パーフェクト・ダイヤモンド

その後―6




指は弛緩した身体にすんなり飲み込まれていった。
中で動かすとクチュッと濡れた音が漏れる。
指3本を思いきり奥まで挿れて探るように動かすと短く呼吸を詰めて、ビクッと身体が跳ねた。
溜めていた熱い吐息が俺の首筋にかかる。
自分の身体の高まりを感じながらも一旦抱き締めていた腕を緩め、身体を離してそっとうつ伏せにした。
背中に舌を這わせながら体勢を整えて、もう一度指を埋めた。
「ゆっくりだから大丈夫だと思うけど。無理はするなよ」
指くらいはスルリと飲み込んでも、昂ぶった物を挿れるとなると苦痛は伴うだろう。
わずかな理性が緩やかな行為を求める。
だが、意識の表層を滑って消える。
ただ熱だけに浮かされて、未だしっかりと閉ざされた場所に堅くなったものを押し当てた。
ゆるゆると先端が飲み込まれて行く間も、背中や脚の筋肉が与えられた刺激に反応するだけで、声は出さない。
目も閉じたままだった。
それでも出来るだけ体の力を抜いて俺を受け入れた。
片嶋の呼吸が整って動けるようになるまで、時々ピクピクと痙攣する腹や内腿に手を滑らせていたけれど。限界なのは片嶋も同じらしくて、半ばほど挿れられたことだけで充分に高まっていた。
硬く経ち上がった部分からはシーツを濡らすほどに愛液が溢れ出していた。
顔は伏せていたが、少しでも俺が動くと声が上がる。
「う……っん……」
短く息を詰めるその音が気持ちを追い込んで行く。
苦しげにも見えるその横顔を見ながら、耐えられなくなってゆるゆると動き出した。
辛いのか、緩慢な動きがじれったいのか、シーツに身体の熱を擦り付ける様に片嶋の背中が撓む。
再び片嶋のそれを握り込むと、すぐにも弾けそうなほど熱を持っていた。
「……あ、っ…は……んんっ」
片嶋の華奢な身体は深く突かれるたびにビクンと仰け反る。
「痛くないか?」
「……う……っく」
問いかけても声にならない。
枕を掴んだ指先にまで力がこもって色を失っていた。
投げ出された首筋が俺の嗜虐心を煽る。
クチュ……と淫猥な音を立てて繋がった部分が摩擦する。
最初に抱いた日も、その次も、俺には冷静になる余裕なんてなかったのに、片嶋の身体が反応する場所だけは今でもちゃんと覚えている。
「……んん…あ…っ……」
挿れたまま身体を返されて、仰け反りながら声を上げた。
その喉もとに唇を押し当て、首筋にくっきりと痕を残した。
ワイシャツからも見える位置だったけれど、片嶋は気付いてもいないようだった。
意識など半分もなかったのかも知れない。
ただ喘いで、しなやかな身体と滑らかな肌を俺の目の前に晒していた。
シーツを掴む手をそっと握る。
汗ばんだ身体を抱き締めようとして肌を滑る。
焦点の合わない目。
いつもの涼しげな表情など思い出す事さえできないほど艶めかしく揺らいでいた。
「……片嶋、」
片嶋の身体は名前を呼ばれるだけで反応した。透明な液が腹を濡らす。
「あ……っ、う」
達きそうになるのをなんとか抑えて、片嶋の髪を撫で、肌に舌を這わせた。
我慢しても漏れ出る声を噛み殺して薄く目を開けた。
「声、我慢しなくていいから」
最初は片嶋を気遣って言っていた言葉が、だんだん自分の欲求にかわる。
「脚、もっと開けよ」
視線をさ迷わせながらも言われるままに脚を開く。
「ちゃんと俺の顔見て」
片嶋はどんなリクエストにも素直に従った。
お互いが我慢できなくなって勢いに任せてしまうまで。
それほど時間は経っていなかったけれど、片嶋の身体は寸前まで高まっていた。
「……いや……っ、う…っく」
俺を受け入れていた場所が激しく収縮を繰り返す。
覚えのある感覚に俺の身体も耐えることを止めた。
「あ、ああっ、っっ!!」
声と共にギュッとしがみついた身体が引き攣れるように震えて、俺と片嶋の間に熱が飛び散った。
繋がっていた部分が締め付けられる快感に、俺も我慢していたものを手放した。



