New Year



-1-

クリスマスデコレーションがさっと撤収された後、街はすっかり年末ムード。
実家に帰る気にもなれず、このままうすら寂しい気分で新年を迎えるよりはいくらかマシと思いながら宮添のところに行ったのが29日。
31日の夕方集合という約束だったが、宮添は何も言わず俺を部屋に入れた。
常にキレイに片付けられているのはいつでも女子を連れ込めるようになんだろう。
こういう準備が俺には足りない。
「俺、今から年賀状書こうと思うンだけど」
人ンちでやるようなことでもないが、書いてないものは仕方ない。
「好きにしろよ。てか、もう正月に届かねェだろ。『年賀状は25日までにお出しください』ってCM見なかったのかよ」
「んー、覚えてねー」
「頭悪ィと何かと大変だな」
「どーせ俺はバカだよ」
その後酒を片手にテレビを見ながら書いたため、ひとこと添えただけの文章さえ「子供のラクガキのようだ」と言われる始末。
しかも、投函したのは31日。
むろん正月に着くはずなどないが、まあ、こーゆーもンは出すことに意義がある。
「あー、すっきり」
大晦日の夕方からは一仕事終えた気分で酒盛りに突入。
そこからは予定通りだった。

いつの間にか眠って、気がついたら朝で。
当然のように最初に目に入ったのが宮添の顔。
「……おはよ。おめでと。なー、夕べ除夜の鐘鳴ってたか?」
「興味ねェ」
今年もずるずる始まってずるずる終わる予感大。
「んじゃ、さっさと着替えろ」
「なんでよ。まだぜんぜん朝だっての」
しかも、窓の外には雪までチラついてる。
別に積もってるわけじゃないし、少しだけ青空も見えはじめていたけど。
「なら、やめとくか? 出かけずに適当に済ませるって手もあるが」
そう言うと宮添はおもむろにパンパンと二回手を打った。
「うわー横着モン。つか、寺の方角そっちで合ってンのか?」
「拍手(かしわで)打つのは神社だろ」
「……別になンでもいいんだけど。俺、宗教とかないし」
「俺が神様ならおまえみたいな信者はいらんな」
「るせー」
今年も普通に不毛な会話。
なんつーか、昨日と何も変わらない。
……いや、当然なんだろうけど。
「やっぱ、新年は新年らしくパリッと気持ちを入れ替えないとな! 一発気合を入れて『今年こそは彼女欲しい!』って言いにいこう!」
よし着替えるぞ、と力強く立ち上がったら白い目が向けられた。
「寒いからヤダって言ったのおまえだろ」
「気が変わった」
「いいから、さっさとパンツだけでもはけ。てか、人のベッドで素っ裸のまま寝るな」
「飲むとダルいから、服がまとわりつくのがヤなんだよな。この間、佐藤ンちでも脱いじゃってさ。ま、風呂だってちゃんと入ってるし汚れるわけじゃないんだからいいだろーよ?」
その時、宮添があさっての方向を向いたまま不機嫌そうにボソリと何か呟いた。
「え、何?」
「別になんでもねェよ」
なんとなくムッとしてるような。
というか、『あっちこっちで脱いでんじゃねェよ』と言われたような。
……まあ、確かにそうだけど。

