Tomorrow is Another Day
- 10 -




ひっそりとしたマンションを見上げて、中野の部屋を探す。
あのへんだろうと思った窓には電気がついていた。
「用事があるんだから大丈夫だよな」
それでもどこかで怒られるんじゃないかって心配しながら、中野のマンションのエントランスをくぐった。
事前にオーナーがアイツに電話を入れてたけど、インターホンを押すときはやっぱりちょっとドキドキした。
ピンポーンという小さな音の後、ブチッと繋がって。
「あ、あのさ」
俺が名乗る間もなく無言でオートロックが解除された。
部屋の前まで行くと待ち構えていたようにドアが開いて、中野がいつもの不機嫌な顔で立っていた。
「これ。預かった」
他に話すこともなくて、書類封筒だけ手渡して帰ろうとしたら、
「いくら貰った?」
いきなり聞かれた。
「わかんないけど、いっぱい」
そう言えば数えてなかったなと思いながら金の入った封筒を差し出した。
紹介料みたいのを取るのかもしれないと思ったんだけど、中野は封筒の厚さだけ確認するとすぐに俺に突っ返した。
「で、どうだった?」
その質問に何て答えていいのかわからなくて、返事に詰まっていたら質問が変わった。
「丁寧に扱ってもらったか?」
それには迷わず頷いた。疲れたけどケガをするようなことはなかったし、他の客に比べたら乱暴でもなかったし。
「何人の相手をさせられた?」
普段はあんまりしゃべらないから、こうやっていろいろ聞かれることが不思議だったけど。
もちろん正直に答えた。
「ひとり」
そしたら中野の眉毛が歪んだ。
「北川か」
よく考えたら、エロオヤジにちゃんと名前を聞かなかった。
でも、デスクに置かれていた郵便物の宛名を思い出しながら頷いた。
チッという舌打ちが聞こえた後、中野はグイッと俺の腕を掴んで部屋に引き摺り込んだ。
「なに??」
俺の質問なんてまるっきり無視。
そのままベッドまで引っ張っていって俺を押し倒した。
「あ、あのさ、俺、今日は……もう……」
しどろもどろに拒否を示した。
けど、そんな言い訳が許されるはずはない。
「口答えはするな」
口答えってほどのことでもないと思うんだけど。
「……うん」
とりあえず返事をしておいた。
身体は思ったより大丈夫そうだったし、まあ、なんとかなると思って。
その後は相変わらず無口で何もしゃべらない。
パパッと服を脱がされて、適当な愛撫の後、いきなり挿れられた。
でも。
「う、んんっ」
北川の時とはぜんぜん違う。
コイツは最初から最後まで乱暴で、遠慮とかそういうのはぜんぜんない。
なのに。
「……ぅ、ん、あ……」
触れられた場所だけじゃなくて、体の奥から沸き上がる変な感覚。
疲れすぎていて、痛み以外は感じないと思ってたのに。
「あっ、ああっ、」
揺すられるたびに突かれた刺激に身体が跳ねる。
コイツが突然こんなふうに俺を抱く理由なんてわからないけど。
「う、んんっ、あ、……出して、中に、」
ただ、どうしても欲しいと思った。
切れ切れの言葉なんてすっかり聞き流しているって思ってたのに、ズルリと全部を引き抜いてゴムを外した。
それから、また深く差し入れた。
少し苦しくて、なのに頭の中が真っ白になって。
「あ、うっ、ふ……っく、んんっ、」
時間とか、今日のこととか、明日のこととか。
全部どうでもよくなってしまう。
「……ね、もっと……んっ」
意識が飛びかけると頬を叩かれ、現実に戻されて。
本当に真っ白になるまで抱かれた。
「う、あ、あっっっ……!」
我慢できずに達く瞬間、中野も俺の中に放った。
繋がっていたものが引き抜かれて、ダラリと溢れてくる感覚。
それでさえ、気持ちいいとしか思わなかった。


目が覚めた時、外は快晴で。
中野はもういなかった。
シャワーを借りて、脱ぎ散らかされていた服をもう一度着た。
寝る時は机に置きっぱなしだった財布も時計もなにもない。
「ってことは、仕事に行ったんだよな」
当分は帰って来ないだろうと思ったら、なんだか気が抜けた。
本当はすぐに出ていくべきなんだろうけど。
「ちょっと部屋の中、歩いてみようかな」
マンションは一人暮しとは思えない広さで、カウンターのキッチンとダイニング、リビング、それと部屋が4つ。
キッチンもテーブルもぜんぜん使ってる様子はないのに、だからと言ってほこりが被ってるなんてこともない。
「誰が掃除してるんだろう」
4つの部屋のうち、入ったことがあるのはベッドルームだけ。窓はあるけど、あんまり日の当たらない部屋だ。
ついでに寝室の隣りを覗いてみた。
書斎とかそういうやつっぽくて、机とパソコンが置いてある。あとは本とかファイルとか。
「何の仕事してるのかなぁ……」
本棚には法律のなんとかとか「判例集」というのとか税務がどうのこうのみたいな本とか。まあ、いろいろ。
でも題名からして難しいのばっかりでどれも面白くなさそうだった。
「つまんないのー」
この際だから全部の部屋を見てみようと思って斜め向かいのドアを開けてみたら、ちょっと空気が違った。
妙にきちんと片付いていて、ぱっと見たらすぐに中野のものじゃないってバレバレなスーツやカバンや他にもいろんなものが置いてある。
三つボタンがついたスーツ。ワイシャツはブルー系が多い。ネクタイはチェックとかのシンプルなヤツばっか。
同居してるやつなんていないはずなのに。
ってことは……例の彼氏のお泊りセット?
