パーフェクト・ダイヤモンド

--Someday--


-2-


片嶋は会場の隅の目立たない場所まで俺を引っ張って行ってから、ものすごく愛想のない説明をした。
「父親の付き添いなんです」
その瞬間にまた今朝のうんざり顔になったけど。
「オヤジさん、どっかの大会社の社長だったりするわけ?」
今日の趣旨からすると、そういう奴しか呼ばれてないはずだ。
俺が気づかなかっただけで実は坊ちゃんだったのか、とも思ったが。
「まさか。父は普通の会社員です。主催者が父の親友で、ご令嬢のエスコート役が足りないから無理矢理出席させられてるだけで」
片嶋の顔を見る限り、「無理矢理」という言葉は本当にぴったりだった。
そんなに嫌なら断ればいいと思うんだが、まあ、その辺は家族の事情だろうから俺が口を挟むことでもない。
客観的に考えて、片嶋なら年齢もちょうどいいし、容姿も申し分ない。声がかかるのも無理はない。白薔薇つきで颯爽としたエスコートが出来るんだからなおさらだ。
「道理でさっきから視線集中だな」
こんなに隅っこまで来てるのに、片嶋から視線が離れることはない。
今時政略結婚ってこともないだろうから、婿になるだけならそれこそしっかりと会社を守ってくれる男がいいわけで。
「……なるほどな」
その点においても片嶋はちょうどいい婿がねだ。どんなに過保護な親でも娘から片嶋を紹介されたら大反対することはないだろう。
それにしても。
「こんなに見られてると話しにくくて仕方ないな。ちょっと移動するか」
返す返すも片嶋が男にしか興味がなくてよかったと思いながら、関係者以外立ち入り禁止の控え室に連れ込んだ。




バタンとドアが閉まって、その瞬間に片嶋が本当にホッとしたようにネクタイを緩めた。
「もう面倒くさくて。こんなことなら女装してくれば良かったです」
ため息をつきながら、そんな冗談を言うんだけど。
「いくらなんでもそれはマズイだろ」
居並ぶご令嬢たちを思い返してみたが、どう考えても片嶋が一番美人だ。
ドレスなんて着た日にはちゃんと男だと分かっていてもどこかのボンボンたちの目を釘付けにしてしまうに違いない。
……そんな心配を真面目にしてしまう俺もなんだかアレなんだが。
「まあ、適当にやっておけよ。で、最後までいなきゃいけないのか?」
もてないタイプなら、美味いものでも食って適当にフラフラしていればそれで済むんだろうけど、ご令嬢たちの態度からすると片嶋はそんなにまったりとした時間は持たせてもらえないだろう。
「最後に父親の友人に挨拶しないといけないようなので。……全部で三時間らしいですから、まだかなりありますね。桐野さんはもう帰るんですか?」
仕事は終わりだけど、こんな憂鬱そうな片嶋を一人で置いていけるはずもない。
「いや。イベント会社の社員が帰ってくるまで待ってるつもりだけど」
それもあと十分程度ってところだろう。
「それにしても、あれじゃゆっくり飯も食えないな。ずっと会場内にいろって言われてるのか?」
「そんなことはないですけど。とにかく閉会後に父の友人に挨拶をしたら、この先五年はたとえ父が他界しても家に帰らなくていいって約束なので、だったら今日だけ我慢しようかなと」
そうまでして帰りたくない家ってどうなんだろうな。
年の離れた姉さんがいるくらいだから、当然親もいい年なんだろうし、冗談などではなく突然ぽっくりってこともあるんじゃないかと思うんだが。
ってか、その条件を親が承諾するってーのもどうなんだ?
相変わらず謎の片嶋家。
こじれた原因が原因だけに家族の確執とやらも大きいんだろう。
ま、そのうち俺んちも他人事じゃなくなるんだろうけどな。
「なら、バーで飲んでたらどうだ? 車で来てるわけじゃないんだろ?」
「……そうですね」
そう言って腕時計を眺めて、また溜息。
「いっそのこと具合が悪くなったって言ってここで休んでいたいです」
片嶋のそのセリフに他意はないんだろうけど。
俺は心の中で大きく頷いた。
「じゃあ、片嶋、ちょっとここで待ってろよ」
「え?」
「すぐ戻るから」
「いいですけど……」
不思議そうな顔をしている片嶋を残して、俺はフロントに行った。
そう。ここはホテル。
もちろん部屋を取るためだ。
帰りにその父親の友人とかいう男に挨拶だけしたら、また戻ってくればいい。
たまには二人で外泊もいいだろう、と思ったが。
「……あれ?」
ちょっと待てよ。
父親の親友が主催者である社長ってことは。
「娘の本命ってもしかして片嶋か?」
何だかそんな気がしてきた。
「だったら、別に男を見る目がないわけじゃないよな」
頭脳明晰、容姿端麗。人当たりもいいし、プライベートの時は可愛いし。
申し分ない相手だと思うんだけど。
「……でも、絶対に自分と結婚しない相手を好きになるっていうのは、やっぱり見る目がないってことになるのか」
「女の子は好きにならない」と片嶋本人があんなに強く言うんだから、それは相手がどんなに頑張っても駄目だろうしな。
まあ、俺にとってはいいことだけど。
「それより」
ご令嬢の目当てが片嶋だとしたら、挨拶してすぐに帰れるわけはない。
家族ぐるみで歓談して、あとは二人で……っていうのが世の決まりだ。
「どうする気だ?」
少し悩んだが。
まあ、それは片嶋に任せよう。
というか、俺が考えても仕方ない。
終わった後、付き合いで軽く飲んだとしても、あの様子じゃ絶対実家には帰らないだろうしな。



