冬休み -5-




ベッドの中があまりに気持ちよくて、ずっと寝ていたいと思ったんだけど。
部屋に流れ込むいい匂いに釣られて目を開けてしまった。
その瞬間。
「麻貴、そろそろ起きろよ。もう夕方だぜ?」
まるでずっとそこで待っていたかのように、速攻で樋渡が俺に話しかけた。
……っていうか、待ってたんだろうな。
ぼーっとした視界を樋渡のドアップが塞いで、頬と唇に思いっきりキスされた。
「シャワー浴びてメシ食えよ。ほら、着替えとバスタオル」
「……んー……」
それでも、まだボンヤリが抜けなくて、めちゃくちゃスローな動きで起き上がった。
なんとなく身体がダルいのも、ただ寝過ぎたせいなんだけど。
「大丈夫か、麻貴?」
顔を上げた途端、バランスが取れなくなってベッドから転げ落ちそうになった。
当然のように樋渡に抱き止められて、ついでにニッカリ笑われて。
「そっか。わかったよ、麻貴ちゃん。一緒にシャワー、浴びような? 体は俺が洗ってやるから」
樋渡はすぐにそうやって自分に都合のいい理解をするんだよ。
「起きたばっかりでボーッとしてるだけだろ?? 余計な世話を焼くなよ」
樋渡付きでシャワーなんて浴びたら、本気で具合が悪くなりそうだ。
「全部やってやるからな、麻貴。体を洗って、服を着せて、ドライヤーかけて、ベッドまでだっこして運んでやるよ。飯もここで食えばいいし、な?」
樋渡って。
ガキの頃、着せ替え人形とママゴトしてたのかもしれない…と、たまに思う。
「ついでに『あ〜ん』して食わせてやるから、な?」
異常に楽しそうだもんな。絶対、変だよ。
「なんなら口移しでもいいけど?」
勝手にどんどんエスカレートしていくし。
「シャワーは一人で大丈夫だし、メシはちゃんとテーブルで食うよ。頼むから、俺に構うな」
スイッチの入った樋渡は、何を言われても浮かれたままだ。
「いいよな、長い正月休みに麻貴ちゃんと二人きり。時間の感覚なくなるくらいまったりしようぜ」
って言うか。
「明日、二人で手つないで初詣行こうな?」
……元から俺の言うことなんて聞こえてないんだな。
「家のことは俺が全部やるから、麻貴ちゃんは俺の相手だけしてくれればいいよ?」
完全にイッちまってるらしい。
こうなったら俺の手には負えない。
「進藤たち、また来てくれねーかなぁ……」
マジで、誰でもいいから樋渡のスイッチを切ってくれ。
「麻貴ちゃん、もしかしてギャラリーがいる方が萌えるとか?」
「なんの話してんだよ……ったく、変態エロおやじ発言はやめろよな」
充分、エロおやじなんだから。せめて言動だけでも気をつけてもらいたいものだ。
「麻貴ちゃん、相変わらず、」
「なんだよ?」
「口悪いよな。まあ、そこが可愛いんだけど」
相変わらずはおまえだってーの。
ついて行けねーよ。
……ってか、ついて行く気もないけど。
「正月くらい楽しく過ごそうぜ? な?」
俺だってそう思うけど。
「なら、もうちょっと俺の言うこと聞いてくれねー?」
「たとえば?」
「ヤル回数、減らせよ」
狙われながらじゃ、落ち着いて過ごせない。
先にヤル日を決めておけばいいんだよな。
「それって、一晩あたりの回数ってことか?」
「絶対量に決まってるだろ??」
一晩に何回もヤルこと自体、間違ってるとは思わないのか??
「具体的には何回までOKなんだ? 週一回とか言うなよ?」
「なら週に2回まではオッケーにしてもいいけど」
コイツの場合、溜めるとロクなことないしな。難しいところだ。
「……努力はしてみるけどなぁ……他には?」
「なんでもない時にペタペタ触るなよ」
「いいだろ、そんくらい。ちょっとでも麻貴の近くにいたいだけなんだから」
良くねーから言ってるんだろ??
