Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

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仕事の打ち合わせの電話だと思ったのに、カオルの第一声は笑っていた。
『可愛い子なんだって? 僕らには紹介してくれないの?』
松浦が余計なことを喋ったらしく、いつの間にかこんなところにまで知られていた。カオルが知っているということは、他の友人たちにも広まっているんだろう。
『店に連れてきてよ。日曜はパーティーだけど、土曜はその準備する以外やることないから』
カオルは大学を出た後ずっと就職もせずに兄貴の所有するバーでマスターをしていた。
人目を引く美人だが、見る人が見れば一目でゲイとわかるらしい。
「わかったよ。けど、余計なこと、言うなよ」
『言わないって。信用してよ』
カオルは松浦と違うから、高校生のツカサにシモネタで話をしたりはしないだろう。
ツカサにとってもいいお兄さん程度で済むはずだ。
もっとも、カオルがネコでなければ、絶対、ツカサに会わせたりはしないけど。


「わあ、お洒落」
ツカサが見惚れる店内はそこそこ広く、一見すると小洒落たバーだ。
平日の昼間は、メニューも喫茶店と変わらない。
けれど、深夜は明らかにゲイが増える。
しかも土日は貸し切りのみでカオルやその友人が主催するゲイのパーティーが開かれるちょっと変わった店だった。
「ね、幹彦さん。あの部屋は?」
店の奥にある隠し扉が半開きになっていた。
「子供は近寄っちゃいけない部屋」
奥に簡易ベッド付きの個室が数部屋、それに加えて怪しい器具の置かれたプレイルームまである。
ツカサは興味津々らしく、目が輝いていた。
「あとで行ってみようっと」
ぺロリと舌を出すツカサをカオルはにこにこしながら見ていた。
カオルと一緒に待ち構えていた竹浪は不思議そうに俺とツカサを見比べている。
竹浪も大学時代からの友人でガタイもよく、ちょっと強面の男だ。
普通の会社員だが、初対面だと普通は怯む。
そんな胡散臭い二人にも、ツカサはにこやかに礼儀正しく挨拶をした。
「はじめまして。桐原司と申します」
コーヒーを入れていたカオルがいきなり笑い出した。
「やだな、幹ったら」
「何が?」
「松浦が言ってた通りだ」
竹浪も苦笑いだ。
「だから、何が?」
二人が顔を見合わせた。だが、どちらも俺の問いには答えない。
「ツカサくん、高校生なんだって?」
話しかけられたツカサはにっこり笑い返した。ちょっとカオルに見惚れているように思えるのは、俺の気のせいだろうか?
「高校2年生です」
「そうなんだ。そうだよね」
カオルが含みのある言葉とともに俺を見た。
「なんだよ?」
「本当に可愛いんだね、ってこと。顔も可愛いけど、ハキハキした礼儀正しい子なんて、まさしく幹好みだもんね」
ツカサが嬉しそうにカオルを見上げている。
人見知りはしない子だから、カオルも一目で気に入ったらしい。
4人分のコーヒーを入れ終わると、カオルはツカサの隣りに腰掛けた。
「幹は、ツカサくんになんて言ったの? 付き合いたいって?」
ツカサは首を振った。
「すぐには付き合えないって言われました」
確かにそう言った。
そして、この間したことを思い出した。
だったら口でするものダメだよな。
俺って最低。
でも、ツカサは嬉しそうに付け足した。
「友達も家族も大事にして、ちゃんと勉強もしないとダメだって。だから僕、ちゃんと勉強して大学に行くことにしました」
多分、カオルがなんでこんな質問をするのか分かっているんだろう。
カオルを心配させないように答えているのがなんとなく伝わってきた。
「そう。高校生だもんね。勉強はしっかりしないと」
ツカサがちゃんと考えた上で俺と付き合っていることを確認するとカオルも安心したように微笑んだ。
「仁科に限ってそんな心配は不要だろ?」
竹浪はぜんぜん心配していない顔で笑っていた。
「そうは思うけどね。こんなに可愛い子だもの。魔が差して騙しても欲しくなっちゃうことだってあるかもしれないかなぁって」
カオルは冗談半分でそんなことを言った。
ツカサは真面目に聞いていたけれど、カオルに微笑まれてポツリと呟いた。
「幹彦さんがそんなふうに思ってくれるなら……僕、騙されちゃってもいいなぁ……」
そんなツカサを見てカオルが「あらら」と微笑んだ。
竹浪は苦笑していた。
視線を移した時、ツカサはコーヒーに山のように砂糖を入れていた。
俺はもう見慣れていたが、初めて見た時はかなり驚いた。同じようにカオルが目を丸くしていた。
「ツカサくん、ぼうっとしてる? それとも、いつもそんなにお砂糖入れるのかな?」
カオルは昔からいろんなことを心配するヤツだった。
こんな時にしみじみと思う。
カオルの心配をよそに、ツカサは当たり前のように答えた。
「いつもはもっと入れます」
言ってから、ようやくシュガーポットに蓋をした。
そうだな。それ以上は溶けないだろうと思われる量を入れるんだ。
どう考えてもコーヒーフレーバーの砂糖溶液。
「甘いの、好きなんだ?」
「大好き」
カオルは笑いながら席を立ってケーキを持ってきた。
俺はツカサの入れた砂糖を思い出しただけでケーキなど見たくもなかったが、カオルは一緒になっておいしそうに食べていた。
俺以上に甘いものが苦手な竹浪は、二人から目を逸らしていた。
「ツカサくんとは気が合いそうだね」
カオルが微笑むと、ツカサもニッコリ笑って頷いた。
まるっきり子供の顔で。
「ホント、可愛いよね。それにいい子だし。幹も幸せそうでよかった」
笹原と別れてから浮いた噂の一つさえなかった俺をカオルは密かに心配していたんだろう。
「まあ、これからだとは思うけどね」
何故か溜息をついてしまう俺を「幹なら大丈夫だから…」とカオルが励ましてくれた。


