らいと・ぶらうん
- Light brown eyes -





タクシーで連れていかれた場所は、オートロックの瀟洒なマンションだった。
入り口で暗証番号と部屋番号を教えてもらった。
「スペアキーはあとでもう一人の居候から受け取れ。おまえのことは話してある」
インターホンを鳴らすと、すらりとした男がドアを開けた。
「佐伯、あと頼んだぞ」
颯は玄関に荷物を置いて、俺をそいつに押し付けるとさっさといなくなった。
俺は急な展開についていけず、呆然としていた。
我に返ると男が俺の顔を覗き込んでいる。
「佐伯克実です。よろしくね、東騎クン」
ちょっと、オネエな感じだった。
俺は多分、それを顔に出してしまったんだろう。
「やだ、普通に話したつもりだったのに」
「いいです。慣れてますから」
店の何人かもそんなだったから。
でも、あれはゲイバーらしさを演出するためかもしれない。
「入って。お部屋、案内するから」
てっきり佐伯さん一人だけだと思ったのに、中にもう一人男がいた。
「マチちゃん、来たわよ、東騎クン」
「こんにちは」
佐伯さんよりは判りにくいが、やはりそっち系の男。
「マチちゃんとか呼ばれてっけど、ほんとは待島です」
言葉遣いは普通だった。
佐伯さんのカレシって感じかな。
「夏原東騎です。お世話になります」
「あらぁ、イイコね」
佐伯さんが俺の頬にキスをした。
「驚かないって事は、そういう子なんだね?」
待島さんが茶目っ気たっぷりに笑った。
「颯ちゃんが通い詰めてたバーのコよ」
「ああ、熱出して倒れたって子だね。颯、出先から連絡もよこさないから、行方不明になったって大騒ぎだったんだよ。君んち行ってたんでしょ?」
そんなことになっていたとは……。
全然知らなかった。
挙句の果てには『店で飲んでいきなよ』なんてお茶らけて誘って、その後2日間も俺んちにいさせてしまった。
なんか、申し訳なく思った。
同時に、ますます颯がよく分からなくなった。
なにもそこまでしなくてもいいんじゃないか?
もしくは、そこまでするんなら下心があってもいいんじゃないか?
「ここよ」
案内された部屋にはベッドと机、壁の半分を覆い尽くすような大きな空の本棚が置かれていた。
「このマンションには異質な感じでしょ? なんか、子供の勉強部屋みたいだし、颯ちゃんが男の子預かるって言うから、隠し子なんじゃないかって大騒ぎしちゃった」
ふうん、って感じだった。
颯から見たら、俺は『男の子』なのか。
そりゃあ、口説こうなんて思わないわけだよな。
青とグレーで統一された室内。本当に子供の勉強部屋みたいだった。
「隠し子にしては大きいもんね。学生なの?」
「いえ。無職です」
「じゃあ、なんで机と本棚なんだろうね? 颯がわざわざ入れてたんだよ」
本が好きだと思ってるんだろうな。
まあ、店で最初に会った時なんて、本に集中するあまり颯が来ていることに気付かなかったんだ。
そう思われてもムリはないけど。
そう言えば、部屋に来た時も隅に積まれた本の山を不思議そうに見ていたっけ。

