颯は乱暴に俺を押し倒した。
荒っぽいキスをしながら、俺の服を脱がせる。
いつの間にか自分もシャツを脱いでいた。
「体を売る時はただ寝てるわけじゃないんだろ? 同じようにやってみせろよ」
「ぐちゃぐちゃ言ってないでさっさと挿れればいいだろ」
言い返すと颯は意地悪く笑った。
着ているものを全部脱いで、ローションで濡らすと軽く指でほぐしただけでいきなり俺を貫いた。
口とは裏腹に覚悟はできていなかった体に激痛が走る。
「……ってーよっ! もうちょっと気ぃ遣えっ……」
切れてはいないと思ったが、それにしてもひどく痛んだ。
初めて抱かれた時だって、颯はもっと優しかった。痛みは変わらないけれど、俺を労わってくれているのがわかったのに。
今の颯は別人に思えた。
「色気ないな。もっと気分出してやれ。金を貰ってたら、多少のことは我慢するんだろう?」
颯は冷たい眼で俺を見下ろした。
なんの前触れもなく目の奥が痛くなって、込み上げてきた涙が目尻から流れ落ちた。
「こんなことで泣くくせに客を取ろうとしてたのか? もっと乱暴な奴なんて大勢いるだろう?
妙な趣味のある奴もな」
本当に、颯はぜんぜん分かってない。
「……いいから、さっさとやることやれよっ……」
「泣かれてまでできるか」
颯はさっさと俺から引き上げ、覆い被さっていた身体を離す。少し身体を起こしてテーブルの煙草を取った。
「俺が、颯のこと、好きだって、知ってんだろ? なのに、なんで、こんなふうにするんだよっ…」
泣きじゃくりながらそう叫んだ。
颯が背中を向けてなかったら、言わなかっただろう。
こんな顔は見られたくなかった。
「おまえがバカなこと言ってるからだろう? 少しは反省したか?」
振り返ったのはいつもの颯だった。
「金を受け取って寝るって言うのはそういう事なんだ。この先おまえがどんなに惚れても、そいつにとっておまえは金で買えるヤツにしかなれない」
俺は泣きながら頷いた。
「それから」
颯は煙草を消して、泣いている俺を抱き寄せた。
「ガキのくせに『今更』なんて言うな」
涙が止まらなかった。
「……もう、抱いてくれねーの……?」
ギュッと抱き締め返して颯の胸に顔を埋めた。
「泣き止んだらな」
颯の腕の中は温かかった。
俺の髪に絡みつく颯の指。
颯はキツく抱き締めていた手を緩め、俺の顔を覗き込んだ。
それから、ぐちゃぐちゃに泣きはらしている俺の顔を見て笑うと優しく口付けた。
せっかく止まりかけていた涙が、また溢れてきた。
身体を売ったことなんて何度もあった。
いいことじゃないと分かっていたけど、世間が言うほど悪いことでもないと思っていた。抱かれれば痛みもあった。たいして気持ちよくもなかった。
けど、別にどうってことない。ずっとそう思ってた。
後悔したのは今日が初めてだった。
ほんとは颯に抱かれる資格なんてない。
考えるとどんどん落ち込んでしまいそうだったけど、颯の鼓動が静かに俺を宥めた。
いつの間にか眠っていた。
ぺちぺちと頬を叩かれて目を覚ました。
「勝手に寝るな」
「……う……ん?」
「泣き止んだらと言ったはずだろ?」
「……え?」
まだ寝ぼけている俺の唇を塞ぎ、いきなり舌を絡ませてくる。
「……ん、、颯……やめ……」
眠気は一気に吹き飛んだ。
どんなに突然でも、身体はちゃんと反応していた。
「やめるか?」
颯が意地悪く微笑んで身体を離す。
「……え……ちが……う……」
笑って見下ろしている颯に焦らされて身体が熱くなる。
「……ん……颯」
「鬼畜でムッツリだって聞いてるんだろ?」
颯の手が俺の下半身に伸びた。
少し触れられてだけでドクンと脈打つ。
「う……っん……」
不意を突かれて吐息が漏れる。
「起こされたのが不満か?」
慌てて首を振ったが、それだけでは足りなかった。
「して欲しかったらそう言ってみろよ」
とっくに我慢できなくなっていることなど百も承知で返事を求める。
颯の涼しい顔が羞恥心を煽る。
金を受け取っている相手になら簡単に言えるのに。
今はどうしても言葉にできなかった。
颯は急に触れていた場所から手を放した。
「あ……」
