パーフェクト・ダイヤモンド

その後―5




食事のあとシャワーを浴び、ベッドに腰掛ける。
それから出来るだけ普通に片嶋を呼んだ。
ソファに座ってテレビを見ていた片嶋はなんとなくダルそうな様子で歩いてきた。心なしか表情も硬い。
「あのな、そんなに緊張しなくていいぜ?」
っていうか。
する前からダルそうってどうだ?
もしかして、したくないっていう意思表示か?
「緊張なんてしてませんけど」
そう言いながら俺の隣りに腰を下ろす。
少なくとも余裕綽々って感じではないけどな。
「じゃあ、」
とりあえずニッカリ笑ってみた。
嫌なら嫌そうな顔をするだろうと踏んで。
片嶋は困ったような顔をしてた。その後は、よそ見をしたり、俯いたり。
だから、安心した。
本当にただ緊張してるだけらしいってことが分かったからだ。
それと同時に可笑しくなった。
「おかしいですか?」
片嶋の頬に手を当てると少しむくれたような顔になる。
「おかしいよ。いつもは澄ましているのに」
「可愛げがないって、よく言われます」
そういえば溝口もそんなことを。
確かに、会社での片嶋に限って言うなら可愛げには欠けるかもしれない。
見るからに賢そうだし、隙もないし。
どんな状況でも慌てることもうろたえる事もなくて、涼しい顔でにっこり笑って、さっくりと相手に致命傷を与えるタイプだ。
「おまえって、何考えているのか分からないもんな」
頬から首筋に手を滑らせるとくすぐったそうに肩を竦めた。
「別に何も考えてないんですけど。周囲が深読みし過ぎるだけじゃないですか?」
まだ少し余裕を見せてそんなことを言ったが、なんとなく顔が赤くなっているような。
「うちにいる時は妙に可愛いんだけどな」
うっかり口を滑らせたら、つん、とした顔で俺を見返した。
そういう片嶋はなんだか本当に可愛くて。
「で、ここから先もOKしてもらえんのか?」
「そのつもりですけど」
ほんの少し抵抗と照れを含む「けど」という言葉。
でも、OKはOKだ。
まあ、今の俺は片嶋に何て言われても自分の都合のいい解釈をすると思うが。
「じゃあ、遠慮なく」
嬉しさを隠さずに笑ったら、まともに困った顔をされてしまった。
そんな片嶋の態度は俺の理性を繋ぎ止めるどころか、煽るばかりで。
「やっと、って感じだな」
とりあえず肩に手を回してみた。
「俺、昨日だって嫌だなんて一言も……」
そうだけど。
一回もチャンスを与えてくれなかった上に、飲むだけ飲んでさっさと寝たのは誰だよ?
「じゃあ、まずキスしてくれよ」
そんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。
片嶋の目が丸くなって、口が何か言いたそうに動いた。
「嫌じゃないんだろ?」
「それは、嫌じゃないですけど……」
「けど?」
「手順を踏んでっていうの、止めてもらえませんか? 初めてじゃないんですから」
常にいきなり抱かれてたら、こんな場面には慣れてないんだろうけど。
「駄目。『ちゃんと』って言っただろ?」
俺に笑われて、片嶋はちょっとムッとしながらもキスをしてきた。
触れるまでが妙に遠慮がちな仕草は相変わらずで、自然と俺の口元が緩む。
片嶋もそれに気づいたのだろう。
伏せていた目をぱっちり開けて非難の視線を飛ばした。
「わりい。なんかさぁ……」
その先を言えなくなるほど俺は笑っていて。
「なんでこういう時に笑うんですか?」
片嶋はふて腐れていたけれど。
「おまえのこと、やっぱ好きだよ」
そう言ったら、少しだけ機嫌を直して。
もう一度唇を重ねた。
甘く柔らかく。
「……桐野さん、どういうのが好きですか?」
前にもそんなことを聞かれたような気がするが。
「そう言われても。別になぁ……」
「何か一つくらいないんですか? あんまり積極的なのは嫌とか。非協力的なのは嫌とか」