店を出ると、ツカサは嬉しそうに話し続けた。
「カオルさん、美人」
まあ、そうだな。
……そうなんだけど。
なんとなく、話を逸らせた。
カオルに嫉妬してどうするんだ、俺。
「竹浪、怖くない?」
「ううん。僕、大きい人、好き〜。抱かれ心地よさそうだもん」
さっきから聞き捨てならないセリフをサラッと言うんだから。
「好きな人の友達に紹介してもらうのなんて初めて。嬉しいな」
笑顔が愛くるしくて、柔らかい頬に触れるとくすぐったそうに目を細めた。
「ね、僕、合格?」
「何に?」
「幹彦さんの恋人になれる?」
本当のところ、恋人でもない相手をカオルたちに紹介したことなんてなかった。
けれど、今すぐっていうわけには、やっぱり、行かない。
「大学生になったらな」
「わ〜い」
俺の返事は決して手放しで喜べるものじゃなかったと思うのに、ツカサは笑顔を絶やさない。
「ケーキ、あとで一緒に食べようね?」
「俺は一口だけでいいからね??」
「じゃあ、あとは僕が全部食べていいのかなぁ? えへへ」
お土産のケーキにご満悦のツカサと一緒に部屋に戻った。


夕飯の後、今日5つ目のケーキを食べるツカサを呆れながら見つめていた。
「幹彦さんも、一口ね?」
クリームのないスポンジ部分を選んで俺の口に運ぶ。
「あーん」
俺に向かって楽しそうにフォークを差し出した。ツカサの方がよほど大きな口を開けて。
誰かに何かを食べさせてもらうなんて、物心ついて以来初めての事だ。
普通なら照れくさくってそんなことできないんだけど。
まあ、いいか。
ここには俺とツカサしかいないんだから。
「おいしい?」
「うん。ツカサが食べさせてくれるからかな」
浮かれている俺を静かに見つめながら、ツカサも最後の一口を食べ終えた。
その後、少しだけ俯いて微かな笑みを見せた。
泣きそうな顔にも見える曖昧な表情だった。
「……僕、一番最初に幹彦さんを好きになればよかったな」
カチャンという金属音が部屋に響いた。
ツカサは皿の真ん中に横たわるフォークに視線を落としていた。
「でも、そしたら僕がまだ中学2年だもんね。幹彦さんの恋人にはなれなかったよね」
深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。溜息を深呼吸に摩り替えているみたいに。
ツカサの悩みって、何なのだろう?
とても深刻そうに見えた。
やっぱり前の男が忘れられないんだろうか。
「ツカサは、今のままじゃ不満?」
「ううん。そうじゃないけど、」
言葉と表情が噛み合っていない。
「俺、何が足りない?」
何か言いたそうに動いた唇は、言葉を発せずにキュッと結ばれた。
閉じられた瞳でまつげが揺れていた。
「幹彦さんのせいじゃ……」
そっとキスをすると唇が震えているのがわかった。
「……ツカサ、俺には話せないこと?」
言った瞬間にツカサの大きな目から涙がこぼれた。
「大丈夫。たいしたことじゃないんだ」
「ホントに?」
なら、なんで泣くんだ。
「うん。今のキスだけで、十分」
無理をして笑おうとするけれど、涙が止まらない。
「ツカサ、もっと甘えてくれてもいいんだよ? 俺、年上なんだし」
俺に言えないのはそんなことが理由じゃないんだろう。
分かっていても、俺は気の利いた言葉の一つも言ってやることができなかった。
「いいの。もう、十分甘えてるから。それにね、」
「なに?」
「……僕、きっと幹彦さんが思ってるほど、可愛くない」
俺は呆然とした。
どういう意味なんだろう。
俺がツカサを子供扱いしているからそんなことを言うんだろうか?
「でも、ツカサ……俺、心配だよ」
抱き締めようとしたら、ツカサが身体を引いた。
「ごめんね。ちょっと拗ねてみたかっただけなの。ホントになんでもないんだ」
いつものようにニッコリ笑ったけれど、そんなに器用に嘘はつけない。
「ごめんね」
もう一度、謝るツカサの嘘がなんなのか俺にはわからなかった。
そんなツカサを持て余したわけじゃない。
でも、その泣き顔がいつもと違って見えて、俺は不意に我に返った。


