愛しの麻貴ちゃん


B型番外
(ちなみに進藤くん視点)


<まよねーず大作戦>

多くを語ると墓穴を掘ることを悟ったのか、子猫にしては口が悪いということを自覚したのかは分からないけど、森宮はさらにまたしゃべらなくなった。
全てを目線と態度で示す。
でも、「まよねーず」という単語だけは相変わらずちゃんとしゃべった。

「まよねーず」
この日も森宮はご飯でもおやつでもない時間に樋渡にマヨネーズをねだっていた。
樋渡の目と冷蔵庫をかわるがわる見つめてる森宮はまあまあ可愛い。
もちろん樋渡は甘やかし放題だから、「待ってろよ、可愛い麻貴ちゃん」とか言いながら、楽しそうにキッチンへ行く。
その光景を見て、「子犬をしつけるときってアイコンタクトが基本なのよ」と会社の子が言っていたことを思い出した。
……もちろん、この場合、しつけられてるのは樋渡だけど。


そして、持ってきたのはチューブではなくて、白いシュガーポット。もちろんスプーンつき。
でも、ふたを開けると森宮の大好物の匂いが。
「それ、マヨネーズなんだ?」
聞いてみたら、手作りだと言われた。
「塩分の取りすぎはよくないだろ? それにあんまり酸っぱいのも好きじゃないみたいだから」
そう言いながら、ソファに座り、膝にタオルを敷く。それから、森宮をその上に乗せ、指先にほんの少しマヨネーズをつけた。
どうやら、樋渡は指にマヨネーズをつけて森宮にちゅっちゅしてもらうことを覚えたらしかった。
「麻貴ちゃん、マヨネーズおいしいか〜?」
樋渡は相変わらずゆるゆるに溶けまくり、ご機嫌なことこの上なかったが、よく見ると森宮は指を『ちゅっちゅ』どころか、ガジガジかじってた。
「……樋渡、痛くないの?」
聞いてみたところで、
「麻貴ちゃんのおくち、可愛いなぁ」
そんな返事しか来ない。
こんなときの樋渡はきっと脳まで一緒にとけているので痛みは感じないんだろう。マヨネーズがすっかり舐め取られた指先にはいくつもの点々歯型がついていた。
そんな状態で舞い上がっている樋渡とは対照的に、森宮はいたくご不満な様子で。
かじられているのにゆるく溶けまくる樋渡が嫌だったのか、単にその方法が食べにくかっただけなのかは分からないけれど、だんだん不機嫌になっていく。
「森宮、どうしたの?」
日本語で答えてくれてもいいけど、樋渡が落ち込むことは言わないでよねと思いながらも聞いてみたけど。
森宮は何も言わず、おもむろに樋渡の指先から口を離し、こっちをじっと見てから冷蔵庫に視線を投げた。
それはどう見てもごはんのおねだり。
でも、それは樋渡の役目のはずなんだけど……。
「……樋渡、森宮が冷蔵庫を見てるんだけど。お腹空いたんじゃないかな?」
それって俺の仕事じゃないよねという気持ちを込めて言ってみたら、樋渡がピクッと反応した。
「麻貴ちゃん、すぐにご飯にするからな。そういうことは進藤じゃなくて俺に言えよ?」
樋渡はそのまま慌ててご飯の準備に行ってしまった。
ちょっと傷ついたらしい。
「森宮、樋渡が悲しむようなことするなよ?」
って、声をかけたときには、森宮はマヨネーズの入れ物に顔を突っ込んでいた。
「……森宮、もしかして、これって作戦だったの?」
普通に樋渡にご飯をねだったら、マヨネーズはそのついでにキッチンへ片付けられてしまうかもしれない。
だから、代わりに俺に言って、動転した樋渡が慌てて冷蔵庫へ走って行けば、マヨネーズは置いていくかもしれない。
そういう計算のもとにやっているのだとしたら、すごいなって思ったけど。
手とひげをベタベタにしてマヨネーズを食べ続ける森宮にそんな深い考えはなさそうだった。
ただ単に、森宮から見たら俺も樋渡も世話をしてくれる人間に過ぎないってことなんだろう。
……まあ、本当にそれが理由だとすると樋渡はものすごく可哀想だけど。


樋渡がご飯の用意を終えて戻ってくる頃には森宮の口の周りはすっかりベタベタになっていた。
それを見ても。
「あ〜あ、麻貴ちゃん、可愛いお顔が台無しでちゅね〜?」
怒ることもなく、とける樋渡。
どう考えても、森宮の思うツボって感じなんだけど。
「樋渡、いくらチュッチュが楽しくてもマヨネーズは森宮の身体に良くないと思うけど」
早く死んじゃってもいいなら俺はこれ以上何も言わないけどねと忠告したら、樋渡も少し考えたようで。
次の瞬間からマヨネーズ食べ放題は禁止になった。
森宮は最初、「よけいなことを言いやがって」とばかりにムッとしたまま俺の顔を見つめていたけど。
「はい、麻貴ちゃん。大好きなササミだよ」
目の前にゆでたササミの皿が置かれると今までのことはすっかり忘れてご飯に集中してしまった。
そういうところは子猫らしくてちょっぴり可愛い森宮だった。


ご飯を食べ終えてから、樋渡は片手で森宮を抱き上げて顔と手を拭いてやった。
なんとそのためにわざわざウェットティッシュを温めてくるという念の入れよう。
温かいから気持ちよかったのか、森宮もおとなしく拭かれていたけど。
「んー、麻貴ちゃん、きれいになったな」
乾いてふわふわになったほっぺにすりすりされたら、樋渡の顔面に高速ネコパンチをペペペペペペシっっと炸裂させていた。
でも、森宮の小さな手では痛くも痒くもなかったらしく、
「麻貴ちゃん、今日も元気だな〜」
樋渡はやっぱりとけていた。


ちなみに。
森宮は樋渡をパンチするとき以外、素早く動いたことはない。


マヨネーズが禁止になったあと、打撃を受けたのは樋渡の方で。
「麻貴ちゃんのお口、かわいかったんだけどな」
しばらく森宮がチュッチュしていた指をぼんやりと見つめていた。
その寂しそうな背中があまりにも不憫だったんだけど。
でも、樋渡はめげることなくすぐに次のワザを考え出した。
「何してるの、樋渡?」
お腹が一杯になって眠っている森宮の口元に人差し指を当てたら、森宮は寝ているくせにチュッチュしはじめた。
でも、指にはなんにもついていない。
「マヨネーズをつけて拭き取ったから、これなら安心だろ?」
ほのかに残った匂いだけでちゅっちゅしてもらうことにしたらしい。
しかも、起きている森宮だと効き目がないからと、寝ているところを利用するなんて。
「んー、麻貴ちゃん、可愛いな。今度、口につけてみようかな?」
森宮からキスをしてもらうためにそんなことまで。
そんなことをしたら、森宮にかじられて流血沙汰になると思う。
「……それは、やめといた方がいいんじゃない?」


こうして姑息な手段ばかりを編み出しながら、樋渡の一方的なラブラブ生活は続くのだった。



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