<衣替え>
片嶋は負けず嫌いだ。
それがどんなにつまらないことでも、一度自分で「できる」と宣言したことはやらないと気がすまない。
負けず嫌いなのは悪いことじゃない。
だが、こんなところで頑張らなくても……と思ったのは、5月の中旬。
「片嶋には無理だって」
俺が留守の間に衣替えをしてくれると言うのだが。
クローゼットの上に乗せてある夏物の衣類の入ったケースを見上げているのは、相変わらずネコの片嶋。
爪先立ちになって目指すものを見つめていたが。
背伸びをしても猫は猫。
「人型の時なら届くはずです」
キリリとしてそう言うんだけど。
人型になっても俺より背の低い片嶋が椅子なしで無事にこれを下ろせるかどうかは疑わしい。
「無理しなくても……」
「でも、届くと思います」
言い張る片嶋があまりに微笑ましくて。
「じゃあ、明日試してみような?」
そんな言葉と共ににっこり笑ってみた。
そう。
片嶋は負けず嫌いだから。
きっと変身してくれるに違いない。
案の定、その夜、片嶋の枕元にはパジャマが用意されていて。
ネコの耳にしかアラームが聞こえないという目覚まし時計がいつもより少し早くセットされていた。
俺が起きる前に人型に着替えるつもりなんだろう。
「楽しみにしてるからな」
そう呟きつつ。
すっかり眠っている片嶋を横目に、時計のセットをそっと解除した。
翌日早朝。
いつもならまだ100%夢の中という時間に俺だけしっかりと覚醒した。
隣にはツヤのいい毛皮をまとった背中はなくて、さらりとした黒髪。
そっと布団をめくると、そこには人型片嶋が長い睫毛を伏せて眠ってた。
まだ一度も目覚めていないらしく、パジャマも着ていない。
猫の時と違って、少し気配に鈍いのも俺にとってはいい感じだ。
「おはよう、片嶋」
わざと聞こえないような小さな声で挨拶をしてから。
遠慮なく人型片嶋の、男としてはちょっと華奢な身体を抱き締めた。
二人だけの休日の朝。
片嶋がどんな顔で今日一日を過ごしてくれるのか。
考えたらニヤけてしまいそうだった。
end
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