……そんな颯のひとつひとつを覚えてしまうから忘れられなくなるんだよな。

佐伯さんは玄関に置き去りにされていた俺の荷物を取ってきて、勝手に持ち物チェックを始めた。
「着替え、着替え、お財布、着替え、領収証、本、本、本、本……」
「なるほどね」
「本、好きなんだぁ……。東騎クンのためなのねぇ。愛を感じちゃうわぁ」
「颯、もしかしてマジか?」
二人の間で話は進行していく。
「僕の時なんて、本棚も机も何もなかったのにぃ」
「ベッド以外は必要ないと思ったんじゃないか?」
待島さんがケラケラ笑った。
「僕は颯ちゃんみたいに鬼畜じゃないけど」
佐伯さんが口を尖らせている。
「鬼畜って言えば、東騎くん。颯とはもう寝たの?」
「え??」
なんてことを聞くんだろう。
俺は首を左右に振った。
寝たには寝たけど2年も前の話だ。
だいたい颯はあの時のことなんてとっくに忘れている。
「えー? ホントにぃ? あの颯ちゃんが? 信じられない」
佐伯さんが目を丸くした。
「颯って、手、早いのかな?」
「会ったその日なんてザラよ」
だよな……。少なくとも、2年前はそうだった。
「でも、実は好みがかなりうるさいんだけど。いつもは妥協なのかしらね?」
「ヤルだけなら、なんでもいいんじゃないか?」
「やったあとは一応、ちゃんと付き合ってるみたいだけど、あっという間に別れちゃうのよね。せいぜい1、2週間」
それって、付き合ってるって言うのかな。
「面倒くさくなっちゃうんだろ? だって、初めから好きでやっちゃったわけじゃないんだもん」
「ひどいわよねぇ」
あの時の俺とは、たとえ一週間でも付き合う気なんてなさそうだったけどな。
そう思いつつも黙って聞いていた。
「東騎クン」
「はい」
「颯ちゃんのこと、どう思う?」
初めて会った人に全部を話す必要はない。
「……よく分からないよ。実は、あんまり話したことないんだ」
嘘にならない程度の返事。
「じゃあ、なんでここに連れてこられたの?」
「見るに見かねてって感じなのかな」
理由は俺にも分からなかった。
俺はコトの成り行きを簡単に佐伯さんと待島さんに話した。
「ホントにそれだけ? 男の子を引き取るって言ってた時、颯ちゃん嬉しそうだったよ」
「知らないよ。なんでこんなにしてくれんのか俺が知りたいくらい」
「ふうん、そうなんだ。……やっぱ、ヤリたいんじゃない?」
俺だって最初はそう思った。
「けど、誘ったら、『プライドはないのか』って怒られたよ」
「颯ちゃんは、プライド高いもんね」
それはモロわかる。何がっていうんじゃないけど、なんとなく。
「颯って、ノンケに見えるけど」
「どっちもイケルくちよ」
「そう。でも、俺には何にもしないんだよな」
ちょっとでもその気があるなら、チャンスはいくらでもあったのに。
「颯ちゃん、ムッツリだから」
佐伯さんは笑うんだけど。
「俺なんてなんて全くの対象外。そういう感じだけどな」
俺がガキだから?
それとも、ホストなんてしてるヤツはダメなんだろうか。
「そのうちわかるよ。いくらちょっとお金に余裕があるからって、見返りなく借金肩代わりして、おまけに自分の別宅に住まわせるわけないんだからさ」
この金持ちぶりを『ちょっとお金に余裕がある』で片付ける待島さんも実は金持ちなのかもしれない。
「油断してると『パクッ』って食べられちゃうわよ」
佐伯さんの口調には、それを期待していることを感じさせた。
けど、期待には応えられないな。
油断どころか、誘って断わられてるんだから。
「それとも食べられてみたい?」
抱き付いても無反応なんだ。
どう考えてもダメだろう?
いろいろと思い出したり、思い巡らせたりしていると佐伯さんが笑った。
「東騎クンには話しといてあげた方がいいのかな。ノブタカくんのこと」
「ノブタカくん?」
「そうそう。颯の『一生の不覚』の話」
それが颯が今でも探している茶色い目のヤツのことなのだろう。
「前にね、偶然知り合ったらしいんだけど。酔った勢いで無理やりやっちゃったのよ」
佐伯さんも待島さんも知っている。颯の過去。
「それだけ?」
手の早いヤツが『一生の不覚』って言うほどのことじゃないと思うけど。
「それがね、どうやら中学生だったらしいのよ。酔いが覚めて、中学生だってわかったら慌てちゃって、逃げてきたらしいのよ。笑っちゃうでしょ?」
言われてみれば、あの写真も中学生くらいだった。やっぱり一夜の情事ってヤツだったのか。
顔もロクに覚えてないわけだ。
「しかも、アイツ、お金渡してきたんだって。それも2万とかそんな、一晩買ったにしても安すぎる金額」
待島さんがクックッと笑った。
「……それって、なんかおかしい?」
「だって、中学生とヤってお金渡す?」
「普通だと思うけど」
俺の時もそうだった。まあ、それは俺が「金がないから貸してくれ」って言ったせいなんだけど。
「キミも相当病んでるわね、東騎クン。それって犯罪だと思わない?」
「思うけどさ。レイプしたわけじゃないんだろ?」
だったら、訴えられてるよな。
じゃなかったら、泣き寝入りしてくれたかだ。
「とにかく颯ちゃんはそれ以来、やる時は年齢確かめることにしたのよ。東騎クン、年齢聞かれなかった?」
年齢……。
そう言えば何度も聞かれた。
「何度も? やっだなぁ、颯ったら……きっと、やりたくてしょうがないんだねェ」
待島さんは笑うけど、俺に年齢を聞いたのはその人じゃないかと思ったからで、抱きたかったからじゃない。
「そんなわけで、颯のボーダーラインはハタチなんだよ」
「でも、気を付けなさい。東騎クンみたいな子には、颯ちゃんはムッツリで鬼畜で疲れ知らずでねちっこいと思うわよ」
「佐伯さん、寝たことあるの?」
住まわせてもらってるっていう事に関しては俺と同じ立場だし。
気になって聞いたんだけど。
佐伯さんはケラケラ笑った。
「僕は颯ちゃんとはそう言う関係じゃないんだよ。けどね、分かるのよ。付き合い長いんだから」
2年前はごく普通に抱いた。
痛がる俺を宥めながら、優しい瞳で口付けた。
いきさつとか、その時話した事とかはロクに覚えていないくせに、なんでそういうことはしっかりと思い出すんだろう。
……なんか、どんどん辛くなりそうな気がした。