そういうことを聞く心理状態が俺には分からないんだけど。
それも照れなのかもしれないと思ってちょっと考えてから答えた。
「相手が片嶋なら、ナンでもいいよ。淫乱でもマグロでも」
真面目に答えてるのに片嶋に怒られた。
「もう少し言葉を選んで頂けませんか?」
「充分吟味して喋ってるつもりだけどな」
『マグロ』って他の言葉に変換できないだろ。
「真面目に答えてください」
答えてるんだけど。
「まあ、『したくない』って言われたら困るだろうけど」
我慢なんてしてても、絶対いつか切れるもんな。
それについては前科があるし。
「それって片嶋は自分をどっちだって思ってるってことなんだ?」
「普通、そういうこと聞きますか?」
「『どういうのが好き?』って聞くのと大差ないと思うんだけど」
「そうですけど」
「で?」
「どっちだと思いますか?」
「……わかんないから聞いてるんだろ?」
片嶋は黙っていた。
何か考えているようで、何にも考えていないような顔で。
「でさ、」
「はい?」
「その先、してもいいわけ?」
「どうぞ」
あまりにもさらっと答えるから。
「やる気ない?」
「いいえ。そういうわけじゃ……いちいち確認するの止めてください」
片嶋が真面目な顔で抗議するんだけど。
「もう、おまえに泣かれんの、嫌なんだよ」
そう言ったら、驚いたような瞳が向けられた。
片嶋はしばらく俺を見つめていたけど、その後、また俯いて「すみません」と返事をした。
「謝るようなことじゃないだろ」
「でも……俺、桐野さんにずいぶん酷いこと……」
一ヶ月経って、俺は片嶋の恋人になったみたいだけど、未だに色んなことが片付いていないんだって分かったから。
「おまえになら何回振られても好きだって言ってやるよ」
片嶋は目を伏せたまま、少しだけ微笑んだ。
「なんか可笑しいか?」
「口説くの、上手いんだなって思って」
「それって、誉めてんのか?」
「心配してるんです」
また、そういうことを。
「ばーか。そんなこと俺があっちこっちで言うと思うか??」
「そんなこと、俺には分かりません」
「信用されてねーんだな」
「そういうことじゃ……」
「そういうことだろ?」
キツイ口調になったのは、片嶋を咎めるためじゃなかったんだけど。
「……すみません」
また謝るから。ちょっと淋しい気持ちになった。
たとえば女の子なら、こんな時は冗談で返すだろう。
そういうところが片嶋は不器用だと思う。
なんでも真に受けて。しかも、こっちが真に受けて欲しい言葉ははぐらかす。
それでも。
愛しく思うから。
「片嶋、」
そっと口付ける。
唇、頬、瞼、髪……
片嶋はまた妙なタイミングで笑った。
「なんだ?」
笑っているのに淋しそうな顔で首を振った。
それでも、俺にキスを返した。
口元は微笑んだまま。
なのに、泣きながら。
「……桐野さんが、好きです」
そう言って、目を閉じた。
それも涙を止めるためなんだろう。
相変わらず俺には片嶋がなんで泣いているのかなんてわからなくて、ただ抱き締めるだけ。
気の利いた言葉は思い浮かばなかった。
そんな深刻な話なんてしてなかったんだけどな……。
よく泣くヤツだと思う。
外で感情を殺してる分だけ、反動が来るのかもしれない。
そんなに頑張らなくてもいいのに。
そんなになる前に甘えてくれたらいいのに。
「泣くなよ。泣かれたら、出来ないだろ?」
また「言葉を選べ」って言われるんだろうって思ったが、片嶋は何も言わずにニッコリ笑った。
それから、俺のシャツに手を掛けた。
片手で器用にボタンを外して、胸元に口付ける。
濡れた頬と鼻先が少し冷たかった。
唇はゆっくりと首筋を滑って顎のラインをなぞり、唇の脇に辿り着く。
なのに唇を合わせようとはしない。
まだ濡れている長い睫毛は伏せられたまま。
言葉は発しない。
唇は肌に触れるか触れないかの微妙な位置で。
