Tomorrow is Another Day
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それからの毎日はまあまあ順調。
あの後は乱交なんてこともなくて、週に2,3回だけ北川の店でアルバイトをすることになってた。
酒を注いだり片付けをしたり、客の話相手をしたりする本当にごく普通の仕事で、店が引けた後に客の相手をすることもなかった。
「マモは見るからに子供だから、大っぴらに客を取らせるわけにいかないんだよな」
最初の日に北川がそんなことを言ってたけど。
「深夜にバーで働くのはいいわけ?」
「一応、中学出てるんだろう?」
中学さえ出てれば大丈夫なんだろうか?
「うん」
よくわかんないから適当に流しておいた。
バイト代は日払い。そんなに高くなかったけど、金に困ることもなかった。
ただし、問題がひとつ。
店のバイトと交換条件で俺は3日に1回の「事務所勤務」を義務付けられた。
しかも、北川が「研修」と言い張るソレは、結局やらしいことばっかりで。
「マモ、ほら。ちゃんとこっち向いて」
無理やりキスの練習とかさせるんだけど。
「やだって。なんで俺にばっかりそういうことさせんの??」
おかげで店に出る前に疲れてしまう。
だからと言って店が終わった後に変えてもらったりしたら時間がたっぷりだから、何されるかわかんないし。
「マモが下手だからに決まってるだろ。他に理由があると思うのか? ん?」
そりゃあ、北川の店の客なんだから、万一そういうことになった時に俺があんまりヘタなのは困るんだろうけど。実際に客を取ったりはしてないんだから、どうでもいいと思うのに。
「今は『まだ若いからね』で済むけどな。一年も経ったら客なんてつかなくなるぞ」
「う〜ん……でもさ、また今度にしてくれない?」
小さな声で頼んでみた。
「なんだ、今日に限って随分と嫌がるんだな?」
だって、最初の時は奥の部屋でやったのに、なぜか今日は客も来るような事務所のソファで押し倒されてる。
今だって当然のように俺の服を脱がそうとしてるし。
しかも。
「北川、このファイルの続きはどこだ?」
中野が来てるんだ。
もっとも俺なんて視界の隅っこにも入ってなさそうだけど。
「キャビネットの下の段かな。なければ適当に探してくれよ」
何しに来たのか知らないけど、さっきから北川の事務所のファイルをめくり続けている。
早く帰ってくれないかなぁ……
ため息をつきながら中野を見てたら、北川が俺の顎に手を掛けて、思いっきり自分の方に向けた。
「マモちゃん、そんなに中野が気になるのか?」
キスの練習が仕事のうちだって言うならガマンもするけど。
「だってさぁ」
なにも中野のいるところでしなくってもいいんじゃないの?
北川には俺は中野のモノって言ってあるのに。
そうやって堂々と手を出していいわけ?
それって中野にケンカ売ってない?
「まあ、気にすんなって。どうせ中野はマモちゃんのことなんてどうでもいいんだから」
俺の気持ちを見透かしたように北川が笑う。
「そうだけど」
俺がヘコむの分かってて言うのって性格悪いよな。
「あんなに美人の彼氏がいたら、他の奴なんて目に入らないよな。マモだってそう思うだろ?」
北川までそんなことを言うんだな。
「知らないよ。俺、見たことないもん」
こんなにみんなに美人って言われるって、どんなヤツなんだろう。
来客用の長いソファの上で俺は北川に押し倒されたままボンヤリしてた。
中野は少し離れた場所にあるデスクで眉間にしわを寄せている。
本当に俺のことなんて少しも気にしてないって顔で。
「ほら、マモ。よそ見しないでちゃんとやれって。上手くできるようになったらもっといいご主人さまを紹介してやるからな?」
言葉の合間に唇を塞いで、深く入り込んでくる。
しかも、ニヤニヤ笑ったまま。
「……んなの、い…らない、よ」
呼吸のために開いたはずの口が思わず本音を漏らす。
だって、俺は中野がいいんだから。