ヤッてる時ならともかく、テレビを見てる時とか新聞読んでる時に服の中に手を入れるのはやめて欲しいよな。
「あと、いい加減に名前で呼ぶのはやめろよ」
「なんで? 名前の方が可愛いだろ? 麻貴こそ、そろそろ俺のこと名前で呼んでくれよ」
普通は男同士で名前なんか呼ばねーだろ??
「それから、呼ぶ時に『俺の』とか付けんなよ」
「でも、俺のだからな」
それを俺に主張してどーすんだよ??
「それと、人前でいちゃつくな。キスマーク付けるな。それから会社で俺の話は……」
「そんなにあるのかぁ?」
チラッと思いつくだけでも延々と続きそうなくらいあった。
いつも言ってることばっかりなんだけど、ぜんぜん改善されてない。それどころか悪化してる。
「とにかく、あんまり俺に構うなよ。自分のことは自分でするから」
まあ、メシを作ってくれるのは嬉しいんだけど。
「麻貴って冷たいよなぁ……」
「んなことねーよ」
ぶちぶち文句を言ってる樋渡を置いて部屋を出た。にわかに腰が痛い。
寝過ぎたくらいで腰痛って、どうかと思うけど。
考え事をしながらシャワーを浴びてたら、樋渡が入ってきた。もちろん服は着てない。
「麻貴、洗ってやるって」
「入ってくんなよっ!! 必要ねーって言ってるだろ??」
抵抗する力は残ってたが、泡だらけで逃げるわけにもいかず。
結局は樋渡に促されるまま、浴槽の蓋の上に座らされた。
「心配しなくてもホントに洗うだけだから大丈夫だって。麻貴はおとなしく座ってな」
真面目な顔で言うんだが。
座ってる俺の目線のナナメ下にあるソレが、ずいぶんな角度でしっかり勃ってるんだよな。
「こんな状態で信用できるかよ」
「なんで?」
俺は無言でそれを指で弾いた。
「好きなヤツが目の前に素っ裸で座ってるんだぜ? このくらいは普通だろ?」
そうかもしれないけど。
ってことは、俺は樋渡のこと、やっぱ好きじゃないんだな。
「なぁ、麻貴」
樋渡も同じことを思ったのか、ちょっと真剣な顔になった。
「おまえってさ、ヤラなくても全然平気なわけ?」
そんなこと聞かれてもな。
「……別に……まあ、樋渡としなくても、あんまり困らないけど」
自分で抜いても、すっきりイケればいいと思ってるし。
けど。
そこまで言ったら、樋渡が顔色を変えた。
「ちょっと待てよ、麻貴」
「なんだよ」
「おまえ、俺以外にも誰かいるのか?」
って言うか、なんでそういう解釈をするんだ?
「んなわけないだろ??」
だいたい、一緒に生活してるんだから、他に相手がいるかどうかくらいちょっと考えたらわかるだろ??
「なら、いいんだけどな。……なんか、麻貴って心配させるよな」
「おまえが一人で勝手に心配してるだけだろ??」
……ったく。
ふかふかの泡まみれの身体をシャワーで勢い良く洗い流して、俺を立ち上がらせた。
「じゃ、後ろ洗うからな?」
背中だと思って突っ立ってたら、いきなり違う部分に指が滑り込んだ。
「おまえ、どこに指入れてんだよ??」
慌てて逃げようとしたが、俺の腰に回された樋渡の手がそれを許してくれなかった。しっかり俺の腰を抱いて、体を密着させる。
「中も洗った方がいいだろ? どうせ後でヤルんだから」
「ふざけんなよっ!」
「じゃあ、今日はしないとして、明日ならいいのか?」
「週二回じゃなかったのかよ??」
「休み中はもうちょっと許可してくれよ。会社が始まったら、休みの前の日だけって約束するから」
だったら、まあ、いいか……と思ってたら。
「週末は金曜と土曜と日曜の午前中までオッケーだからな?」
樋渡は俺の背中を流しながらニッカリ笑ってた。
どうやら、それを決定事項にしたらしい。
「樋渡、一人で勝手に決めてんじゃねーよ」
「ちゃんと麻貴と話し合って決めただろ?」

