<記念写真>
ポストを開けると片嶋宛ての手紙が入っていた。
ハガキサイズのシンプルな封筒。だが、少し厚くて重かった。
差出人は片嶋の最初の家族。暑中見舞い以来だなと思いながら、片嶋に手紙を渡した。
「片嶋、手紙来てるぞ」
それを両手で受け取ると片嶋は器用にカッターで封を開けた。
キレイに畳まれた手紙を開いて、しばらく真剣に読んでいたが、それが終わると封筒から厚めの紙を取り出した。
中味は片嶋の子供時代の写真。
『久しぶりにアルバムを見ていたら、あまりに可愛かったので送りました。新しいご家族の方に見せてあげるといいと思って』
そんなコメントが添えられていた。
写真は本当に普通の家族と撮るようなものばかりで、旅行や花見はもちろん、お宮参りとか七五三の写真まであった。
もちろん赤ちゃん時代の物もあって、それがまたびっくりするほど可愛くて。毛は不揃いでふわふわで、どこを見ているのかわからないような目でカメラに鼻先をつけていた。
「それはまだ生まれて2週間くらいの頃です」
片嶋は真面目な顔で写真の説明をしてくれたけど。
その頃はまだ頭も重いし、手足も細い。はいはいで歩こうとしてるのはわかるけど、精一杯踏ん張っても手足は開き気味で、どう見ても床に腹をこすってる。
「どこ見てるかわからないな」
「俺にも分からないです」
上から撮った写真のチビ片嶋は、あと数歩進んだらテーブルから落ちそうな場所にいた。
「落ちなかったのか?」
「家族がいるのに落ちるわけないです」
それは、まあそうなんだけど。
「フワフワだな」
というか。
「子猫ですから」
なんとなく片嶋の機嫌が悪いような……。
写真を見てるだけなのに、なんでだ?
そう思いつつも写真をめくった。
もう少し大きくなった頃のは、もうすっかり片嶋って感じで。
それでもまだよちよち歩きっていうサイズなのに小さな口をキュッと結んでカメラの方を見つめていた。
「すごいな、片嶋。こんなに小さいのにカメラ目線」
「こっち向いてって言われたんです」
そう言ったところで子猫なんだから、普通はその通りになんてしてくれないと思うけど。
「片嶋、子供の頃から賢かったんだな」
さすがは俺の片嶋。並のネコとは違う。
子猫のくせにとても行儀が良くて、どの写真もキリリとしていた。
それよりもワンサイズ大きくなった頃のは、もうちゃんと前足も揃ってて。
見上げた視線も本当に今と同じだった。
「それもまだ1ヶ月も経ってない頃です」
飼い主らしき人の大きな両手の上にちょこんと座って首を傾げている写真。
「すっげー可愛いな、これ」
まさに手乗りサイズ。
飼い主が何かを話しかけているらしく、片嶋は一生懸命何かを考えてるみたいな顔で見上げてたけれど。
それをめくると、次には、話に飽きてしまった片嶋がその手の上でコロンと寝てしまっている写真があった。
「片嶋も子猫の時はこんなだったんだな」
このときから一緒に生活していたら、もっとベタベタに甘やかしたかもしれないなと思って笑っていたら。
「桐野さんも子猫の方が好きですか?」
そんな質問が飛んできた。
それが、なぜかかなり深刻な顔で。
こういうところが片嶋は相変わらずなんだけど。
「好きな相手だったら、子供の頃の写真も一際可愛く見えるだろ」
っていうか、それはまさしく親バカ状態なんだろうけど。
「確かに、小さかったらそれだけで可愛いんだろうけどな。だからって、今、片嶋の代わりに他の子猫が来ても嬉しくないよ」
こんな時でも精一杯キリリとした顔で俺を見上げる片嶋が、やっぱり世界で一番可愛いと思うから。
「片嶋、余計なこと気にしすぎだって」
どうも子猫には必要以上にライバル心を持ってるような気がする。
それもアイツがチビ猫を可愛がってたせいなんだろうか。
「でも」
片嶋はそういう時だけ「でも」とか「だって」を並べて少し不安そうな顔をするんだけど。
