Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

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潤んだ瞳が俺を見上げた。
「ね、」
濡れた唇がつぶやく。
「ん?」
「もっと、して」
こういう時に、笹原を思い出す。
俺の最初の彼氏。
ツカサとあまりにも対照的だった。
自分からキスを強請ったことなど一度もなかったっけ……
少し苦い思い出。そんなことを考えていても、ツカサとのキスが全てを消す。
他には何も要らないと本気で思ってしまいそうなほど甘く柔らかい唇。
「……ん、幹彦さ……」
差し入れた舌先を吸いながら、ツカサはときどき少し声を漏らす。
すっぽりと抱き締められていた腕を俺の首に回した。
引き寄せられて、ソファに倒れ込む。
飽きることのない長い長いキス。
ツカサの過去とか、真意とか。
余計な詮索はせずに、この状況を楽しめたらいいのに。
俺は何を心配しているのだろう。
手に入ったかどうかもわからない相手を、失うことばかり考えて躊躇する。
「ん、……っ」
ツカサの愛らしい声が耳に届く。不安も躊躇いも俺の気持ちの表層を上滑りしていく。
深い思考を阻まれることさえ、今は幸せに感じた。
流されてしまえばいい。
自分に言い聞かせてツカサを抱き締めた。
深いキスとじゃれあうようなキスを楽しんだ後もしばらくソファでゴロゴロしていた。
ツカサは時折、俺の顔や髪や手を弄んだ。
そうかと思えば腕を絡めたり、脚を絡めたりする。
首筋に顔を埋めて抱きつかれた時は、さすがにちょっと腰を引いた。
ツカサはくすくす笑って顔を上げた。
何をしていても楽しそうで、一緒にいる俺まで明るい気持ちになる。
「ツカサ、楽しい?」
言ってから、まるで自分が楽しくないみたいだなと思って反省した。
ツカサはぜんぜん気に止めずに、相変わらずの無邪気さで「楽しい」と言って笑いこぼれた。
緩めていた腕に知らぬ間に力がこもる。
ギュッと抱き締めて頬にキスをすると、ツカサは目を閉じたまま、
「今までで一番楽しい」
と囁いた。


二人で夜更かしをして、何度もキスをして、深夜番組を見たり、ネットサーフィンを楽しんだりしているうちにツカサは眠ってしまった。
そっと抱き上げる。
54キロって言ってたっけ……。
女の子ともあまり変わらない。
寝顔のあどけなさが忘れていたことを思い出させる。
止めるなら今のうちだ。
けれど。
もう、どうにもならないくらい、ツカサを手に入れたいと思ってしまっていた。
こんな風にじゃれあいながら、同じ時間を過ごしたいと思った。


その日、俺はソファで眠った。
ツカサが眠るベッドで、何もせずに一緒にいる自信がなかったから。
ツカサが起きる前に目を覚まして、おはようと言う。
ただ、そんな朝を迎えたいと思った。



翌日は日曜日だった。
だが、仕事で出かけなければならなかった。
「ごめんね、ゆっくりできなくて」
「ううん。いいよ。……また会えるよね?」
上目遣いで尋ねる。
俺の気持ちを確かめるように。
「もちろん会えるよ。次の週末は? 映画でも買い物でも」
ツカサの瞳は不安そうだった。
見ていると切なくなるのは何故なんだろう。
「……もっと早く会いたいな……ダメ?」
「平日でも大丈夫なの? 学校は?」
「学校が終わったあと。火曜日と木曜日はバイトだからダメなんだけど」
「ツカサが無理してるんじゃないなら、俺は構わないよ。明日は三時にオフィスに戻ってくるから、5時で終わる。水曜日は2時から仕事で……」
「じゃあ、明日。ね? いい?」
気持ちの全部を注ぎ込んだ笑顔が向けられる。
くすぐったいほどに純粋で、俺は自分の年齢を痛感する。
「いいよ。学校どこなの? 車で迎えにいくよ」
「ホント??」
ツカサは嬉しそうに手帳を破いて地図を描いた。
有名な進学校。
それにしてはあまり勉強をしていないのか、ペンダコもないきれいな指だった。
「じゃあ、5時半くらいでいい?」
待ち合わせ場所は学校の近くのファミレスだった。
「ね、友達に紹介してもいい?」
「いいよ。でも、なんて?」
「『恋人』はダメ?」
おねだりモードのツカサを拒むことなど俺にできるはずはない。
「驚かれちゃうんじゃない?」
「いいの。知ってるから。だから、ね?」
甘え上手なのは、家で可愛がられているからなんだろう。
なのに、あんなに簡単に外泊をするなんて。
親だってどれほど心配していることか……
「いいよ。じゃあ、月曜にね」
けど、俺は紳士の振りをしているだけで、本当はツカサと寝たいと思っている。
親の気持ちなんて考える資格ないよな。
「うん。ありがと。楽しみだなぁ」
「俺も」
駅まで一緒に行った。
別れ際にキスをねだられて俺はちょっと困惑した。
朝9時40分。
日曜だから、それほど人はいない。
周囲を気にしながら、軽く頬にキスをしてツカサを見送った。
何度も振り返って笑顔を見せるツカサの姿がすっかり見えなくなるまで、俺は呆けたように突っ立っていた。



