パーフェクト・ダイヤモンド
ものすごくオマケ

ネコを拾いました。


<会社訪問>  

片嶋が会社に来た。
夕方、代理店との打ち合わせから戻った俺は、自分の席に座っている姿勢のいいネコの背中を見て驚いた。
「片嶋??」
振り向いた顔は相変わらずキリリとしていた。
さすがに会社でしゃべる気はないらしく、返事はとびきり可愛い方の「にゃあ」だったのだが。
「どうしたんだ?」
っていうか、どうやって来たんだ?
まあ、片嶋は俺に拾われる前は新宿在住だったわけだし、会社の場所も教えたことがあるから、一人で来たこと自体には何の不思議もないんだけど。
……ネコは単独で電車に乗れるのか?
それよりもうちの会社の受付はどうやって通ってきたんだ?
まさか、「にゃあ」で通じたわけじゃあるまい。
と思っていたら。
「片嶋くん、さっそうと歩いてくるからビックリしちゃったんですよ」
笑いながら説明してくれたのは吉井さんだった。
「受付の当番、吉井さんだったのか」
彼女なら以前うちに届け物をしに来たことがあるから片嶋のことも知っている。
けど。
「よく片嶋だって分かったな」
俺なら、色と柄と大きさがあまり変わらなければ、片嶋以外の猫は区別がつかないと思うんだけど。
彼女は当然のようにニッコリ笑って答えた。
「わかりますよ。だって片嶋くん、かわいいですから」

……まあ、そうだけどな。

「片嶋君、まだ紅茶飲んでる? 今度はコーヒー持って来てあげようか?」
俺を待っている間、片嶋はお客様待遇だったらしく、飲み物と食べ物が目の前に並べられていた。
「すごいんですよ、片嶋君。自販機の前でだっこしてあげるとちゃんと自分の飲みたい物を選ぶんです」
みんなが感心するんだけど。
缶ビールのタブを当たり前のように開ける片嶋を見慣れているから、それがどうしたと言ってしまいそうになる。
「……まあ、片嶋はかなり器用だからな」
そんな会話が頭上を流れていく中、片嶋はミルクティーと阿部の出張土産、仙台銘菓「萩の○」をもらってご満悦だった。
「それより、どうしたんだ?」
わざわざ会社に来るくらいだから、急ぎの用事でもあったのかと思ったけど。
抱き上げたら、とても小さな声で、
「桐野さんが仕事をしてるところが見たかったんです」
そう答えた。
「本当にそれだけなのか?」
そう聞き返したら、片嶋は何故かシュンとした顔になってしまったんだけど。
何かあったのかなって思っていたら、
「桐野君のネコなのかね?」
背後から部長の声がして。
「はい。お騒がせしてすみません」
でも、大人しくて賢くていいヤツですから、とフォローしようかと思ったが。
……あまりにも親バカっぽかったのでやめておいた。
「頭が良いんだな。一人でこんなところまで来られるなんて」
そりゃあ、なんと言っても片嶋だから。
宮野や飯島が迷子になるような場所でも、片嶋だけは目的地に真っ直ぐ辿り着くと思うけど。
ネコが単独で電車に乗れるのかどうかだけは後でちゃんと確かめておこう。
これに味をしめて一人で遠出をするようになった片嶋が駅で捕まったりしたら大変だ。
それよりも、首に電話番号を書いたプレートでもつけてやった方がいいか。
万が一の時は電話をしてもらえるしな。
でも、片嶋が嫌がるかもしれない。
「うーん……どうなんだろう」
悩める俺をよそに、片嶋は飯島から別の出張土産をもらって楽しそうにしていた。


