らいと・ぶらうん
- Light brown eyes -

10



気の緩みが出てきた頃、颯がぱったりと来なくなった。
「やっぱ、俺に飽きたんだ」
我ながら囲われている愛妾のような発言。
まあ、実際そうなんだけど。
「仕事が忙しいだけでしょ」
佐伯さんは取り合わない。待島さんも然り。
「だったら電話くらいしてくれても……」
俺は未だに颯の電話番号を知らなかった。
「颯ちゃんがそういう性格じゃないことくらい、わかってるでしょ?」
そうだけど。
それで納得できるくらいならふて腐れたりはしない。
「東騎クンたら、淋しいのね?」
うふふと笑われた。
結局、子供扱いされて終わりだ。
「別に。佐伯さんも待島さんもいるし。親と暮らしていた頃より、ずっと家庭っぽい感じがするくらいだけどさ」
本当にそう思う。
こんなことでグズグズ言うのは贅沢だってこともわかってる。
けど……。
「そう言えば……東騎クンのお父さんとお母さんは?」
「さあ」
どうしているんだろう。
ぜんぜん連絡を取ってないからわからないけど。
母親は再婚するとかしないとか言ってたような。
「……まあ、どうでもいいけど」
思い出したところで、俺にはもう関係ない人たちだ。
「どうして? 家族なんだから、気になるでしょう?」
「もう俺の家族じゃないから」
拗ねたような言い方はしたくなかった。そんなことで同情されるのも嫌だった。
できるだけ素っ気なく事実だけを伝えればいい。
いまさら何かが変わるわけじゃない。
「淋しいわね。……東騎クンじゃなくて、お父さんとお母さんがよ?」
心配などしているはずもない。
俺が家を出てふらふらし始めたのをいいことに即離婚した親だ。
別居する時もテレビや冷蔵庫をどっちが引き取るかっていう話のついでに、俺をどうするかを話していたんだから。

それでも。
たまにふと思い出す。
まだ普通の家族だった頃のこと。
俺にとってもいいオヤジとお袋だった頃のこと。
両親の仲が悪くなるに連れ、俺は構われなくなった。
子供心にもそれだけははっきりと分かった。

「……せっかく忘れてたのに」
俺の独り言に佐伯さんと待島さんが顔を見合わせた。
仕方ないんだ。それぞれ都合があるんだから。
俺だって友達の家と同じような家庭が欲しかった。
でも、俺が望むような形では得られなかった。
だから、逃げた。
現実に向き合うのが怖くて。
愛されていない自分を見るのが嫌で。
そんな頃、颯に会った。

……それも散々だったけれど。

たいしたことじゃない。
荒んでいた時期だったから、余計に思い出すのがつらいだけ。
俺だけじゃなくて、父親も母親も。みんな上手くいかないことに苛立ってた。
自分のことで精一杯で。欲しいものが得られなくて。
でも、もう全部過去のこと。

「もう寝ようかなぁ」
あの頃に比べたら、今は楽しい。
「早いのね」
「なんかね〜」
佐伯さんも待島さんも優しくて。
俺の話を聞いてくれて、励ましたり慰めたりしてくれる。
なのに、それでも少しブルーになってしまうのは、俺がこの状態に甘えているからなんだろう。
「おやすみなさい」
理由はわかっている。
……颯に会いたい。
俺を抱いたけれど、好きだとは言ってくれない。
恋人だと言ってたけど、あれだってその場の勢いかもしれないし。
言葉が欲しいわけじゃないけど。
無性に自分を支えてくれるものが欲しい時がある。
そんなことにしがみつくしかない自分は好きじゃないけれど。
「……こんな弱気で、颯に放り出されたらどうするんだよ。ったく……」
ここに来てから甘えてばかりだ。
そろそろ気を引き締めないと、ちょっとしたことで立ち直れなくなるに違いない。
だから、ゆっくり休んで明日から頑張ることにした。