「ばーか。今のおまえより可愛いヤツなんてどこにもいないって」
未だに俺のことも信用してないのかと思うと少し淋しいような。
「けど……」
「絶対、いないから心配するなよ」
少なくとも俺にとってはそうだから。
そう言ったら、やっと片嶋は少しだけ笑って。
「ありがとうございます」
小さな声でつぶやいた。
なんでこんな場面まで丁寧語で礼を言うかなって思うんだけど。
前足をきっちり揃えたまま真面目な顔でこっちを見上げている片嶋は、本当に子猫時代と変わらず可愛かった。
そのあと、片嶋の機嫌は一変して。
いつもなら、俺がいてもクッションと戯れて一人でテレビを見ているのに、ソファで横になってる俺の胸元で丸くなるなんてサービスまでしてくれた。
たまに自分の首についている指輪を弄って。
そのあと俺の首にかかっている指輪をちょっとだけつついてみたりして。
別にそれだけなんだけど、ずいぶんと楽しそうだった。
ごきげんな片嶋はとても可愛くて。
だから。
「な、お礼に今の片嶋の写真を撮って送ってやろうか」
二人で部屋を少し片付けて、カメラを用意した。
ベランダの近くの明るいところにソファを持って行き、微笑み合って、なんだかいい感じだなと思っていたら。
『あ、俺、俺〜』
能天気なピンポンのあと、インターフォンから聞こえたのは溝口の声。
「今日はなんだよ」
速攻で追い返そうかと思ったが、ふと思いついたことがあったので入れてやることにした。
「なんだ、桐野もショウちゃんも今日は機嫌いいんだな」
片嶋にまで「こんにちは」を言われた溝口は絶好調にゴキゲンだった。
そういえば今日まで一度も片嶋に歓迎されたことはなかったかもしれない。
「機嫌がいいって言うか、な」
ついでだから片嶋と二人で写真を撮ってもらおうと思っただけなんだが。
「あ、俺、コーヒーでいいよ」
片嶋も同じことを思っているらしく、いつもなら何の遠慮もなく厳しい一言を飛ばすこんな場面でも今日はニコニコしたまま黙視していた。
俺がキッチンから戻った時、ちょうど片嶋が溝口にカメラの使い方を教えているところだった。
「桐野、コーヒーにミルク入れてくれ〜」
他人の家でその偉そうな口調はどうかと思ったが、今日は溝口のワガママを聞いてやることにしたので、おとなしくポーションを持ってくる。
それも写真のため。
っていうか、片嶋のため。
「OK、ここがシャッターボタンな。わかった。じゃ、桐野もグズグズしてないで早く来いよ。操作を忘れないうちに撮ってやるから」
操作っていっても本当にボタンを押すだけなんだが。
まあ、機械にはあまり強くなさそうな溝口だから仕方ない。
「けど、おまえがミルク持ってこいって言ったんだろ」
呼ばれて再びリビングに戻って。
ソファに座ったら、珍しく片嶋が俺の膝の上に自分から上がってきた。
どうやら写真仕様のよそゆきらしい。
……そう言えば、片嶋って外面が良かったんだよな。
顔は相変わらずキリリとしていたけど。
なんだかそれが可笑しくて俺は終始笑ったままだった。
ときどきチラッと俺を見上げる片嶋が可愛くて。
俺がにっこり微笑むと、片嶋も少しだけ笑い返して。
本当に今日はとても機嫌が良かった。
「OK。コレだけ撮ればいいだろう」
溝口にカメラを返されて、片嶋は写真をパソコン画面で確認したあと、程よい大きさにプリントアウトした。
そのあと一人でデスクに向かって手紙を書き始めた。
その真剣な後姿を見ながら、溝口とコーヒーを飲んでふと思った。
「片嶋一人で撮ってやればよかったな」
向こうの家族にしてみれば、俺なんてどうでもいいはずだし……って思ったんだけど。
「いいだろ。二人で写ってても。第一、ショウちゃんが桐野と一緒に撮ってくれって言ったんだしな」
「ふうん……そうなのか」
そういえばおそろいの指輪もちゃんと写ってたしなとか、膝に乗ったりもしてたもんなとか、いろいろと思い返していたら、溝口がうりうりと俺の腕をつついた。
