<七夕って>
7月6日。
急に思い付いて。
「七夕って何かわかるか?」
片嶋に聞いてみたら、『当然です』という顔できりっと頷いた。
七夕のエピソードもどんな行事なのかも、片嶋がまだ小さい頃に最初の飼い主が教えてくれたらしい。
「帰りに折り紙と笹を買って来るから、願い事考えておけよ?」
片嶋のことだから、『そんな子供だましみたいなことするんですか』って言うと思ったのに。
真面目な顔のまま、でも素直に「はい」と短い返事をした。
帰ってきてから、片嶋と二人で小さな笹を部屋に飾った。
短冊も小さめにして、何枚か用意した。
「何枚書いてもいいからな?」
片嶋はネコなんだけど。
俺よりも字が上手い。
少し右上がり。でも片嶋らしいキリリとした文字だ。
昼間、本当に願い事を考えていたらしく、器用にペンを握ってすぐに書き始めた。
片嶋の願い事に興味があったから、自分の手は休めてじっと見ていたけど。
わざとらしく俺に背を向けているので書いている間は全然見えなかった。
片嶋のことだから、小難しい願い事をするんじゃないかと思って期待してたんだけど。
笹に結び付けられた短冊を見て少し拍子抜けした。
黄色い紙切れに書かれた願い事は以下の通り。
『デザートはアイスワインがいいです』
「……ずいぶんと分かりやすい願い事だな」
っていうか。
これって、俺に言ってないか?
訝しみつつ何気なく聞いてみたら、片嶋からこんな返事が。
「だって、親や恋人に欲しいものを教えるために書くものなんですよね?」
七夕の意味を教えたのが誰かは知らないが。
それは間違ってると思うぞ、片嶋。
いくら片嶋がネコでも、間違った知識を持ったまま放置しておくのは良くないと思って、もう一度しっかりと七夕の説明をしてやった。
でも、片嶋は『ちゃんと分かってます』と前置きした後、とても真面目な顔で言い切った。
「でも、クリスマスの時だってサンタクロースに何をお願いしたかを両親が聞くでしょう?
あれと同じですよね」
なんて現実的。
「んー……まあ、そういう用途もあるかもしれなけどな。でも、将来は何になりたいとか、もっと何かができるようになりたいとか、普通はそういうことを書くんじゃないかと思うんだけどな」
まあ、片嶋だからこんなもんだとは思っていたけど。
これではロマンの欠片もない。
なのに、ちょっと不満な俺を置き去りにして、片嶋はさっさと2枚目の短冊を書き始めた。
なんとなくシッポが揺れているのは、きっとそれなりに楽しいからなんだろう。
さらさらと書かれた言葉は聞いたことのないカタカナの羅列だったけれど。
……それが何なのか想像はついた。
「それってさ、」
どう考えても、一枚目の続きだ。
「氷を入れて食前酒っていうのもいいですよね。でも、ちょっと甘いので、もし苦手でしたら他のでも……じゃあ、3枚目は普通のテーブルワインにします」
どんどん増える紙切れを見ながら、また苦笑い。
「ご心配頂かなくても大丈夫ですよ。手頃な値段のものを選んで書いてますから」
こっちを見上げてにっこり笑う片嶋に、俺も一応笑い返した。
「……わかったよ。全部買ってきてやるから」
そしたら、片嶋はまたせっせと短冊を書き始めた。
けど。
5枚目を書いている途中で、急に何か思い立ったように手を止めて俺を見上げた。
それから、少し心配そうに呟いた。
「……桐野さんの願い事、俺でもできそうな内容だといいんですけど」
その言葉にちょっと感動しつつ、今まで書いていた手の中の短冊を片嶋にみつからないようにそっとポケットに隠した。
「大丈夫。片嶋にもできることだよ」
そう言いながら、新しい紙に願い事を書き始めた。
片嶋がそう言うなら、お互いに願い事を叶える七夕もいいなと思って。
俺はかなり幸せな気分を噛み締めていたんだけど。
1枚目の短冊を書いてる側から片嶋は眉間にシワを寄せて文句を言った。
「桐野さん、風呂長いから一緒に入るの嫌です」
……いいけどな、別に。
そんなこんなで飾り付けを済ませて。
「おやすみ、片嶋。ワイン、買ってきてやるからな?」
珍しくはしゃいでいた片嶋がベッドの真ん中で丸くなって眠ってから、ポケットに入れてあった短冊をそっと取り出した。
俺の本当の願い事が書かれた小さな紙切れ。
でも、それは片嶋が頑張ってどうにかできることじゃないから。
俺の密かな希望として、引き出しの奥にこっそりしまっておくことにした。
|