まどろみながら、俺はアイツに同情した。
一つ、気付いた事があったからだ。
「いつも、そうなのか?」
ぼんやりしている片嶋を抱き寄せて尋ねた。
「何が、ですか……?」
全く何のことかわからないといった表情で視線を動かした。
まだ呼吸が荒い。
「なんでも言う通りなんだなって思ってさ」
その言葉に複雑な表情を浮かべて俺の目を覗きこんだ。
「……それじゃ、駄目ですか……?」
抱かれたままで途切れ途切れの返事をする。
「いや」
アイツに対してもそうだったんだろう。
だから、アイツは素直で従順な片嶋しか知らなかったんだ。
アイツが面白半分で繰り返した浮気さえ許すような片嶋しか。
なのに、いつの間にか他の男の部屋に泊まりに行くようになって。
知らぬ間にソイツの部屋の鍵を持ってたら……。
俺がアイツの立場だったとしても、焦ったに違いない。
10年なんて長い間。
浮気をしても、乱暴に扱っても、それでもずっと自分だけを見ていた片嶋。
居なくなるなんて考えた事もなかっただろう。
だから、我慢できなくて。
他の男に渡したくなくて。
殴ってまで引き止めようとしたんだ。
―――そんな気がした。
アイツの本心なんて、きっと片嶋は気づかないだろうけれど。
それも愛情だってことだけは分かっていたから。
だから、あんなヤツをずっと好きでいたんだ。
『本当に好きかどうかはわからないんです』
そんな嘘で自分を誤魔化しながら。
「片嶋、」
「……なんですか…?」
「俺のこと、いつから好きだった?」
そんな問いを投げてみたくなったのも、ほんの出来心。
片嶋が何て答えても別に構わなかった。
『今でも好きかどうか分からないです』
そんな返事なのかもしれないと思った。
けど。
片嶋が困ったように少し俯いて、やっと口にした言葉は俺の予想とは違っていた。
「……最初に……会った日から、好きだったと思います」
ふっと口元に浮かんだ微笑の意味など俺にはわからなかったけど。
「そっか」
途中で諦めていたら、こんな瞬間はなかっただろう。
だから。
抱き締めて。
キスをして。
もう一度好きだと言った。
「桐野さん、」
俺の名前を呼んで。
相変わらず、その先は微笑むだけで。
でも。
今は腕の中にいる。
何度も触れて、それを確かめた。
片嶋が眠るまでずっとそうしていた。




