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 <お昼寝三昧>
 この季節にしては今日はやけに寒かった。
 樋渡が家事をする間、森宮の世話を頼まれたんだけど。
 森宮は相変わらずすやすやと眠っていて、樋渡がうっかり床に雑誌を落として「バサッ」という音がしてもまったく起きる気配がなかった。
 「掃除機かけても寝てるときがあるんだ。麻貴ちゃん、本当に手がかからなくていい子だよな」
 って樋渡は言うんだけど。
 
 ―――それはいくらなんでも無神経すぎるんじゃ……?
 
 第一、放っておけば手のかからない子猫に無理矢理手をかけようとするのはどうなんだろう。
 普通の子猫がこんなに四六時中構われたら、ストレスで10円ハゲができそうだ。
 まあ、森宮に限ってそれはないだろうけど……。
 そういう意味では、樋渡と森宮は案外相性がいいのかもしれない。
 
 
 掃除をしていた午前中は、たまにだけど日も差してまずまずの陽気だったのに、俺と樋渡がテレビを見ながらうっかり寝てしまった後になってから急に薄暗くなり、にわかに冷え込んできた。
 外を見たらいつの間にやら雨が降っていた。
 樋渡はベッドにもぐりこんでいたから、多少部屋が冷えたくらいのことはちっとも気付かずにくーくー寝ていた。
 その間、森宮は樋渡から解放されて可愛いチェックのネコベッドで寝てたんだけど、どうやら寒くなってきたらしく、もごもごとそこから出てきて俺の膝に上がろうとした。
 「森宮、あっち行ってベッドで寝なよ。樋渡、喜ぶよ?」
 そう言ってみたんだけど、森宮は嫌そうな顔をしただけ。
 飼い猫にそこまで嫌われるってどうなんだろう。
 樋渡が可哀想になったから、ちょっと誘い文句を変えてみた。
 「ベッドで寝たら、起きてからすごくおいしいものが食べられるかもしれないよ?」
 常日頃からいいものだけを食べてる森宮にそんな手が通用するんだろうかと思ったけど。
 そこはやっぱり子猫だから、「おいしいもの」という単語には弱かったらしい。
 耳がピクッと動いた。
 それから、ちょっと迷って、とりあえず俺の膝からは手を離したんだけど。
 それでもやっぱり樋渡のベッドには行かず、ソファの上で考え込んでしまった。
 ……おいしいものが食べられても樋渡のベッドは嫌なのかなぁ……
 キレイ好きの樋渡だから、ベッドもメチャクチャきれいだし、布団もしっかり干されやフカフカ状態。俺から見てもすごく気持ち良さそうなんだけど。
 何がそんなに嫌なのかというと、樋渡が「麻貴ちゃん、今日も可愛いでちゅね〜」とか言いながらベタベタ構いまくるせいなんだろう。
 
 森宮はしばらくその姿勢で迷っていたけど、電池が切れたみたいに急にコロンと横になってしまった。
 「森宮?」
 どうやら考えるのが面倒になってしまったらしい。
 そのまますぴすぴと寝息を立て始めた。
 「……寒かったからここへ来たんじゃなかったの?」
 森宮は子猫のくせに面倒くさがりだ。
 だから、ちょっと嫌になるとすぐに投げてしまう。
 「森宮、風邪引くよ?」
 声なんかかけてみても、眠った森宮には聞こえない。
 「仕方ないなぁ」
 俺も迷ったけど、とりあえずそっと森宮を抱き上げて樋渡のベッドに入れてやった。もうすっかり眠ってしまっているから、自分がどこで寝ているのかなんて分からないだろうと思って。
 実際、森宮は温かい樋渡にピトッとくっついて気持ち良さそうに眠っていた。
 
 
 
 そして30分後。樋渡が起きた。
 「んー、麻貴ちゃん、そんなに俺のことが好きなのか〜?」
 こんなことを言ってるから、森宮に嫌われるんだろうってことは本人だけがわかっていない。
 ある意味気の毒だと思う。
 「あのね、樋渡」
 言葉を選びつつその旨を伝えてあげようとした時、森宮がいきなりムックリ起き上がった。
 でも、その目は据わってた。
 まあ、起きたばっかりだから半目なだけ。
 ……だったらいいんだけど。
 「おはよう、麻貴ちゃん。あったかくてふわふわだな〜。んー、気持ちいいお腹。俺、このまま死んでもいいかも」
 森宮のお腹に頬を当てながらそんなことを口走る樋渡を見ながら、その言葉に森宮が遠慮なく頷いたらどうしようと思ったんだけど。
 樋渡を見上げた森宮の顔は少し困っているように見えた。
 「どうした、麻貴ちゃん?」
 ちょっと驚いた樋渡に対して、森宮からはこんな返事が。
 「……あたらしい飼いぬし」
 こういう場面だとちょっと理解に苦しむコメントなんだけど。
 俺の耳には、『おまえは別に死んでもいいけど、ここよりもっといい新しい飼い主を見つけてからにしろよ』の意味に聞こえた。
 けど、森宮がちょっと困った顔をしているせいなのか、樋渡はそう思わなかったみたいで。
 「大丈夫だよ、麻貴ちゃん。新しい家になんて絶対にやらないし、一生側にいてあげるからな?」
 またしてもゆるく溶け始めた。
 
 森宮は子猫だから、相変わらずもう一歩のところが通じないんだけど。
 だからこそいいことだってあるわけで。
 この「新しい飼い主」が実はどういう意味かってことは、今のところ森宮にしか分からない。
 でも、樋渡にむぎゅむぎゅっと抱き締められた森宮は、相変わらず「けっ」という顔をしていた。
 
 
 とにかく。
 「麻貴ちゃん、おやつにしような? どれでも好きなの食べていいからな」
 樋渡がそんな事実を知らないおかげで、森宮はお気に入りのおやつをもらい、そこそこゴキゲンに午後を過ごしたのだった。
 
 
 
 
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