Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

- 3 -



「ね、幹彦さん、今からのお仕事についていってもいい?」
事務所を一週して戻ってきたツカサは楽しそうにそんなことを聞いてきた。
「夜の仕事について行きたいって? 何を撮る依頼か知ってるのか?」
松浦が意地悪く笑った。
「なんだろう? 夜だから夜景とか? あ、芸能人のスキャンダル写真?」
「ゲイビデオのジャケットだったら?」
「行きたい! 興味津々」
屈託が……なさ過ぎる。
素直と言えば素直だ。
松浦でさえ笑い転げた。
イマドキの子だから、まあそんなものなのかもしれないけど。
「いいんじゃないか? お固いおまえに丁度いい」
松浦は能天気にそう言ったけれど……果たして俺の手に負えるだろうか?
「松浦さんも、ゲイですか?」
しかも単刀直入。
「だったら?」
松浦にはフツウの会話らしいが。
「タチですか? ネコですか?」
「なんで?」
「……幹彦さんと……その……」
ツカサはそこだけ言葉を濁した。
むろん、松浦にはちゃんとわかる。
「俺も仁科もタチだから、そーゆーことはない。安心していいぞ。感想は?」
「よかったです」
本当にほっとしたように微笑んだ。
「ホンキでコイビトになりたいってか?」
「はい」
すぐに答えた。
今度は少し真剣な顔。
素直な分だけ表情もよく変わる。
「なんで? 怪しい掲示板に書きこんで、あっちこっちでヤッてる方が楽しいだろ?」
「松浦さんはそうなんですか?」
さすがに高校生だ。それにはちょっと否定的な口調だった。
「俺はね。遊びだから。カラダだけ。ヤルだけ。コイビトとはできないようなプレイがしたいだけ」
その返事にツカサがちらっとこっちを見た。
「俺は普通のしかしたことないし、する気はないよ」
その時のやけに微妙な表情が気になっていたら、松浦がニヤニヤ笑いながら俺に耳打ちした。
「どうやらボクちゃんはノーマルプレイだけじゃダメらしいな」
確かにそんな雰囲気で、ますます自信がなくなった。
その不安を煽るようにまた松浦が。
「どういうのが感じる?」
そんな唐突な問いに俺の方が固まってしまった。
「アホか、おまえ、高校生に……」
「おまえだって高校の時、やってたろ?」
「そうだけどな……」
俺はそれほどマセてもなかったから、普通にするだけでもドキドキで。
もちろん相手は女の子だったし、ちゃんと付き合ってた彼女だった。
俺たちの遣り取りの後、ツカサはしばらく考えていた。
そしてまたチラッとこっちを見た。
俺は『答えなくていいよ』という意味で首を振ったが、ツカサはポツンと答えた。
「……僕……キスしながら、するのがいい」
その返事が真実かどうかはわからなかった。俺のレベルに合わせたのかもしれない。
少なくとも松浦はそう受け取ったようだった。
「まあ、そんくらいならコイツでもできそうだな」
「そういうこと言うか?」
「お互いのためだろ? 相性は大事だぞ?」
ツカサはまだ微妙な表情のまま俺たちの会話を聞いていたけど。
俺にはやっぱり期待に応えてやれる自信がなかった。



結局、夕方からの仕事にツカサも連れていってやることになった。
依頼主は知り合いが役員をしている会社だ。HP用に載せる写真だから、いつもわりとアットホームな雰囲気で撮影される。
ついでに中途採用者の社員証の写真を撮ることになっていた。
先方の担当に『親戚の子の社会科見学をしたい』と連絡したら、邪魔にならなければ別にいいという返事だったのでツカサにもそう伝えた。
「そんなにうるさい人じゃないけど、できるだけ行儀良くしててね」
「うん」
心配するまでもなく、ツカサは邪魔などしなかった。俺のことも言われる前からちゃんと「仁科さん」と呼んだ。
撮影中もこまごまと甲斐甲斐しく働いて、時には愛嬌を振り撒く。
おかげで予想もしていなかった時間に全ての撮影が済んだ。
「ありがとうございます。楽しかったです。……あ、『勉強になりました』だった」
ぺロッと舌を覗かせると役員も微笑んだ。
他の社員の人からも「また、おいで」と言われていた。
どこをとっても良くできた子だ。
ツカサの家は結構厳しいのかもしれない。
なんとなくそう思った。



