St. Valentine's Day



-2-

俺と入れ替えに宮添が風呂に入っている間、のんびりと髪を乾かしながらテレビを見ていた。
だんだん眠くなってきて、もうこれ以上目を開けているのはムリだと思った時。
「寝てるのか?」
予想外に早く戻ってきた宮添が俺を見下ろしていてすっかり覚醒した。
「な、乳桃色、エロかっただろ?」
真っ先にそう尋ねて、その勢いのまま「な? な? な?」と三回ほど催促してみたが、今度は素直な肯定はもらえなかった。
その代わり、
「おまえ、まだ顔がピンク色だぞ」
そんな言葉と共に露骨に視線を逸らされた。
「なんだよ、そのキモイもんを避けるような目は」
ちょっとあったまりすぎただけなのに、失礼な奴だ。
だいたい、酔っ払ってる時だって顔はピンクになるんだから、別に今日だけ特別キモイとかいうことはないはずだ。
でも、宮添は視線を合わせようとしない。
「……いいから、そのままうつ伏せになれ」
顔を背けたままテレビを消し、明かりも小さなものだけにした。
なんだかムカついたが、マッサージをしてくれる気はあるようなので言われたとおりベッドに転がった。
背中とか腰とか脚とか、一通り揉んだ後、宮添はいきなり俺のパンツを下げた。
「なにすンだよ?」
「まあ、いいから」
相変わらず俺は宮添に背中を向けているので、顔も見えなくてちょっと怖ぇ……とか思っていたら、さらなる衝撃が。
「おわっ?!」
俺の尻に、ヤツの指。
なんか当たり前のように中に入れようとするんだけど。
「こういうマッサージもあるだろ?」
振り返ったら、宮添が自分の手にタラーリと液状の物を垂らしているところだった。
「なにそれ、オイル?」
「ローション」
知らないのかと言われて、そういえば……と思った瞬間、エロい単語の数々が頭の中を埋め尽くした。
「それ系のチラシとかでたまに見かけるけど、実際されンのって変な感じだよなぁ。けど、そういう店行ったら女の子がしてくれるンだよなぁ。てゆーか、おまえキモチ悪くねーの?」
男のケツだぞと念を押してみたが、答えはあっさりしたものだった。
「別に」
「……ふーん」
それならそれで別にいい……かもしれない。
やってくれるのが女の子だったら、ちょっと舌足らずで子供っぽい声で「きもちいい?」とか聞いてくれて最高なんだろうけど。
あるいは、年上お姉様のエロ声で「どう?」とか……
「久乃木、人の枕に涎垂らすな」
「わり。ちょっと頭がいっぱいで」
妄想は果てしないが、いくらこいつでも俺の考えていることまでは分かるまい。
そう思ったんだが、すぐさま冷ややかな呆れ声に釘を刺された。
「そんなことに金使うなよ」
見抜かれている。
おそるべし、宮添。
「あー、うん。高そうだもンな」
冷静に考えてみたら、明日食うものにも困ることがある俺にそんな贅沢は不可能だ。
だが、バイト代が入ったらふとこの妄想が頭を過ぎって魔が差してしまうかもしれない。
その時、自分を思いとどまらせるにはどうしたらいいんだろう。
「うーん……」
悩んでいたら、「力抜け」という声が。
「え?」
答えた瞬間、それまでヌルヌルとその上を行ったり来たりしていた指がいきなり入口を突破してきた。
「うあっ……っ!!」
痛いとかそういうことよりもその事実にびっくりして、飛び起きようとしたが、あっけなく宮添に抑えられ、身体を返されてしまった。
つかまれた足首はそのまま宮添の肩へ。
そして再びツプリと指が埋められる。
「大丈夫だ。すぐによくなるから」
少し笑ったような声が薄暗がりで響き、なんだか突然恥ずかしくなってしまった。
「あのさ……痛い感じっていうか……えっと、あ、なんか……」
暗い部屋の中、デジタルの時計だけが一秒ごとに小さなマークを点滅させている。
どこを見ていたらいいのか分からなくて、迷った挙句に目を瞑った。
「どうだ?」
ぐぐっと深く曲げられた身体が少しだけ軋む。
そして、宮添の声もやけに耳元で聞こえるような気がした。
だが、今の俺に現実を直視する余裕はない。
「ん……なんか、思ってたより……んんっ」
『いいかもしれない』とはっきり口に出すのが恥ずかしいとかそんなことではなかったけど。
「あ……宮添……っ」
『もうイク』って言いかけたとき、前を弄んでいた手が急に止まった。
「なに? ってか、なんで?」
今止められても困る。
とても困る。
そう思ってパッチリと目を開けると、宮添がじっと俺の顔を見ていた。
そして。
「今すぐ達きたかったら続きは自分でどうぞ」
ニヤリと笑った。
「……ひでぇ。おまえってそういう性格?」
どうせ部屋は真っ暗で、しかもそこにいるのは宮添一人。
恥ずかしいことなど何もない。
そう思って、ベッドに横たわったまま自分のモノに触れた。
「う……っん」
宮添の部屋にアダルトな画像系でもあればいいんだが……と思ったが、それも今さら。
もう限界と音を上げそうになった時、
「いい眺めだな」
笑った口元のまま呟いた宮添の手がまた俺の後ろに伸びた。
「あっ、あ……バカっ」
そうじゃなくてもあと少しというところ。
中でうごめく指を感じた瞬間頭の中が真っ白になった。
「あっ……ぅっ、ふ……っ、あ、ああっ」
前にも似たようなことをされたような気がするんだけど。
酔っていたせいなのかあまり覚えていなかった。
けど、今夜は。
「う……ああ……も……イク……っ!」
肩で息をしたまま、ベッドに沈み込んだ。
勢いよく散ったそれを拭う気力さえなくて。
「ずいぶん溜まってたんだな」
宮添に笑いながら見下ろされても、
「ん……ふ……ぁ」
まともな返事さえできないほど、もうすべてが白く飛んでしまっていた。
力を使い果たした俺はそのままフェイドアウト。
汚れたシーツの後始末も俺の体を拭いたのも、全部宮添がやってくれたようだった。


「起きろ、久乃木。もう9時だ」
翌朝、やけに爽やかな宮添の声によって叩き起こされた。
そして、
「彼女の条件、もう一つ増やしておいたほうがいいんじゃないのか?」
そんな言葉と一緒に枕元にローションの容器を置かれたのだが。
「バカ、何言ってンだ。普通にヤるほうがイイに決まって――」
全力で否定しようとした瞬間、脳裏を駆け巡ったのは昨夜の宮添の指とめくるめく快感。
抗えないナニかがそこにあった。
「どうした、久乃木?」
「……なんでもねー」
結局、続きの言葉は口にすることができないまま。
「メシ食うだろ?」
「……ああ、うん」
朝っぱらから妙に機嫌のいい宮添と二人。
ちょっとビターなチョコレートデザート付きの食卓を囲んだのだった。



                                         end

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