ロイヤルミルクティ・ブレンド

<3>



そして、どうでもいい会話をしつつ、まったりと土曜の午後は暮れていく。
最初は高也が姉貴とどうにかなってくれないかな……なんて甘い考えも持ってたけど、いくら長い付き合いでもダメなものはダメだ。
二人でいてもまったく「男同士」って感じしかしなくて、見れば見るほど男女の間柄からはほど遠い。
まあ、それは姉貴のせいだから仕方ないんだけど。
「なー、高也。高也って女はダメなのか?」
「ダメってこともないけどな。でも、どっちが好きって聞かれたら男かな。付き合えることは付き合えるけど、女の子が相手だとイマイチ本気にならないんだよな」
その後、「いくら男でも可愛くないのはダメだけどな」って付け足した。
たぶん俺のことを言ってるんだろうけど。
また子供扱いされるのは分かっていたから、今回は突っかからないことにした。
「じゃあさ、学校にホモってバレてもクビになったりしないのかよ?」
「厳密にはバイだけどな」
「……そんなのどうでもいいから」
高也の学校は共学だから、ホモでもバイでもそんな噂ばっかりが大袈裟に流れる事もないのかもしれないけど。
「まあ、クビにはならないよ。なんてったって俺の学校、副理事長がホモだから。ホモは学校公認」
それっていつもの悪ふざけなんだろうか。それとも本当に副理事長がホモ?
……なんか言葉を返しにくい冗談だよな。
「それより、トモ。家庭教師してバイト代もらってるって言うなよ。その方がヤバいんだ」
だったら引き受けなきゃいいのに……とも思うけど。
多分、姉貴がいつものようにムリヤリ頼んだんだろうから、高也のせいじゃないし。
「大丈夫。言わないよ」
「ふうん。トモにしては珍しく素直だな」
「いいだろ、別に」
そんなことより、俺の成績が上がったら高也はもう来ないんだろうか。
心の隅でたまにそんなことも考えたりする。
いつまで来てもらえるのか知りたいと思うこともあるけど、なんとなく悔しい気がしてそれも聞けずにいる。
来て欲しいと思うのは、きっと高也がいると部屋が明るいから。
昔から姉貴に構われて育ったせいなのか、一人でいるのがあんまり好きじゃないのも原因かもしれない。
「じゃあ、いい子のトモにご褒美をあげよう」
「いらない。どうせ頭なでるだけなんだろ?」
こんな会話の合間にも、生徒には人気があるんだろうなとか、学校ではどんなだろうとか、そんなことも考えてしまう。
「なんだよ。いつも嬉しそうな顔するくせに。また何か悩んでるのか?」
「違うよ。それに嬉しそうな顔なんて……」
言ってるそばからまた頭をグーでぐりぐりされて。
「あー、もうやめろって」
「トモ、最近ノリが悪いな。ホモはまず体からだぞ?」
落ち込みやすい俺と違って高也はいつでも楽しそうで。
そういうところも嫌いじゃないんだけど。
「それって、どういう理屈なのか分かんないし」
「ヤってナンボってこと」
「じゃあ、もうホモやめる」
こういう話をしている時はちょっと微妙な気持ちになる。
『やめる』なんて簡単に言って、本当にそうできるなら、姉貴にとっても両親にとっても、もちろん俺にとってもそれが一番いいんだけど。
「そういうセリフは女の子で勃つようになってから言うんだな」
悔しいけど。
「……わかってるよ」
どうにもならない事実。
「じゃ、トモが楽しいホモ生活を満喫できるように、これからホモ教育をしよう」
「なんだよ、それ」
「好きになった男は一発で落とせるように」
なんたってホモはチャンスが少ないんだからって言われて。
それはそうだよな、って思った瞬間、太腿の辺りに変な感触が。
「だからって変なことするなよ」
いつの間にか隣に座っていた高也の右手は俺の太腿の上。
さらに左手は俺の腰を抱いていた。
「しないって。可愛い教え子だからな」
この状態でそのセリフ。嘘臭い以外の何ものでもない。
「高也、学校でもそんなことしてんの?」
こんな教師がいたら、社会的に問題があると思うんだけど。
「バーカ。俺、学校ではいいセンセだよ」
品行方正でカタブツで通ってるからって、また誰も信じないような嘘をついて。
「けど、今はプライベートだからな」
そう言って不意に俺の頬に唇を当てた。

