- 春ノイズ -

-2-

遙は子供の頃から常に俺様だった。
たいていのことは人並み以上にできるせいかやたらと自信家で、しかも思ったことは遠慮なく口に出してしまう。
おかげで出会ったその瞬間から、今日に至るまで何かにつけてバカにされまくりだ。
遙と同じ高校を受験するって話した時だって、
「編入? おまえが? まあ、どうしてもっていうなら俺が教えてやってもいいけど?」
ものすごい上から目線でニヤニヤ笑われたのだ。
「勉強は一人でぜんぜん大丈夫だし、たとえダメだったとしても遙にだけは絶対に頼まないから」
その時の遙の返事は「おまえ、そんな頭良かったっけ?」、で。
悔しさのあまり、生まれて初めて猛勉強をした。
おかげで奇跡的な合格を果たし、家族は「やれば出来る子」と大袈裟なくらい喜んでくれたけど。
遙だけは「おめでとう」でもなければ「頑張ったな」でもなく、ただ「学校でボケっとしてんなよ」と吐き捨てたのだった。
「だったら従兄弟だってこと隠しておけばいいだろ? 身内だってバレなければ迷惑かけることもないし、こっちだって平穏で楽しい日々が送れるんだから。だいたい遙が目立つせいで、いつもこっちまで巻き添え食って生徒会の仕事とか手伝わされて、そういうの、もう絶対嫌だって―――」
ここぞとばかりにありったけの文句をぶちまけた。
これで遙が学校では知らん顔してくれるなら高校生活は安泰だ。
「じゃあ、そういうことで決まりだからな。学校でばったり会っても、絶対に遙から話しかけないでよ」
その時、遙は超絶俺様モードでニヤリと笑い、「俺が? おまえに?」って言ったんだ。
そう、確かに言ったのに。

