長い指が留めていく。
一番上のボタンを留める前にキツく唇を当てて、見なくても分かるほどくっきりとキスマークを付けてから、名残惜しそうに呟いた。
「また、あとでな」
……おまえ、何に話しかけてんだよ??
「樋渡、正月明けたらマジで脳ドッグ行って来い」
白い目で見ている俺に樋渡は満面の笑みを向けた。
「麻貴ちゃんの、その性格の悪さも好きだけどな」
「……悪くねーよ」
んなこと、おまえにだけは言われたくねー。
っつーか、
「性格が悪いとしたら、おまえに対してだけだ」
「そっか。麻貴って、好きな相手は虐めるタイプだったんだな」
前向きに受け止めてどうする??
ってか。
「おまえ、脳がヤラれてんぞ、マジに」
俺が思いっきり引いてることなんてお構いなしで。
樋渡はまた俺の顔中にキスをしながら。
「でもな、麻貴ちゃん」
「…んだ……よ」
口、塞いでるくせに返事を求めるな。
「ホントは、俺のこと好きだろ?」
相変わらず。
絵に描いたような自信過剰。
何度も思ったことだけど、コイツには何を言ってもダメだ。
「じゃあ、麻貴ちゃん」
ニッカリ笑われて。
「キス、楽しもうな?」
その後は、キスの嵐。
文字通り、首から上で樋渡に舐められなかった部分は頭皮だけだろう。
「……樋渡っ、耳……の中と……か、止めろ……って、あ、」
呼吸が乱れたせいなのか、ヤバイことにまた酒が回ってきた。
「可愛い声出してくれちゃって。その先もしたくなったらいつでも言えよ。麻貴が満足するまで付き合うから」
っていうか、おまえがしたいだけだろ??
「……やめろ、って……」
何が厄介って。
どこが弱いのかを知られてるってことが。
「やめ……樋渡、んんっ」
酔ってるから力も入らない。
「いい加減に……しないと……ホントに、別居するぞ??」
けど。
樋渡の返事はすでにキレていた。
「麻貴、」
「なんだよっ??」
「……愛してる」
真正面から、真面目な顔で言うセリフか??
「んなこと聞いてねーんだよっ!!」
けど、キレた樋渡はすぐに元には戻らない。
「麻貴、少しだけ我慢しろよ」
キスだけと言ったはずの唇が首筋を降りて行く。
止めたはずのボタンも外されて、胸元がはだけられた。
「おまえ、やらねェって言ってただろ??」
「ん、しないよ。約束通り、キスだけだ」
樋渡の唇がどんどん下に下りて行く。
「……どこにしても、キスはキスだろ?」
上目遣いでニッカリ笑って俺を見上げた時には、もう胸元にクッキリとキスマークがつけられていた。
舌先が乳首を弄ぶ。
「やめろって……っ!!」
どんなに叫んでも樋渡の行為はどんどんエスカレートするばかり。すぐに俺の下着の中に手が侵入してきた。
覆い被さったままで器用に動く樋渡の手は、触れられたモノが充分に高まったところで後ろに移動した。
様子を見るようにやわらかく周囲を揉み解してから、ゆっくりと侵入を始める。
「ふ、……っ、あ、」
ガマンしてた声が漏れた時、樋渡がニヤッと笑った。
「いいのか、麻貴ちゃん。進藤たちに聞こえるぜ?」
樋渡の緩んだ顔は腹が立つけど。
ここまで来ると俺も陥落一歩手前って感じで、後は樋渡の思惑通り。
ついでに俺はもう酔いが回ってて、それ以上抵抗する気もなくしてた。
すっかり諦めてしまった俺に、樋渡は少し緩んだままの口元でキスを繰り返す。
深く絡まる舌の感触と耳に飛び込んでくるピチャピチャという濡れた音。
「……う、ん……っ」
その間に後ろに潜り込んでいた指が増やされて、身体は勝手に高まって行く。
「麻貴……中、熱いな」
それは酒のせいで、決してこの行為のせいじゃないって、言おうにも言葉にならず。
「う……っ、んん」
たぶん、指はもう3本くらい入ってて、異物感と圧迫感に襲われてた。
なのに、無意識のうちに腰が動く。
「気持ちいい?」
こういうことしか聞かないから、返事をする気が失せるんだ。
「……い、いから、さっさと、終わらせろ……」
「麻貴、」
樋渡は俺の言うことなんて全然聞いてなくて。
「愛してる」
ただ同じ言葉を繰り返す。
「んなこと……」
「言われると、照れ臭い?」
「じゃねーよっ!!」
会話の間にもときどき唇は塞がれる。油断すると耳や首筋を舐められたりもする。
「それとも、」
「……んだよ…?」
これ以上、話す気力もなかったが。
「言わなくても、ちゃんと分かってるから必要ない?」
呆れるのを通り越して、ちょっとムカついた。
樋渡が笑ってなければ、ここまでムカつかないのかもしれないけど。
……いや、逆に真顔で言われたらもっと引くかもしれない。
「そういうことで、麻貴ちゃん」
何が「そういうこと」なんだか。
樋渡はベッドのヘッドボードに手を伸ばしてゴム取り出すと、歯でピリッと袋を破った。
それも妙に楽しそうに笑ってて、俺はまたちょっとムカついた。



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