Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

- 5 -



由香ちゃんたちと別れて車に乗ってから理由を聞いた。
「だって、援助交際と思われたくないもん」
ツカサが真剣に言うのがおかしくて、つい笑ってしまった。
お茶代くらいでそんなことを言うなんて、高校生だなっていう感じだ。
「いいんだよ。俺は働いてるし、年もずっと上だし、俺が払うって言った時は『ご馳走さまでした』って言って欲しいな」
「でも……」
俺が最初に疑ったのがいけなかったんだ。ツカサはまだ気にしてるんだろう。
「ちょっとはカッコ付けさせてよ。ね?」
そう言って頬にキスをしたら、やっと「ごちそうさまでした」と言って笑顔を見せた。
そうそう。
楽しいデートなんだから。
それに、ツカサは笑っている方が可愛いんだから。
「ツカサ、どこに行きたい?」
まだ5時半だ。これからだってまだまだ十分に楽しめる。
「ディズニーランド」
思いがけない場所を言われて、ちょっと面食らった。
いくら日が長いって言ってもな。
「今から?」
「うん。暗い方がいいもん」
ああ、そうか。
男二人じゃ、昼間は公然とベタベタできないもんな。
「いいよ、じゃあ、ディズニーランドね。なんか、久しぶりだなぁ……」
「何年ぶり?」
思い出すのも大変なくらい前のことだ。
「昔、彼女と来て以来かなぁ……」
なんてことない一言にツカサがびっくりした顔をした。
「幹彦さん、彼女がいたの?」
「うん、昔ね。俺、前回の恋人は男だったけど、あとは全部女の子なんだ」
ツカサの顔が暗くなった。
「女の子の方が、好き?」
笹原と付き合うまでは、男が恋愛対象になるなんて思っていなかった。
けど、それは言わないでおこう。
「どっちも好きだよ」
「そうなんだ……」
考え込んでしまった。バイはダメなのかな。
「ツカサは男だけなの?」
「うん。女の子じゃ、ダメ」
「好きにならないんだ?」
「抱いてくれない人は、好きにならない」
またしてもネコ発言だな。
そんなこと絶対言いそうにない顔で、真剣に答えるんだから参る。
俺が心配そうにしていたのに気づくと、ツカサは慌てて顔を上げた。
ちょっとだけ、無理してることを感じさせた。
「ね、幹彦さん。今日も泊まっていい?」
ツカサの笑顔は、全部が本物じゃない。
こんな風にいろんなことを隠して笑うことだってある。
高校生は、子供じゃないもんな。
「家は大丈夫なの?」
「プチ家出中。お父さんに電話してある」
「友達の家に泊まるからって言うの?」
「ううん。彼氏の家って」
冗談なんだろうか?
でも、真顔だ。
「それじゃ、心配するでしょう?」
「うん。でも、いいよ。幹彦さんみたいなちゃんとした人なら大丈夫」
「フリーのカメラマンじゃ、そうは思ってくれないんじゃないかな?」
カメラマンなんて胡散臭い事この上ない。俺が親なら一発でアウトにするだろう。
「いいの。仕事のことはあんまり気にしないと思うから」
人柄ってことなのかな……。
それもあんまり自信ないけど。
「前の人は、医者だったんだ。けど、『×』だったし」
「医者なのにバツなの? 人道的でまともな職業じゃない?」
「うん。そうなんだけど……」
ツカサが一瞬沈黙した。
「……あのね……それで、もし、誰かにつけられたりしても殴ったりしないでね?」
筋金入りだな。
ツカサも親も。
「それは、ご家族の方が依頼した調査会社の人か何かだったりするのかな?」
「……ごめんなさい」
ただの放任主義じゃないってことだ。
そんなことに金をかけるなんて、よほどのことだろう?
それとも、いいとこのお坊ちゃんか……?
それにしても、身辺調査なんてされたらまともな職業じゃないのがバレバレだな。
「でもね、ツカサ。それこそ俺、ちょっとエッチなグラビアを撮ったりもするんだよ? それでもいい?」
『ちょっと』じゃないのも撮ったりしてるし。
ゲイのパーティーとか。
それこそプレイ中の写真とか。
「いい。ぜんぜん大丈夫」
「医者がダメでエッチなグラビアが大丈夫って言うのが、わかんないなぁ」
「……うん……でも、大丈夫」
まあ、いいか。ツカサがそう言うんだから。
「夕飯はディズニーランドで食べる?」
「うん」
ちょっとワケありなのは、親がツカサの性癖を持て余しているからなのだろう。
それにしても、親に『×』をつけられるなんてよほどの変態ヤローだったんだろうな。
職業が医者となると奥が深そうだ。
俺の知らない世界が広がっていそうだもんな。