「向こうの家族が安心するように、できれば桐野がとびきり優しく見えるように撮ってくれってさ」 カメラの使い方なんて10秒で教えられるはずなのに、やけにいろいろと溝口に話してると思ったら、そういうことだったのか。
「……そっか」
だったらもっと愛想良くするべきだったな……。
なんて思っていたら。
「これ見たら、安心するの通り越してアホらしくなるよな。桐野、すっげーデレデレだし」
自分の目ではとても普通に写ってると思うんだが。
他人の目にはデレデレして見えるんだろうか……
「……悪かったな」
せせら笑っている溝口を置いて、そっと片嶋の側に行った。
小さな手でせっせとしたためている手紙は、相変わらず時候の挨拶から始まっていたけど。
本文はたったひとことだけ。
『楽しくやっています』
片嶋が選んだ写真は俺と二人で笑い合ってるもの。
そして、片嶋の首にも俺の胸元にも銀色のリングが光ってた。
「おそろいで指輪を買ったんだって書かなくていいのか?」
聞いてみても。
「いいんです」
こんな返事だけ。
「たまにだけど大きくなれるようになったって言わなくていいのか?」
そう聞いてみても。
「いいんです」
片嶋はキリリとした顔でそう答えてから、小さな手で丁寧に便箋を折りたたんで。
「大事なことは全部書いたからいいんです」
小さな声でそう付け足した。
時候の挨拶と、締めの言葉と。
それから、「楽しくやっています」。
それだけの手紙。
でも、これを見たら、片嶋は変わらずだなって思うだろう。
「じゃあ、今から一緒に出しに行くか?」
いつもはポストの前で集配の車が来るのを待ってるらしいけど。
「ついでに散歩して、美味いものでも買ってこよう。な?」
笑いながら片嶋のおでこにキスをした。
「……って、桐野、俺はどうすんだよ?」
別に用があってきたわけじゃないんだろうと言い返す前に、片嶋が返事をした。
「写真、ありがとうございました」
それだけ言って玄関まで行くと、おもむろに溝口の靴をそろえた。
それから、背筋を伸ばして、両手をそろえて。
キリリとした顔で溝口を見上げてから。
「お疲れ様でした」
そう言って玄関のドアに目を遣った。
「なんだよ、ショウちゃん。冷たいんだな」
溝口が少しだけ粘ってみても。
「気をつけて帰ってください」
片嶋は容赦なかった。
こんな片嶋だけど。
「じゃあな、溝口」
俺に背中を押されて「月曜に昼飯おごれよ」と言い残して溝口が出て行ったあとは待っていたかのように俺の足をちょいちょいつついた。
「桐野さん」
薄暗いところで見る片嶋は黒目が大きくて本当に可愛い。
もっと近くで見るために俺も玄関前の廊下に座ってから返事をした。
「なんだ?」
ふわふわの頬を撫でながら聞いてみたら、
「ポストには自分で入れますから」
そんなことを言うんだけど。
「届かないだろ?」
「ポストの位置はその棚の上から2段目くらいです」
片嶋が目線を上げて見た先は俺の腹よりちょっと高い程度。
「少し重いと思うんですけど、ほんの一瞬ですから」
だから自分を抱き上げてくれとはっきり言わないところが片嶋なんだけど。
「ああ、いいよ」
嬉しそうに俺を見上げている片嶋を「練習」と言いながら抱き上げて。
そのまま手紙を取ってきて片嶋に持たせてから靴を履いた。
「桐野さん。抱き上げるのはポストのところだけでいいです」
片嶋はそう言ったけど。
「たまにはこの位置から外を眺めて散歩するのもいいもんだろ?」
俺と同じ目線だから同じものが見えるしな……って言ったら、片嶋はほんのり笑って「はい」って頷いた。
……なのに。
「片嶋、首痛くなるから前見てろよ」
せっかく外が見えるような姿勢で抱いてるのに。
片嶋はポストに着くまでの間ずっと俺の顔だけを見つめていた。
end
|