パーフェクト・ダイヤモンド
ものすごくオマケ

ネコを拾いました。


<公園デビュー>   


片嶋と近くの公園に遊びに行った。
休日なので男がいてもあまり不思議ではない。
まあ、俺だって子供がいてもおかしくない年だしな。
道路は危ないので片嶋を抱いて歩いていたが、公園に着いてから下ろしてやった。
でも、片嶋は俺の足元を離れずに並んで歩いてくれる。
「わあ、ネコちゃんなのにちゃんとついてくるんですね」
俺が立ち止まると片嶋もちゃんと止まるので、みんなに珍しがられる。
「お名前はなんていうんですか?」
聞かれるたびに、言葉に詰まるんだが。
「……片嶋です」
「カタシマちゃん?」
「なんか、そうらしいです」
俺の返事に片嶋はちょっと不服そうな顔をした。
もっと堂々と答えろという意思表示らしい。
でも、それ以外は片嶋も上機嫌で、とても楽しそうに散歩していたのに。
「わー、にゃあにゃ」
子供が近寄った途端に、小さな手が俺のパンツの裾を引っかいた。
だっこの催促なのだ。
ちびっ子たちの魔の手はすでに伸びかかっていたけれど、奪い取るようにして片嶋を抱き上げた。
これで子供に泣かれたりしたら厄介だと思ったが、とりあえずそれは大丈夫そうだった。
「すみません。片嶋、小さい子が苦手みたいで」
ついでに、女性も苦手だったりするんだけど。
「ネコちゃんってみんなそうですよね。子供って手加減しないから」
安全を確保した片嶋はすました顔で子供を見下ろしていたけど。
手だけはしっかりと俺のシャツにしがみついていて妙に可愛かった。
「あまり鳴かないのね」
「おとなしいんです」
……っていうか、しゃべるなって言ってあるんだけど。
外で人間言葉はあまりにも怪しいし、あの面倒くさそうで投げやりな『にゃあ』もマズイからな。
ずっとよそ行きの『にゃあ』で鳴いてくれればいいんだけど、それだと可愛すぎて誰かに攫われそうだし……。
「片嶋、腹減ったら何か買ってくるから言えよ?」
ネコらしく抱かれている間、ここぞとばかりに撫でたり頬ずりしたりしてたんだが。
「ワインがいいです」
その瞬間、周囲の視線が集中した。


……しゃべるなって言っただろ。


片嶋との生活は楽しいけど。
俺は日々いろんな心配をしなければならないから、ちょっとだけ大変だったりする。






<全体的に>       

七夕から何ヶ月もたって気が緩んだときに、うっかり引き出しにしまった短冊を見られてしまった。
「やっぱり、そうですよね」
片嶋はきりりとした顔でそう言っていたけれど、俺が見ていない素振りをすると、こっそり耳とシッポを気にしていた。
いや、耳とシッポだけじゃなく。
片嶋は今でも全体的にネコなんだけど。


そんな頃、また片嶋を追い込むような事件があった。
「よ、桐野。酒持ってきたぞ」
休日に予告もなく押しかけてきた溝口がテーブルにワインを乗せる。
しかも、速攻で片嶋を構う。
「ネコっていいよな。子供の頃、背中こすって静電気起こして遊ばなかったか?」
「いいや」
そのせいで嫌われているってことを溝口は分かっていないだろう。
無理やり掴まえて抱き上げて、片嶋に蹴っ飛ばされて。
それでも、懲りずにムリやり仰向けにして腹を撫で、今度は思いっきり引っ掻かれていた。
「痛ってぇ〜。信じられないヤツだな、片嶋〜」
「おまえが悪いんだろ」
俺だって片嶋の腹なんて滅多に触ったことがないのに。
「大丈夫か、片嶋」
抱き上げたら、ちょっと涙目になっていた。
「溝口、今日から出入り禁止」
「なんでだよ〜?」
「片嶋がおまえのこと嫌いだから」
いや、もっと早く出入り禁止にするべきだったんだ。
「おまえ、どんなに可愛がっても相手は猫なんだぞ?」
「だからなんだよ?」
「おまえにうちの秘書課の女のコ紹介してやる。好きな子でも出来れば、その妙なシュミもなくなるだろ。な?」
この後も溝口は余計なことばかり並べたてた。
「妙な趣味ってなんだよ?」
「飼いネコ溺愛。しかも、オス」
「性別は関係ないだろ?」
そりゃあ、ネコだってことはアレコレの障害にはなるかもしれないけど。
性別は関係ないはずだ。
「おまえ、マジに猫とナニができると思ってるわけ?」
そう言われると返す言葉はないが。
「ま、なんならお外で浮気してくればいいんだもんな〜。猫にバレるわけじゃないし」
溝口の言葉に三角の耳がピクッと動いた。
またそうやって不信感を持たせるようなことを。
「んなことしねーよ」
「なんだよ、桐野。この先、死ぬまでエッチはしないつもりか?」
そこを突かれるのも痛いけど。
「おまえには関係ないだろ」
「けどなぁ。欲求不満になるぞ〜?」
「……いいんだ。そのうち、片嶋が大きくなるから」
俺だって100%信じてるわけじゃないけど。
でも片嶋がそう言うんだから。
「大きくなってもネコはネコだろ?」
俺だってそうは思ってる。
でも。
「耳も尻尾もなくなる予定らしい」
何度も言うようだけど。
片嶋がそう主張するんだから、そうなんだと思いたい。
だが。
「……大丈夫か、桐野」
溝口はとても真面目な顔で溜め息をついた。
「おまえにマジに心配されるほどじゃないと思うけどな」
いや、実際、どうなのかは俺にも分からないんだが。



