St. Valentine's Day



-1-

バレンタインだというのに、宮添はバイトを友達に代わってもらって家に篭っていた。
「バイト行けよ。ンで、チョコたくさんもらってこい」
俺が食うから、と言ってみたが鼻で笑われた。
「自分でもらったのを食え」
「もらえねーから言ってンだろ?」
もらえるくらいなら他人に頼むわけがない。
だが、毎年大量のチョコをもらう宮添にはこの気持ちは分からないんだろう。
「だったら、来年の今頃は女子の多い職場でバイトすることだな」
イヤでも持たされるぞと言いながら、本当にイヤそうな顔をした。
「ぜいたく者」
「もらっちまうとあとあと面倒だろ」
義理チョコのお返しが大変っていうのはわかる気がするが、俺に言わせればそれはたいした問題じゃない。
『女にチョコをもらった』という事実が重要なんだ。
……と激しく訴えてみたところ。
「ばーか。義理じゃねェから面倒なんだろ」
本当に呆れ果てた声が。
まったくムカつく奴だ。
「あー、一度でいいからそんなセリフ言ってみてぇー」
女にもらったチョコは自分で買ったのとは味が違うんだぞ、と力いっぱいご説明申し上げたのだが、「ああ、はいはい」と軽く流された。
「けどさあ、なんでこう世間には一人モンが淋しくなるようなイベントが目白押しなわけ?」
俺の話など常に適当にしか聞いていない宮添の返事は本当に適当だった。
「政治家の陰謀だ」
「なンで政治よ?」
つか、まともな会話しようぜ。
などと思ったが、その回答には一応それらしい理由があった。
「一人が寂しい。彼女が欲しい。家庭が欲しい。結婚、出産。少子化対策、めでたしめでたし」
「なるほど。やるな、自民党」
「んなわけねェだろ」
「……だよな」
こんな話をしていても仕方がないので、ベッドに上がり、壁に向かって寝返りを打って気分転換。
もう一度ゴロリと転がって戻ってくると、床に座ってベッドに寄りかかってる宮添の顔がすぐ近くにあった。
「なー、宮添」
「なんだ?」
冬は暗くなるのが早い。
気がつくとすっかり外は夜の気配だった。
「なんか寒いよな」
ココロにヒューッと何かが吹き抜けていく。
「23度までなら上げてもいいぞ」
そんな言葉と共にベッドの上に放り投げられたのはエアコンのリモコン。
だが、俺が言いたいのは空気の温度じゃない。
「『なんかこーゆー寒い時って人恋しいよな?』って話なンだよ。体温くらいがちょうどいいってゆーか、触ってると安心するってゆーか。できれば可愛くて胸がでかくて料理が得意で夜はナンでもしてくれるけど本当は奥ゆかしい彼女が、こう、胸の谷間とか腿の間とかで俺の手をあっためて……」
でも、本気で『女なんてめんどくせェ』と思ってる宮添には通じない。
当たり前のように話が逸れていく。
「そのへんの野良猫でも連れてきたらどうだ? 人間より体温高いだろ」
「あー、猫でもいいけどさ。でも、『やっぱ冬は鍋だよな!』とか言ってもわかってくンねーじゃん?」
「そりゃあ、猫だからな。というか、『次は牡蠣鍋にしよう』とか言う猫はイヤだろ」
「それはいんじゃね?」
想像したら何だか楽しそうな食卓に思えたから言ってみただけだ。
俺だって本当にそんな猫がいるとは思ってない。
なのに、宮添ときたら。
「だったら、そういうのを探してこいよ」
可愛くて胸がでかくて料理が得意で夜はナンでもしてくれるけど本当は奥ゆかしい彼女を作るより簡単だろうとか言うもんで。
「なンだよ、それは。俺には一生彼女ができねーってことか?」
「『可愛くて胸がでかくて料理が得意云々』って彼女はムリなんじゃないかって話だ」
「そんなのわかんねーじゃん」
「だったら今から頑張ってこいよ」
「外出たら寒いだろ?」
「当たり前だ。冬なんだから」
あー……不毛だ。
だから人肌が恋しいっつー話をしてたはずなのに。
「あーあ。もう、可愛くないし胸ないし奥ゆかしくもないし、しかも男だけど、一人よりはマシだからガマンしてここでフテ寝しよう」
枕を抱えて宮添の顔を見ながらため息をついたら、「普通に36度はあるぞ」と言われた。
もちろんそれは宮添の体温の話だ。
「おまえって低温って感じなンだけどなぁ」
目つきのせいなのかあんまり表情がないせいなのか、宮添は冷たそうな感じがするけど、実際に触るといつでもわりとあったかい。
多分俺より体温が高いんだろう。
「ついでに料理も普通にできるし、夜は何でもしてやるぞ」
「あー?」
さっきも言ったけど。
宮添はあんまり表情がない。
従ってこんな言葉もあんまし冗談に聞こえないので反応に困る。
「『何でも』って言ってもおまえがするんだしなぁ。して欲しいことなんて……あ、マッサージとか?」
寒いと肩が凝るよな、などと思いながら、首を回してみるとコキコキと音がしそうなほど固まっていた。
「マッサージはいいよなー。してもらうことってないもンな」
何気なくつぶやいたら、宮添から「風呂入った後にな」という言葉が返ってきた。


そんな理由で、夕飯の時も軽くビールを飲んだだけ。
ホロ酔いでマッサージされたほうが気持ちイイのに……と思ったが、それでは宮添も酔っ払うことになる。
いつものように二人して爆睡してしまったら意味がない。
腹ごしらえを済ませ、適当に寛いだ後はもう寝るだけという時間になった。
「久乃木、風呂沸いてるぞ」
ゆっくり入って十分身体をあっためてこいと言われて。
「おー、いいね。冬はやっぱり風呂だよな」
自分ちではシャワーだけだから、なんだかとてもいいもののように思え、ちょっとだけはしゃぐ。
ついでに、「好きなのを入れていいぞ」と、入浴剤のアソートパックを渡され、さらにはしゃぐ。
箱には効能なども書いてあったが、俺としては湯が何色になるのか以外はどうでもよかったので、そのへんはすっ飛ばした。
「じゃあ、これにしようっと。じゃじゃーん。『乳桃色』!……なんかヤらしくね?」
すっかり楽しくなって、思わず宮添にも同意を求めたがあっさりと無視された。
「なー。宮添、おまえ最近ノリが悪ぃよ」
「入浴剤ごときでそんなにテンション上げられる方がどうかしてる」
「そうかぁ? 楽しいだろ、普通」
宮添に俺の気持ちが分からないのはいつものことなので、その後の遣り取りは省略。
さっさと風呂場に駆け込んで、じゃぶんと湯に浸かった。
「うはー、気持ちイイ!」
いい気分で顔の半分までぶくぶくと沈んでいると、ノックの後でドアが開いた。
「シャンプー切れてただろ? ほら」
詰め替え用のパックを差し出されたが、面倒なので「ついでに入れてって」と指示。
いそいそと風呂場で中身を詰め替えはじめた宮添の横顔を見ながら、
「な、乳桃色ってなんかエロいだろ? だって白ピンクなんだぞ?」
もう一度同意を求めてみた。
すると、宮添は液体をボトルに注ぐ手を止め、胸元で揺れる湯面と俺の顔をちらちらと見比べてから、
「……そうだな」
微妙な間の後でボソリとそう呟いた。
作業が終わるとすぐにそそくさと出ていってしまったので、それ以上の感想を聞くことはできなかったが、一応同意を得られたことに満足して、その後は茹で上がるほど乳桃色の湯を満喫したのだった。



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