楽しいことがあると、俺はすぐ態度に出るらしい。
オフィスに行ったらすぐ「何かいいことでもあったのか」と聞かれ、「顔がにやけてる」と笑われた。
松浦がみんなにツカサのことを話したのかと思ったが、松浦は事務所に寄らず直接アポ先に行ったらしい。
仕事に出向くと松浦がニヤニヤしながら待っていた。
「余計なことを言うなよ」
「仕事関係の相手に言うつもりはないけどな」
「事務所でもダメだぞ」
「俺が言わなくてもおまえの顔を見てりゃあ分かるって」
そう言われたから、キリリとした顔を心がけていたのに。
先方の担当者にも同じことを言われてしまった。松浦の言う通り、俺は相当緩んでいるんだろう。
「にやけてる?」
「にやけてはいませんけど、なんか嬉しそうです。いいなあ…って感じですよ」
「そっか」
そう言いながらも口元がほころぶ。
「で、どうなんです? 当たり?」
「うん、まあ、当たりかな」
「いいなあ。恋人ですか?」
馴染みの担当者で笹原とのことを知っているから、『彼女ですか?』なんてことは聞いてこない。
けど、あんまり余計な気を遣わせたくなかったから先回りして答えた。
「高校生の男の子なんだ。ヤバイかな?」
「え〜っ? やばいっていうか……でも、『付き合いたい』って言われたんでしょう?」
「……なんで俺が口説いたとは思わないのかな?」
「高校生を口説くようには見えないですもん」
まあ、危ない橋は渡らないタイプだからな。
「高校生の申し込みにOKしたことだって意外なくらいです」
松浦も多分、そう思っている。
「んー……えらく可愛くって、ついね」
デレっとしないでいることで精一杯だった。それでも相当締まりのない顔をしているんだろう。
相手がニコニコしたままって言うのが何よりの証拠。
「そういえば、面食いでしたよね」
「みんなそう言うんだな」
「だって、前の人、知っちゃってますからねえ」
笹原は前に勤めていたデザイン事務所の後輩だった。
当時は顔がいいから付き合っているわけじゃないと思っていた。でも、今にして思えば、笹原があの容姿でなければ男と付き合おうなんて思わなかったかもしれない。
「今の子だって可愛いんでしょう?」
「高校生だからなぁ……そういう意味では笹原より可愛いかも」
まじめにそう思ったんだが、松浦が鼻で笑ってた。
でも、担当さんは真剣だ。
「え〜っ?! それは是非お会いしたいなあ。そんなに可愛いなら、雑誌に載せてもいいですか? 街で見かけた子ってことにしますから」
「それは、ダメ」
すぐ仕事に繋げるんだから。まあ、当然かもしれないけど。
「あはは、やっぱり? そういうとこは相変わらずですねえ」
ツカサが単なる友達だったら、紹介したかもしれないけど。
……いや、それでも、やっぱりダメだな。
なんとなく不安定な感じが俺の保護本能をくすぐる。
だって、高校生の癖にゲイ専用の掲示板なんて使ってるんだぞ?
好奇心旺盛なのはわかるけど、なんにでも興味を示しそうだからちょっと心配だ。
贔屓目ナシに可愛いから、人目にも触れさせたくない。
……なんか、すっかり保護者の気分だな。



月曜日、約束の時間ちょうどに待ち合わせ場所に着いた。
学校帰りの高校生が溢れている店に入ると、ツカサはすぐに俺を見つけて手を振った。
「幹彦さん!!」
眩しいほどキラキラした笑顔で迎えられて、俺はさすがに照れくさかった。
ツカサの友達はポカンとして俺を見上げていた。
男の子二人と女の子一人。
今どきの子はみんな可愛いなぁ…なんて思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。周りのテーブルと比べたらびっくりするくらい可愛い子たちだった。
「この人がツカサの??」
男の子の一人があんぐりと口を開けてツカサに聞いた。
「こんにちは。仁科です」
俺は仕事帰りでおしゃれな格好もしていなかったことをちょっと反省した。
「ね、どう?」
それでもツカサは満面の笑みだった。
「まともだなあ。優しそう」
にっこり笑いながら口を開いたのは女の子だった。
「木村由香です。はじめまして。ツカサの幼なじみです」
「はじめまして」
「あ、か、川野です。ツカサのクラスメートで……」
「ツカサに惚れてます、でしょう?」
由香ちゃんがニッと笑った。
「バカ、そーゆーこと言うなよ」
川野君は真っ赤になっている。
「僕は田山です。ツカサとは中学のときからおんなじクラスです。家も近所なんだ」
田山君はこの間の外泊の時、ツカサが電話していた相手の子だ。
「川野ぉ……これじゃあ、勝てないね」
由香ちゃんが肘でウリウリと川野君をつついた。
「川野が宣戦布告するって言うから、みんなして待ってたんです」
田山君が説明してくれた。
「いいよ。宣戦布告してくれて。受けて立つから」
「きゃあ、ステキ〜」
えへへ、と笑うツカサはちょっと得意げだった。
「じゃあ、ジャマしちゃ悪いので今日は解散」
仕切るのは由香ちゃんだった。
きゃいきゃい言いながら席を立つ。
俺は当然のこととして伝票を持ってレジに行ったら、ツカサが自分の分は払うからと言って聞かなかった。
「とりあえず払っておくよ。どうしても払いたいっていう理由は後で聞くから」
可愛く笑って「ごちそうさまでした」と言うツカサを思い描いていたので、俺は少しびっくりしていた。ツカサが少し拗ねているように見えたのも気になった。

店を出る時、人目につかないようにツカサの頬を指で突ついた。
ご機嫌伺いのつもりだった。
ツカサは驚いたように一瞬、俺の 顔を見上げたが、すぐにニコッと笑った。
本当に嬉しそうに。
それだけなのに由香ちゃんたちは「きゃあっ」と言ってはしゃいでいた。
ツカサはとけてしまいそうな顔でみんなに手を振っていた。



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