その後も片嶋は俺の袖机の上に座って、黙々と仕事をする俺を飽きもせずに眺めていたが。
後少しで片付くなと俺が息を抜いた時、片嶋も一緒に息を抜いてしまったらしくて。
「わー、片嶋君、指輪つけてるんだね」
宮野に首元を指差されたそのあと、
「結婚指輪なんです」
……うっかり口を利いてしまった。
さすがに片嶋も「まずい」って顔をしてたけど。
「あのな……」
あせりながらも、なんて言い訳しようか考えていたのに、
「え、じゃあ、片嶋君、結婚してたんだ?」
宮野は普通に片嶋と会話を始めようとしていた。
ってか、少しは疑問を持つべきなんじゃないのか?
確かに片嶋はしゃべってもおかしくない雰囲気があるけど、見た目はネコなんだぞ?
……と思ったが。
よく考えたら、溝口も普通に話していたっけ。
もっとよく考えたら、俺もそうだった。
まあ、いいか。
深く考えるのはやめておこう。
「片嶋君の奥さん、可愛いの?」
そう聞かれた片嶋は真面目な顔で、
「たまにオヤジくさいですけど、だいたいは格好いいです」
そう答えていた。
それは明らかに「奥さん」の形容詞ではないだろうと心の中でツッコミを入れてみたが。
「あれ、それってもしかして桐野さんのことなんだ?」
「あ、きっとそうだよ」
その説明で俺だと思うのはどうなんだ、阿部、宮野。
「じゃあ、桐野さんも指輪持ってるんですか?」
それってどう見てもプラチナですよね、なんて冷やかされながらも。
「ああ、持ってるよ」
もちろんそう返した。
少しでも言い訳なんてしようものなら、片嶋は『ぜんぜん平気です』って顔でどっぷり落ち込むに決まってる。
「いいですね〜、ラブラブで」
「僕も片嶋君みたいな猫が欲しいなあ」
誰一人、この状況を疑問に思わないあたりがうちの会社って感じだが。
「あれ〜? じゃあ、もしかして片嶋くん、結婚の報告に来たの?」
女の子たちに聞かれて、いつもはキリリとしている片嶋が少しだけもじもじし始めた。
「そっかぁ。大丈夫よ。桐野さんはもてるけど、片嶋君から取ったりしないから」
そう言われて、片嶋はやっと顔を上げたけど。
まだ少しだけ落ち着かない様子だった。
それが何だかおかしかったから。
「何、心配してるんだよ?」
片嶋を抱き上げて膝に乗せて。
「もういいです」って言うまで頬を撫でてやった。

その後、仕事がすっかり片付くまで膝に座らせておいた。
片嶋はその間ずっと大人しくしていたけど。
たまに俺の顔を見上げて、そのたびにおでこにキスをしてもらって。
ときどき小さな手で自分の首についてる指輪を確かめて。
それなりに楽しそうに俺が終わるのを待っていた。



「桐野さん」
帰りのタクシーの中、片嶋がちょっと心配そうに俺を見上げた。
「怒ってますか?」
「なにを?」
混雑した電車にキャリーバッグもなしに片嶋を乗せることができなくて、タクシーで帰ることになったせいなのかと思ったが。
「突然、会社に行ったことです」
まあ、普通ならネコが一人で家族に会いに来たり、しゃべったりしたら、大騒ぎだろうけど。
「とりあえず、それほど忙しい時期でもないし、ぜんぜん大丈夫だけどな」
何よりも、うちがかなり大らかな会社でよかったと思う。
「危なくなければいつ来てくれてもいいけど」
片嶋は見るからに賢そうだし可愛いから、誰かにさらわれるんじゃないかと思うとどうしても遠出をさせる気になれない。
「俺がいない時は近所を散歩するくらいにしておいてくれよ」
「どうしてですか?」
我ながら親バカだと思うけど。
「片嶋が可愛いから」
でも、片嶋はちゃんと俺の気持ちを理解してくれたようで、
「……桐野さんがそう言うなら」
とりあえずそんな返事をしてくれた。

少しだけ首を傾げて。
でも、相変わらずキリリと俺を見上げながら。



                                         end



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