パーフェクト・ダイヤモンド
ものすごくオマケ

ネコを拾いました。



<ごはんください。>


食事をしてる俺を片嶋がジッと見上げてた。
とてもキリリとしていたけど、やっぱりこれはおねだりなんだろう。
「おまえにはちゃんとエサをやっただろう?」
栄養価まで計算し尽くされたキャットフードとミルク。しかもコンビニで一番高かった缶詰だ。
なのに。
皿にまるまる残ってた。
「なにが気に入らないんだよ。あれ、高かったんだぞ??」
片嶋は皿の中味と俺の顔をしばらく見比べていたけど。
「安くてもいいから、桐野さんと同じのがいいです」
きっぱりとそう言った。
それは確かにワガママなんだけど。
その言い方が妙に可愛くて。ついつい、そうか……と思ってしまう。
ついでにこのまま同じ食卓を囲みたい気分になったが。
「片嶋はネコなんだから塩分の取り過ぎは体によくないぞ。あれを全部食ってもまだ足りなかったらおやつをあげるから、とりあえず先に食って来いよ」
心を鬼にして何とかそう言った。
「わかりました」
片嶋は渋々ネコ缶を食べ、ミルクを飲んでから戻って来た。
「うまかっただろ?」
何だかんだと言っても片嶋はネコなんだから。
健康管理は俺がしてやらないと。
そうは思っても。
「……でも、桐野さんと同じのがいいです」
この言い方が、な。
『○○が食べたい』んじゃなくて、『同じ物が食べたい』っていうのがさ。
飼い主心をくすぐるよな?
そんなことを考えていたら。
「桐野さん、」
片嶋の手先がちょいちょいっと俺の腕をつついた。
「ん?」
「おやつください」
くりっとした目が妙に真剣だった。
「いいけど。食いすぎじゃねーか??」
そんなにデカイ体でもないのに。
「じゃあ、そっちだけでいいですから」
片嶋の視線は俺の手に握られたワイングラスに注がれていた。
「おまえ、これが何か分かってるのか?」
まじまじとワインのラベルとグラスを見比べている片嶋にあえて聞いてみた。
ネコなんだから、ワインなんて口にしたことはないだろうと思ったんだが。
「何って……テーブルワインですよね? 手頃な値段ですけど、白ワインの中では結構好きな方なんです。でも、本当は赤の方が……」
……ネコのくせに思いっきりワインの趣味を言うってどうだよ。
って言うか、前の飼い主はどんな育て方をしてたんだろう。
謎は深まるばかりだ。
「とにかくダメだからな?」
ちょっとキツイ口調で申し渡した。
「どうしてですか?」
不満をあらわにして、口を尖らせる。
「ネコにワインなんかやれるわけないだろ??」
絶対ダメだ。何があっても、絶対ダメ。
「桐野さん、ネコに対して偏見持ち過ぎです」
これは偏見なんかじゃないと思うんだが。
「変なもん食って体でも壊したらどうするんだよ」
俺はマジで心配してんだぞ??
そういう気持ちで言ってみた。
そしたら。
「……じゃあ、仕方ないですね」
諦めてくれたかと思ったのに。
「だったら、ひとくちだけでいいですから」
こんなときに限って、妙に可愛い顔で見上げて。
しかも、ネコのくせにしっぽなんて振りやがって。
実はすっごく世渡り上手で性格悪いんじゃないのか、片嶋。
「おまえな……」
そう言ったら、片嶋が最終兵器を出してきた。
足元にすりすりした挙句、「ごろごろにゃあ」だと。
それも、いつものドヘタな『にゃあ』とは比べ物にならない可愛い声だった。

……結局、俺はワインを少しだけ新しい皿に注いでしまった。

甘過ぎるよな、俺……。
「こんなことして片嶋が早死にしたら、一生後悔しそうなんだけど」
人の心配をよそに片嶋はニッコリ笑って。
「大丈夫です。もう10年欠かしてないので飲まない方が調子悪いんです」
ネコのくせにそんなことを言った。
「……あ、そう」
それを聞いて安心したけど。
「おまえさ、」
「なんですか?」
もうちょっとネコらしくしてみろよって言ったら、ネコらしくなるんだろうか?
けどな。
片嶋が『自分はネコらしくなくて可愛くなかったから捨てられたんだ……』なんて思ったら可哀想だし。
やっぱり止めておこう。
「……ワイン、うまいか?」
そう聞いたら俺を見上げてニッコリ笑った。
「おいしいです」
その笑顔も可愛過ぎてかなりネコらしくないんだけど。
まあ、それは……別に、いいよな。


