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目が覚めて、いきなり耳に飛び込んできたのは自分の声。
『ん……ああ、ぁ……っ』
正確には喘ぎ声だった。
「うあああ?!」
いきなり脳が覚醒した。
「おはよう、榊」
穏やかな声で「よく眠れたか」って聞かれて、慌てて時計を見たら7時前。
こんな時でも出社時間に間に合うかを気にしてしまう自分を少しえらいと思った。
……っつーか、それどころじゃないだろーよ。
「悪趣味だとは思ったけど、昨日も榊の記憶が怪しかったから、事実確認のために声だけ録らせてもらったよ」
動画よりはいいだろって言われたけど、そういう問題でもなく。
延々と流れ続ける自分の喘ぎ声に神経が思いっきり拒否反応を示した。
「い、い、いいから、もう」
無理矢理止めようとして体を起そうとしたら、あらぬ部分に鈍い痛みが。
「ぐっ――――」
なんだなんだなんだと思っている俺の脳内を駆け抜ける録音された所長と俺の会話。
『榊、あんまり無理すると明日起きられなくなるぞ』
『……あっ、ぅん……っ』
どうやって録音したのかしらないが、あまりにも鮮明に息遣いまで聞こえるのが激しく嫌だった。
それは、もう、真夏だというのに全身に鳥肌が立ってしまうほど。
「とにかく、それ……」
止めてくれと言いながら顔を上げたら、やけに楽しそうに聞き入っている男が一人。
っつーか、昨夜の記憶を確認するのに、どうして喘ぎ声部分しか録音されていないのか。
それがわざとだというなら、マジで悪趣味。
「くっそー……事実確認なら他のとこを録ればいいだろーよ……」
思わず声に出してしまったが、所長は怒りもせずに、
「たとえばどのあたり?」
笑顔のままで聞き返した。
「どこって……もっと前の……普通に会話してる……」
あれが普通の会話なのかというと、それにもかなり疑問は残るところだけど。
「ああ、『家についてきたら普通はOKだと思うよな』って話のあたりな」
そう言われて、とりあえず素直に頷いた。
少なくとも喘ぎ声よりは100倍まともな会話だろう。
だが、その直後、悪魔が満足そうな笑顔でささやいた。
「よかったよ。榊がちゃんと自分でOKした部分を覚えててくれて」
――――へ……?
「また押し倒されたと思われたくないしな」
――――は……?
「それって……」
事実が巧妙に歪められてるような気がするのは俺だけなんだろうか。
激しく疑問だったが、そもそも昨夜の自分の記憶にもあまり自信がなかったので、言い返すことができない。
「……とにかく、それ、止めてください」
とりあえず優先事項として、最悪のBGMを消すことに専念した。
静まり返った部屋に爽やかな夏の日差し。
このまま落ち着きを取り戻そうと自分を励ましてみたが、どう頑張ってみても俺の体に続いている悪夢はどうにもならない。
「っく……痛ぇ……」
脚も腕も腰も。もちろん人には言えない箇所も。
一昨日は問題の部分に若干の違和感があっただけなのに、今日のコレはいったいナンなのだ。
目の前にはそれについていくらでも説明してやるよと言わんばかりに笑う男。すでに答えが用意されている気配は濃厚だった。
聞くべきなのか、聞かずにいるべきなのか。
悩んでいる間に勝手に説明は始められた。
いや、正確にはそれは説明などではなかったんだが。
「初めてだからさすがにキツイだろうと思ったけど、案外大丈夫そうだな。この分だと、すぐに後ろだけで達けるようになる」
安心したよ、とか言われて。
そういう問題じゃねーと思ったが。
ちょっと待て。
その前に。
「初めてだからって……」
言ってから、あっと思った。
そして、案の定。
「榊は一昨日も押し倒されたと思ってるみたいだけど……少しボディーチェックをしたら、榊が一人で勝手に達っただけで」
別に何もなかったよ、と紳士的な口調で言われ。
そこで悟った。
初日に散らかっていたゴミ。昨日と今日の痛みの違い。
「でも、次回はもうちょっとゆっくり慣らそうな?」
ついでに抱き寄せられて、腕枕をされて。
脱力のあまり抵抗する気力もなく。
というか、体が硬直して動けなかっただけだが。
「……次回って……」
次回って。
次回って。
次回って。
脳内を微笑みと共に巡っていく不吉な言葉。
「本当に、榊を見てるとあっちこっちで騙されてるんじゃないかと心配になるよ」
どの口がそれを言うかと思うほどウソ臭いセリフを真顔で吐き出す。
しかもため息つきで、だ。
「他では騙されたことなんて……」
ない。
絶対に、ない。
「そうか? 榊が気づいてないだけだと思うけどな。だいたい俺はちゃんと意思表示したのに、それでもわかってなかったんだろ?」
そうだけど。
そうかもしれないけど。
だいたい自分の上司に騙されるなんて思わないだろーよ?
ぶちぶち文句を言いそうになる俺に所長はニッコリと微笑みつつ、宥めるような声でささやいた。
「でも、まあ」
ちょっとした過ちだからとでも言うんだろうかと思ったが。
続きの言葉はさらに「うげっ」なものだった。
「アイツに食われるよりは良かったと思うよ」
視線の先は、白い壁。
「……って……」
つまり、それは隣の部屋の住人。
それを悟って、また空白になる俺。
「榊」
「……なん……ですか」
「狙われてるって、わかってるよな?」
気をつけろよ、と軽く言われて。
そのあとに、
「それとも三人でやりたかった?」
その言葉が耳を抜けた瞬間、俺は再びベッドに突っ伏した。
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