パーフェクト・ダイヤモンド
ものすごくオマケ

ネコを拾いました。



<やめてください。>


溝口から、とてもいい物をもらった。
簡単に言うとマジックだ。
ただし、普通のとは違って時間が経つとキレイに消えてしまう。
子供のラクガキ用らしい。
「何するんだよ、マジックなんて」
溝口が不思議がっていたけど。
「んー、片嶋に見せてやろうと思って」
とりあえず、もらって帰ってきた。
赤と黒。
念のため、紙に書いてみた。
黒というよりはグレーで、赤というよりはピンクなんだけど。
溝口が言っていた通り、ちゃんと消えた。
で。
「面白いよな」
片嶋に見せたけど。
「そうですか?」
片嶋はまったく関心なさそうに新聞を広げた。
もうちょっと何か反応をしてくれると思っていたんだが。
何の興味も示さずに、その後さっさとベッドにもぐりこんでしまった。
……まあ、いいんだけど。

一人取り残されてヒマを持て余した。
片嶋はもうスヤスヤと寝息を立てている。
せっかく二人で暮らしてるのに。
最近、片嶋はあまり俺の相手をしてくれなくなった。
「片嶋、」
声をかけてみたけれど、無反応。
撫でてみたけれど動かない。
少しでも意識があればシッポでペシッと引っ叩くくらいのことはすると思うんだけど。
「つまらないヤツだな」
他は少しもネコらしくないのに、睡眠時間だけはネコ並みなんだよな。
仕方がないので一人で遊ぶことにした。
「ちょっとだけ動くなよ」
うずくまっていた片嶋の顔をちょっと動かして。
黒いマジックで目の上に線を引こうとしたんだが。
滲んで楕円になってしまった。
「う〜ん……思ってたのと違うけど」
まあ、いいか。
結構、愛嬌があって可愛い。いい出来だ。
その後、赤いマジックでほっぺにマルを書く。
こっちはイメージ通りの出来上がり。
「片嶋が起きる頃には消えるんだから、いいよな?」
カメラを持って来て、片嶋の寝顔を収めた。
品のいい顔立ちに、薄墨色の雛眉とピンクのほっぺ。
「可愛い、可愛い」
思わず頬を撫でたら、片嶋は鬱陶しそうに手で顔を隠してしまったけれど。
「まあ、写真も撮ったし」
俺も満足して寝ることにした。


翌朝。
そんなことはすっかり忘れてしまった状態で目を覚ました。
もちろん隣りに片嶋がいて、こっちを見てた。
「おはようございます」
片嶋に言われた瞬間に、不覚にも俺は笑ってしまった。
消えているはずのマジックがそのまま残っていたのだ。
片嶋は眉間にシワを寄せていたけど。
「なんで笑ってるんですか?」
いつもの可愛くない口調で冷静に問いただした。
「いや、別に」
嘘だってバレバレだけどな。
「桐野さん、感じ悪いです」
当然のように怒られて。
でも。
「まあ、気にするなって。俺も休みだし、片嶋ももうちょっと寝ろよ」
とりあえず手を伸ばして抱き寄せた。
カーテンを閉め切った部屋はなんとなく薄暗くて、片嶋も自分の顔の異変には気付かないんだろうけど。
俺の態度があまりに不審だったからか、片嶋は何も言わずにスルリと腕を抜け出した。
そのまま鏡の前までトコトコ歩いて行って。
その場で固まった。
「片嶋が起きる頃には消えてる予定だったんだけどな」
ペンが消えていくところは片嶋も昨日一緒に確認してるから、それが嘘なんかじゃないってことは分かってるはず。
だが。
……やっぱり固まっていた。
「気にするなよ。洗えば落ちるんだし。それに可愛いから、大丈夫だって」
呆然としている片嶋を抱き上げて、何度もキスをした。
片嶋はまだ不満そうだったけれど。
「ホントだって。可愛いよ。すっげー可愛い」
何度見ても笑えて。
ホントに可愛い。
「だから、もうしばらくそのままにしておけよ?」
片嶋はしばらく考えていたけれど。
俺にムギュッと抱きしめられたままベッドに連れ戻されて。
その後、顔を洗いに行くことはなかった。
「片嶋、」
その日、何度も片嶋を振り向かせて。
そのたびに笑って。
何度もキスをして。抱き締めて。
「可愛いよなぁ」
って。
俺が何度も言うせいなのか、片嶋もまんざらでもなさそうで。
幸せな休日だった。
なのに。


