-ひとなつ-




-11-

「覚えてろって、って、うぁ、言われ、ても……――――」
パニックの途中でたまに我に返る。
俺だってなんとか普通に会話をしようと努力していた。
けど。
「榊、昨日のことを勝手に全部忘れて、俺が押し倒したと思ってるみたいだしな」
思ってるけど、思ってるけど、思ってるけど。
……過ぎたことはもういいから。
「所長、耳、手、あ、ちょっと」
今この状態をナントカして欲しい。
「ベッドで『所長』はないだろ、榊」
その声と吐息が耳の中にダイレクトに入り込んで、俺は本当に真っ白になってしまった。
「ちょ、ちょっと、マジで待……っ」
もがけばもがくほど抱きすくめられて、しかもいきなり明かりが落ちて。
「えええ? なに……あ? え?」
「電気消したよ。榊、昨日明るいのは嫌だって言ってただろう?」
所長の唇が耳元でささやく。
「俺、そんなこと――――」
ってか、両手とも俺の体を押さえてるのに、なんで電気が消せるんだ??
怪しいオトナの一挙一動が俺のパニックに拍車をかけた。
「ちょっとだけ我慢しろよ。最初だけだし、昨日もそんなに大変じゃなかっただろ?」
「え?……あ……?」
「え」とか「あ」とか言ってる場合じゃねーんだよ、と心の奥底ではかすかに思っていたはずなんだが、そんなささやかな抵抗は特大のパニックに押しつぶされた。
しかも、やっとの思いでほんの少し我に返った時、所長の手はすでに俺の下着の中で何かを掴んでいた。
「う、ぁ、ああっ」
叫んでももがいても。
「窓は閉めてあるから遠慮なく声出していいよ」
動じることもなく、着々とすべてを進行させていく。
いつの間にかシャツは中途半端に脱がされていて、手を抜かない状態で手首の辺りで丸まっていた。ついでに上半身にはモロに所長が乗っかっていて、全く身動きが取れない。
そして、俺の視界には入ってないが、下半身については全てが膝のあたりまでズリ下げられていて、脚さえ自由が利かないという最悪の状態だった。
いつの間に。
っていうか、こんな状態になるまで気がつかないってことは。

―――……もしかして、俺、今まで寝てたのか?

そんな疑問が渦巻く脳内をピンク色に変える所長の声。
「榊って色気なさそうなのに意外と反応いいよな」
舌先が耳に触れるたびに背筋がゾクッとして、それだけでもいっぱいいっぱいだっていうのに、腹よりも下でうごめく手が意識を分散させていた。
酔っていても二つくらいなら同時に考えられそうな気がするが。
現在の俺の脳内は「ちょっと待て」という文字列がわらわらと走り抜けていくだけだった。
「榊」
いつもより三割り増し甘い声が耳を抜けて。
「力抜いて」
そんな言葉と下半身方向から聞こえるクチュクチュという音。
ヤバイだろ。
いくらなんでも、絶対に。
「マジでヤバイって……っ」
思い切り叫んだ時、所長の手が止まった。
「何が?」
その後の質問は2択方式。
選択肢は『そんなつもりじゃなかったからこの状況はヤバイ』、それと『達きそうだからヤバイ』の二つ。
「どっち?」
って真面目な顔で聞くんだけど。
「そんなの決まって――――」
言いかけたとき、他人には触られないはずの部分へ強烈なの刺激に体がビクッと跳ねた。
「あのな、榊」
所長はいたって冷静で。
しかも口元には薄い笑み。
「……な……ん……」
なんですか、という短い言葉さえマトモに口にすることができずに俺はそこで黙り込んだ。
けど、口は開いたまま。
自分でもハアハア言ってるのがわかった。
「昨日は俺に押し倒されたと思ってるんだよな?」
正直に答えていいから、と言われたので思い切り頷かせてもらった。
「なのに、今日も俺の誘いを断らずに部屋に来たよな?」
それについては言いたいことがあったが、論理的に話す気力がなかったので仕方なく言い訳なしで頷いた。
「……ということは」
目の前でにっこりと口元がほころんで。
「世間一般の常識で考えて、それは『OK』って意味なんじゃないのか?」
「……へ?」
そうだろう、って言われて。
なんとなく「そうかもしれない」と思ってしまった。
俺だって彼女がそういう態度を取ったら、きっと承諾したと受け取るだろう。
「けど―――」
言いかけた言葉はすぐに遮られて。
「納得してくれたなら、続きをするけど?」
いいよな、と言われて俺はまた固まった。
納得したっていうか。納得したっていうか。納得したっていうか。
……したのか?
フリーズ状態で悩んでいたら、クスッと笑われた。
「榊、目の焦点が合ってないよ」
「へ?」
言われてみれば視界が回ってるような気もする。
寝てるのに、ぐるぐるしてた。
そのあとは所長の言葉だけが虚ろに響いた。
『普通同じ失敗は2度とやらないと思うんだけどな』
『しかも、昨日の今日だろう?』
『まあ、酔ってるくらいの方が変な緊張しなくて済むのかもしれないけどな』
そんな言葉がぐるぐると回りはじめたとき。
「じゃ、本番」
そのセリフだけはさすがに酔っ払いの脳にもしっかりと留まった。
「ほ、本番っ??」
「もし意味がわからないっていうなら説明するけど?」
真面目に聞いてるのかって言われて、条件反射で首を振った。
ここで何か言わないと、なし崩し的に行きつくところに行ってしまう。
焦って焦って焦りまくって、やっとのことで、
「ちょ、あの、所長」
そう言ったけど。
その瞬間に唇を塞がれて。
「だから、役職で呼ぶなって」
真顔なんだけど。
手だけは常に動いていて、くちゅくちゅという音は絶え間なく聞こえていた。
「だって……うっ、あ、あ」
俺ももう会話などする余裕はなくて。
「達きたかったら、少し脚開いて。榊、体が柔らかいからこの体勢でもそれほど苦しくないだろう?」
って言われたけど。
視界はまだ回っていて自分がどういう体勢なのかがわかってなかった。
体は熱いし、抵抗しようとして少し動くと息が上がる。
「わけ、わかん……ねー……も、そんなこと……―-」
どうでもいいから、という言葉が喉元まで出かかった。
それ以降の言葉は自分でも何を言うつもりだったのかわからなかったくらいなのに、所長からはまたしても余裕の笑みと、
「わかったよ」
そんな言葉が降ってきた。
いきなり下着まで全部脱がされて、両方の足首を持ち上げられて。
「うつぶせにしても吐かないって保証があれば、そのほうが楽なんだけどな」
俺はどっちでもいいけど、なんてのんきな声が聞こえて。
「まあ、榊はそのまま寝てろよ」
『大丈夫だから』を連発されながら、所長にされるまま。
夕べの記憶は全く残っていなかったものの、これから先に起こることはさすがに予測できた。
ただ、抵抗できなかっただけで。
「……痛っ……苦し……キツ……」
押し当てられた部分から伝わってくる味わったことのない感触。
もう意識のほとんどがパニックに陥っていた。
「大丈夫、榊、力抜いて。ゆっくり息吐いて」
自分ではもう何も考えられなくて言われた通りにしてみたけれど、だからと言って入り込んでくるものの圧迫感が消えるわけでもない。
「ダメ、ダメっ……な、やめ、あ、ああっ」
いっぱいいっぱいになった体の中身が、ゆるゆると動き始めた。
いや、キツくて思いっきり摩擦が生じてるから「ゆるゆる」ってのは正確じゃないんだけど。

とにかく。



……大変だった。



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