ロイヤルミルクティ・ブレンド

<2>



高也を玄関の外まで押し出してから、自分の部屋に戻って、最初の予定通りゴロンとカーペットの上に横になった。
「……好きなのか、嫌いなのかがわからないんだよな」
だいたい高也といると、なんか普段とは違うところが疲れる。
気なんて遣ってるつもりはないのに、でも、やっぱり一人になると力が抜けるし。
ホッとするような、それでいて寂しいような、変な脱力感。
「なーんか、退屈だし。高也、帰ってから何するんだろうな」
別にいいけど……なんて、呟いてみる。高也のいない部屋。

そもそも家庭教師をつけるなんて話になったのは、自分の性癖を悩んで成績が下がったことが原因だった。
当時は姉貴だけがそのことを知っていたから、「私に任せて」と言うと翌日いきなり高也を連れてきたのだ。
『うわっ、高也だ』
幼い頃の記憶が蘇った俺は即座にそう思い、高也はニッカリ笑いながら、
「よ、トモ。ずいぶんデカくなったな……と言いたいところだが、あんまし変わってねえな」
すでに俺をいじめる態勢に入ってた。
「俺だって、もう17だし、背だって170あるし」
高也と最初に会った時からもうずいぶん経ってる。
背だって伸びた。筋肉だってついた。顔だって少しゴツくなった。もう高也にいじめられたりしないはず。
……と思ったけど。
「でも、朝子より低いんじゃね?」
「ねーちゃんが大きいだけだろ」
悔しいけど、俺は姉貴よりも2センチ背が低かった。
高也は姉貴よりもさらにずっと高いから、俺がこのままもう少し成長したとしても勝てる日は来るかどうかわからない。
そんなことを思いながら立ち尽くしていたら、
「グズってるところも昔と変わりないな。……ま、いいか。今日からよろしくな」
握手のために手を差し出された。
俺も一応握り返したものの、昔の記憶と同じようにニヤニヤ笑う高也を見て、すでに気持ちは負けていた。
普通は大人になったら他人に意地悪などしなくなるものだと思うんだが、高也は本当にまったく相変わらずで、この先の俺らの上下関係はもう見えていた。
若干恨めしい気持ちとともに姉貴を振り返って、
「なんか、昔のこと知ってる人って、やなんだけど……」
消極的な反対意見を述べたら速攻で怒られた。
「贅沢言うな。朋宏(ともひろ)のために連れてきてやったんだから」
「……そうだけどさ」
悲しいことに、俺は高校生になった今でも姉貴には勝てない。
年が離れてるせいもあるだろうし、もともとの性格もあるのかもしれないけど。
「じゃ、頑張れよ、朋宏。ねーちゃんとかーちゃんは下でお茶飲んでるから」
聞けば、高也への報酬は姉貴が自分の給料で払うらしく、
「……うん」
ますます頭が上がらないというわかりやすい構図。
「んじゃ、部屋行くか。片付けてあるんだろうな。俺、相当キレイ好きだぞ」
高也はまるで自分ちのように勝手にスリッパを履いて、ズカズカ上がっていく。
そういうところも変わってない。
「……ねーちゃんの部屋よりキレイだよ」
「バーカ。朝子の部屋なんて論外だろ。あれ、女の部屋じゃないって」
本人と母親の聞いているところで何の躊躇いもなくそんなことを言う。
けど、どんなに口が悪くても高也は本業=高校教師。母親も満面の笑みで歓迎していた。
「大丈夫よ、朝子と違ってこの子はそれほどだらしなくないから」
にこやかに高也と俺を部屋に押し込んで、「ごゆっくり」と言い残して去っていった。


