Sweetish Days
〜ほのかに甘い日々〜

- 8 -



そう思ったものの、結局、聞けずにいた。
その翌日、ツカサに会った時も。
会えない日にツカサからかかってきた電話でも。
ツカサがあまりにも屈託なく話すから、カオルの言ったことが嘘なのではないかとも思った。
でも、カオルがそんな嘘を言うはずはない。
「勘違いってこともあるよな……」
希望的な臆測ばかりを巡らして、自分を納得させようとしていた。
でも、嫌な予感は消えなかった。


三週間経って、やっと事実を確かめる決心をした。
それも、松浦が同じホテルでツカサと男を見かけたと言ったからだった。
「チビから本当のこと聞いてもキレるなよ。あれ、絶対関係アリだぜ」
松浦は相変わらずの遠慮なさで告げてくれた。
「それもかなりな仲だ。おまえよりはずっとイッてる」
「どういう意味だよ」
「どこが感じるか、お互い熟知してる仲ってことだ」
考えたくない事実。
けど、この先を望むなら、避けて通ることはできない。
「まあ、あんまりショックは受けないようにな。あんだけのカオと小悪魔ぶり、しかも掲示板で相手を探すようなガキだ。他に男がいない方が不思議だろ」
その上にこう付け足した。
「言っておくが、あんな掲示板使うヤツのほとんどはマトモな恋人なんて欲しがってないぜ?」
分かっていたつもりだった。
そんなこと。
「おまえはロマンチストだからな」
松浦の言葉を聞いて初めてツカサがあんなことを言った理由がわかった。
―――――僕、幹彦さんが思ってるほど、可愛くない
俺は自分の理想をツカサに押しつけていたんだろうか。



その日もツカサは相変わらず無邪気に笑っていた。
そして、俺が笑わないことを気にしていた。
「幹彦さん、最近元気ないよね? 何かあったの?」
俺の顔を覗き込みながら尋ねる。
心配そうな顔。けれど、それも演技かもしれない。
「ツカサ、」
「なに?」
「俺のこと、好きか?」
「好きだよ。幹彦さんが一番好き」
何気ない言葉にも突っかかる自分がいる。
「ってことは、他にも好きなヤツがいるんだな……」
「え、違うよ……。家族とか友達とか、そういうの全部入れて、ってことで……」
言い淀んだわけじゃない。
そんなことを言う俺に少し驚いただけだ。
けれど、俺には言い訳に聞こえた。
目が行く先は、ツカサの開いた襟元から覗く赤い痕。
「幹彦さん……?」
「……西新宿でおまえを見かけたって言われたんだ。30半ばの男と一緒だったって」
ツカサの顔から血の気が引いていく。
「昨日も、会ってただろ?」
ツカサは一生懸命何かを考えていたが、結局、口を閉ざした。
「キスマーク、ついてるよ」
自分で吐いたその言葉が俺の心臓を射抜く。
残酷な事実。
キレるなと言われた。
ショックを受けるなと。
けれど、こんな時に自分の感情をすっかり抑えられるほど俺は大人じゃなかった。
襟元を隠すように俯くツカサの頬に涙が伝っていた。
だからどうだとか、もう別れたいとか、そういうことは何も言わなかった。
卑怯な自分。
これはツカサの罪なんだと突き放したんだ。
どうでもいい相手なら、これほど腹が立ったりしなかっただろう。
裏切られたと思った。
だから。
「……家まで送るよ」
それを言うのが精一杯だった。
自分の口から発した言葉じゃないみたいに無感情に響いた。
ツカサは黙って唇を噛み締めていた。
涙を拭きながら靴を履くと、俺が車のキーを捜している間にそっと部屋を出ていった。
俺はゆるゆると緩慢な動きで後を追った。
階下に降りた時には、もう、ツカサの姿はなかった。