そんなこともあって、あれから片嶋には美味い物をせっせと食わせていたんだけど。
やっぱり大きくなっているようには見えなかった。
それは片嶋自身も気にしているみたいで、バスルームに置いてある体重計に乗っては首を傾げたりしていた。
「増えたか?」
俺の質問にも黙って首を振る。
しかも、ちょっとうつむいてしまった。
この様子じゃ、結構気にしてるんだな。
「じゃ、寝るか。寝る子は育つって言うしな」
しょんぼりとしている片嶋を抱き上げてベッドに連れていった。
「桐野さん、」
「ん?」
「もし、俺がずっとネコのままだったら、どうしますか?」
普通はずっとネコのままなんだから、別にそんなこと変でもなんでもない。
なんでそんなことを聞くのか分からなかったけど。
「どうもしねーよ。そしたら、ずっとこのままだろ」
思った通りを答えた。
それはそれで楽しいからいいって思ってたんだけど。
片嶋は不満そうだった。
「でも、」
片嶋の「でも」とか「だって」は口癖だけど。
今日のはマジメにグズっているらしくて。
眉間にシワ。
口はへの字。
半目で。
しかもちょっと泣きそうだった。
「……そしたら、桐野さんはきっと結婚して、子供が生まれて……もう一緒にいられなくなりますよね……」
片嶋は自分がペットだなんて思ってないから。
『家族ができたら恋人の自分は一緒にいられない』
どうしても、そういう図式になる。
「結婚なんてしないから。よけいな心配するなよ」
風呂上りのふわふわの毛並みを撫でながら、並んでベッドに横になった。
俺のパジャマのボタンをじっと見つめている片嶋の目は、昼間よりもずっと黒目が大きくて本当に可愛い。
「……でも……ネコのままだったら、ゴルフも映画も……」
まだグズグズ言ってたけど。
「まあ、ゴルフは一緒にできないけどな。無理して行くほどのもんでもないし。それに、映画館なら上着の下にでも隠して入れなくはないだろ」
ダメならこっそりバッグかなんかに入れて行けばいい。
そんなにうるさいことなんて言わないだろう。
片嶋は外では絶対に鳴かないし、誰かの迷惑になることもない。
……アレルギーの人がいたらマズイか。
でも、そしたら、わざわざ映画館に行かなくても家で見たらいいんだもんな。
「片嶋が長時間車に乗ってても嫌じゃなかったらドライブだって行けるから。海でも山でも好きなところに連れてってやるって。な?」
一緒に遊ぼうと思えば、どうにでもなりそうだ。
「だからさ、」
おでこにチュッとキスをして。もう一度撫でて。
「そのままでいいって」
それでも片嶋は俺に抱き付いたまま顔を上げなかった。
「……だって、」
まだ何か言いたそうなんだけど。
「片嶋がこうやって一緒にいてくれるなら、俺は何でもいいよ」
その後。
片嶋は、もうなんにも言わなくて。
でも、黙って一つコクンと頷いた。
「あとは何して遊ぶ? 車が大丈夫なら旅行もオッケーだよな。遊園地はどうなんだろうな? 乗り物はダメでも散歩くらいはできるかな? まあ、それは今度調べておくか……」
片嶋を抱き締めたまま、一人であれこれ考えて。
「ためしに明日ドライブに行こう。な?」
返事を求めた時には、片嶋はもうすっかり眠っていた。

腕の中で。
ほんの少し笑ってるみたいに見えた。



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