実際、高也は教えるのが上手くて、勉強が始まってすぐ俺はホッとしたんだけど。
でも、そうじゃない点において問題があった。それも家庭教師初日から全開で。
「……センセ」
「なんだ?」
「ここ、わかんないんだけど……」
初日は気を遣って生徒らしくしてた俺に、高也は真面目な顔で言ったのだ。
「あのな、トモ」
「なに?」
「密室で『センセ』とか言われると、燃えるよな」
単なる悪ふざけといえばそうなんだろうけど。
その瞬間、部屋の中は勉強からは程遠い空気が流れ始めた。
せっかく人がやる気になっていたのに。
多少のムカつきは抑えて、軌道修正を図った。
「……じゃあ、もう絶対に呼ばない」
そんなわけで、えらく年上で、しかも自分の先生であるはずの男をまるで友達のように「高也」と呼ぶハメになったのだった。
立場的にも名前を呼び捨てってどうだろうとは思うけど、これなら姉貴も同じ呼び方だから、変に燃えたりはしないはずだ。
だが、問題はそれだけじゃなく。
「あのさ、高也」
「なんだ?」
「……ちょっかい出すのやめてくんない?」
悪ふざけの限度というものを知らないのか、真剣に問題を解いている俺の背後から忍び寄って胸元に手を滑り込ませるとか、そういうことをごく普通にするのだった。
しかもボタンを外すのが異常に早いこととか、そんなところにも私生活が透けて見えてかなり嫌だった。
まさに『大人なんて嫌いだー!!』って、そういう感じで。
「高也、最初に『トモなんてぜんぜん好みじゃないから襲う心配は皆無だ』って言ってなかったっけ?」
最初は姉貴が高也に釘を刺しておいたのだ。
『大丈夫。トモはね、アンタの好みの色白で華奢で儚げな美少年からは思いっきり離れてるから、食指なんてピクッとも動かないって。もう、地球の裏側って感じ』
だいたいそんな言葉で。
そして、そんな説明を受けていた高也が挨拶のときに言った言葉は以下の通り。
『ホントだな。美少年のカケラもない』
そんな経緯で、安心して俺の家庭教師を任せることになったのに。
「ボタンを外すのやめろぉぉぉ!!」
「いいだろ、ボタンくらい。ときどき他人で練習しておかないと腕が鈍るんだ」
また真顔でそんなことを……。
「腕を磨いてどこで発揮してるんだよ?」
「そりゃあ、あっちこっちで」
高也は昔からこんなだった。小学生だった俺にもシモネタバリバリ。
人格なんて昔から疑ってるから今更なんだけど。
でも、勉強中はやめて欲しい。
「……最低。教師のクセに」
「冗談に決まってるだろ。俺、外では品行方正だぞ。っていうか、冗談が通じないところは朝子に似てないな、おまえ」
「いいんだよ」
姉貴なんて自分からしてエロオヤジなノリでシモネタ連発するし。
俺はあそこまで品性を落としたくはない。
「だから似なくていい」
「それって、なんかなぁ」
「なんだよ」
「……ちょっと可愛くないか?」
どこがだ??
なんでだ??
「気持ち悪いこと言うなっ」
「そういえば俺んちの弟は可愛くないしな。なんなら、俺のことを『お兄さま』と呼んでくれてもいいぞ?」
楽しそうな高也と、どう反応していいのか判らない俺と。
「……一人で勉強するから、高也は黙ってお茶でも飲んでろよ」
どう思い返しても、初日はそんなで。
そして、その状態が現在まで続いてるのだった。


「あー、もう……」
どうでもいいことを思い返しながらまた少しムカつきモードになり、けど、そんなことでムダなエネルギーを使うのもバカらしいと思い直して、代わりにカーペットの上をゴロゴロと転げまわってみた。
それから、何気なく部屋の隅に目をやって、高也が手袋を忘れていることに気付いた。
「っていうか、高也っていつも必ずなんか忘れてくよなぁ。実は記憶力に問題があるんじゃないのか? まあ、いいか。とりあえず届けないと……次に会うのは来週の土曜日だしな」
一週間も手袋なしは可哀相だと思って、慌てて靴を突っかけて玄関を飛び出した。
走ればそのへんで追いつくだろうと思ったんだけど。
ドアの外側一メートルの位置で思い切り高也にぶつかった。
「いってー、なんでこんなところに突っ立ってんだよ?」
「おまえこそ、急に飛び出してくるな」
そう言いながら、俺が握り締めていた手袋を俺の手の上から掴んだ。
「でも、サンキュ」
言われて顔を上げたら、目の前に高也の顔があって。
「……別に……いいけど」
俺が口篭もってしまったのは、きっと高也がいつものニヤニヤ笑いではなく、普通に爽やかな笑みを見せていたからだ。
普通に笑えるならいつもそうしていればいいのにと思いつつ、気がついたら「せっかくだからコーヒーでも飲んでいく?」なんてことを思わず尋ねていた。
「じゃあ、俺、紅茶」
高也は当たり前のように注文を述べてから、また家に上がりこんだ。
それもいつものことだけど。
「……なんか図々しいんだよな」
なんでこういつも向こうのペースなんだろうと思いながら、階段を上がる高也の後ろ姿を眺めた。
高也に言いたいことはたくさんあるんだけど。
なのに、何にも言えないばかりか、なんとなく楽しい気持ちになってしまう自分にため息をついた。



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