パーフェクト・ダイヤモンド
ものすごくオマケ

ネコを拾いました。



<くすぐったい。>


片嶋はネコのくせに撫でられるのがあまり好きではなかった。
「片嶋、こっちきて」
呼ばれてトコトコと歩いてきた片嶋を抱き寄せて膝に乗せたら。
「俺、ソファの上の方がいいです」
思いっきり文句を言われた。
「なんで?」
普通は膝の上がいいだろ。ネコなんだから。
でも、片嶋は抱かれるのも好きじゃないらしくて。
「桐野さんだって、重いのは嫌でしょう?」
そんな返事をした。
自分が嫌だから、俺のせいにする気らしい。
「ぜんぜん嫌じゃねーよ。ほら、ここ座って。爪切ってやるから」
だいたいおまえ、重くないし。
なのに。
「いいです。自分でやりますから」
って。
片嶋、爪切り使えるのか??
「おまえ、ネコなんだからさ」
もうちょっと甘えてくれてもいいのに……って思うのは、俺のワガママなのか?
「でも、自分でやりますから」
キリッと俺を見上げて、真面目な顔で言うんだよな。
「……まあ、いいけど」
ネコなんだから。
普通は爪くらい飼い主に切ってもらうだろ?
膝に乗って丸くなって寝るのも好きなんじゃないか?
……でも、そんなのは俺の思い込みなんだな。
ネコにだってそれぞれ性格がある。
片嶋が嫌だっていうものは仕方ない。
けどな……。
「片嶋、」
もうちょっとくらいは遊んでくれてもいいんじゃないか?
せっかく一緒に住んでるんだから。
そう思って。
ちょっと無理やり膝に乗せて、かなり無理やり顎とか頬を撫でてみた。
撫でられた片嶋はぐずぐずもぞもぞ動き回っていたが、俺の顔を見上げて眉を寄せた。
「桐野さん、」
「なんだ?」
「くすぐったいです」
ネコのくせに。
そういうことを言うんだもんな。
「ちょっとだけガマンしろって」
せっかくネコを拾ったんだから、ちょっとくらい飼い主気分を味わいたいよなって思って。
無理やり撫で続けたら。
片嶋が俺の手を齧った。
「なんでかみ付くわけ?」
「だって……くすぐったいです」
「気持ち悪いのか?」
うん、って言われたら止めようと思ってたけど。
片嶋は少しだけ首を振って。
「……気持ちいいです」
ちょっと恥ずかしそうにそう答えた。
まあ、ネコじゃなくても、撫でられれば気持ちいいよな。
「だったら、なんで嫌がるんだよ??」
よくわからないヤツだなって思って問い詰めたら、「だって」という返事。
また言い訳体勢かなと思いつつ、聞いてたんだけど。
「……なんか、恥ずかしくないですか?」
うつむいたままそんな事を言うから。
思わずギュッと抱き締めてしまった。
「桐野さん、苦しいですっ」
もがきながら文句を言うんだけど。
どうしても離すことができなかった。

……なんで、片嶋はネコなんだろうな。

俺がどんな気持ちで片嶋を抱き締めてるかなんて。
きっとこいつには分からないだろう。
当たり前だけど、ちょっと淋しくもあり。
複雑な飼い主ゴコロを味わってしまった休日の午後だった。




<6話> ネコですけど。         
 
毛並みのいい美人顔の猫。
連れて歩けば擦れ違う人が振り返るほど。
「おまえ、もともとはノラネコじゃないんだよな? 一番最初の飼い主はどうしたんだ?」
まさか何度も捨てられたなんてことはないだろう。
そう思って聞いたら。
「家出しました」
サラッとそんな返事をした。
「で、前の飼い主に拾われて、この間捨てられたのか?」
その言葉に片嶋はムッとした。
「捨てられたんじゃなくて別れたんです」
飼い主と「別れた」っていうのはどういうことなんだろうな。
はぐれてそれっきりになったのか。
それとも、そいつが行方不明にでもなったのか?
あるいは死別したのか??
「それってさ、」
どういうことなんだって聞こうとしたんだが。
「振られたんです」
片嶋の返事はさっきとあんまり変わらない内容だった。
飼い主に「振られる」っていうのも、どういう状況なのかわかんないんだけど。
『ヨシノリ』って呼び方もなんだか本当にコイビトみたいだしなぁ……
なんて考えてたら。
「桐野さん、」
片嶋が真面目な顔で俺を呼んだ。
「ん、なんだ?」
返事をしたら。
「俺、桐野さんのこと、好きです」
「……ああ、う〜ん……」
何度も言うように、片嶋はネコなんだけど。
しっぽは細くてシュッと真っ直ぐ立ってて。耳もちゃんと三角のが頭の上についてる。
本当にちゃんとネコなんだけど。
言い終えてから、にっこり笑った口元が妙に可愛くて。
「……俺もおまえのこと、好きだよ」
つい、魔が差してしまった。
そしたら、片嶋がちょっと訝しげな顔をした。
「桐野さん、」
「ん?」
「……俺、ネコなんですけど」
そんなことを言うんだけど。
「だったら何だよ??」
相変わらずよくわからないヤツだなって思ってたら。
妙に真面目な顔で俺を見上げて。
「……それでもいいですか?」
また妙な質問を。
「ああ、別になんでもいいけどな」
そしたら今度は首を傾げて。
「犬でも鳥でもハムスターでもなんでも良かったってことですか?」
ちょっと淋しそうにそんなことを聞くから。
「この会話ってさ、俺がおまえを好きかどうかについて話してたんじゃなかったっけ?」
念のため確認してみた。
「……そうですけど」
片嶋もそれについては反論なんてしなかったが。
まだちょっと不審そうな顔のままだった。
「だったら、別にいいだろ? おまえが犬だったとしても連れて帰ってきたし、好きになったと思うよ」
俺はネコが欲しくて拾ったわけじゃないんだから。
「でも、」
「まだ何かあるのかよ??」
「……俺、男です」
そんなことは俺だって分かってるけどな。
「だから、なんでもいいって言ってるだろ??」
この返事はちょっと投げやりか?
……まあ、いいよな。
「桐野さん、でも、」
本当にこいつは。
前の飼い主に捨てられたせいでこんなになったのかもしれないけど。
「おまえが好きだよ。おまえが猫でも男でも、俺には関係ないんだよ」
そう言ったら、ギュッとしがみついてきた。
片嶋がこんなことをしてくれることは滅多にないから、できればこの状況を楽しみたいと思ったんだが。
「片嶋、」
「なんですか?」
ちょっとうるうるした目がこっちを見上げて。
それは本当にとてもとても可愛かったんだけど。
「……爪立てんの、やめてくれ」
ネコだから、仕方ないんだけど。
「後で切ってやるから。な?」
こういう状況で言われたせいか、片嶋も渋々「はい」と短い返事をした。

柔らかい日差しの降る休日の午後。
片嶋を膝に乗せたまま。
約束通りに愛らしい手を持って爪を切る。
ネコを飼っていれば当然の、ごく日常的な行為。
片嶋の手に傷なんてつけちゃいけないから、俺は爪に集中していたつもりだったんだけど。
「桐野さん」
俺を呼んだ片嶋は、なんとなく非難の眼差しだった。
「なんだよ??」
こんなに気を遣いつつ爪を切ってるって言うのに。
何が不満なんだろうって思った瞬間。
「……変態チックだから、ニヤニヤするの、やめてください」

こんな可愛くない片嶋が。
なぜか大好きだったりするんだよな……



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