全部がなんだかよくわからないまま。
その次の日も高也はうちに来て、遊ぶだけ遊んで帰っていった。
「高也って、何考えてるのかわかんないよな」
そんな言葉で少しだけ遠回しに最近の言動について問い詰めてみようと思ったけど。
「んー、そうか? 俺に言わせたらトモの方がずっとわからんけどな。おまえって、ただ鈍いだけなのかよ?」
「……なんだよ、それ」
やっぱりこんな会話にしかならなかった。
それでも今日は頑張ると決めて、「いきなりキスとかするしさ」って追求したのに。
「まあ、そのうちにちゃんと言ってやるよ」
高也からの返事は相変わらずだった。
「……だから、何をだよ」
「おまえが聞きたいこと」
やっぱりこんな流れのまま前には進まず、時間だけが過ぎていく。
ただ単にまともに相手にされてないだけって気もするけど、高也が意外と真面目な顔で答えていることからすると俺に話したくない理由があるようにも見えて、本当のこところはどうなのかという判断ができない。
どっちにしても。
「なんか、ぜんぜんダメだよな……」
ちょっと落ち込みモードになった。
「トモは無駄にヘコみすぎ」
高也はあっさりとそんな言葉で切り捨てたけど、でも、その後で「俺にも責任はあるんだろうけどな」って少しだけフォローが入った。
それも変に真面目な顔だったから、なんだかそれ以上言うのも悪くて、
「じゃあ、もういい」
俺もそこで終わらせた。
肝心なところが曖昧なまま。
それでもチョコレートクッキー作戦だけはちゃんと決行されることになって、残りの時間はその打ち合わせになった。
「トモ、不器用そうだしな」
そんな理由で高也も手伝ってくれることになって、それは素直に嬉しかったけど。
「朝子には俺も幸せな結婚をして欲しいし、それについてはおまえに事情があるように俺にもイロイロ都合があるからな」
高也の返事はやっぱりときどき意味不明で、また何かが胸につかえてしまう。
「……ねーちゃんの結婚、高也にはあんまり関係ないと思うけど」
ていうか、「関係あるわけないだろ」って思いっきり言いたかったけど。
「んー、まあ、それはな。……明日は俺もヒマだから買い物から付き合うよ」
話は高也によって簡単に逸らされて、そのまま流されてしまった。
買い物の待ち合わせは高也の学校。でも、さすがに他校生の俺は中には入りにくいから、落ち合う場所は裏にあるファミレスの駐車場になった。
「そこなら俺の研究室から見えるから、トモが来たらすぐ行くよ」
本当にすぐ近くなんだぞって言われて、「ふうん」という気のない返事をした。
そしたら、
「そういえば、ときどき来てるよな。トモの自転車、たまに見かける」
そんな返事があって。
「えっ……?」
いくらすぐ近くに見えるからって、なんでそんなことまで知ってるんだろう。
というか、俺の自転車なんてごく普通で目立つわけでもなんでもないのになんで気付くんだか。
いや、そんなことより。
「トモもうちの女の子目当てで来てるのか?」
先に弁解しておかないとと思っているそばからツッコミが入って、俺は少し慌ててしまった。
「そんなわけないじゃん。友達に誘われると断れないから仕方なく行くだけだよ」
でも、最近はあんまり行ってないよ……ってけっこう必死に言い訳をしたら、高也はごく普通に「そうだな」って答えて。
「最初に気付いたのは去年の春だったかな。久しぶりだったけど、トモだってすぐにわかったよ」
またそんなことを。
だって、去年の春なんて家庭教師を引き受けるよりずっと前だ。
家庭教師の最初の日、高也は本当に「顔を見るのも久しぶり」みたいな態度だったのに。
「なんだよ、知ってたんなら最初に言えよ」
ぶーぶー文句を言ったら、高也は指でクルンとペンを回して、少しだけ笑った。
それから、
「朝子に頼まれた時、トモの家庭教師って面白そうだなって思ったんだよ」
そんなことを言ったけど。
「……それって俺の話してることとかみ合ってないよ」
答えになってなさ過ぎて、全体的に聞き直したい気持ちで溢れかえっていたのに、