「返事は?」
もう一度唇を塞ぐ。
唇が離れた時、目を逸らしたままやっと呟いた。
「颯が……欲しい……」
口にした瞬間、体中が熱くなった。
颯は相変わらず意地悪な笑みで俺の閉じられた両膝を割って脚を絡ませる。
手が肌の上を滑り、胸の突起に触れた。
目の前に颯がいて、肌が触れ合っているということだけでイッてしまいそうなくらい気持ちが昂ぶっていた。
「う……、ん……あっ……、ぁ、、……んんっ……」
颯の手が触れた場所からゾクゾクするような快感が這い上がってくる。
「ダメ……颯……」
「遠慮せずに達っていい」
透明な液が先から溢れてヌルヌルになったモノを颯は俺の顔を見ながらこすり上げた。クチュクチュという淫猥な音が耳をつき、羞恥心を煽る。
「こんなに濡らしているんだ。もう我慢できないだろう?」
舌が絡み取られ、唾液が流れ込む。
玩ばれる乳首と下半身の刺激が頂点に達して、身体がビクンと震えた。
「あ……やっ……んんっ……」
白く濁った液体が勢いよく迸った。ぐったりとベッドに沈み、肩で息をする。
瞼が重い。
「寝るなよ。まだ、これからだからな」
颯の指が楽しそうに俺の後ろを解していく。
「う、あっ……ん、」
指が3本すっかり入ったのを確認するとおもむろに引き抜いて俺を自分の膝の上に抱き上げた。颯のものが入り口に当たって熱と硬さを感じたのは一瞬だけだった。
俺の腰は重力に負けてゆっくりと沈んでいった。
力の抜けた身体はその重みで容赦なく颯を俺の奥深くまで沈めた。
「……ん……あっ……っ……」
一瞬、呼吸ができないほどの圧迫感が身体を貫いた。
最初に無理やり入れられた時に擦れたのだろう。少し痛んだ。
けれど、快感はそんな痛みの比ではなかった。
「う……はっ……ぁん……」
あっという間に俺のものは硬さを取り戻し、透明な液体が腹を濡らした。
「感じやすいんだな」
恥ずかしくて顔を逸らす俺の顔を押さえて、自分に向けた。
体温が上昇する。
激しい突き上げに耐えられず、喘ぎ声が大きくなる。
「……んっ、颯っ……あっ、あんっ……」
擦れる部分がどんどん敏感になり、熱を高める。
もう何も考えられず、目の前が真っ白になった。
「……ダメ、……イクっ……」
俺は耐え切れなくなって、二度目の放出をした。
颯は俺が達するのを見届けてから、なんの遠慮もなく俺の中に放った。
それから、何度もイカされた。
後のことは覚えていない。
だから、佐伯さんと待島さんが部屋の前でこそこそと話していたことも知らなかった。
「それにしても、いつまでやるんだろうな」
「寝られると思うな、って言ってたわよねぇ……」
そんなヒソヒソ話は颯の耳には聞こえていたらしく、二人は後でしっかりと怒られたらしい。
「立ち聞きなんて悪趣味だってさ〜」
昼にのっそりと起き上がってきた俺に待島さんが真っ先に言ったセリフがこれだった。
「わざわざ部屋の前で聞いてたんだとしたら、悪趣味だと思うけど」
「心配だったからちょっと様子を見にいっただけよ〜」
颯は朝早く仕事に行った。
今日も帰りは遅いらしい。
「そしたら聞こえちゃったんだもんね。仕方ないでしょ?」
だったら、すぐに引き返せばいいのに。
「で、どうだったの?」
佐伯さんは颯に怒られたことなどちっとも堪えていないらしい。
関心のあることは遠慮なく聞いてくる。
「どうって……?」
「なあんか、すっごいお説教だねってマチちゃんと話してたのよ」
「口で言ってもわかんない子はカラダで、ってさ。さすが、颯はやることが違うよってね」
待島さん、微妙にオヤジ。
「いやーん、えっち」
えっちは佐伯さんたちの方だと思うんだけどな。
「それで、颯ちゃんは上手だった?」
ストレート過ぎる問いに血が上ってきた。
「なに言って……」
「今更照れなくてもいいじゃないのっ。このっ」
うりうりと肘で突つかれて赤面した。
答える必要なんてないんだけれど、楽しそうな二人を見ているとなんだか安心するから。
「上手とか、そーゆーの、俺にはわかんないよ」
「でも、よかったんだ?」
「……うん……」