颯が来なくなって2週間目。
今夜も俺と佐伯さんと待島さんの3人だけ。
颯からは電話さえかかってこない。
「先週はずっと出張だったみたいよ」
佐伯さんがどこからか情報を仕入れて慰めてくれる。
「ふうん」
できるだけ気のない返事をして部屋に戻る。
「寝るの?」
「うん。なんか疲れてて」
気を紛らわすために仕事を頑張り過ぎたらしい。
身体を壊したらシャレにならないし。こういう時は早く寝るに限る。
ベッドに横になると疲れを実感した。
これならすぐに眠れそうだ。
そう思った時にはもう眠っていた。
浅い夢の中でそっとドアが開く。
「やだ、ホントに寝ちゃったの?」
佐伯さんのオネエ言葉が優しく響いた。
「ん……」
寝ぼけながら寝返りを打つと優しく髪を撫でられた。
「……颯に、会いたいよ……」
こんな愚痴も佐伯さんなら笑って許してくれるはずだから。
もう二度と言わないから、今日だけ弱音を吐かせてって思いながら。
優しいキスがおでこに降って、俺はそのまま深く眠り落ちた。




「うわっっ!?」
昼のバイトも掛け持ちの日なのに、俺はしっかり寝坊した。
あれだけ早く寝ておきながら、情けない。
バタバタと着替えて髪を撫でつけながらリビングに出ると颯がパジャマ姿で寛いでいた。
「あ? 颯? なんで??」
ど平日の朝9時半。颯がいるはずはないのに。
「相変わらず慌しいな。出張続きだったから、今日は代休だ」
それを聞いて、一瞬バイトを休もうかと思った。
でも、それじゃダメだ。
俺、一人で生きていかなきゃならないんだから。
「あ、じゃ、バイト行ってくる。帰りはえっと……あ、夜もあるから、1時くらい」
颯は珍しく笑いながら俺を見送った。
その笑顔に後ろ髪が引かれた。



ランチタイムに間に合うように慌しく準備をする。
日替わりメニューを覚えて、テーブルをセッティングして。
今風の居酒屋。昼時はOLもたくさん来る。
「今日も来るかなぁ」
同じバイトの大学生が楽しみにしている人も近所の会社のOLだった。結構、可愛い。
他のバイトもそれぞれお目当てがいて、この時間は忙しいけど楽しいらしい。
まあ、俺には関係ないけど。
「東騎にはレンアイの話はまだちょっと早いかな?」
前にホストをしていたことは話してないから、みんなが俺をガキ扱いする。
俺に言わせたらコイツらの方がよほど可愛いんだけどな。
「東騎、今日こっちね。福田、腹壊して休みなんだ」
「カッコわり〜」
たまにこんなことを言ってしまうから、「ナマイキ言っちゃってぇ」とか小突かれるけど。

普通のバイト。仲間とじゃれ合うありきたりの光景。
退屈なほど平凡な生活と思う人もいるだろう。
けど、こんな普通の日々にずっと憧れてた。
家を飛び出したあとからずっと。