それから一週間。俺は何事もなく生活していた。
毎日のように顔を出す待島さんと、マンションに帰ってくるのは常に午前様という颯との、ほとんど4人暮らし。なのにメゾネットタイプのマンションはそれでもまだ部屋が余っていた。
俺のケガはまだ治ってなくて思うように動けずにいたが、掃除くらいはなんとかできたし、颯の部屋の雑誌や本を好きなだけ読めたので、暇を持て余すこともなかった。
ただ、相変わらず颯とはあんまり話さなかったけど。


「颯ちゃん、仕事押してるみたいね」
今週は絶対ここへは帰ってこないだろうと佐伯さんが言っていたから、俺は自分の中で立ち入り禁止に指定した颯のお泊まり部屋にこっそり入ってベッドに潜り込んだ。
颯のことをこれ以上好きにならないようにしようと思って近づかなかっただけなんだけど。
「ん〜……気持ちいいなぁ」
風呂上り。
颯の匂いがする部屋で、ベッドに横になって本を読む。
現実逃避にはちょうどいい。
バレないうちに自分の部屋に戻るつもりだったのに、颯の匂いから離れられなくて、そのまま眠ってしまった。
「人の部屋で何やってるんだ? しかも、素っ裸で」
颯が帰ってきたのは午前2時。
俺はそのとき颯のシャツを抱き締めて熟睡していた。
腰の辺りに申しわけ程度にシーツがかかっているが、下着さえ付けていないことは一目瞭然だった。
「人のシャツを勝手に出すな」
颯が呆れて見下ろしていた。
俺はそんな颯に背を向けた。
尻にスースーと風が当たる。
「……颯の匂いだけで、イッちゃいそう」
半分は寝言だった。
「おまえ変だぞ。家にばかりいないでたまには外の空気を吸ってこい」
颯はシーツを掛け直して部屋を出ていった。
バタンとドアの締まる音。颯はゲストルームで寝るつもりらしい。
「やっぱ、抱かねーじゃん」
怒られなかったのをいいことに、俺はふてくされてそのまま颯の部屋で眠った。
シャツも取り上げられることはなかった。



「颯って、ロリコン?」
俺のナンの脈絡もない質問に一瞬笑ったものの、佐伯さんはちゃんと答えてくれた。
「まあ、中学生やっちゃったくらいだから、かなり年下でもイケるんだと思うけど、いつもはだいたい20代前半くらいよ。年上はダメらしいけど」
いつもは…ってさ。俺はそんな広範囲にさえ入んないわけ?
「どういうのが好みなんだろうなぁ」
「気になるの?」
「……うん」
ノーマルなヤツならともかく、素っ裸で寝ている俺に手を出さなかったのは颯だけだ。
よっぽど守備範囲から外れているってことなんだろう。
「んー、好みって言ってもね……。だいたい一過性で長続きしないし。付き合ってたコに共通点ないし」
なんでもいいってことじゃねーか。
溜め息を吐きながら、先日、マンションに来た男のことを思い出した。
待島さんの友達で、取り立てて魅力的でもない普通の男だったけど、颯はそいつと関係があったらしい。
歳は25くらいだった。
俺って、あれ以下なわけ?
そう思うとちょっと落ち込んだ。
「じゃあ、なんで、俺、不合格なわけ?」
「そりゃあ、ハタチだと思われてないからでしょ。20歳未満は、どんなにカワイクてもやんないのよ。鬼畜な颯ちゃんが踏み越えない唯一の条件」
それにしてもさ。
「俺、ほっぺにキスしかしてもらったことないよ」
そう言ったら、佐伯さんと待島さんが同時に吹き出した。
「やだ、颯ちゃんったらぁ。そんな可愛いことしちゃうの??」
「どうしちゃったんだろうね?」
って言うか。
それってコドモ扱いってことだろ?


……かなり絶望的じゃん。



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