「片嶋、」
呼んだ瞬間に唇の端をペロリと舐められた。
そういうことをするから。
俺は簡単に切れてしまった。
片嶋の身体をベッドに倒して、唇を合わせる。
それが深く激しい行為になるまで時間はかからなかった。
「ん……っ、」
唇を貪りながら片嶋の服を脱がせる。
テレビから流れてくる音ももう耳に入ってこなかった。
均整の取れた身体が蛍光灯の灯りに晒されるとかすかに頬を染めて顔を背ける。
まだ、この状況をすんなり受け入れられない理由はなんだろう。
「桐野さん、」
言いかけて身体を起そうとする片嶋をシーツに押しつけた。
「いいから、黙ってろよ」
熱を持つ肌に唇を這わせ、空いている手でゆっくりと片嶋のものに触れた。
それから、濡れた先端をそっと口に含んだ。
「……っ、桐野さん……っ」
一旦、口を離して片嶋の顔を見た。
「なんだ?」
一瞬、歯でも当たったのかと心配したが。
違ったらしい。
「……駄目……です……」
「気持ち悪いか?」
「……されたこと、ないから……」
ぺロッと舐めたら、身体がピクンと跳ねた。
「もうちょっとだけ我慢してろよ」
煽ってるつもりじゃないんだろうけど。
あんまり可愛いことを言われてもな……
片嶋はしばらく言われた通りに大人しくしていた。
けど、すぐにまた口を開いた。
「ダメ、桐野さん、」
今度は答えてやらなかった。
ビクンと身体が跳ねるたび、舌が強く当たり更に刺激を与える。
「……んっ……も……達きそう…口、離して……っ」
息遣いも荒くなっていた。
それでも構わずに舌先で割れ目を押し広げた。
「……っん……止めてっ、」
無視してそのまま達かせてしまうつもりだった。
けど、片嶋があんまり抵抗するから。
「わかったよ」
言われた通り、唇を離して手で触れた。
「じゃあ、もう一回。キスして」
涙目の片嶋にキスの催促をする。
俺に言われるままに舌を絡める。
できるだけ優しくとか、焦らずにとかいろいろ考えてみたけれど。
「……ん、ふ…ぅ、ぁ…ん」
どうも駄目らしい。
片嶋の声が耳に届くたびに俺の身体は顕著に反応してしまう。
気持ちを静めようと思って、キスの合間にじっと見つめていたら、片嶋の頬が染まった。
「あんまり、見ない…でください……」
潤んだ目が俺を見上げる。
俺の手の中、唾液と溢れ出た物で濡れていたものは堅く張り詰めて熱を帯びていた。
見つめる間もそれを弄ぶ指を剥がそうとする片嶋の手を掴む。
「駄目。邪魔するな」
耳朶を甘噛みしながら囁くと身体もそこもピクンと跳ねた。
上気する肌も少し苦しげに顔を歪める様子も、どんなに押し殺しても耐えかねて漏れ出る喘ぎ声もたまらなく扇情的だった。
首筋と耳朶を舌先で愛撫しながら、しっとりと湿気を含んだ肌に自分の身体を押し当てる。
手の動きを早めると、半開きの唇から漏れ出る声が限界を訴えた。
「や、桐野さ…ん……う、んっっ……!!」
目をギュッと閉じて、体を震わせた。
その動きと同時に愛撫していた手の中に温かいものが放たれた。
喘ぐように息をつく唇から覗く赤い舌先を絡め取り、行為を続ける。
ぐったりと弛緩した身体を抱き締めたまま、濡れた指を片嶋の後ろに当てた。
「……っ!」
片嶋が驚いて顔を上げた。
「嫌か?」
ここで嫌なんて言われても、俺もどうしていいか分からなかったけど。
片嶋はわずかに首を振る。
「……自…分で……やりますから……」
消え入りそうな声が返ってきた。
「ちゃんとやってやるって」
アイツにはこんなことだって、されたことはないんだろう。
突然押し倒されて、痛みを堪えて。
それでも抱かれたいと思ったんだろうか。
「気持ち悪かったら言えよ」
目は固く瞑ったままコクリと頷いた。



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