夕食もツカサと一緒に食べた。
ツカサはよく笑う。よくしゃべる。
思ったことは正直に言う。けれど、誰かを傷つけるような言葉は口にしない子だった。
俺の前の恋人が気になるようだったから手短に話そうとしたが、
「ううん。言わないで」
と遮られた。
「聞きたくない?」
「うん。興味はあるけど、聞きたくない」
微妙な表現。けど、その気持ちは分からないでもない。
気まずい空気が流れないようにと思ったのか、ツカサはすぐに話題を変える。
そういうところがとてもいい子だと思う。
……思うんだけど。
「今日、幹彦さんの家に行ってもいい?」
「いいけど、家は大丈夫なのか?」
「いいよ。ちゃんと電話するから。友達のとこにもよく泊るし。大丈夫」
いきなり外泊。
しかも今日初めて会った男の家だ。
よく泊っている先も本当に友達なのかどうか……
ツカサはまず友達の家に電話した。
「あ、僕。……うん、そう」
電話の向こうはクラスメイトかなんかだ。学校の話をしていた。
そして、宿題と交換で泊った事にしてくれという交渉はあっさりと成立した。
「いいよ。じゃあ、そういうことで。うん、月曜にね」
それから、家に電話をかけた。
「あ、僕。うん、田山くんちに泊るから。うん。大丈夫」
どうやら親はあっさりと承諾したようだった。
こんなに甘ければちょっと度を越した遊びもするよな。
どこまでも現代っ子って感じだ。
「ね? 大丈夫だから」
ごく当たり前のようにそんなことを言うから、俺はすっかり保護者の気分で咎めてしまった。
「嬉しいけど、そんなに積極的だとちょっと考えてしまうな」
ツカサの顔色が変わった。
「幹彦さん」
「なに?」
「嫌いにならないで」
泣きそうになるくらい不安な顔を見せた。俺は少し慌てた。
「ん? 嫌いになんて……」
「でも、困った顔、してた」
いつもそうなんだ、とツカサは言った。
「ほんとはね、こんな風に知り合った人と何度か会ったんだ」
自分がいいなと思った人はみんな真面目だから、会ったその日からずっと一緒にいたいと言うツカサの気持ちを受け止めてはくれなかったらしい。
「遊んでるって思われて……えっと……実際、何回かそんな事もあったんだけど……」
ツカサは全部を俺に話そうとした。
けれど、俺も遮った。
「いいよ、別に気にしない。っていうか、困った顔をしたのはそういう事じゃないから……」
高校生がこんなことを繰り返すのはやっぱり良くない。
ましてやツカサみたいな可愛い子。俺じゃなかったら、売り飛ばされてるかもしれないっていうのに。
「ツカサのことが心配なんだ。だから、ね」
それに、どこまで期待されているのかが、わからなかった。抱いて欲しいと言われたらどう答えるべきなのかということについても気持ちが固まってはいなかった。
「泊りにきたいっていうのが、そこまで入ってるとちょっと考えてしまうかなって。それだけ」
気持ちが擦れ違わないよう、ストレートに伝えた。
「俺、余計なこと考え過ぎかな?」
「ううん、そんなことないよ。ホントはしてもいいなって思うけど、でも、会ったばっかりだし。僕もどうしようかなってちょっと思った」
素直な返事に俺はニッコリ笑って頷いた。
誘惑さえされなければなんとかなりそうだ。
そりゃあ、もちろんしたい。ガマンするのは辛いと思うけど。
「じゃあ、行こうか。わりと近くだから」
新宿から地下鉄で数駅。駅から徒歩3分。
部屋に入るとツカサくんはホウッと溜息をついた。
「ほんとに近いね。それにキレイだなぁ」
「そう? 物が少ないからかな」
事務所のキャビネットを物置にさせてもらってなければ、ここだって大変なことになってるだろうけど。
「きちんと片付いてるって感じ」
どういう心境なのか、ツカサは入り口に立ったまま部屋を覗きこんでいるだけ。
別に急いでいるわけじゃなかったが、遠慮しているのかもしれないと思い、そっと肩を抱いて中に入れた。
それでも俺にヨコシマな考えがないことはアピールしておかなければと、にっこり笑ったら、ニッコリ微笑み返された。
俺よりよほど落ち着いてるように見えるのは気のせいだろうか。
「座って。紅茶を入れてくるから。甘いものは平気?」
「大好き!」
「よかった。アシスタントさんにもらったんだけど、俺、クッキーとかあんまり食べないから」
有名な店のものでかなり高いらしいが、俺にはよくわからなかった。
まあ、1、2個なら美味いんだけど。
紅茶と共にテーブルに並べるとツカサはまたニッコリ笑った。
「いただきます」
おいしそうに食べる子だなぁ、とつくづく思った。
そして、頬張る姿もかなりカワイイ。
いいのかな、こんな子と付き合って……と思いながら、紅茶を飲むのも忘れてツカサに見入っていたら、ツカサがまたニコッと微笑んだ。
「なに?」
「うん。……あのね、楽しいなって思って」
本当に楽しそうに見つめ返すものだから。
「そう、よかった。クッキー、もっと持ってこようか?」
俺もまたにっこり笑い返した。
きっと人には見せられないくらいデレデレだろうなという自覚はある。
いきなりこんな甘い生活が降ってくるなんて、思ってもみなかったんだ。
実際、まだ半信半疑だけど。
「幹彦さん」
俺しかいない部屋でいちいち名前を呼ぶのが、またなんとも新鮮だったり……
「隣に座って?」
遠慮がちな疑問形にくすぐられて、斜め向かいに置かれていた一人掛けのソファから、ツカサの隣に移動する。
すると、ツカサは行儀よく座ったまま俺を見上げる。
そして、やっぱり疑問形で「キスして?」と言った。
松浦の言う通り、相当遊んでるのかもしれない。
けれど、スレているような印象は受けない。気持ちを掴むタイミングがいいというのか、生真面目と言われる俺でもすんなり入っていける。
やわらかく閉じた目。少し上げられた顎。
これでキスを頬とか額にしたら怒られるかもしれないな、とか。
俺も自分の気持ちに素直にならないと、とか。
一人で大人ぶっても仕方ないよな、とか。
心の中でいろいろと言い訳をしながら。
頬に手を添えてそっと唇を重ねると紅茶の香りがした。
やわらかい反応が返ってくる。
最初からあんまりやらしいキスは嫌かもしれない。
そんなことを思いながら、唇を離した。



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