その日から、片嶋は欠かさずに俺の晩酌に付き合うようになった。
しかも。
「お帰りなさい」
俺の帰りが遅い日は先に飲んでいた。
「おまえ、ネコのくせにな……」
「桐野さん、差別発言禁止です」
まったく、片嶋ときたら。
可愛いんだか、可愛くないんだか。



<4話> 飼い主の呼び方について    

片嶋との生活にも少し慣れてきた頃。
「桐野さん、」
片嶋に呼ばれて、ちょっと考えた。
飼い主を『桐野さん』って呼ぶネコってどうだよ??
まあ、普通のネコなら全てが「にゃあ」だから、主人をなんて呼んでるかなんてわからないし、たとえばそれを日本語に変換することができたとしても、『ご主人様』などという呼び方ではないんだろうけど。
普通は「パパ」とか「お兄ちゃん」などの家族扱いだと思うんだよな。
なのに。
『桐野さん』ってどうなんだ?
「……おまえさ、前の飼い主もそうやって呼んでたわけ?」
片嶋はその質問にふるふると首を振った。
それから、とても落ち着いた声で言った。
「ヨシノリ」
その言い方が本当に恋人みたいで。
なんだかちょっと面白くなかった。
だから、前からちょっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「俺、おまえの飼い主になったんだよな?」
その言葉に片嶋の耳がピクンと動いて。
それから、言った。
「俺、飼われてるつもりはありません」
……あ、そう。
片嶋はそんな風に思っていたのか。
なんとなく俺と片嶋の間に壁ができた瞬間だった。
「じゃあ、おまえは俺をなんだと思ってるんだ?」
そんな質問にも片嶋は即答した。
「桐野さん」
そうだけど。
確かにそうなんだけど。
「おまえなぁ……」
『ネコのくせに』という差別発言はよくないと思ったけど。
なんだか妙に淋しく感じられるのは気のせいか?
前の飼い主は恋人扱いの名前呼び捨てで、なんで俺は『桐野さん』なんだ??
「他の呼び方がいいですか? だったら、桐野さんの好きな呼び方に変えてもいいですけど」
だからと言って『ご主人様』などとは絶対に呼んでくれないと思うんだけど。
「けど、おまえは俺に飼われてるって思ってないんだろ?」
ついつい咎めるような口調になってしまった俺に、片嶋は真面目な顔で答えた。
「……だって、桐野さん、俺に『一緒に暮らそう』って言いました」
ああ、言ったよ。
だったら何だよ??
「それって、プロポーズですよね?」
それは。
……ちょっと違うと思うんだけど。
ちょこんと俺の隣りにお座りして、真面目な顔で俺の返事を待ってる片嶋が可愛くて。
「まあ、そうなのかな」
つい、そんな返事をしてしまう俺だった。

その後も片嶋は相変わらず俺を『桐野さん』と呼んだけど。
俺のプロポーズを受けてここにいるんだと思ったら、そんなことは全然気にならなくなった。

「な、片嶋。前の飼い主には何て呼ばれてたんだ?」
ふと、こんなことも気になったけど。
今ならなんでも笑って流せる自信があったから、何気なく聞いてみた。
……けど。
「ショウ」
片嶋の答えに耳を疑った。
「俺には『片嶋です』って言ったよな?」
それも、『それ以外の呼び方なんてありません』って感じで。
「だって、片嶋ですから」
そうだよ。こんな風に。きりっと言ったんだ。
「じゃあ『ショウ』っていうのは何なんだ?」
俺の疑問はもっともだと思うんだけど。
「下の名前です」
片嶋の返事も『そんなの当たり前』っていうニュアンスで。
「なんで俺には教えてくれなかったんだ?」
ちょっと腹が立ちそうになったけど辛うじて抑えたのに。
それに対する片嶋の返事が。
「……なんとなく」


ネコなんだけど、ネコらしくない片嶋は、ときどきこうやって俺を奈落の底に突き落としながら、今日も楽しそうに暮らしている。
そして、俺と片嶋は、まだほのぼのと続いている。



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