愛しの麻貴ちゃん


B型番外
(ちなみに進藤くん視点)


<会社で親ばか> 


樋渡は会社に行っても森宮の写真をデスクに置いていた。
「わー、かわいい。まだ子猫ちゃんなんですね。名前はなんていうんですか?」
その写真はいつもの「ちっ」や「けっ」な森宮ではなく、ちっちゃくてふわふわで、まん丸い目でカメラを見ているようなやつだった。
「可愛いだろ。俺の麻貴ちゃん」
確かにこういう顔をしている森宮は可愛い。
……すごくたまにしかしないけど。
俺の正直な感想からすると、この写真は明らかに詐欺だと思うけど、樋渡の目に映る森宮はきっと常にこうなんだろう。
そうじゃなければここまでデロデロになれるはずがない。
「麻貴ちゃんっていうお名前なんですか? じゃあ、女の子なんですね」
「いや、男の子。……世界で一番可愛いけど」
親ばかもここまでいくと本当にすごい。
でも、動物が好きな女の子はとても納得した様子で頷いてるだけだ。
『うちの子が一番』って思うのは飼い主にしてみればきっと普通のことなんだろう。
……だが、樋渡が言うとちょっと暑苦しいのも事実だ。
「まだ小さいからいろいろ手がかかるんだけどな」
それだって、勝手に世話を焼いてるだけ。
森宮自身はきっとあんまり構って欲しくないと思ってるはずだ。
でも、樋渡ビジョンでは自分がいないと生きていけないいたいけな赤ちゃん猫なんだから仕方ない。
「じゃあ、今頃は一人でお留守番なんですね。寂しくないのかなぁ。ケージに入れてくるんですか? それとも専用のお部屋があるんですか?」
「いや、リビングもキッチンもトイレもバスも出入り自由。大人しくていい子だから悪戯はしないし、部屋も散らかさない」
樋渡が自慢する通り、それは嘘じゃない。
森宮は本当に何にもしないから部屋だって散らからない。
ときどき場所を移動しながら一日中すぴすぴ寝てるだけだ。
「でも、淋しいみたいで帰ってくると真っ先に俺のこと呼ぶんだよな」
「わあ、あまえんぼうなんですね」
そういう言い方をすれば可愛く聞こえるんだけど。
樋渡がドアを開けた瞬間に森宮が言う「ごはん」って言葉は、別に樋渡を呼んでるわけじゃなくて、そのまんま「お腹がすいた」って意味だ。
たぶん思い込みが激しすぎて誤解してるんだろう。
あるいは、本当はわかってていながら、ものすごく自分に都合のいい解釈をしてるだけなのかもしれない。
それについてはあまり追求したくなかったので、なんとなく話を逸らしてみようと思って。
「そう言えば樋渡の部屋、ライブカメラがついてたよね?」
そんな言葉を振ってみたら、樋渡が携帯を取り出した。
「携帯からは静止画しか見られないけどな」
そこにはネコベッドの真ん中にのびのびと寝ている森宮が。
「あ、そっか。進藤さんはよく遊びに行くんですよね」
「いいなぁ、動くところが見られて」
「まだ子猫ちゃんだから、ふわふわコロコロですよね」
みんなそう言うんだけど。
「実物もあんまり変わらないよ。……滅多に動かないから」
森宮の場合、ライブカメラの映像がたとえ動画で送られてきたとしても「壁紙」と間違われるに違いない。
目の前で眺めていても、自分から動く現場を見ることは滅多にない。
「あ、でも、もう少ししたらご飯に起きるかな」
食べたらまたすぐに寝てしまうこともわかってるけど。
まあ、お腹が空けば起き上がるから、森宮がぬいぐるみでないことだけは確認できるだろう。
「子猫って本当に食べて寝て遊ぶだけですよね」
「……そうだね」
森宮が遊んでいるところは一度も見たことがないけど。
「森宮って、何が楽しくて毎日過ごしてるんだろうな」
ぽつりと呟いた俺に、
「そうだよな。だから、本当はずっと一緒にいてやりたいんだけどな」
樋渡が真面目に答える。
でも、俺が思うに森宮は一人ですぴすぴ寝ている時の方が何倍も楽しいに違いない。
……樋渡には言えないけど。
「俺の麻貴ちゃん、世界で一番可愛いからな」
ゆるゆるの親バカぶりに女の子たちはクスクスと笑う。
でも、動物好きの男は「親バカ」もしくは「変なヤツ」と思わても「嫌なやつ」と判定されることはない。それだけは不幸中の幸いだ。
この場合の「不幸」というのは、言うまでもなく、樋渡が森宮に嫌われているということだけど。
「な、進藤。俺の麻貴ちゃん、可愛いよな?」
でも、樋渡はそれさえ気付いていない。
「……うん。そうだね。今日も早く帰ってあげるといいよ」
「待ってろよ、俺の麻貴ちゃん」
携帯の画面に頬ずりしながら、この上なく幸せそうな顔をしている樋渡を見ると、やっぱり何も言えない。
その代わりに心の中で祈ってあげた。

愛しの麻貴ちゃんと、いつか本当に幸せになれるといいね。








……多分、無理だと思うけど。




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