思いきり照れながらも素直に頷いた。過去のことなんか何もなかったことにして、このまま颯と一緒に暮らしたいと思った。
「よかった。颯ちゃんもあれでいてここ2、3年はずいぶん落ち込んでてね、心配してたのよ。でも、東騎クンがバイトしてたお店に連れていかれてから前の颯ちゃんに戻ったっていうか……」
まさか東騎クンをここに連れてきちゃうとは思わなかったけどね、と佐伯さんは笑った。
「俺のせいじゃないよ」
興味があったのは、アイツに似てるから。
今でもそれは変わらない。
「でも、颯ちゃん、ああいうお店になんて絶対入らなかったのよ。初めユキちゃんに呼び出されてイヤイヤ行ってたのに、いつの間にかちゃっかり通ってるんだもん。びっくりしちゃった」
ちなみに『ユキちゃん』は清水さんのことだ。ユキヒロさんというらしい。
まあ、颯くらいのルックスと金があれば何もあんな店で相手を探す必要はないからな。
金に物を言わせて遊ぶタイプでもないし。
「でも、ホントに俺が目当てだったわけじゃ……」
初めの頃は話もしなかった。
どっちかっていうと険悪で、風邪で早退した日だって、俺は文句ばっかり言ってた。
「東騎クン、颯ちゃんが来ると帰っちゃうってユキちゃんが笑ってたけど。もしかして最初はキライだった?」
「え? あ、そうじゃないんだけど……颯、ちやほやされてたし、なんか近寄りにくくて」
避けてたんだ。
知られたくなくて。
それから。
また、好きになるのが怖くて。
「なんだぁ、そうなの。それも勘違いなのねぇ……」
颯は佐伯さんにどんな風に話したんだろう。
何気なく聞いてみた。
「んん? そうねえ、『子供を預かることになったからよろしく頼む』って。あとは、『余計なことを喋るなよ』って釘をさされたくらいかな。東騎クンのことはユキちゃんがしゃべりまくって帰ってったのよ」
「ふうん……」
「その時、颯ちゃんが『俺には懐いてないから、面倒見てやれよ』って」
颯が?
何で??
「どうしてそんなこと思ったんだろう?」
呟いたら、佐伯さんに頭を小突かれた。
「東騎クンが『もう会いたくない』って言ったんでしょ?」
「あ……」
言いました。すっかり忘れてたけど。
「颯ちゃんあの後、落ち込んでたのよ。でも、あの性格でしょ。素直に言わないのよね」
たとえばそれが本当だったとしても。
颯には他に好きな人がいる。
ほんの少しだけ俺が似ているアイツ。
「……思ってたけど言わなかったんじゃなくて、本当にどうでもよかっただけじゃないの?
だって、ずっと探してる人が他にいるんだし」
自分で言っておきながらブルーになる俺を佐伯さんが慰める。
細くて綺麗な指が髪を梳く。
「どうせ見つかんないわよ。それに颯ちゃんだって、もう探さなくてもいいって思ったから東騎クンのこと抱いたんじゃないのかなぁ」
いい子いい子とか言われて。すっかり子供扱い。
「けど、一週間で飽きるかもしれないしさ」
どんなに慰められても俺のブルーには底がない。
もう二度と期待なんてしないって誓ってるから。
「何言ってるの。昨日、何回したのよ?」
「そうそう。颯ったら、東騎クンが気を失ってる間に水を取りにきてさ。シーツ替えろよって言ったら『もう一回起こして朝までやるからいいんだ』って答えたんだよ?」
「うそ。やぁらしい」
佐伯さんと待島さんが笑い転げる。
笑うようなことじゃないじゃん。
確かに明け方までやってたけど……
「けど、そんなこと……」
「関係あるわよ」
「絶対、関係ある」
二人してそんな自信満々に言わなくったって……。
佐伯さんたちの言った通り、一週間で別れたりはしなかった。
今までは仕事が遅くなった日や接待で近くの店にいた時しかこのマンションには来なかったけど、ここのところはほぼ毎日だ。
そして、俺を抱いた。
「ほらね?」
それは嬉しいことだったけれど、でも、あの時、何回したかということといったいなんの関係があるのかは今でもわからない。
この生活がずっと続いたらいい。
たまにそんなことも思ったりするようになったけど。
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