……なんでこうなるんだか。


「そういえば矢本ってさぁ、瀬崎先輩のイトコなんだってー?」
入学式から数えて4日目。休み時間の喧騒の中、どこか間延びした声が飛ぶ。
窓際の後ろから二番目が自分の机。
すぐ前の席、後ろ向きに椅子に座って消しゴムを弄んでいるのが高校生活最初の友達になった桜沢だ。
右隣りでは桜沢とは小学校からずっと同じクラスという倉田が一心不乱にノートを写している。
新学期早々から宿題をやらないという姿勢はなかなかだと思うけど、倉田曰く、「中等部から高等部に上がっただけだと緊張感なんてかけらもないんだからしかたない」らしい。
まあ、確かに教室全体がそんな空気ではあった。
一年の新学期だというのに席が五十音順じゃないのも軽くショックだ。
これでは名前が覚えにくい。
「その、俺と遙が従兄弟だっていう話、誰に聞いたんだよ?」
「荻先輩っつー生徒会執行部のヒト。中等部んとき部活一緒だったから仲いーんだ」
俺を拉致したのはイベント部であって生徒会執行部などではなかったけど、その両方に所属しているってことなんだろう。
そして、その荻という先輩は確か前髪洗濯バサミのヤツだ。
「ええと……とにかく、遙と従兄弟っていうの、他のヤツにはあんまり言わないで欲しいんだけど」
『なんで?』と聞かれたらどう説明しよう。
くだらない理由すぎてちょっと恥ずかしいかなと思ったけど、杞憂だったようだ。
「あー、そうだよなぁ。なんか違う意味で関心持たれそうだもんなぁ。俺も荻先輩から聞いた瞬間、走って矢本の顔チェックしに来たくらいだし」
机に肘をついたままぐぐっと体を乗り出してこちらを見る。
桜沢はけっこう屈託がない感じなので少しも不愉快ではないんだけど。
「……式の後、俺に真っ先に声かけてくれたのってそういう理由だったんだ?」
「へへー、実はそう。初日にいきなりその話もなんだかなーって感じで、今日聞いてみました」
幸い遙とは苗字も違うので、少なくともクラスの中だけなら今のところまったく気付かれてないのが救いだけど、この様子では広まるのも時間の問題だ。
夢の平穏生活がガラガラと音を立てて崩れていく。
「実は、遙と従兄弟っていうの、なんとか隠せないかなって考えてるんだ」
すごく嫌なんだと正直に話したら、桜沢は真面目な顔で深くうなずいた。
「そうだなぁ……でも、矢本が捕まった日みたいに瀬崎先輩が自分で言っちゃったらどーしようもなくねー?」
「そうなんだけど。遙とは『学校では話しかけない』って約束を――」
したはずって信じてた。
けど、よく考えたら『俺が? おまえに?』って鼻で笑われただけだ。
「……って感じだったんだけどさ、それって『ありえねーよ』って意味だよな?」
軽く状況を説明してから、二人に同意を求めた。
桜沢も最初はうんうんとうなずいていたけど。
「まー、どっちにしてももう忘れてるっぽくないか? 覚えてて言っちゃったなら嫌がらせだし」
すぐに、「今、問題なのは約束したかどうかということではない」ってことに気づかせてくれた。
「……そうだよな」
遙なら嫌がらせという線も十分ありえる。
というか、むしろそっちの可能性が高いかもしれない。
「そんな顔すんなよー、矢本。荻先輩周辺には広めないように頼んどくし」
「そうしてもらえるとすっごい嬉しい」
桜沢は先輩たちと本当に仲がいいらしい。
おかげで学校の内情にもかなり詳しくて、高等部の行事や校風などもあれこれ教えてくれる。
まあ、時には微妙な噂話も飛び出すので、反応に困ることもあるんだけど。
「瀬崎先輩ってさー、やっぱりやたら目立っちゃうだろ? 高等部から編入っていうだけでも目立つのに、見た目までアレだもんよ? 入ってソッコーで生徒会からお呼びがかかったんだよなぁ。そういうの考えると、隠したくなる気持ちもわかるよなー」
けど、イベ部に知られたら意味ないよなぁ、とあまり嬉しくない見解が付け足される。
「まあ、行事の時に一般生徒から快く協力を得るためには人気が必須だからな。目立つヤツが巻き込まれるのは仕方ないんじゃないか?……って、サクも中等部の時は『カッコイイ先輩がいる』とか言って、よく手伝いしてなかったか?」
倉田に突っ込まれ、桜沢がヘラリと笑う。
「そういうのに交ざっとくと行事も楽しさ倍増じゃん? しかも一番口コミ集まるとこだからお得情報満載だし。たとえばさー」
参考までに、と満面の笑みで語ってくれたのは、遙が一年のときに三年の先輩――といってももちろん男だ――に告られて付き合ってたというような、従弟としてはどう受け止めたらいいものか悩んでしまうような噂だった。
しかも、その話はわりと有名らしく、倉田も「ああ、それな」とすぐに頷いた。
「それって阪口(さかぐち)先輩だろ? 今も続いてんのか?」
「ううん、卒業と同時に別れた……って、荻先輩が言ってたような気がする」
「そういえば秘密階段のアレな。あ、矢本は『秘密階段』知ってるか? 学校の裏手の細くて長くて、昇っていくと白い教会みたいな建物の横に出る、主にここの生徒と近隣住民が使ってる通路なんだけど」
倉田の説明と同時に、夕暮れの空と木々の間に延々とつづく階段が頭の中いっぱいに映し出された。
「……うん、なんとなく。子供の頃に一番上から真ん中くらいまで転げ落ちたことがあった」