ツカサが眠ってから、こっそり溜息をついた。
一回り上だからと言って余裕綽々で恋愛ができるわけじゃない。
俺、何を考えていたんだろう。
そんなことだから、ツカサの相談相手にもなってやれないんだ。
その程度ならまだマシだけれど、俺はもしかしたらツカサに信用されていないのかもしれない。
そんな風に思いたくはないけれど。
「おやすみ」
泣きつかれて眠ったと思っていたのに、おでこにキスをすると背を向けた。
確かに最初に求めたのは「可愛い恋人」だったけれど……
ツカサの素直さ、屈託のない無邪気な笑顔だけに惹かれているとでも思ったんだろうか……?
俺はそんな風に見えるんだろうか。
ツカサを傷つけるほどに?
あんなところで知り合ったんじゃなければ、もっと信用してもらえたんだろうか。



そのわずか数日後だった。


打ち合わせのためにカオルの店に来ていた。
毎月恒例のパーティーに今回も写真担当として呼ばれたからだ。
HPにアップするための写真や、客に渡す記念写真を撮るのが俺の仕事だ。
いい写真が撮れたら、本人の了承を貰って雑誌社に渡したりもする。もちろん、モデル料を払って。
「今回はコスプレ。リクエストが多かったんだよ」
パーティーは店のコマーシャルも兼ねているため、毎回いろんなイベントに仕立て上げられる。
客はそこそこの地位があるヤツか、容姿に自信のあるヤツが多い。
そういう意味ではハイレベルだ。職業がモデルなんて子もいる。
「何着るんだ?」
「さあ? お客さん任せだから。でも、プレイがメインじゃないからそんなに際どい服は着ないと思うけど」
「カオルは?」
「僕はホストだから、細々と用事も足さなきゃならないし。それなりにいつでも外に出られる格好をするけどね。幹もしてくれる?」
「カメラマンの格好なら」
普段は黒のパンツにノースリーブとか、まあ、普段よりはちょっと色っぽい格好で行く。
場の雰囲気を壊さないために。
「いいね、戦地にいるカメラマンとか、どう? アーミーな服を少し破いちゃったりして。ちょっと、そそられそうだよね?」
「そうかぁ??」
その辺の感覚だけは、いつまで経っても俺の身にはつかないらしい。
何回こういったパーティーに呼ばれても、毎回必ず面食らう。
「じゃあ、そういうことで。よろしく」
いつも通りの適当な打ち合わせが終わって帰ろうとすると、カオルが俺を引き止めた。
「幹、ちょっと、いいかな」
カオルの表情を見て、あんまりいい話じゃないってことはすぐにわかった。
「……ああ。次は夕方だから大丈夫だけど」
「幹、あのさ、」
言いよどむカオルも珍しい。よほど言い難いことなんだろうと思うとさすがに身構える。
「何かあったのか?」
「あ、うん、あのさ……ツカサくんって、他に恋人がいる?」
カオルの唐突な質問に一瞬言われていることが分からなかった。
「……さあ? 聞いたことないけど……それが?」
「ちょっと、嫌なところ見ちゃって……。話した方がいいのかわからないんだけど」
だからってそんな中途ハンパなところで止められても。
「話してくれよ」
「うん。幹は大人だからキレたりしないもんね」
そんなことは全然ないんだけど。
笑って済ませるような事じゃないんだと思うと、身体が強張った。
「幹……?」
「いや、何でもない。それで?」
先を急ぐ自分に言いようのない焦りを感じる。
「たまにうちのクラブに来る男がいるんだけどさ。その人、この間、ツカサくんとホテルのロビーにいたんだよ。パッと見でわかるくらい、いい感じで」
血の気が引いていった。
カオルが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、いい感じって言うのは、男がツカサくんを見る目がね。ツカサくんは迷惑そうだったんだけど」
カオルがどんなに言葉を選んで話しても、言われていることは同じだ。
「ホテルって、普通の?」
「うん。西新宿のお高いホテルだよ。都内の病院で働いてる医者だから、泊まる必要なんてないはずなのに。キイ持って、ツカサくんに渡してた。『先に行ってろ』なんて言っちゃって」
医者……。
親にバツをつけられたと言ってたヤツだろうか……。
「幹、あのさ……」
カオルが少し後悔しているのが分かった。
俺は精一杯、平常心を装って話をした。
「……知ってるよ。ツカサの元彼ってやつが、医者だったらしい」
ツカサも、気にしてた。
そいつのこと。
「まだ、続いてるんじゃない? 言いたくないけど、泊まったみたいだよ。フロントの子が教えてくれた」
それを聞いた時、いろんなことが一気に頭を駆け抜けた。ツカサが遊び慣れていそうだった事、昔のことをまだ引き摺っていた事……そして、不意に見せる涙の理由。
「……幹? やっぱり言わない方がよかった?」
「いや。いいよ。ツカサに直接聞いてみる」
「うん。陰で詮索するの、よくないものね」
そうだよな。
とにかく、落ち着こう。
まだ、わからないんだ。
ちゃんとツカサに聞いてみなければ……
自分に言い聞かせる言葉が空ろに響いた。



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