「じゃあ、明日ファミレスの駐車場で。ちゃんと勉強しろよ」
高也は俺を置いてさっさと帰っていってしまったのだった。
「……いつもそうだけど、ホント勝手だよな」
ぶつぶつ言いながら高也の背中を見送って、買い物のメモを作ってからフテ寝した。
翌日、待ち合わせた駐車場に高也はいつもと変わりない顔で現れた。
「お待たせ」
サラリーマンみたいにスーツを着ているわけでもなく、服装もいつもと一緒でラフなまま。仕事のあとだからってなんの代わり映えもしない。
ちょっとだけ「なぁんだ」って思ったけど。
その時突然、
「センセー! チョコ楽しみにしててね」
「今からみんなで買いに行くんだー」
予期せぬ方向から女子の黄色い声が飛んできて俺は面食らった。
振り向くとファミレスの入り口で手を振る女子5名。
高也はやけに爽やかな笑顔で、「俺はちゃんと本命にもらうから、おまえらも一番好きな人にあげろよ」って手を振り返してた。
「先生が一番好きー」
「お返しは次のテストに50点プラスでいいからー」
俺らの学校でも女子はだいたいこんなノリだけど。
問題は彼女たちがずいぶんと可愛いってことと、高也がいつものニヤニヤ笑いじゃないってことだ。
なんとなく面白くない。
「……高也の猫かぶり。そんなに良いセンセって思われたいのかよ」
それよりも。
高也に「本命」なんて。
好きな人がいるなんて話、一度だってしたことがないのに。
「職務中だからな」
「俺の時だって職務中だろ?」
高也、好きな人いるんだ……?
そう聞きたかったけど。
「トモは遊び相手だ」
でも、やっぱり聞けなくて。
「なんだよ、それ」
やけに突っかかってしまう。
「トモ、今日機嫌悪いな」
「……別に」
またヘコみかける俺の頭をクチャっと掴みつつ、高也はポケットから車のキーを取り出した。
「スーパーに行くだけなのに、なんで車なんだよ?」
そんなにたくさん買うものないよって言ったら、
「学校関係者がいないところまで行かないとおちおち買い物もできないからな」
高校生な年齢の俺と個人的に親しげなのはマズいんだと言われた。
「まあ、いざとなったら『親友の弟のおもりです』って言えば済む話だけどな」
「……『おもり』ってなんだよ」
「おまえ、手がかかりすぎだから」
ちょっと悔しかったけど。
微妙に否定できなくて、だから、それについてのコメントはしなかった。
「教師っていろいろ大変なんだな」
「まあ、どんな職業でもある程度の制約はあるだろうけどな」
俺の自転車を車に積み込みながら、高也はちょっとだけ苦笑いをした。
その後はしばらくのドライブ。
高也のお気に入りのCDは全部英語だったけど、それもなんだかいい感じで、俺の機嫌もいつの間にか少し直ってた。
「なんだ、楽しそうだな」
「うん。俺、車乗るの好きなんだ」
高也の車だって乗るのはもちろん初めてで。
それだけなのに、やけに楽しく思えた。
「じゃあ、今度車でどこか行くか?」
「うん!」
楽しい気分のまま本当に勢いよく頷いた。
「じゃあ、どこ行く?」
わくわくしながら聞いたのに。
「ラブホ」
その気持ちはあっけなく壊された。
「……そんなことしたら高也だって一発でクビになるよ」
『親友の弟のおもり』で言い訳できる範囲はとっくに超えてる。
「そうだな。じゃあ、俺の部屋」
「……車で行く必要ないじゃん」
会話は相変わらずだったけど。
「じゃあ、トモが行きたい所考えておけよ」
あんまり遠くはダメって言う条件付だったけど。
「うん。土曜日と日曜とどっちがいい?」
「どっちでも」
「金曜とか土曜に『明日行こう』って突然誘ってもいい?」
「いいよ。どうせ暇だしな」
でも、家庭教師の時間は駄目だぞって付け足されたんだけど。
「もちろん。その時はちゃんと勉強するって」
高也の隣りが誰の指定席っぽくもないってことを確かめたら、なんだかすごくホッとした。
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