……ぜんぜん噛み合ってねー……。



結局、隅々まで洗われて、ぐったりしながら夕飯を食って。
「麻貴、また寝るのかぁ??」
「絶対、入ってくるなよ」
自分の部屋に逃げ込んで鍵をかけた。



そんな感じで。
樋渡がダダを捏ねるから、初詣は一緒に行ってやったが、それ以外はほとんど外出することもなく、ソファでゴロゴロするだけの平和な日々を過ごした。
ただ、一つだけ、
「なぁ、麻貴、絶対、なんにもしないから、俺の部屋で一緒に寝てくれよ」
あまりにしつこく誘うので、仕方なく樋渡の部屋で寝ることになった。
その間、樋渡はずっとオアズケ状態だったが、無理やりなんてこともなく、四六時中「麻貴ちゃん」と「愛してる」を連発しながら浮かれて過ごしてた。
……何が楽しいのか俺にはさっぱりわからなかったけど。


そして、休みも今日が最後という日。
退屈なテレビを見ながら、予想外に平穏な正月休みだったなと思い返していると、洗い物を済ませた樋渡がすり寄ってきた。
なんとなく様子がおかしい。
「ま〜きちゃん」
「……なんだよ」
「最後の日くらい、いいよな?」
そんなことだろうとは思ったが。
「バカ、明日会社だぞ」
軽くはね付けるつもりでそう答えた。
……が。
「もう我慢できないんだけど」
怖いくらい真面目な顔で抱きすくめられて、ヤバイと思った。
「ちょっと、落ち着け、樋渡」
一度体を離したものの、指が食い込みそうなほど両肩を強く掴まれていて、危機感が倍増した。
そのまま俺にのしかかろうとする樋渡をできるだけそっと押し留めて、
「1回だけだからな?」
とりあえず、消極的なOKをした。
それでもキレたままだったらマジにヤバイと思ったが、樋渡はニッコリ笑った。
「分かってるよ、俺の麻貴ちゃん」
ホッとしたけど。
これって、樋渡にハメられただけなのかもしれない。

その後、樋渡はずいぶんと謙虚な姿勢でコトに臨んだ。
「麻貴も、ちゃんと受けてくれよな?」
明日が会社って日にヤろうとするのは気に入らないけど。
一回でいいって言うのは樋渡にしてはずいぶん譲歩してるんだろうな。
「……そりゃあ、いいけど」
『ちゃんと受ける』って言われても、何をすればいいのかわかんねーし。
一応、予防線を張ってみた。
「あんまり無茶するなよ?」
けど、樋渡はメチャクチャ顔を緩ませて、早速、俺の服を脱がせ始めた。
「ちょっと待てよ。ソファでヤル気か??」
こんな真昼間から?
カーテン開けたまま?
「なら、ベッドに行こう。な?」
弾んだ声に促されて、しぶしぶ立ち上がった。
反対に樋渡はすでに一人で盛り上がってた。
「いいよな〜。相思相愛って感じで」
ハートマークを飛ばしながら、俺の後ろをついてくる。
「わかったから、さっさと済ませろよ」
溜め息半分で投げやりにベッドに座る。その間に樋渡はちゃんとカーテンを閉めた。
「そのセリフはちょっと可愛くないけど……まあ、いいか」
樋渡の顔が近づいて。
キスするつもりなのかと思ったのに、ベロン、と音がしそうなほど思いっきり頬を舐めやがった。
「顔を舐めるなっ!!」
「首から下だけにしろってことか?」
「んなこと言ってんじゃ、」
ねーだろ、と言い終わらないうちに唇を塞がれた。いきなり深く舌を差し入れられて困惑する。
この勢いでヤラれたら、ロクなことにならない。
「……ん、んっ!! おまえ、ふざけんじゃ……」
顔を背けて文句を言い始めたら、樋渡が急にマジメな声で溜め息交じりに呟いた。
「麻貴、ちょっと黙って。俺、切れそうだから」
目を閉じて深呼吸してる樋渡に、さすがの俺も固まった。
樋渡、今度はナンのスイッチが入ったんだ??
……って、聞いてみたかったんだけど。
「頼むから、ちゃんと受けてくれよ」
「ちゃんと……って、言われても……まあ、それなりに、っていうか、えーっと」
あんまり積極的にヤルと、マジで会社に行けなくなりそうだしな。
「なあ、麻貴」
「うん?」
樋渡が真正面から俺を見て。
「そんなに俺が嫌いか?」
妙にシリアスに言うから。
「……そ、んなことも……ないけど……」
面食らって、ひどく曖昧な返事になった。
その後、樋渡は溜め息みたいな深呼吸をしてから無言で挿れる準備をした。
樋渡がどんな顔をしてるのか見るのが怖くて、俺は目を瞑ったまま樋渡のキスを受けた。
消し忘れたテレビの音がかすかに聞こえるだけの静かな部屋。
舌の絡まるクチュクチュという音が気持ちを煽る。
樋渡の体温がいつもより高く感じられて、どこに触れても熱が移りそうな気がした。
「……麻貴」
少しだけ唇が離れて、俺の名前を呼ぶ。
それが催促なんだってことは分かったから。
熱っぽい身体にそっと手を回したら、樋渡は少しだけ微笑んだ。
「……サンキュ」
そんな短い言葉が、どこか切なく響いて消えた。



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