「カバン、開けても大丈夫かな?」
名刺とか入ってるかもって思ったんだけど。
さすがにそれは悪いことだって気がしたから、止めておくことにした。
「なんか面白いものないかなぁ……」
ふと部屋の隅に目をやると犬のヌイグルミが座っていた。
ちゃんとしたスーツを着るようなヤツの部屋にヌイグルミ?
そっと近寄って犬の耳を摘み上げた。
かなり大きいけど、ごく普通のヌイグルミだ。
ちょっと首の辺りの毛が薄くなってるってことは前は首輪をしてたのかもしれない。
「……何に使うんだろ?」
首を傾げて固まっていたら。
「何してる」
いきなり声がして心臓が飛び出るほど驚いた。
「……っっ!!」
思いきり焦って、耳をつまんで持ち上げたデカいヌイグルミを落っことした。
「他人の物を勝手に触るな」
怒ってる。
……当たり前だけど。
「ごめん、アンタのじゃないんだろ? 彼氏の?」
その質問は例によって思いきり無視された。
「あのさ、ヒマだったからちょっと探検しようかなって……だって、ひとんちって楽しそうじゃん?……そんな怒んないでよ、ごめんってば」
もう一度謝ったけど、それも無視された。
「いいから、さっさと出ろ」
「ふえ〜……」
後をついてトボトボと部屋を出る。
でも、まだ開けてない最後の部屋が気になった。
「向こうの部屋は何に使ってんの? 日当たり良さそうだよね」
最後の部屋はベランダに面した場所で俺の想像だと一番明るくて広いはず。
ヌイグルミの部屋は物置っぽかったから、そっちが彼氏の部屋かなって思ったんだけど。
「なー、あっちの部屋……」
やっぱり無視された。
中野は無言のまま俺の腕を掴んで玄関まで引き摺っていった。
「そんなに怒るなよー。ごめんって言ってるのにー」
叫んでる間に紙袋と金の入った封筒を押しつけられて外に出された。
顔はいつもと一緒なのに。やっぱ、怒ってたんだな。
わかりにくいヤツだ。
「じゃあ、またね」
言い終わらないうちにバタンとドアが閉まった。
「ちぇー。ちょっと部屋に入っただけじゃん」
また、なんて事があるのかどうかわからないけど。
仕方がないからエレベーターに向かった。
俺は中野に興味津々なんだけど。
あんなに鬱陶しそうな顔されたら、どうしようもないもんな。
「難しいよなぁ……」
北川の所から戻った時は、もしかしたらちょっとやきもちとか妬いてくれたんじゃないかって思ったのに。
「ホントは俺なんてどーでもいいんだろうな、きっと」
闇医者も小宮のオヤジも中野の彼氏は美人だって言ってたもんな。
24歳でみんなが振り返るような美人の、あのスーツの持ち主。
「まともそうだよなぁ……」
キチンと救急箱を片付けるようなヤツだ。
「部屋を掃除してるのだって、きっとソイツだよなぁ」
上品なスーツとネクタイが目に浮かんだ。
「なんか、俺、ぜんぜんダメっぽくない?」
ちょっと溜息。
公園のベンチにひっくり返ってぼんやり考えた。
「あ〜あ……ナンかいいことないかなぁ」
俺の気分に反して空は真っ青。こんなことをしてると日に焼けそうだった。
「つまんないのー」
寝転んだまま腐っていたら知らない男に声をかけられた。
「こんにちは」
誰だよ、コイツ。
「……こんにちは」
でも、挨拶は返す俺だった。
「いつもここにいるよね?」
「うん」
Tシャツと綿のパンツ。見た感じは大学生っぽいけど。
気をつけないと。俺は人を見る目がないんだ。
「何してるの? 昼休み?」
「ボーッとしてるだけだよ」
でもさ。
どう見てもやっぱり普通に見えるんだけど。
……どうなんだろ?
