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たらたら飲み続けて。
脈絡のない会話と質問が続いて。
俺もいい加減適当になってきた頃に所長のテンポもスローになった。
数分前からカウンターに肘をついたままボーッとしてる。
焦点も合っていない気配。
「……酔ったんですか?」
たぶんそうだろうけど。
ってか、酒あんまし強くないんだな。
「所長のマンションってこの辺なんすよね?」
本社への出張が多いからって駅の近くに住んだってことだけは聞いていた。
「あのー……所長?」
呼びかけてみたが反応がない。
よく見たらもう目を瞑ってた。
「もしもしー。寝たんすかぁ?」
こんなに酒が弱いなんて知らなかったもんな。
接待の時は同席してもらってもあんまり飲ませないようにしないと……なんて思いつつ、会計を済ませようとしたら、マスターが。
「あとで所長さんからいただくからいいですよ」
ニッコリ笑うので「はあ」と返事をした。
まあ、それでいいなら俺もその方がありがたいんだけど。
だが、その後で現実を直視してちょっと悩んだ。
カウンターに突っ伏している男が一人。すでに泥酔。
この状態で俺にどうしろと?
「……だいいち家がわかんねーよ」
俺んちに連れていくか?
その辺のホテルに押し込むか?
ああでもないこうでもないと悩んでいたら、マスターが。
「所長さんの家、すぐそこですよ」
聞けば隣の建物らしい。
「なんだよ、先にそう言えよ」
つい愚痴をこぼしたら笑われて。
そういうところがコイツも所長に似ているような気がするんだが。
「もう他にお客さんもいませんから、ご案内がてら一緒にマンションまでお送りしますよ」
どう考えても俺一人で運ぶのは不可能だから、マスターの申し出を素直に受けることにした。
二人で所長を支えながら店を出て。
隣の建物に入ってエレベーターに乗せて、廊下を歩いて。
「所長。着きましたよ。鍵どこですか?」
ぜえぜえ言いながら耳元で叫んでみたが、所長はぼーっとしたままだった。
「所長、しっかりしてください。所長ーっ」
もう聞こえちゃいないだろうと踏んでいたが、所長はちゃんとポケットから鍵を出した。
……どうでもいいけど、起きてたならもっとしっかり歩いてくれよなぁ。
「失礼しまーす」
鍵からして高級そうな複雑なつくり。ドアが開く音も一味違う高級マンション。
そして、一歩足を踏み入れた部屋は恐ろしいくらいキレイに片付いていた。
いや、マジでモデルルームなんじゃないかと思ったほどだ。
マスターは何度か来たことがあるらしくて、勝手知ったる我が家状態。さっさと冷蔵庫から水を出して所長に飲ませていた。
「あの、じゃ、俺……」
このままダッシュで帰ろうと思ったが、マスターに引き止められた。
「まさか僕に任せて帰ろうとしてる? 榊さんの上司なんでしょう?」
……そうだけど。
「放っておいても大丈夫じゃないですか?」
大人なんだし。
具合も悪そうじゃないし。
けど。
「かなり酔ってるみたいだから、何かあってもいけないし」
だとしても死にゃあしないだろ。
だが、しかし。
「とりあえずもう少し様子を見て、大丈夫そうだったら帰ればいいですよ」
マスターは勝手に並べてあった酒類を取り出して、「待っててくださいね」と言いつつカクテルを作りはじめた。
……もしもし。ここ、他人の家なんですけど。
俺なんて今日がコイツと初対面だし、この行いを止めるべきなのかがわからなかった。
そんなわけで。
「甘くないのにするから」
なんてことを言いながら、手際よくグラスに注ぐのを黙って見てた。
……ってか、酒がこんなに弱いヤツの部屋にシェーカーがあるってどうなんだよ?
それだけじゃなくグラスもずいぶんいろんな種類があった。
「どうしたの?」
「酒弱いのに、ずいぶんいろいろ置いてるんだなと思って」
自分で飲むんじゃないってこともあるかもしれないが。だとしても、赴任したばっかりで友達なんていないだろうし。彼女もいないって言ってたし。
ということは……どういう状況なんだろう?
あるいは都会の男らしさを演出するためのアイテムなのか?
悩む俺の目の前に鮮やかな色の液体で満たされたカクテルグラスが差し出された。
「そう言えば、所長さん、以前『作るのは好きだけど飲まないんだよね』なんておっしゃってましたが」
その後も延々と「カクテルは奥が深いんですよ、オリジナルを創作するのも楽しいですし」なんてことを説明されて。
「……そうなんですか」
まあ、そんなヤツもいるんだろう。
「料理が趣味だけど一人じゃ食いきれないっていうのと似たようなもんですかね」って言った瞬間。
「榊さん、本当に素直に育ったんですね」
そんな言葉をかけられて、俺の目は点になった。
……意味わかんね……。
さっきの会話を思い出してみたが、「カクテルを作るのが好きらしい」という説明に「そうなんですか」と答えただけだ。
なんで「素直に育った」とかいうセリフになるんだろう?
……やっぱ、東京の男はみんなこうなんだな。
そう結論付けて、とりあえず「どうも」と言ってグラスを受け取った。
さすがにマスターが作っただけあって本格的かつ口当たりのいいものだったけど。
店にいるときと違って、ここは所長の部屋。一般家庭だと思うとなんとなく寛いでしまい、ついでに酔いも軽やかに回っていくのがわかった。
このままだと俺まで爆睡しそうだと思っていたら、つまみが出てきて。
ついでに、2杯目のカクテルが。
「っつーか、こんなに飲んだら自分ちに帰れなくなるような……」
前後不覚になるほど酔ったりしない自信はあったけど。
飲むと帰るのが面倒になりそうだからそう言ったのに。
「じゃあ、朝になってから帰ったらいかがです? お客様好きな方らしいですから、着替えも用意してありますし」
とても社交的な方なんですよね、なんて言葉と一緒にバスローブが差し出されて。
「へ?」
「シャワーはあちらです。脱いだものは洗濯機に入れてスイッチを押すだけで自動的に乾燥までしてくれますよ」
そんな言葉と一緒にさっさとバスルームに追いやられた。
……ここって、所長の家だよな??
若干の疑問と共にシャワーを浴びてリビングに戻ってきたら、またカクテルが。
しかも今度はビールグラスになみなみと……。
「風呂上りは格別ですから、一気にどうぞ」
アルコール度数は低いから大丈夫ですよ、なんて言われるままに飲み干して。
確かにビールみたいな感じだったんだけど。
そのあとマスターはニッコリ笑って言った。
「榊さん」
「なんっすか?」
んでもって。
次のセリフはまるっきり所長みたいな口調だった。
「騙されやすいと言われたことはありませんか?」
「……は?」
それからまもなく俺の意識はなくなった。
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