「よし。着替え終わり! じゃ、そのへんの神社行ってくっか」
テーブルに置き去りにされていた小銭を握り締め、面倒くさそうに靴を履く宮添の背中を突き飛ばしつつ、向かった先は、本当に「そのへん」だった。
徒歩三分。
だが、さすがに正月。小さな神社なのにそこそこ人はいた。
主に家族連れとカップル。
男二人というのはなんだか薄ら寒い。
でも、一人で来るよりは多少いい。
「おみくじとか引かねーの?」
「んな金持ってきてねェよ」
「あ、俺もだ。まあ、いっか。目的は果たしたからな」
今年こそはカワイイ彼女を。
明るくて優しくて料理とか得意だと尚良し。
クリスマスには部屋を飾り付けてくれるようなベタな感じだとさらにGood。
「あー、いいな、女の子。ほら、目の前にも……つか、女って寒くないモンかなぁ? あれじゃコート脱いだら裸同然だろ?」
羽織っただけのようなコートの下はファーのついたキャミソールのようなシロモノ。
胸元からいつでもスルリと手が入りそうなところがとてもイイ。
「あーゆーのってどうやって着るンだ? 被るのか? つか、背中にファスナーとかついてンのってありえないよなぁ。自分で上げられねーじゃん?……って、人の話聞いてねーな、オマエ」
考え事なのかナンなのか。
俺の話も聞いてなければ目の前の女など存在していないかのような態度だ。
「……ファスナー? キグルミか?」
「ワンピースだっつの。話の流れを考えろ」
他人の話を聞き流すのなんて珍しくもないが、最近の宮添がいっそうおかしいのは明白だ。
原因が例の恋煩いだとしたら、結構笑える。
わずか数日で悪化しまくり。
「宮添、あのさ」
「何だ?」
答えながらもまだどことなく上の空。
もしかして、コイツも「彼女とうまくいきますように」なんて願い事をしてたりするんだろうか。
思わず笑顔になってしまった。
ンで。
「『好きだ』……ってさ」
『思い切って言ってみたらどうだ?』
……という言葉が後に続くはずだった。
だが。
その瞬間、宮添が思いっきりガバッとこっちに向き直り、俺の体はやけに圧迫感に満ちた空気に押された。
「……なんだよ、どーしたんだよ。俺、なンか変なこと言ったか? つーか、そんなに思いつめるくらいなら、その彼女にさっさと告っちまったら気が楽になるんじゃないのか?」
思わず半歩足を引きながら尋ねたら、宮添が眉を吊り上げた。
「おまえ、わざとやってねェか?」
「何を?」
しばしの沈黙。
そして、深いため息。
「……おまえにそんな頭はないか」
明らかに独り言。
だが、俺には聞こえてるわけで。
「どんな頭だ。つか、おまえこそ大丈夫か?」
「いや。……今日はヤバイかもな」
どうヤバイのかは判らなかったが、確かに挙動不審ではある。
もっともそんなことくらいならちっとも気にならないので聞き流した。
「ンじゃ、とりあえず部屋に帰ってあったまろうぜ」
はあっと白い息を吐きながら暖かい部屋で酒を飲んでゴロゴロする自分を想像し、宮添の背中を押しつつ足を早めた。
「久乃木。おまえ、他人事だと決め付けて適当な返事をするなよ」
その後に続いた『後悔するぞ』というセリフは意味不明だったが、何かと挙動不審なヤツの言うことなど気にしても仕方ない。
「だって他人事だもんよ。なんか買いにいくなら財布取ってくるけど? それとも家まで競争する?」
「ガキじゃあるまいし」
「いーじゃん。おっさん。ノリ悪ぃな」
タラタラ歩いてる宮添の背中を押したり、腕を引っ張ったりしながら部屋に到着。
そして、狭い玄関でもつれるように靴を脱ぎ散らかし、一歩中に入ればいつものアレだ。
「じゃ、飲むか。お屠蘇とかあンの?」
キッチンスペースをごそごそ漁ると日本酒、焼酎、ワイン。それから、ラベルに手書きで「試作の残り」と一旦書いて二重線で消して、その下に「御神酒」と書き直した一升瓶が出てきた。
「なんだ、これ?」
見た感じは日本酒だ。
「幻の酒。……と、作った本人が言ってたな」
地酒メーカー勤務の宮添の祖父が送ってくれたそれは試作品という名の余り物らしい。
「腹こわしたりしねェだろーな?」
「去年も飲んだろ?……まあ、中身が全く同じとは限らないが。ついでに、どんなだったかあんま覚えてねェけど」
去年はちょっと甘めで口当たりのいい酒だったような……。
俺もあんまり覚えてないのはそれを口にした時にはすでに酔っ払ってたせいだろう。
「宮添ってトリ頭」
「おまえもだ。ひよこ頭」
ナンにしても、酒は酒。ありがたくいただくことにした。
「ンじゃ、カンパーイ」
こうしてデジャブ感ありありの一年が始まった。
「久乃木の願い事は何だったんだ?」
「おまえには言わねー」
不毛な会話もいつもどおり。
「どうせ『カノジョができますように(はぁと)』とかなんだろ?」
「おまえこそ。でも、俺は誰かと違っていいヤツだから、恋煩い中の彼女にOKもらえるように祈ってやるぞ!」
「……おまえに祈られてもな」
「なんだ、それは。心配してやってるおトモダチにケンカ売るンじゃねー!……つか、ちょっと酒あっためね? 腹壊しそーだ」
朝からメシも食わずに酒って時点でもうヤバイんだけど。
今さら『健康的な生活』などというものを求める気はないわけで。
「いいね、人肌。おまえの胸元であっためといてくれ。俺、トイレ行ってくる」
「アホか。酒があったまる前に俺が風邪引く。宮添ンちってお銚子ねーの? ……ンなもんあるわけねーか」
「とりあえずナベに湯を沸かせ。んで、そこにビンごとつけときゃいいだろ。くれぐれも酒は沸騰させんなよ」
「わかってるって。つか、今思い出したけど、去年この酒でスッゲー酔ったよな。ナンかヤバい成分が入ってっかも」
やけにハイになったことは覚えているあるが、それ以外の記憶はまったくない。
こうして振り返ってみると何やら恐ろしい空白の一日だ。
「マジでやべーよな。ここに女子がいて翌日『酔った勢いであんなことするなんてヒドイ』とか言われても何ひとつ自信を持って否定できねーよ。あははは」
一人で笑ってたら背中に冷たい視線がグサグサ刺さりまくっていた。
「久乃木、絶対俺のいないところで酔っ払うなよ」
「……なんでそういう話になるンだよ」
「『できちゃった』の最強呪文で結婚とかいう笑えないことになっても知らねェぞ」
「あー、いいね、いいね。そんな女どっかにいねーかな」
「本気でバカだな」
「ほっといてくれ。つーか、さっさとトイレ行けっつの」
それから数分。
やけに長い時間をかけて用を足した宮添は、リビングに戻ってもまだ微妙な目で俺を見ていたが、酒の入ったマグカップを差し出すと何にも言わずにそれを受け取った。
「すっげーヌルいんだけど。ま、気にすンなよ」
文句を言われる前に申告してみたのだが、宮添は何を思ったのかいきなり俺の手を掴んだ後でカップの温度を確認し、
「まあ、こんなもんかな」
意味不明な言葉を吐いて、一気にそれを飲み干した。
正月早々泥酔まっしぐらコースだった。



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