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「宮添っ、おまえ自分が何してるか分かってンのか!?」
「もちろん」
涼しい顔で返事があった。
むしろ「当たり前だろ。何バカなこと言ってんだ」って感じなんだけど。
「あ……そーゆーとこ、触ンなっ……て……」
酒のせいなのかコイツの手のせいなのかは分からないが、体中をすごいスピードで血が巡って耳まで熱くなる。
このままだとマジでヤバイ。
「やめろって言ってンだろ?!」
宮添をキツめに睨みつけた後、手首をつかんで引き抜いた。
一応、俺にしてはかなり真顔で責めたつもりだったが、宮添はしらっとしていた。
「ああ、分かったからムキになるな。それより、もうすっかりその気なのにそのままにしておいていいのか?」
やっぱり涼しい顔でシュルッとティッシュを取り出し、手を拭く。
「うるさい。そんな心配するくらいならちゃんと洗ってこい。ンで、最低10分戻ってくンな!」
「10分でいいのか?」
「なんか文句でも? つか、おまえってイクのに何十分もかかンのか?」
「ネタ次第だな」
真面目に答えるなってーの。
「あれ? けど、おまえンちってそーゆー雑誌とかDVDとか置いてないよなぁ。いつもナニ見てんだ? ネット?」
自分で聞きながら、そういえばそうだと思ったんだが、どうやらその質問も却下だったようで。
「久乃木、どうでもいいが、ヤリたいってだけで女のとこに泊まったりするなよ」
いきなり話を逸らされた。
まあ、そんなのいつものことなんだけど。
それよりも。
「それ以外で女子の部屋泊まる理由ってないだろーよ?」
「出すだけでいいなら俺んとこに来い」
真顔で「抜いてやるから」とか言うンだが。
「おまえが相手じゃ自分でヤんのと変わらないだろーよ?」
「そうか?」
ふうん、という目がこちらに向けられ、「え?」と思ったときには、もう押し倒されていた。
「やめ……ちょ、マジ、やめろ……って」
背丈は一緒くらいだから、普段ならこんなに簡単に転がされたりしないんだけど。
多分、俺の方が酔っぱらい度合いが酷いってことなんだろう。
「自分でやってると思えばいんじゃないのか?」
そんな返事をしている間も宮添の目は揺るぎなく俺に向けられており、取り巻く空気までいつもと違う。
「なんか、俺、狼に狙われ中のウサギ気分なんだけど……」
「ああ、正しい認識だと思うぞ」
それに対しての返事をする間もなく、宮添の身体がガバッと覆い被さってくる。
けど、密着すると頬に当たる髪からミント系のいい匂いがしてちょっと甘い気分になり、ついでにお互い酔っ払いだから体も熱くて触れ合っているうちに妙なテンションになってしまう。
「うわ、あんまし変なことすンなよ?」
押し倒しておきながら、首や耳に触れる唇は遠慮がち。それがなんだか変な感じで、くすぐったいような、でも、ちょっと違うような。
もうどうにでもしてくれと思った時、宮添が少しだけ体を離した。
「久乃木、去年の正月のこと忘れてるよな?」
やけに唐突な質問。
「あー? おまえだって覚えてねーくせに」
と思ったんだけど。
宮添の返事は予想とちょっと違った。
「俺は覚えてる」
「何を?」
「自分がどんだけガマンして思いとどまったか」
「だから、ナニを?」
宮添はその問いには答えなかった。
代わりに、
「けど、今日は無理だ」
少し苦い表情で、でもきっぱりとそんな言葉を吐き、その全体重で俺の身動きを封じた。
「ちょ……何?」
そうでなくてもダルいのに、上に乗られてしまっては起きることもできず。
後はもう触られ放題。
そんなことをしているうちにだんだんと頭がごちゃごちゃになり、同時進行でいろんなものが吹っ飛びはじめた。
理性とか、羞恥心とか。
まあ、そういうモノだ。
「う、あ……あ、っは……やめ……ろ、って……」
そういえば、去年もこんなことがあったような。
いや、この間のクリスマスだったかも……
どっちにしてもあんまり覚えてないンだけど。
ついでに、明日になったら今現在の異常事態もキレイさっぱり忘れるンだろうけど。
「待て……宮添、あ……っ」
「入れないから、あんま煽るなって」
「煽ってないっ、てか、ムリ、もう……あっ、やめ……」
というか。
『入れる』っていうのは何なんだ?