「座ってもいい?」
「いいよ」
そいつはコンビニの袋からジュースを出して、一つ俺に渡した。
「ありがと」
やっぱり下心はありそうだけど。男に関心があるタイプには見えなかった。
「今日、暑いよね。お使いの帰り?」
そいつはチラッと俺の紙袋を見た。
中味は着替え。でも、一番上に乗っている金の入った封筒はどこかの会社のロゴ入り。その横に北川の店の名刺。
だから、お使いっぽく見えるんだろうな。
「ううん。そういうわけじゃないけど」
その後もちょっとだけ話をしたけど、男はジュースを飲み終えると立ち上がった。
座って休みたかっただけ?
そうなのかな?
「悪いけど、これ、捨ててきてもらえる?」
そう言って空き缶を俺に手渡した。
「うん」
ゴミ箱は見えるところにあるから、すぐに捨てに行った。
ついでに手を洗って戻ってきたら。
「あれ??」
公園の出口の方でさっきの男が中野に捕まってた。
なんでか泣きながら謝ってるんだけど。
「……中野にぶつかったのかな?」
可哀想だと思って近づいたら、いきなり中野に怒鳴られた。
「ボーッとしてんじゃねえよ」
俺、なんで怒られてんの??
中野はメチャクチャ不機嫌な顔で俺に封筒を渡した。
「あれ??」
北川からもらった金の入った封筒だ。
「なんで?」
「盗まれたに決まってるだろ。自分の金くらいちゃんと管理しろ」
中野はホントに怒ってて、さすがに俺もちょっとヘコんだ。
でも、俺のために捕まえてくれたんだよな。
男はまだ中野に腕を掴まれたままで、ちょっと震えていた。
「……ありがと。でも、俺、こいつのことちゃんと『怪しいヤツかも?』って疑ってたんだけどなぁ」
変なところに連れていかれないようにしようとは思ってたけど。
「自分が金持ってるってことは忘れてた」
言った瞬間、頭上で呆れた溜息が聞こえた。
「今度この辺で見付けたら、警察に突き出すからな」
泣きながら頷く男をキツイ目で脅してから手を離した。
中野ってば、それじゃどう見てもコワイお兄さんだよ。
よろよろしながら逃げていく男を見送った後、中野は俺の手から封筒を取り上げた。
「へ??」
中から一枚だけ札を抜き取って俺に渡すと、封筒は自分のポケットに入れてしまった。
「その金がなくなったら次を渡すからな」
「うん」
中野が預かってくれるんだ。
そう思って喜んで返事をしたら、バコッと頭を引っ叩かれた。
「そこで俺を信用してどうするんだ」
それはダメだったらしい。
「だって……」
どうせ中野の紹介で貰った金だし。
それに、中野だって俺に金をくれるんだから。
「大丈夫だよね?」
なんて答えるかと思ってジッと待ってたけど。
それについての返事はなかった。
「知らないヤツに声をかけられても愛想良く返事をするな。自分の荷物は持ち歩け」
口調は冷たいけど、もう怒ってなさそうだった。
「うん。気をつける」
そのまま中野は公園を出ていった。でも今日は駅の方じゃなかった。
「なんか怒られてばっかりだよな」
そりゃあ、俺が悪いとは思うけど。
「あ、でも」
この金を使い切ったら次をもらいにいけるんだ。
そしたら、中野に話しかけられるじゃん。
「これってラッキー?」
なんとなく嬉しくなって、そのまま昼飯を買いにいった。
「何食べようかなぁ?」
今日は楽しく過ごせそうな気がした。
それから。
本当に中野を好きになってもいいような気がした。


Home    ■Novels    ■TomorrowのMenu    ■Back     ■Next