<暑中お見舞い申し上げます>
ポストを開けたら暑中見舞のハガキが入っていた。
それを持って部屋に入って夕刊と一緒にテーブルに置いたら、テレビを見ていた片嶋が振り向いた。
「もうそんな時期なんですね」
妙にしみじみと言うんだけど。
なんと言うか、とてもネコらしくない。
「ハガキ買ってこないとな。片嶋も書くか?」
冗談半分で聞いてみたんだけど。
片嶋は真面目な顔で頷いた。
「何枚必要なんだ?」
「二枚です」
もっと多ければ気にならなかったんだろうけど。
……二枚って、誰と誰だよ??
翌日、涼しげなイラスト付きのポストカードを買ってきて片嶋と一緒に書いた。
いろんな絵柄があって見ているだけでも結構楽しい。
「好きなの選んでいいからな」
見入っている片嶋にそう言ったら、二枚選んで手元に置いた。
1枚は花火とスイカで、もう1枚はビールと枝豆のイラスト。
ビールはなんとなく片嶋って感じだけど。
「片嶋ってスイカも食えるのか?」
ふと疑問に思ったので聞いてみたら。
「好き嫌いはありません」
キリリとした片嶋から、きっぱりとした答えが返ってきた。
「ふうん」
それはエライと思うけど。
……ネコとしては正しくないな。
気を取り直して。
「……じゃあ、書くか」
片嶋の小さな手にちょうどいい細くて短いペンを持って来た。
「黒でいいよな?」
「はい」
そんなことよりも、俺は片嶋のハガキのあて先が気になっていた。
じっと見ていたら、片嶋はまず花火のハガキに文字を書いた。
『暑中お見舞申し上げます』のあとに、『ご無沙汰しております。暑さ厳しき折り、お身体ご自愛ください』
そっけないと言うか。
仕事の相手じゃないんだから、これってどうだろ。
「それ、どこに出すんだ?」
少なくとも友達とか、そういう相手ではないだろうと思ったんだが。
「最初の家族のところです」
「……そうか」
まあ、幼い頃からこの性格だとしたら、「相変わらずだな」と安心するんだろうけど。
「桐野さん、書かないんですか?」
「書くよ」
そう答えたけれど、実はあまり乗り気ではなかった。
それよりも。
1枚目が最初の飼い主のところなら、2枚目は当然2番目の飼い主。
つまり、片嶋を捨てた男宛てだ。
片嶋がそいつにどんなハガキを書くのか、ものすごく気になった。
なのに。
「書かないのか?」
俺がじっと見ているせいなのか片嶋はペンを置いてしまった。
そのあと中途半端な間があって。
さらに沈黙が流れた後で。
「……桐野さんが見てない時に書きます」
片嶋の一言で俺はまた奈落の底に突き落とされた。
誰に出そうが、何を書こうが、そんなの片嶋の勝手なんだけど。
でも、妙にラブラブな文面だったりしたら、きっと立ち直れなくなる。
片嶋のことだから、それが分かっていて気を遣ったんだろうけど。
それはそれで、なんだか滅入る。
「……まあ、いいけどな」
その後、自分のハガキを数枚書いたけど。
あまりにも気分が乗らなかったので、残りは明日にすることにした。
「なんだかな……」
ビールと枝豆だから、『また一緒に飲みたいです』とかそういう内容なのかもしれない。
「でもな……」
『また一緒に暮らしたいです』とか。
『忘れられないんです』とかだったりしたら。
「俺、片嶋を元の場所に返してこないといけないのかな……」
ベッドでぼんやりとそんなことを考えた。
普段の片嶋を思い返しても、そんな素振りはぜんぜんないんだけど。
「でも、俺に見せられない内容なんだもんな」
なんとなく晴れない気分のまま、風呂に入っている片嶋をおいて先に眠った。
翌日、ポストをあけると、またハガキが入っていた。
支店勤務の頃の後輩からだった。
後輩ができて仕事は大変だけど毎日楽しいらしい。
ついでに『彼女ができました!』とデカデカと書いてあった。
「あいつらしいよな」
笑いながら部屋に戻った。
自分の近況を考えてみる。
会社ではこれと言って変わったこともない。
一番のニュースは片嶋と暮らしはじめたことなんだけど。
「……これって、世間的には『ネコを拾った』って言うんだろうな」
それじゃ、片嶋が納得しないだろうけど。
『恋人ができた』って書いて片嶋の写真を貼ればいいか。
それなら、だいたいのニュアンスを察してもらえるだろう。
一応、そんな結論を出してエレベーターに乗った。
「それよりも片嶋の2枚目だよな……」
落ち込むと分かっていてもやっぱり見たいと思う。
「ただいま」
ドアを開けると片嶋がきりっと振り返った。
「片嶋、ハガキが二枚とも書けたら明日俺のと一緒に出してきてやるよ」
片嶋はネコだから。
どんなに頑張ってもポストの差込口に手は届かないはず……と思ったんだけど。
「自分の分はもう出してきました」
あっさりとそんな返事が来た。
「どうやって出したんだ?」
まあ、通りかかった人に「入れてください」って頼めばいい話だけど。
でも、往来で堂々とネコがしゃべっていいものだろうか。
俺の心配をよそに、片嶋は涼しい顔で説明をした。
「ポストまで行ったらちょうど回収の車が来たので、ついでに渡しました」
片嶋はネコだけど。
たいていの事は一人でできる。
そんなわけで。
結局、俺は二枚目のハガキを見ることはできなかった。
俺の存在価値ってなんだろうと思った夏の夜だった。
(…後日)
ポストには今日も暑中見舞のハガキが入っていた。
その1枚が。
忘れもしないビールと枝豆。そして、見覚えのある文字。
片嶋のハガキだった。
「あて先を間違えたのか?」
それはあまりにも片嶋らしくない。
ってことは相手が引越したか何かで住所不明で戻って来たんだろう。
そう思って宛名を見たが―――
『桐野貴行様』
「……俺に書いたのか??」
それなら見せようとしなかったことも頷ける。
「なんだ、そうか」
急に未来が薔薇色になって、とても楽しい気分で文面を見たんだけど。
『暑中お見舞申し上げます。暑さ厳しき折り、お身体ご自愛ください』
……1枚目とほとんど同じだった。
まあ、片嶋だからこんなもんだろうって思って。
気を取りなおしてエレベーターに乗った。
けど。
「……あれ?」
ハガキをよくよく見てみたら、隅の方にとても小さな文字で、
『これからもよろしくお願いします』と書かれていた。
こんなことに一喜一憂しながら、毎日を過ごす自分がおかしくて。
でも。
「ただいま、片嶋」
クッションと戯れたまま振り返る片嶋にチラリとハガキを見せてから。
抱き上げてそっとキスをした。
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