「なんでだ? 今のうちに小金持ちのジジイにでも取り入って遺産を狙った方が楽だぞ?」
「いらないー」
それじゃ、騙してるみたいじゃん。
「そのくらいのことしなきゃ金なんて手に入らないぞ。わかってるのか?」
「いいよ、別に今のままで」
遊んで暮らす金が欲しいわけじゃない。
贅沢を言っていいなら、今よりも少しだけでいいからまともな生活がしたいけど。
普通にバイトして、屋根のあるところに住んで、できれば一緒に住む人なんかもいたらいい。
そしたら毎日『おはよう』も『おやすみ』も言えるから。
「まったくマモは要領の悪いヤツだな。ま、そういうバカなところが可愛いのかもしれないけど。なあ、中野?」
同意を求められても中野は知らん顔だ。
何かの書類を気難しい表情で読んでいるだけ。
「じゃ、マモ。中野は放っておいて続きだからな。ちゃんとやれよ?」
「もう、やだ。俺、先に店に行って床磨きする。あとは、窓拭きもして、それから……」
そうだよ。掃除でもしてる方がずっといいよな…って思うんだけど。
北川はここでダラダラしてるのが好きらしい。すごく楽しそうだ。
「マモちゃん、掃除が好きなのはいいことだけどな、他にも気遣うことが沢山あるだろう? 客がタバコを取り出してもライターもつけない奴なんて他にはいないぞ?」
そりゃあ、そうかもしんないけど。
「それとコレとは関係ないじゃん」
「あるよ。気が利かない分はエッチなサービスで誤魔化しておけってことだ。要するに客が喜べばいいんだからな。ほら、もう一回」
だからって、なんで北川と練習すんの??
「とか言って、俺で遊んでるだけだろー?」
言った瞬間に北川が笑った。
「なんだ、分かってたのか? そういうことは気付かないマモちゃんがバカっぽくて可愛いんだけどな」
「もう、いいから〜〜。俺、店に行くー」
どうせバカだよ。もう。北川も中野も二言目にはそれだもんな。
「キスとフェラくらいちゃんとできるようになるまでは帰さないからな。ほら、マモ、こっち向いて」
中野はぜんぜんこっちなんて見てないけど。
「そんなにキスばっかしてたら、口が腫れるってー」
中野は俺がジタバタ抵抗している間にファイルを片付けた。それから、タバコを咥えたままドアに向かった。
「もう帰るのか?」
「次の仕事がある」
ムチャクチャそっけない。
もっと仲がいいのかと思ってたけど、北川にも無愛想なんだな。
「ふうん。じゃあな、中野。今夜、マモちゃんは俺が預かるから。安心してカワイコちゃんを連れ込んでいいぞ」
北川がニヤニヤ笑いながら声をかけたけど、中野はナンにも言わないで出ていった。
「マモ、全然愛されてないんだな」
「そんなことわざわざ口に出して言わなくてもいいじゃんかよ」
「まあ、そうだけどな」
北川はニヤニヤ笑ったまま俺のシャツを脱がせた。
「中野の分は俺が可愛がってやるから。朝まで遊んでいけよ?」
「うえ〜。やだよ。俺、店に行くってば」
「ちゃんとバイト代はやるから」
「イヤだ。オーナーってネチっこいもん」
もう、コイツと何回もやるのは嫌だ。ホントに死にそうになるんだから。
「可愛くないねえ」
そんなことを言いながら、俺をしっかりソファに押しつけて。
「脚、上げてみなって。ほら。もっと色っぽく。少しくらい恥ずかしがらないと可愛くないぞ?」
持ち上げた脚からスルリとハーフパンツを抜き取った。
「そんなこと言われても、オーナー相手じゃ恥ずかしくないよ」
もう今さらだし。
「マモはそういうところがな」
言いながらキスをして、乳首を弄ぶ。もうヤル気満々だった。
逃げられそうにない。
「子供っぽくて可愛いっていうか、色気がなくて可愛くないって言うか」
「いいじゃん、そんなの」
だったら俺となんて遊んでないで、店のヤツを連れてくればいいんだ。
北川に気のあるヤツだっているんだから。
「開き直ったか。だったら、いっそのことショタ路線で売るか?」
「俺、もう16だって〜」
本当はまだ誕生日がきてなかったけど、あとちょっとだからいいやと思って嘘をついた。