ピンポ〜ン……という音がして、ドアを開けたら溝口が立っていた。
で。
「うわ、何、桐野。ネコにラクガキするために持って帰ったのか??」
片嶋を発見したとたんにゲラゲラ笑い転げた。
その瞬間に片嶋の機嫌は一転した。
「それにしても笑えるよなぁ。ついでに背中を牛柄にしてみたらどうだ?」
そんなことまで言うもんだから。
片嶋は洗面所にこもったきり出てこなくなってしまった。
「バカ、溝口。そういうこと言うなよ」
あんなに可愛いのに。
その言い方はないだろう??
「なんで? 俺にも書かせろよ。赤と黒のブチってどうだ?」
……おまえには絶対に触らせねーよ。
「ったく。拗ねて出てこなくなったらどうするんだ」
片嶋はああ見えて結構デリケートなんだ。
「ば〜か、ネコなんだから何言われてるかなんてわかんないだろ?」
甘いぞ、溝口。
片嶋のIQは絶対におまえよりも高い。
「とにかく、帰れ」
せっかく二人で楽しんでたのに、これで台無しになった。
溝口を追い返してからバスルームをこじ開けた。
片嶋はすっかり顔を洗った後だったけど。
まだ、なんとなく薄く残ってるのを気にしていた。
「もう、その辺にしておけよ。あんまり洗うと肌が荒れるぞ?」
俺の言うことなんて聞いてなくて。
ネコのくせに器用にフェイスソープを泡立ててまた洗い始めた。
「な、片嶋。溝口の言うことなんて信じるなよ。本当に可愛いんだから。な?」
俺が何を言っても無視を決め込んでいるらしく、こっちを見ようともしない。
ジャブジャブと泡を洗い流したが、やっぱりまだ少し残っていて。
片嶋は眉を顰めながら、鏡を覗き込んでため息をついた。
「ほら、顔、拭いて」
水が滴り落ちている片嶋を丁寧に拭いてやって、抱き上げてリビングに連れて行った。
その間も片嶋は俺を無視し続けた。
この分だと機嫌を取るのは結構大変そうだ。
「な、片嶋、機嫌直せって。俺はホントに可愛いって思ってるんだぞ?」
何度もそう言ったら、片嶋はムッとしたまま言い返した。
「俺がネコだと思ってバカにしないでください」
そんなことを言うんだけど。
「してないって」
片嶋がそう思うのは、俺がことあるごとに『ネコのくせに』なんて言うせいなんだろうな。
ちょっと反省した。
「だって、人間の恋人にはそんなことしませんよね」
片嶋は真剣な顔で俺を見上げていたけれど。
まあ、人間だったら眉は書かないけどな……なんて思いながら、
「するだろ」
そう返したら。
……片嶋の眉間にもっとシワが寄った。


その後、俺と片嶋の間に微妙な沈黙が流れて。
そのまま午後が終わって行った。



「片嶋、いい加減機嫌直せって」
夜になっても片嶋は口を利いてくれなくて。
用意したメシにも手をつけなかった。
こんな時に限ってワインも切らしているし。
仕方がないから、パソコンを立ち上げた。
人気のワインリストが一覧になっている片嶋お気に入りのページを開いて。
片嶋を抱き上げてその前に座らせた。
「これからワイン買いに行くけど、どれがいい?」
片嶋は相変わらず、『桐野さんの話なんてぜんぜん聞いてません』って顔をしてたけど。
指先だけはピッとお気に入りの赤ワインを指し示した。

どこを取っても猫らしくない片嶋はこんな時も人間の恋人と同じ。
ちゃんと許すタイミングを心得ている。
「何本買ってくればいい?」
そう聞いたら。
指先がまたワインリストの上を何度かなぞって、赤ワイン3本と白ワイン2本を指定した。
「おまえなぁ……」
さすがに苦笑する俺に、片嶋はマジメな顔で言い放った。
「安いのでガマンしたつもりなんですけど」

本当に、片嶋は。
いろんな意味でよく出来た恋人だ。



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