ツカサがいなくなってから、俺の生活は前よりも一層味気ないものになった。
「味気ないっていうより、真っ暗だろ?」
松浦はまともに笑いながら呆れ果てた。
「いいじゃないか。好きならなんでも。そんなに落ち込むってことは本当は一緒に居たいんだろ?」
そうなんだろうと思う。
けれど、前と同じように笑い合うことはできそうになかった。
「絶対、オヤジより、おまえの方がいいって。奪い取るのは簡単だと思うぞ。まあ、カネが目当てなら話は別だが」
そうなんだろうか。
援助交際だと思われることをあんなに嫌がっていたのに。
「おまえがカッコつけて大人のフリなんかしてるからじゃないのか? ヤリたくて仕方ないってこともあり得るぞ?」
「カッコなんて……」
つけてないつもりで、本当はつけていたのかもしれない。
ツカサは、俺に抱いて欲しいと言った。恋人になりたいと言った。
けど、俺は「大学生になったらな」なんて適当な言葉で逃げたんだ。
ツカサにいい人だと思われたくて。
「初めての男って、忘れられないもんかな……」
そいつ以外はどうでもいいと思った相手。学校より、家族より、友達よりも大事だった相手。
「そういうこともあるかもな。じゃあ、おまえはソイツを忘れるための当て馬だったってわけか」
「かもな……俺にはわかんないよ」
そんな子じゃないと思った。
今でも心のどこかでそう思っているのに。
「いい年して、ガキに振り回されて。青臭いこと言ってるからだぜ?」
「……そうかな……」
松浦になんて言われても。
俺は、たった一人に傾ける気持ちを大事にしたいと思ってた。


俺、まだ、ツカサが好きなんだな―――――



周囲が案じるほど、俺はくすぶっていた。
中学生じゃあるまいしと松浦には散々笑われたが、俺はどんよりしていた。
自分の事じゃなければ、俺だってそう思っただろう。
「途中で電車に飛び込んだりするなよ?」
「俺もそこまでバカじゃないけどな」
3日間の静岡出張。
オフィスを出る直前まで松浦にからかわれた。
車を出した直後、ビルの陰にツカサらしき人影が見えたような気がして思わず振り返った。
けれど、水曜日の朝9時半。もうとっくに学校は始まっている時間だった。
脳がやられたかもしれないとぼんやり思いながら静岡に発った。



笹原と別れた日を思い出す。
偶然、街で見かけた笹原は楽しそうに笑っていた。
俺とは外出するのを嫌がる笹原が、隣りにいた男に時折り肩を抱かれながら笑顔で歩いていた。
たったそれだけのことが許せなかった。
『信じてくれないなら、別にいいよ』
笹原の最後の言葉。
それ以来、会うこともなかった。
頭から疑う事で、本当の気持ちを聞くチャンスを失くしてしまった。
引き止めもしなかった自分を何度後悔したか。
あの時よりは大人になったつもりでいたのに。
また、同じことを繰り返すなんて思わなかった。



静岡での仕事は予想外に慌しいものとなった。
3日間かけてゆっくり撮影と聞いていたのに、寝る時間さえ十分に取れないようなハードスケジュールになり、俺の不機嫌も相当なものだった。
仕事だからなんとか顔には出さなかったが、いつものように相手を気遣って話しかけたりすることもなかった。
売り出し中のグラビアアイドルの体験旅行記と称して、湯に浸かっているところを撮る仕事だったが、旅館のコマーシャル込みなのであっちこっちに連れていかれた上に、ついでだからと事務所のHP用の写真まで撮らされるハメになった。
「すみません、勝手なお願いばかり」
本人は高飛車でもなく我ままな子でもなかったけれど、事務所がうるさくて閉口した。
「あんまり胸は強調しないでください。あと、汗をかくとメイクが……」
だったら、入浴シーンなんか撮らせなきゃいいのに。
そんなことを言っているから、取って付けたような岩風呂の写真なんかができ上がるんだ。
風呂に入っているのに、ぜんぜん気持ちよさそうじゃない。
そんな写真じゃ今度はスポンサーからクレームが来る。
戻ってから修正を入れないと。
後から弄るのは好きじゃないのに。
そんな有様で本当にいろんなことに気を回さなければならなかった。
おかげでツカサのことは考えずに済んだのだけれど。