口の中に入った土のじゃりじゃりした感じと、涙のしょっぱさがものすごく鮮明に蘇り、思わず顔をゆがめてしまった。
「うっわぁ、すっげー痛そう。ってか、よく生きてたなぁ」
小学校一年だったか二年だったか、とにかく小さい頃の話だ。
家からはそこそこ遠い場所なのに、どういうわけか一人で遊んでいてうっかり足を踏み外したのだ。
擦り剥いた膝はなかなか血が止まらないし、泣きすぎて目は痛くなるし。
そうしている間にも空はどんどん暗くなり、そのうえ誰一人通らないしでパニック状態。人生で最悪の日だった。
おかげであの辺りにいい印象がない。
「で、その通路がなに?」
さっさと嫌な思い出から離れようと話の先を急がせたのだが、それはそれで良い結果にはならなかった。
「瀬崎先輩、阪口さんとはあそこで会ったらしいよ……って話。しかも、いつもそこで待ち合わせてたとかで噂になってた」
「うわ、なんだ、その展開は。てか、サク、やけに楽しそうだな」
「まぁねーふふふん」
桜沢も倉田も軽いノリで話しているのに。
「あれ? おーい、大丈夫か、矢本?」
「あ? あー?……うん。たぶん」
俺だけ思いっきり動揺していた。
男子校ならではの悪ふざけ。その手の冗談くらいあるだろうとは思っていたし、そんなの別にどうってことないと思っていたけど、まさか遙の話として聞くことになろうとは。
「引くなよ、矢本。これくらいは序の口だぞ」
いつも能天気な桜沢はともかく、倉田まで「そのうち気にならなくなるよ」と楽観的な予測をしても、どうにも脳がついていかない。
だって、これは遙の話なのだ。
「だいたいコレ系は『わりとありがちなネタ』って感じで、心の底から信じてるやつはあんまりいないし」
「ああ……そういうもんなのか」
噂には尾ひれがつくものだし、「付き合ってた」って言ったって本当は「他の人よりちょっと仲が良かった」程度で、決して真に受けてはいけないってことも分かってはいるんだけど。
「とにかく食いつけるものは大歓迎。いつでも盛り上げるよ?……ってのがここの流儀だから。慣れるまでは適当に聞いとけばいいよ」
俺はけっこう楽しむほうだぞという桜沢に曖昧に頷きつつ、「倉田は?」と隣りに視線を投げてみる。
「んー。別に。他人のことにはあんまり関心ないから」
「……そっか」
早く慣れて一緒に交ざってしまったほうがいいのか。
あるいは少々引いたとしても表に出さず、倉田のように軽く流してやりすごしてしまえばいいのか。
いや、そもそも他人の話なら俺だってそれほど気にならなかったかもしれない。
今回は遙のことだから……と、うだうだ悩んでいたら、気を利かせたつもりなのか桜沢がコロッと話を変えた。
「まあ、でも、平穏な生活希望なら、イベ部から連れ出されたのはよかったと思うよ?」
「ぅえ?……なんで?」
われながらものすごい間の抜けた声だった。
慣れない話題にフリーズ気味だったので、切り替えもうまくできなかったのだ。
「だって、イベ部だよ?」
桜沢が大げさに眉を寄せる。
「それが何?」
俺が聞いたのは、『イベント部は学校行事を手伝うところ』というような説明だった。
文化祭、体育祭、音楽祭、その他もろもろ。
確かに仕事は多そうだけど、空いている時間に手伝うくらいならたいしたことないだろう。
……と思ったが、それとはまったく違う方向の大変さだった。
「仮装とか女装とかさせられるんだよ。ほら、編入生ってそういう伝統とか知らないヤツが多いから、ちょうど良いカモっていうか」
「それって『ちょうどいいかもしれない』ってことじゃなくて『ちょうど鴨がネギしょってきたぞ』ってことだよな?」
「もちろん」
まあ、確かにそんな雰囲気ではあった。
そうじゃなければ、わざわざ何の予備知識もない編入生対象の説明会の日を選んだりはしないだろう。
「んで、ハンティングされた新一年は夏休みに入るまで学校行事のたびにイベント部員として奔走させられるわけ」
それを知ると、さすがに遙に感謝せざるを得なかった。
「あー、じゃあ、ちょっとメールしとく」
携帯を取り出すと、桜沢の顔がぱあっと明るくなった。
「矢本、もしかして彼女?」
どうも桜沢はそういう系の話が大好きらしい。
女の子のいる学校に通ってたやつは違うよなぁ、とまで言われたけど。
「そんなの俺にいるわけないだろ。メールは遙に。一応お礼だけ言っとこうかと思って」
遙にしてみれば、周りをウロウロされると邪魔なんだよ、くらいの気持ちだろうけど。
まあ、結果的に助かったことに変わりはないし。
短いメールを送信して顔を上げたら、桜沢がニヤニヤしてた。
しかも。
「やっぱ仲いーんだなぁ」
今度は違う誤解をしていた。
「ぜんっぜん良くないけど」
「えー。そお?」
「そうだよ。っていうか『やっぱ』って何?」
「それは荻センパイがー」
俺と遙について、「すごい仲いいっぽい感じだった」と噂していたことを知り、軽くショックを受けた。
「何をどう捉えたらあれが仲良く見えるのか、心の底から不思議なんだけど」
「でも、メールとかするしー」
「用があれば誰だってするだろ」
「そーかなぁ」
桜沢がちっとも納得しないので、残りの休み時間全部を使い、いじめられ続けた暗い過去を延々と説明しなければならなかった。



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