それから。
唇のすぐ脇に――――

「……たか……や?」
別に、だからどうっていうんじゃない。
これだって、ただの悪ふざけ。
なのに、訳もわからないまま少しだけ苦しくなる。
「どうしたんだよ、トモ。いきなり固まって」
理由なんて分からないけど。
「……高也は……楽しいのかよ」
「何が?」
「そういうことして」
苦しいのと一緒に、気持ちが少しずつ沈んでいく。
高也はきっとあちこちでこんなことをしてるんだろうなって、そう思っただけなのに。
「うーん、まあまあってところだな。おまえがもうちょっと可愛い反応してくれたら楽しくなるんだけど」
ついでに、「たまには可愛い声で『あん』とか言ってみろよ」なんて軽く言われて、なぜかまた落ち込んだ。
「なんだよ。何が不満でヘコんでるんだ? おまえが『頭をなでるだけなんて嫌だ』って言ったからしてやってるのに」
「んなこと、俺がいつ言ったよ」
頭をなでられるのが嫌だと言った記憶はあったが、高也が言うようなニュアンスではなかったはず――――
ムキになって睨み返したら、高也は「そんな顔するなよ」って笑ってた。
「ほっぺに『ちゅー』くらいで騒ぐな。俺の高校の生徒なんてトモみたいな真面目なこと言ってないぞ? 俺に向かって『キスの練習させて』とかフツーに言うし」
やけに楽しそうにそんな話をしなくてもいいだろって思ったけど。
「……言われたら、してあげるわけ?」
先生なんだからそんなことはしちゃ駄目だろうとか、そういうのとは違ったモヤモヤした気持ちが湧き上がる。
肯定されたら、それだけでまた落ち込む予感がした。でも。
「うーん……まあ、可愛い子とだったらしてみたいけどな。でも、俺も一応センセだし、教え子はマズいだろ。というか、高校生はマズイな」
18は過ぎてないとな、なんてまた軽く笑って。
「俺も高校生なんだけど」
17だぞって言ってみたけど、それも簡単に流された。
「おまえは朝子の弟だから」
そんな一言で。
「それって、理由になってないよ」
「かもな」
それから、「世間はいろいろ事情ってヤツがあって面倒だよな」なんて肩をすくめた。
高也は一応大人だから、俺よりも「事情」ってヤツは多いんだろうけど。
「なー、高也」
「ん?」
「もしもさ、高也が好きになったのが……生徒だったら諦めるしかないってことだよな」
高也の職場なんて生徒と先生しかいなくて。
出会いと言ったらそんなのばっかりなのに。
「んー、まあ、そうなんだろうけどな」
「じゃあ、大変だよな……」
『キスして欲しい』なんて言うような生徒の中で、こんなおちゃらけた性格の高也がついつい……なんてことは普通にありそうだし。
好きになってしまってから、やっぱり駄目だと思うのは辛いだろうな……なんて考えて、また微妙な気持ちになってしまった俺の耳元に予期しない言葉が入ってきた。
「まあ、『教師生命と引き換えに』って選択肢もないわけじゃないけど」
それって……――――
「学校辞めて付き合うってこと? けど……」
大人のすることじゃないよなって言ったら、高也がちょっと複雑な表情で笑った。
「そんな一言で済ませるなよ」って、そう言って。
「だってさ、高校生なんてすぐに卒業するんだし、大学生ならオッケーだっていうんなら、それまで待ってればいんじゃないの?」
そうだよ。どうせ2〜3年の間のことなんだからって俺は思うんだけど。
「けど、その間に他のヤツに取られたら? やっぱりそう考えるだろ?」
だから、「コイツ」って思ったら真剣に口説かないとな、って言われたけど。
「ふうん。大変そうだね」
ついでに「頑張って」って言ってやったのに。
「トモ、本当に他人事なんだな」
そう返された。
「だって高也の話だろ?」
別に俺は関係ないしって付け足したら、高也は二、三回頷いてから、
「気付いててそう言ってるんだったら俺もヘコむけどな。……トモ、わかってないだろ?」
そんな言葉を。
「……何が?」
何を聞かれてるのかがさっぱりわからなくて、さっきまでの会話を思い出しながら眉間にしわを寄せてたら、「おまえはそういうところが朝子に似てるんだよな」と言われてしまった。
その返事もたいがい意味不明だったんだけど、「姉貴に似てる」などというフレーズが褒め言葉であるはずもなく。
「高也が悪いんだよ。分かるように話せ。ってか、ねーちゃんに似てる言うな」
一応、文句を言ってみたが。
「……ああ、もうすぐバレンタインだな」
いきなり流された。
話を逸らせたつもりだろうけど、それだって俺には面白くないことの一つで。
「いいじゃん、高也なんてどうせ生徒からたくさんもらうんだろ?」
「ああ、もちろん」
って、自信満々だし。
「おまえは?」
「もらうわけ……」
ないってわかってて聞いてるのがまたムカつく、と思ったけど。
高也からはもっとムカつく言葉が。
「誰かにあげないのかって聞いてんの」
「男があげるもんじゃないだろーよ」
バカにされてる。
間違いない。
高也を見据えたままムッとしていたら、
「また不機嫌か? 難しいお年頃なんだな」
それから、「高校生だもんな」と言って、高也はテーブルに頬杖をついたままため息をついた。
なんだかわからないけど、その一瞬だけ妙に重い空気が流れた。



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