15よりは16の方がずっと大人って感じだもんな。
でも。
「へえ、そうなのか。いくらなんでも18くらいかと思ってたが、ホントにガキだったんだな」
16じゃ、まだダメだったらしい。
「まあ、俺がしっかり教えてやるから、『可愛い』で許されるうちにせいぜい社会勉強しておくんだな」
北川が言う「社会勉強」なんてロクなことじゃないって分かってるんだけど。
断わってバイトができなくなったら、自分で客を探さなきゃいけないし。
それは大変なんだよなぁ……
「マモ、ボーッとしてないで続きをやるぞ。シャワー浴びたよな?」
「浴びたよ。さっき」
バイトの日は事務所の奥のバスルームを借りていいことになっている。
店に着ていく服も北川が用意してる。他のバイトたちは自分で似合うのを用意してるらしいんだけど。
「マモちゃん、センスないからな」って北川が言うから。
俺はいつでも北川が買ってきた服を着せられていた。
もちろん、服にかかった金はバイト代から引かれている。
なので、週に2、3回のバイト代は本当に俺の生活費にしかならない。
足りない分は中野に預けた金を使う。
そんなには使ってないはずだけど、いくら残ってるのかは知らない。
それがすっかりなくなる前にまた客を見つけなきゃと思うと気が重いけど。
「ちゃんと準備してきたか?」
聞きながら首筋を舐める。
気持ちいいとか悪いとかじゃなくて、ヘンタイっぽいからやめて欲しい。
「してきたけど、やりたくないよ」
「そんなこと許されるわけないだろ?」
北川の手が肌の上を滑っていく。
「……う……んん、」
それだけなのに身体が熱くなってくる。
最近は中野も俺を抱こうとしないし、客も取ってないし。
一人で抜くか、コイツにやられるかどっちかだもんな。
「可愛い声出してくれちゃって。ほら、先にベッドルームに行ってろよ。ちゃんとしてやるから」
しなくていいって思ってるのに、今ので勃っちゃってるし。イヤなんて言っても説得力ないだろうな。
「ホントにヤルの? 今から?」
北川が事務所にカギをかけて、電気を消した。
「百歩譲ってその言葉遣いは許してやるけど、雇い主の業務命令には逆らわないようにな、マモちゃん。中野に言いつけるぞ?」
中野と俺の本当の関係を北川はまだ知らない。
だから今でも俺は中野に囲われてることになっている。
「言ってもいいよ。どうせそんな話ぜんぜん聞かないし」
中野はみんなに無愛想だから、誰にも自分のことなんて話さない。だから、北川にだってホントはどうなのかを知られるはずはない。
「じゃあ、中野からマモちゃんを貰い受けて金持ちエロジジイにでも売り飛ばすか」
どうやら北川は俺を得意先かどこかにやろうと思ってるみたいで、二言目には売りに出すとか言うようになった。
店に来る客の中で金持ちっぽいやつは何人もいるけど、北川が誰を思い浮かべて言ってるのかはわからない。
どっちにしても俺にそんな気はないけど。
「もう、いいよ。俺、今日は帰る。店もお休み。じゃあね、オーナー」
バイバイと言って立ち上がろうとしたら、北川がイヤな笑いを浮かべた。
「中野の部屋なら今日はダメだぞ」
別に中野の部屋に行こうと思ってたわけじゃないけど、なんだか少し不安になった。
「……なんで?」
北川が意味深な笑みを浮かべてたからだ。
「美人のコイビト君が来るんだよ。だから、マモちゃんは今夜はここに泊りだ。大人しく俺の言うことを聞いてイイ子にしてないとな?」
まだ暑いくらいだし、公園で寝るのだってぜんぜん平気だけど。
「……コイビト、来るんだ……?」
目の前がいきなり暗くなった。
「なんだ、マモ。がっかりした顔しちゃって。ベッドに行かないならここでヤルか?」
俺は黙って首を振った。
「なら、来いよ。言うこと聞くなら優しくしてやるから」
中野の、コイビト。
あの部屋に中野と二人きりで。
俺には返事なんてしなくても、コイビトには笑って答えたりするんだろうか。
「マモ、中野じゃないんだから返事くらいしろよ?」