俺より先に眠った片嶋は、当然のように俺より先に起きた。
早朝、寝返りのついでになんとなく目を開けたら片嶋がこっちを見ていて、俺はちょっと慌てた。
「……早いな。もう起きたのか……」
コクンと頷いたが、複雑な表情。
「桐野さん、」
俺を呼ぶ声もなんとなく暗くて、昨日の艶めかしい様子はすっかり消えてなくなっていた。
「なんだ?」
「昨日、あんまり……良くなかった……ですか?」
「は?……なんのことだ?」
俺はまだ完全には起きていない状態だったから、その言葉を理解できなかった。
「……なかなか達けなかったみたいだから」
朝っぱらから、どうしたって言うんだろう。
まあ、片嶋の思考回路が分からないのはいつものことなんだけど。
「普通は我慢するだろ?」
「……そうなのかな」
片嶋は多分女の子と寝たこともないんだろう。
いつからそうなのかは分からないけど、興味がないって言ってたもんな。
「そんな顔するなよ。いきなり何度もしたら起きられなくなるんだろ? 普通はそんくらい気遣うって」
最初に抱いた日、片嶋は起きられなったんだ。
俺はその事を忘れてなかった。
だからそう言っただけなのに、片嶋は急に淋しそうな目をした。
多分、またアイツのことを思い出して。
「おまえさ……」
ぼんやりと窓の方に向けられた視線は、話しかけても戻らなかった。
「忘れるって言ってたよな?」
少し嫉妬していた。
しばらくはこんな風にアイツのことを気にかけたりするんだろうって思っただけで。
なんで焦るんだろう。
「たまには……思い出す事もあります」
当然のことなのに。
正直に答えられて、苦い気持ちが蘇った。
「……ふうん」
10年間という長い時間を一緒に過ごした相手。
この先、片嶋の中からすっかりアイツが消える事はないだろう。
「信じてないんですか?」
「っていうか、な」
俺だって、たまには昔付き合った女のことを思い出すこともある。
そんなのは当たり前だし、たいした事じゃない。
分かってるけど。
「本当に、もう忘れました。さっきだって、ただ、桐野さんを好きになってよかったなって思っただけで……」
片嶋が一生懸命言い訳をするから、俺も少し反省した。
本当は、アイツのことを忘れていないのは俺の方なんだろう。
結局、その10年間に勝つ自信がないだけなんだ。
「いいよ。分かってる」
「桐野さん、俺、」
真っ直ぐに俺を見ていた目が、真剣に訴える。
「……一ヶ月、ずっと……桐野さんのこと考えてました」
言いながら頬が染まるのに安堵して、片嶋のおでこに唇を押し当てた。
「そっか」
答えて、やっと片嶋に笑顔を返した。
「けどさ、俺……ホントにおまえの身体、気遣ったつもりだったんだぜ?」
アイツみたいなことはしたくなかったから。
なのに、片嶋ときたら。
「そんなことしなくていいです」
思いきり不満そうな顔をした。
まったく。
泣いたり、笑ったり、ふて腐れたり。難しいお年頃なのだ。
「遠慮なく抱けってか? 言っておくが俺、ストッパーを外したらそんなに優しくないぜ?」
「それでもいいよ」
酔ってもいないのに、いきなり強気なタメ口で返されて。
可笑しくて思わず笑った。
けど、ほのぼのとした気持ちとは別のところで、頭を擡げる感情があった。
熱を帯びる瞳に吸い込まれるようにして、片嶋の肌に手を置いた。
「悪いけど、俺の理性を切ったのはおまえだからな、片嶋」
精一杯冗談めかしてそう言ったが。
平たく言うと、俺は本当に切れてた。
「え??」
今更焦っても遅いんだよ。
だいたい俺を安全と思う時点で大間違いなんだ。
けど、この場合、悪いのは片嶋だ。
絶対。

固まっている片嶋の身体に覆い被さった。
朝っぱらから、って思ったけど。
それでも片嶋が止めてくれと言うまでは、頑張ろうと思ったりする辺りが俺も男だな。
「起きてたのに、服は着なかったんだな」
余計なことを話して気を紛らわせながら、自分に我慢を強いる。
片嶋の身体は俺なんかよりずっと正直で、触れられるとすぐに堅くなり、先端から高まりを溢れさせた。
ジェルを取り出し、後ろに塗り込める間にもヒクヒクと入り口が蠢いた。
痛いかとも大丈夫かとも聞かずに、軽く解してから昂ぶったものを押し当てた。
「……う…んっ、」
甘えたような声が鼻から抜ける。
挿し入れると更に艶めいて響いた。
「んっ……」
それでもどこかで気遣ってしまう俺に焦れたように、片嶋が身体を捩る。
「そんなに急かすなよ」
言い捨ててから、グッと一気に奥まで沈めた。
「あ、ああっ……!!」
背中の筋肉がビクンと跳ねて、腰が引けそうになる。
それを無理やり抑え込んで、ギリギリまで抜いた。
「……んんっ…や……っ……」
拒否を示す短い言葉と共に内壁が自分に埋められたものを締め付ける。
それに応えるようにまた一気に深く沈める。
浅い所で中を掻き混ぜるように抜き差しをしたり、抉るように擦りつけられたりするたびに片嶋は顔を歪めた。
暖房を入れっぱなしにしていた部屋は充分に暖かく、背中に汗が流れた。
「う、……あ、ぅんんっ」
苦しいのか、酸素を吸い込むために口を開くたびに押し殺していた声が吐き出される。
喉の奥から漏れるそのわずかな声が身体の芯をゾクッとさせた。
「……ぁっ、」
明かに苦痛以外のものでゆがんだ表情に煽られて、片嶋の奥深くを突き上げる。
「ん、んん……っ、あ、うんんっ」
揺すられるたびに声が漏れる。
苦しそうに見えるのに、体は俺を締め付ける。
先端から溢れ出した液体で滑るものを弄ぶと身体を捩る。
誰に触れられてもこんな風に高まるのだろうか。
そんなことさえ不安に変わるほど。
均整の取れた身体は刺激に敏感で、後ろからその場所を突かれると喘ぎながら何度でも達った。



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