<留学してたんです。>
片嶋は構われるのがあんまり好きじゃないんだけど。
キスだけは嫌がらない。
「片嶋、」
最近は俺の抱き上げ方で、キスなのかどうかが分かるようになったみたいで。
すぐにちょっと恥ずかしそうな顔をするんだけど。
小さな口に『ちゅっ』としても、片嶋はされるままになっている。
その時だけは撫でられても、くすぐられても嫌がらずに、ちゃんと俺の腕の中にいてくれて。
それが妙に嬉しくて、何度もキスをしてしまう。
けど、その辺はさすがに片嶋で。
何度もされて飽きてきたら、すぐにどこかに行ってしまう。
まあ、ネコだから、そんなもんだとは思うけど。
「片嶋って、キスは平気なんだな」
10回目くらいのキスでグズり始めた片嶋を仕方なく解放して、何気なくそんなことを聞いたら。
「だって、みんなしますよね?」
どうやら前の飼い主にもされていたらしいってことが分かって、なんとなくショックを受ける俺だった。
まあ、こんなに可愛い片嶋がいつでも手の届く位置にいたら、誰だってキスのひとつくらいしたくなるとは思うけど。
「普通は恋人とか配偶者とか、そういう相手にしかしないもんだからな?」
誰かに抱き上げられてもしちゃダメだぞって思ったんだけど。
片嶋は首を傾げた。
いくら片嶋でもさすがに『配偶者』は分からなかったのかと思ったが、どうやら、そういうことではなかったらしく。
「……頬なら友達とか家族にもしますよね?」
う〜ん。
まあ、外国ならするだろうけど。
「ここ、日本だからな」
俺のひとり言を聞きながら、片嶋はちょこっと頷いた。
どうやら片嶋は日本と外国の違いも分かるらしい。
「もしかして片嶋の最初の飼い主って外人?」
それには首を振ったけど。
「留学してたんです」
……状況が、イマイチわからないんだけど。
まあ、いいか。
きっと飼い主が留学してたから友達に外人が多いとか、海外転居することになって一緒についていったとか、そういうことなんだろう。
だとすれば『キスくらいみんなしますよね』って感じなのも頷ける。
でもなぁ……と思いつつ片嶋を見たら。
相変わらずキリリと俺を見上げていた。
「ってことは、おまえ、英語もわかるのか?」
ふと疑問に思って聞いてみた。
たまには飼い主が片嶋に英語で話しかけたり、遊びに来た友人が片嶋と遊んでくれたりしたかもしれない。
ってことは少しくらい分かるんだろうな。
そうだよな。
なんと言ってもそこは片嶋なんだから。
……そんなことを考えていたら。
片嶋はちょっと考えてから、いつもと同じ涼しい顔で答えた。
「そうですね。日常会話くらいでしたら」
それも、別に得意げな様子でもなく。
それこそ『それくらいどうってことありません』って感じで。
まあ、何と言うか。
さすがは俺の片嶋だ。
「じゃあ、俺が海外に行く時は片嶋に通訳してもらおうかな」
思わず呟いたら。
「桐野さん、英語、話せないんですか?」
なんとなく片嶋にフッと笑われたような気がするんだけど。
……気のせいだよな……?
<大きくなったら。>
「もう少し大きくなったら、人型になるんです」
って片嶋が言うんだけど。
それって、小さな子供が「大きくなったらウルトラマンになる」っていうのと同じレベルなんじゃないだろうか。
「もう少しってどれくらいなんだ?」
一応、本気で聞いてみた。
もしかしたらってこともあるかもしれないし。
そうなったら、今よりももっと楽しいと思うし。
「あと1〜2年くらいだと思うんです」
確かに片嶋は普通のネコとはちょっと違う。
けど、片嶋はやっぱりネコなわけで。
どう考えても、すっかり人間型になるとは思えないんだが。
「耳もシッポもなくなるんです」
でも、きっと片嶋はそう信じてるんだから。
「……そっか。楽しみだな」
夢を壊してはいけないと思ってそんな返事をした。
「桐野さん」
姿見の前に立ち、自分の背丈を計りつつ、片嶋が俺を呼び止めた。
「ん?」
あまりはしゃいだりしない片嶋にしては随分と嬉しそうにニッコリ笑って。
「そしたら、一緒に旅行したりゴルフに行ったりしましょうね?」
そんなことを言った。
「映画館にもデパートにも行けますよ?」
本当に嬉しそうにそんなことを言う片嶋があまりに健気なので、俺も真剣に考えることにした。
「桐野さん、他には何したいですか?」
そう聞かれて。
頭に浮かんだのは、「あんなこと」や「こんなこと」だったんだけど。
片嶋にそれは言えないから。
「うーん……そうだな、」
代わりの言葉を捜してたら、片嶋に突っ込まれた。
「桐野さん、なんだか顔が緩んでるみたいですけど」
怪訝そうに眉を寄せた片嶋を抱き上げて、小さな口にキスをする。
キスする時に目を閉じるのもネコらしくなくて。
つい頬ずりをして、撫で回して。
「やめてください」
怒られて。
でも、片嶋はその後で俺の頬をぺロッと舐めてくれた。
……ちょっとザラッとしてるけど。
まあ、それはそれで。
「片嶋」
「なんですか?」
いつも真っ直ぐに見つめる。
凛々しい瞳。
キリッとした口元。
「大きくなったら、ちゃんとコイビトになってくれよ。な?」
それはもちろん俺の「あれ」や「これ」に直結してるんだけど。
片嶋はくりくりとした目でコクンと頷いた。
その顔が可愛くて。
俺は本当に心の底から真剣に考えた。
「わあ、今日、なんか豪華な夕飯ですね。ワインもたくさんあります」
つまり。
「いっぱい食えよ?」
片嶋が早く人型に成長するように美味い物をたくさん食わせることにしたのだった。
……早くオトナになれよ、片嶋。
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