ディズニーランドはもとより、こういうデート自体がものすごく久しぶりのことだった。
笹原は二人でいるところを見られるのが嫌いだったから、滅多にデートらしいデートなんてしなかった。
こんなのも、たまにはいい。
俺たちが周りからどう見えるかなんてことは気にしないようにしよう。
……と思っていたら、ツカサは車の中で制服を着替え始めた。
「由香に借りたんだ」
さすがに下はジーンズだったけれど、ジャケットはクリーム色で襟にステッチが付いており、女の子っぽい感じだった。
薄く色つきのグロスを塗ってでき上がり。
「オカマっぽい?」
「いや。ぜんぜん、可愛いよ」
いや、ホントに。びっくりだ。
ちょっと背は高いけど女の子に見える。
夕方なのに顎もすべすべ。俺とは10センチ以上違うから、並んで歩いても変じゃないだろう。
まあ、喋ると男の子ってことはバレバレだが、それは致し方ない。
でもおかげで俺たちは思い切り恋人同士みたいにイチャイチャしながらパークの中を歩き回ることができた。
暗いから、少しくらいのことは人目にはつかないし。
「飲み物、買ってこようか?」
「一緒に行く」
俺はコーヒー。ツカサはアイスクリーム。
「ホントに甘いの、好きなんだなぁ」
さっきもアップルパイを食べていたのに。
俺もアイスは嫌いじゃないけど、さすがに立て続けに甘い物はダメだ。
「ね、写真撮ってもらおうよ?」
仕事用のカメラは車の中にあるが、そんなものを構えていた日には無駄に人目を引いてしまうかもしれない。
「コンデジくらいもってくればよかったな」
「ううん、携帯でいい。それならいつでも見れるし」
ほとんどは俺が撮ったが、何枚かはツカサが撮り、何枚かは近くにいた人に二人で撮ってもらった。
そういうのも何年かぶり。
いろんなことが新鮮だった。
「若い子と付き合うと若返るって言うけど、本当かもな」
「やだな。幹彦さん、まだ若いじゃない」
「もうすぐ30だよ?」
「いいの。十分若い」
ん〜、そうかなぁ……?
俺の気持ちを見透かしたように、ツカサは複雑な笑顔を見せた。
「僕が中学2年のとき、32歳だったんだ」
「え?」
それは、もしかして。
「前に付き合ってた人」
それにしても、中学2年って……14か? で、相手が32?
年齢差18??
っていうか、ツカサの年齢の倍以上だってことだろ。
「入院してた病院の先生だったの」
「カッコよかったんだ?」
「……そうなのかな……そのときはそう思ったけど……でも……」
一瞬見せた苦しげな表情が気にかかる。
もしかすると、まだソイツのことが忘れられないんじゃないだろうか。
「……初恋で、周りなんかぜんぜん見えなかったの。もう、その人以外はどうでもいいって思って、学校へもあんまり行かなくなった。言われればなんでもした。好きだって言って欲しくて……」
過去の話なのに、変に生々しく響く。
そんなに激しい感情をいったいどこに隠しているんだろう。
目の前で俯くのは高校生としても幼い顔立ち。
けれど、今のツカサの生活はそういう過去の上に成り立っているんだろう。
ちゃんと学校に行ってくれるなら、少しくらいの遊びには目を瞑る。
『彼氏』になる相手の素行調査をするような親でも仕方ないと思うほどに。
「でも、それは感心しないな。友達も学校も家族も楽しいことも、全部大事にして、その中で一番っていうのがいいと思うけど」
「……うん……そうだね」
真剣な表情で俺の言葉を噛み締めていた。
いい子なんだ。それに、真面目なんだろう。
もっと余裕を持っていろんなことを見られるようになるには、もうちょっと成長しないとダメなのかもしれない。
ツカサは、どんな大人になるんだろう。
例えば、12年後。今の俺と同じ歳。
その時、俺は41だ。……すっかりオヤジだな。
「ツカサと、ずっと一緒にいられるといいな。大学に行っても社会人になっても、俺くらいの年になっても、ずっと」
ツカサがニッコリ笑った。それから、ほんの少し背伸びをしてキスをねだった。
結構人のいる場所だったけれど、抱き締めて唇を合わせた。
その時、ツカサは少しだけ泣いていた。
涙の理由はわからない。
今の俺には。
でも、いつかそんな気持ちもわかってやれる相手になりたいと思った。


楽しい時間はあっという間に過ぎた。
もともと不規則な生活をしている俺はどうって事はない。
けど、ツカサは大変だろう。
なんせ今日は月曜日なのだ。
なのに、ずっとはしゃぎ続けていた。
パレードの間も花火の間もツカサは人ごみを離れて二人きりでいたいと言って聞かなかった。
人気の少なくなった通りを選んで肩を抱いて歩いた。
何度もキスをした。
「いいのか? パレード終わるよ?」
「うん……いいよ。幹彦さんと一緒にいたい」
キス以外にねだられたものはプーさんのぬいぐるみだけだった。
男の子がぬいぐるみなんてと思われないためになのか、ツカサは先に言い訳をした。
「幹彦さんだと思って一緒に寝るから」
「俺って、クマっぽい?」
「ううん、そうじゃないけど。由香が持ってるの見て可愛いなぁって思ったんだ」
「プーさんって顔がオヤジくさくないか?」
「そうかなぁ……ミッキーより可愛いと思うんだけど」
真剣にそう言うツカサの方がよほど可愛いと思うけど。
「今日はちゃんと俺を抱き締めて寝てよ?」
我ながら、まるっきりオヤジの言動。
でもツカサはにっこり笑って「幹彦さんに抱きしめられて寝たいなぁ」と返した。
ぬいぐるみを真剣に語っても、高校生は子供じゃない。
ツカサといると、時々そんなことを思う。
ディズニーランド。
女の子のジャケット。
でも中身は普通の男子高校生。


閉園の少し前にディズニーランドを出た。
家に帰った時には、真夜中近くになっていた。



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