ヌルヌルと弱い場所を擦られていると、後ろに違和感を覚えた。
「うわ、なに、それ、やめ……っ」
「指だけだから安心しろ」
「安心って……そこ、入れる場所じゃ、ねーっつの、あっ、あ……キモチわる……あ、けど」
なんかちょっと。
いや、ホントにちょっとだけど……キモチイイような。
「う、あっ、んん」
痛みと妙な圧迫と。
深く入れられた指の動きが。
いまだかつて一度も味わったことのない感覚が押し寄せ、ヤツに握られたモノはどんどん張り詰めていく。
「あっ、あ、宮添……っ!」
出る、という予告もできないままその手の中にぶちまけてしまったことは覚えていたけど。
何がなんだか分からないまま。
その後は頭が真っ白になって、現実世界から離脱してしまった。
目を開けるとどうやらまだ夕方らしく外は薄明るかった。
俺はちゃんとベッドの上にいて、しっかりと布団が掛けられている。
酒が残っているのか、頭の中は霞がかかっていて、眠る前の記憶が蘇りそうになるたびに俺の中の何かが物凄い勢いで拒否を示した。
「……だりー。なンにも思い出せねー。そして何故かすっげー体が痛ぇー」
どういう寝方をするとこんなにあちこち痛くなるンだ。
我ながら疑問。
「うおー、俺の初夢は? なあ、俺の初夢なんだったか知らね?」
「……知ってるわけないだろ。ったく」
そりゃあ、そうだ。
「っていうか、昼間の夢って初夢になンの?」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
そしてまた宮添の「ふうう」が降ってくる。
「まあ、いっか。夜の夢を初夢として認定することにしよう」
起き上がろうとしたが、あちこちが痛くて、結局ばったりと寝返りを打っただけになった。
「久乃木」
「あー?」
「シラフの状態でもう一度同じことをするって言ったこと覚えてるか?」
「あー……なんだっけ?」
なんとなくそんな会話をしたような。
だが、思い出せない。
「ったく、そんな早い時間から記憶ねェのかよ」
「んー、なんかなぁ……どうしてだ?」
そんなこと聞かれても宮添も困るだろうが。
「おまえなぁ……虚しくなるから記憶がなくなるほど飲むんじゃねェよ」
「別に虚しくはないけどな。ってか、頭痛は軽めで今でもホロ酔い。むしろ気持ちいい」
「俺が虚しいんだ」
その後、宮添は頭を抱えたまま、しばらく口を利いてくれなかった。
「おまえも二日酔いか?」
「違う」
「じゃあ、なんか悩み? 俺でよければ聞いてやるし」
明るい雰囲気を心がけながらそう言ってみたが、返ってきたのは普段より一層大きな「ふう」で。
ついでに。
「……まともな状態の時にゆっくり話すから覚悟しておけ」
なにやら脅しめいた文句が。
「俺、今もじゅーぶんまともだけど。つか、覚悟がいるような話なのか?」
「多分な」
ますます分からん。
「まあ、いっかぁ……それよか腹減ったな。食いモンあったっけ?」
なければその辺に散らかってる菓子でも食おうと思ったが、その時、予想すらしていなかった言葉が。
「作るから待ってろ」
「ああ? おまえが? ナンで? それも好きな子のための練習か?」
だったら喜んで実験台になってやろう。
「なんといっても俺ら友達だからな!」
そう言った途端、また特大の「ふうぅ」が降ってきたが、それについての説明はなく。
その代わり。
「……体、痛ェなら寝てろ。メシの用意できたら起こす」
なんだか今の宮添はすべてが変だ。
悪態を吐くこともバカにすることもない。
だが、この状況は俺にとって困ることなど一つもないわけで。
「じゃ、俺、焼き肉がいいな。あと味噌汁」
冷蔵庫からビールを取り出したのは俺だから肉なんてないことは分かってるんだが。
「調子に乗るな。誰がそんな面倒なもん作るか」
「じゃあ、パンとコーヒー。ンで、オムレツか目玉焼き。ベーコンとかサラダがあるともっといいけど」
「朝飯じゃねェんだぞ。だいたいベーコンとかタマゴとかサラダとか―――」
あるわけないだろ、と言うつもりだったと思うンだが。
その時、俺の脳裏を何かが過ぎって。
「あ、ちょっと待て。今、なんか思い出しかけた!」
そう叫んだ瞬間、宮添は無言で財布を掴むとそのまま部屋を出ていった。
どうやらコンビニに向かったらしい。
「なんか、やけにサービスいいし。つか、あんまり宮添が妙だから思い出しかけたこと忘れた」
薄気味悪ぃ……と、こっそり呟いた20分後。
テーブルに並んだのはこんがりトーストとマグカップになみなみ注がれたコーヒーとベーコンエッグとコンビニのサラダ。
普段ならありえない光景なんだけど。
「食っていいの?」
「駄目って言ったら食わないのか?」
「……食う」
そんな会話の間にもチラチラと俺の顔を見る宮添はどういうわけかやけに心配そうで。
「もしかしてなんか言いたいことあンの?」
「別に」
「あ、そ。じゃ、いただきます」
なんだかひしひしと妙な一年になりそうな予感がした。
end
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