OFF-LIMITS
-prologue:2-



「……お付き合いされてる方がいらっしゃったはずですが」
聡明で美麗。
けれど、男の恋人。
最初は北川が面白がって久世に伝えた話だったが、いつの間にか内輪で知らない者はいなくなった。
「ああ、アレな」
スーツに包んだ細身の身体、一流企業のエリートらしい顔立ち。
けれど、顔などハッキリとは認識できない位置からでも人目を引いてしまうのは、その類まれな容姿のせいというよりは、隣を並んで歩く男との違和感なのかもしれなかった。
どこでどう知り合ったのかは北川から聞いていた。
けれど、彼の恋人としてはあまりにも不自然だったことから、どこかの組織が送り込んだのだと噂されて社費を使って調査までされた。
だが、勤務先、経歴、家族、交友関係、全てを調べても何一つ不審な点はなかった。
まともな家庭で家族に愛されて育った普通の青年。
疑う余地などなかった。
「社長はお会いしたことが?」
何故、中野を選んだのだろうと誰もが思った。
たとえ男同士という難しい条件があったとしても相手に困るタイプではないだろうに。
「前にホテルでバッタリな。こっちが接待で使うようなバカ高い店で、二人で見詰め合ってメシ食ってたから冷やかしに行った」
口の端でニヤリと笑う男を見ながら肩をすくめた。
「……悪趣味ですね。嫌な顔はされませんでしたか?」
普通ならあえて通り過ぎる場所でも興味があれば堂々と見物に行く。昔からそういう性格だったが、大人になってまでそれを披露しなくてもよさそうなものなのにといくぶん苦い気持ちで思うのは、少なからずこの男を他人ではないと思っているせいなのだろう。
「ああ、それを期待していたんだがな。さすがは中野と付き合うだけのことはある。俺の連れだった某アジア企業のご来賓にまで流暢な英語で挨拶しやがった」
来賓などと言えば聞こえはいいが、彼らとて表舞台には上がることのない男。おそらくは見るからに怪しげな風体だったのだろう。
「そうですか。帰国子女で幼い頃は海外育ちですから、英語くらいは普通に話せるのでしょう」
真っ当な会社員なら一生言葉を交わすことなどないかもしれない種類の人間。
それを分かっていながら、笑顔で差し出された手を握り返すその光景が目に浮かんだ。
「帰国子女だかなんだか知らないが、あの面構えの連中に極上の笑顔で冗談交じりの世間話。半端な肝の据わり方じゃねえって」
言われてみれば社会に出てほんの数年とは思えない落ち着きがあった。
だが、そうでなければ中野の恋人など務まらない。
涼しい顔をして受け答えをしても、そうなるまでには覚悟も努力も必要だったはずだ。
「ご心配なさらなくても彼は上場企業の役員のご子息ですから、物騒な流れに巻き込まれることはないでしょう」
あくまでも全てを裏で済ませようとする連中のすることなら、表沙汰になる可能性の高いものには手を出さないはず。
「まあ、奴らもそこまで馬鹿じゃないだろうけどな」
この件だけについて言うなら、中野があの青年を選んだことは正解なのだろう。
もちろん10年も前から付き合っているという相手に対して、そこまでの計算が働いているとは思えないが。
「そういう社長こそ、どこかに隠し子などいらっしゃらないでしょうね。少しでも思い当たることがあるのでしたら、今のうちに正直に申告しておいてください」
それこそそんなヘマをするような性格ではないのだけれど。
あの男の血を引いているなら、可能性がないわけではない。


妻がありながら、他の女の元に何年も通いつめた男。
最後まで父と呼ぶこともないまま、この世から消えていった。
その死を告げに現れたのはこの男。
まだ中学生だったはずなのに、今思い返しても「少年」という印象はまるでなかった。
『おまえの兄だ』
初めて会った日、久世はそう名乗った。
まだ幼稚園に通っていた自分には到底理解などできない事態だった。


「俺にガキ? いるわけないだろ。……ああ、強いて言えば可愛げのない弟が一人いるが、アイツは心臓を刺されても絶対に死なねえからな」
煙を吐き出しながら、悪戯っぽい目がこちらを窺った。
片親だけしか血の繋がっていない兄弟。
似ていると言われたこともない。
「その言葉、社長にそのままお返し致します」
だからこそ、彼の下で働くことを選んだのだけれど。
「なら、お互いに弱みはないってことだな」
悪戯な笑みを向けられて、テーブルに広げたままの相関図に視線を落とした。
その先に赤い四角で囲まれたアルファベット。
「……次はD社ですね」
「ああ、そうだ」
こんな時に妙に気持ちが弾むのは、やはり血のせいなのかもしれないと思いながら、気付かれないように薄く笑った。




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