また唇を塞がれて、返事を強要されるけど。
そんな気分になれそうにない。
「……どうしてもイヤで、逃げ出したら?」
何気なく言った瞬間に手首を捕まれた。
「うあ??」
ただびっくりしている俺を北川は冷たい眼で見下ろして、一まとめにした両手を近くに放り出してあったネクタイで縛った。
「あのな、マモちゃん」
北川は笑ってなかった。
「……なに?」
それが、ちょっと怖い。
「もともとホームレスのマモちゃんを身元不明の変死体にすることなんて簡単なんだぞ?」
冗談なのか本気なのか全然わからない目が俺を見下ろしていた。
自分がどんな場所にいるのかを思い知らされる瞬間。
「……オーナーって性格悪いよね」
こんな世界を楽しむヤツだから、言うまでもない。
「中野だって良くはないだろ?」
そうかもしれないけど。
「でも、中野は俺のこと死体にしようなんて思ってないよ、きっと」
面倒なことは嫌いっぽいし。
それに、何度も助けてもらったし。
たまに心配そうにしてくれるし。
あ、でも。
北川に預けられた時点で捨てられたのと同じなんだろうか。
そう思ったら、なんだかちょっとへこむ。
ため息を飲み込んだら、北川は急に優しい声になった。
「あのな、マモ。中野のこともあんまり信用しない方がいいぞ?」
それは分かってる。
中野だってこんな世界で普通に暮らしてるヤツなんだ。
「……うん」
全部信用してるわけじゃない。
でも。
中野は違うって思いたい。
「わかったらサッサとベッドに行く。今日は俺がご主人様だからな。ちゃんと言うこと聞けよ」
手は縛られたまま北川に連れられてベッドのある部屋に行った。
中は相変わらず冷房が効きすぎていて薄っすらと肌寒かった。
ベッドに座らされてやっと手を自由にしてもらって。
「痛かったか?」
「ううん。そうでもない」
見上げた瞬間に深く口付ける。
もう何も考えないほうがいい。
逆らっても、拒んでも、きっと結果は変わらないから。
「……ん、んぅ、……っ」
目を閉じて、全部受け入れる。
傷つかないように。
それから。
中野のことなんて思い出さないように。
自分に言い聞かせている最中に、北川が俺の心の準備を粉々にする。
「な、マモ。中野と切れて俺のところに来ないか?」
キスをしながら吐き出される言葉には必ず中野の名前が含まれていて、俺は現実から離れられなくなる。
「ん、う……でも」
返事が思いつかなくて、ただ舌を絡める。
「飼われる気があるならちゃんとマンションも用意してやるよ」
キッパリとり断わるのをためらったのは、北川の目がいつもと少し違うような気がしたからだ。
ふざけ半分みたいだけど。切れたら本当に変死体にされそうな、そんな感じがした。
「……俺、まだ中野に金借りてるから」
中野と何回寝たか忘れたけど、10回にはぜんぜん届いてないと思う。
第一、中野は『完治したら身体で返せ』と言っただけで、『10回寝たらチャラにしてやる』なんてことは言ってないし。
だったら、最初に北川にもらった金の残りで払ってしまおうかとも考えたんだけど。
―――そしたら中野と寝ることもなくなるんだよな。
「いくら借りてるんだ?」
「わかんない。中野がいいって言うまで」
本当はそんな約束もしてないんだけど。
でも北川は笑って次の動作に移っただけだった。
「な、マモちゃんにいいこと教えてやるよ」
もうすっかり下着まで脱がされていて、後に指が入り込んでいた。
「う、く……っ、な…に……?」
中でうごめく指の感触にブルッと体が震えた。
俺の反応を見ながら、北川の指は動き続ける。
「アイツはマモのことなんて絶対コイビトにしないよ」
突然、そんなことを言われて俺の体がビクッと跳ねた。
北川は笑いながら俺の髪にキスをして言葉を続けた。
「覚えておけよ。この先ずっと、マモがどんなに中野を好きになっても、絶対だ」
そう言って俺を見下ろす北川の目が薄く笑っていた。


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