「東騎、ボケっとしてんなよ」
11時半くらいから、店は急に混み始める。ここから一時過ぎまでが大騒ぎだ。
バタバタと慌しく過ぎていく。
12時から1時が昼休みっていうのはどこの会社も変わらない。
昼飯くらい好きな時間に取れたらいいのに。
だって、合理的じゃないもんな。
1時を回ってからの来店は時間に余裕のある人が多い。
この頃になるとキリキリした雰囲気がなくなって、ニコヤカに対応できるようになる。
「いらっしゃいませ〜」
女の子の明るい声が響いた。それから、待機していた子たちが妙に盛り上がる。
「見て〜」
「うわ〜、すっごいカッコいい……」
何かと思って見てみたら。
「ちゃんと働いてるか?」
……颯だった。
「なんで来るんだよ??」
しかも俺だって滅多に見たことがない普段着だ。
ワークパンツにシンプルなシャツ。
「休みだからどこかでメシ食おうと思って」
そりゃあ、そうだけど。何もわざわざ俺のいる店じゃなくたっていいのに。
どんな顔をしたらいいのかわからない。
周囲の目も違う。興味津々ってこういうことだ。
「東騎くん、知り合いなの?」
そうだよ。けど、なんて言えばいいんだ?
パトロンはまずい。恋人じゃない。親戚でも家族でも。
じゃあ、家主?
なんか、変じゃないか?
悩んでいたら、
「友達ですよ」
颯があっさりと答えた。
けど、こんな年の離れた友達がいるかよ?
「どこで知り合ったの?」
みんなは当然俺に聞く。でも答えるのは颯だ。
「東騎が前にバイトしてた店で」
まあ、いいか。
ゲイバーだってことを伏せておけば後は普通だもんな。
「どこの店?」
「もう辞めちゃったんだけどね」
言えねーよ。
笑顔が引きつる。
なのに今日に限って颯は妙に愛想がいい。
「東騎なら、今は三丁目にあるダイニングバーでバイトしてるよ。俺も夜、顔出すけど」
「へ??」
そっちにも来る気か?
「佐伯たちも連れてくから」
ああ、そうだよな。なら、まあいいか。
颯がいると思うとなんだか焦る。
始終俺の方を見ているわけでもないのに落ち着かない。
しかも颯の周りには常に女の子がうろうろしていて、ランチについている飲み物とか水はセルフサービスのはずなのに、ちゃっかり誰かが運んでるんだからイヤになる。
俺は未だに颯の年を知らないけど、こんな風にしてみると25くらいにしか見えない。
大学生のバイトから見たら憧れるのに丁度いい感じってことなんだろう。
「素敵ぃ。大人の余裕だよね」
「絶対、彼女いるって」
颯のことはいいからみんな仕事しろよ。
俺はムッとしてるのに、颯はいつになく笑顔だ。
おかげで颯が帰った後、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれるハメに。
だが、墓穴を掘ると困るので「詳しいことは知らない」の一言で逃げ切った。
実際、誕生日も年齢も本当の住まいも勤め先も家族構成も、何も知らないんだから言いようがなかったんだけど。
分かっているのは何年もアイツを探してるってことくらいだ。
「東騎クン、使えない〜っ」
そう言ったくせにちゃっかり俺の夜のバイト先はメモしていった。
颯が来るなんて言うから、やりにくいったらない。
「じゃあ、バーでね〜」
そう言って別れただけあって、みんなは7時にちゃんと店に来るし。
俺は白シャツに黒タイに黒ベストという店の制服姿。
髪も昼間のようなボサボサじゃなくてちゃんとセットしてあるから、最初は誰も気付かなかった。
「いらっしゃいませ、お嬢様方」
声をかけたらモロに驚かれた。
「うわ、やだ。誰かと思った」
ヤダっていうのはなんだよ。失礼な。
「変装してるからわかんなかった〜」
もうなんでもいいけど。
仕事の邪魔だけはしないでくれよな。
「お席にご案内いたします」
バイト仲間といえど客は客だ。タメ口は許されない。
「ね、東騎クン。高槻さんは?」
颯は佐伯さんと待島さんと飲んでいた。今日はみんな帰りが早いらしく、店に来たのはなんと5時半だった。普通の会社員なら大半はまだ働いている時間なのに。
「あちらのお席にいらっしゃいますが」
手で指し示すと待島さんが気付いて笑った。
「連れてってくれないの?」
「自分で口説いてくださいね。相席でご案内するのは禁止されていますので」
ニッカリ笑うと「もう〜」とかいいながら颯のいるテーブルに寄っていった。
颯の外面の良さは昼間嫌というほど見せつけられたけど、佐伯さんと待島さんはどうなんだろう。ふたりともゲイってことは女の子と飲むの嫌じゃないのかなって思ったんだけど。
でも、それは余計な心配だった。
わずか数十秒後に彼女立ちはしっかり間に交じって座っていた。
しかもずいぶん楽しそうだ。
「ちゃっかりしてんなぁ……」
なんとなく納得していなかったが、俺はバイト中。
ぼんやりしているわけにはいかない。
いそいそと働きはじめたら、颯の隣りのテーブルから名指しで呼ばれた。
「東騎く〜ん、こっちお願い」



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