そんなわけで、俺は遠慮なく部屋をキープした。
あとはワインでも手配してと思いながら片嶋の待つ関係者控え室に行ったら、社員二人が戻ってきていて、三人で楽しそうに話していた。
「お疲れ様です、桐野さん。社長が無理をお願いして本当に申し訳ありませんでした」
俺を出迎えたのは社員の一人。と言っても副社長の肩書きで、社長とは大学の先輩後輩の仲。俺よりも若干年上だ。
だが、腰が低い。
「いえ、こちらこそ。あまりお役に立てなくて」
カードキーをポケットにしまいつつ、丁寧に挨拶を返した。
「よろしかったら、ここもご自由に使ってくださいね。あ、お飲み物もご自由にどうぞ」
費用で落ちますからなんて冗談を飛ばしながら、ドリンクメニューを差し出した。
二人とも本当に人当たりが良くて対応にそつがなくて、
「そうだ、来週お昼をご一緒しませんか?」
そんな誘いまでしてくれた。
報酬を受け取るのはマズいけれど、それくらいなら構わないだろう。
これから先もいろいろ付き合いのある会社だし、変に貸しを作ったままにしておくのも嫌だからと思って「ありがとうございます」と頷いた。
「では、社長の都合を確認してからご連絡差し上げます。今日はいろいろとありがとうございました」
深々と頭を下げられて、俺も片嶋も恐縮しながら、フロアに出て行く二人を見送った。
「……で、なに話してたんだ?」
どう考えても片嶋とは初対面。
なのに、二人とも片嶋の話をずいぶんと熱心に聞いてたようだった。
「たいしたことじゃ……主催者の趣味とか、娘のこととか。まあ、そういう話です」
ご令嬢の本命がマジで片嶋なら、今日のパーティーも無駄になる。
となると、この先またこんな催しをしないとも限らないから、そういうことを押さえておくのもいいんだろうな。
けど、向こうの社長の趣味まで知ってるってことは、片嶋んちとは本当に家族ぐるみの付き合いなんだろう。
「オヤジの友達なんだよな?」
「ええ、大学時代からの友人らしいです」
「娘とも親しいのか?」
いや、片嶋に限ってそれがどうこうってことはないと思うんだけど。
まあ、念のため。
そう思って聞いてみたが。
「姉のところには今でもたまに遊びに来てるみたいですけど」
片嶋の口調が、いかにも『俺は知りません』って感じなんだけど。
でも、やっぱり娘の本命は片嶋のことなんだろうな。
「オヤジさんは片嶋が女の子に興味ないことは知らないのか?」
まあ、男親には言いにくい事実だろう。そう思ったが、片嶋はあっさりと否定した。
「そんなことないですよ。ちゃんと話しました。それが原因で高校の時も大学の時もほとんど家に帰らなかったんですから。……まあ、父親は今でも認めたくないんでしょうけどね」
またうんざりした顔でため息をついて、「だから今でもできるだけ家には帰らないんです」と付け足されて、それはそれで頷いてしまった。
片嶋の事情を知った上で、社長令嬢が集まる見合いパーティーに出席させるオヤジの気持ちも分からなくはないんだけど。
こんなにカンペキに育った息子が、よりによって男しか好きにならないなんて、親にしてみたら悲劇以外の何物でもないだろう。
だとしても、それが現実だ。
「じゃ、片嶋、終わるまで軽く飲みに行くか」
家族の問題に俺が首を突っ込むのもどうかと思ってそこで止めておいた。
実際、片嶋とつきあってる俺がどうこう言える話でもない。
「はい。でも、ホテルのラウンジじゃなくて、できればあまり人目につかないところで……」
そりゃあ、パーティーを抜け出して同僚と二人で飲んでましたってわけには行かないだろうし、そんなことは俺だって承知の上だ。
「じゃ、これ」
ニッカリ笑ってカードキーを差し出した。
「部屋でワイン。で、今日は泊まり」
「……え」
片嶋の驚いた顔は本当に何度見ても可愛くて、また笑ってしまう。
外では何があっても余裕綽々なのに、なんで二人の時は思い切り顔に出すんだろうな。
「帰りに社長と娘に挨拶するだけなんだろ?」
「……そうです、けど……」
なんとなく困った表情をしていたが、嫌なわけではないようだったので、強引に鍵を持たせた。
「先に部屋に行ってろよ。二人で歩いてると目立つしな」
片嶋はしばらく戸惑っていたけど、そのあと少しだけ目線を落として「はい」という短い返事をした。



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