静岡での仕事が終わってスタッフと別れた時、既に22時を回っていた。
とりあえず帰路に着いたが、眠くて仕方なかったのでサービスエリアでコーヒーを飲んだ。
仕事が無事終わった安堵感とともにツカサのことが頭を占領し始める。
あの日、ツカサは何も言わなかった。
言い訳も俺に対する不満も。
ただ、泣きながら出ていった。
なぜ、すぐに追わなかったのだろう。
ただの嫉妬心だったのに。
松浦の言う通り、一緒にいたいなら奪えばよかったんだ。
ツカサが泣いていた事を考えれば、可能性がなかったわけじゃない。
なのに、そんなことさえ思いつかないほど苛立っていた。
自分だけを好きだと思っていたから、許せなかった。
ツカサを恋人にすると言わなかったのは、俺の方なのに。
なんの約束もしてやらなかったくせに。

怒涛のように後悔が押し寄せた。
それでも電話することができなかった。
もう、今さらだという気がして。
勇気がなくて。

車の中でぐずぐずしていた。どうしても決心がつかないまま、電話した先は松浦のところだった。
『バッカじゃないのか??』
松浦の返事はいつも通りの笑い声。
『電話してやれよ。おまえがかけてくるの待ってるぜ、きっと』
そう言って一方的に電話は切れた。
松浦はいつでも楽天的で単刀直入だ。
羨ましいと思った。
待ってるなんて言葉を信用したわけじゃない。
けれど、そう思わなければ勇気が出なかった。
携帯の電話帳からツカサの番号を探す。
『桐原司』
2回のコール音の後、電話は繋がった。
「……ツカサ……?」
『……うん』
「仁科です」
我ながらよそよそしい挨拶。
電話をかけるのに、こんなに緊張したことはない。
ツカサは何も答えない。
「ごめん」
『……何……が……?』
「わけ分かんないことで怒って」
もっと他の意思表示がいくらでもあったのに。
『わからなくないよ。怒られて当然。僕が悪いんだから……』
「すぐに追いかけなくてごめん」
『……いいよ、もう……』
抑揚のない返事からは何も伝わってはこなかった。
もう、終わりってことなんだろうか。
言葉に出して確かめる勇気がなかった。
「ごめん、俺、自分で友達からなんて言ったくせに、ツカサがもう自分の物になった気でいたんだ。だから……」
他の男と一緒にいたのが悔しくて……妬いてただけなんだ。
あんな言い方をするつもりじゃなかった。
「ほんとに、ごめん……」
電話越しにツカサの泣き声が聞こえた。
「もう、駄目なのかな? 今からじゃ、間に合わない?」
ようやく口にしたのに、ツカサは何も答えてくれなかった。
泣き声しか聞こえない電話に向かって、俺は一人でしゃべり続けた。
「好きなんだ。誰にも渡したくない。ずっと一緒にいたい」
ツカサが何か言おうとしているのがわかった。
でも、押し殺した泣き声ばかりで言葉にはならなかった。
「ツカサ、会って話せないか?」
泣き声が小さくなった時を見計らって尋ねた。
だが、ツカサの返事はNOだった。
『……もう、会えな……い……』
「俺が嫌いになった?」
『……ううん……』
「じゃあ、あいつのことが……」
『違う……よ……けど、もう、会えない……』
電話は切れた。
かけ直したがツカサは出なかった。
それでも、何度もかけ直した。
嫌いになったわけじゃないと言ったツカサの言葉だけを頼りに。
例え取らなくても、これが俺からの電話だってことは分かっているはず。
20回くらいかけた後、諦めてメールをした。
『会って話したい。気が向いたら連絡して。待ってるから』
それだけ。
でも、返事は来なかった。


――――結局、振られたんだな……

駐車場に車を止めたままシートに沈み込んだ。
起き上がる気力もなかった。



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