Tomorrow is Another Day
- 2 -




傷は一週間ですっかり治った。
少しずつ蒸し暑くなってきていたけど、公園で水浴びしながらまあまあ快適に過ごしていた。
食事は1日2回。コンビニとかハンバーガーとかで済ませた。
稼いだ10万がほとんど残っていたせいもあって、俺はちょっとだけ浮かれていた。
公園でゴロゴロしてるとアイツが通る。
朝と夜。どっちもわりと遅い時間。
土日は通らなかったけど、絶対にサラリーマンなんかじゃない。
「おはよー」
あの翌日に声をかけたけど、冷たい目をされた挙句、「話しかけるな」と怒られた。
「つまんないのー……」
文句を言ったら睨まれた。
だから、今はこっそりつぶやいて遠くから見てるだけ。
それでも結構楽しかった。

なのに。
今日、アイツは男連れで帰ってきた。
『男連れ』って言っても、若い男が勝手にアイツの後をついて歩いてるだけに見えたけど。
退屈だったから、隠れて後をつけたら、ちゃんと二人してマンションの方に歩いていった。
「なぁんだ。やっぱ恋人か」
ちょっとだけ「つまらない」って思う。
「でも、俺のイメージとちょっと違ったなぁ」
薬箱の中味をきちんと片付けるようなヤツだから本人もキチンとしたヤツなのかと思っていたんだけど。
そいつは俺の目にさえなんとなくイマイチで。
見た目以外をほめるのは難しい感じだった。
どう見ても夜の仕事で、男のクセにちょっと化粧なんかもしてて。
「それとも、金で買われたのかなぁ」
それにしてはアイツがそっけない。
俺の時ですら腕を掴んでたのに、今日一緒にいたヤツのことはまるっきり無視してるみたいだったもんな。
「だったら、ついてったヤツがアイツのこと好きなのかなぁ」
そりゃあ、アイツはちょっとだけカッコいいけど。
すごく冷たいのに。
そう思いながらも、アイツのマンションに向かって「お帰りー」とつぶやいてみた。


そのあともずっとそんな感じで。
いろいろ考えながら公園で眠って起きて。
朝になったら、またアイツに「おはよー」って一人でこっそり挨拶をする。
アイツは俺に気付きもしないんだけど。
なんだか家族がいるみたいでいいなと思った。
「気付いてくれるといいんだけどなぁ……あれ?」
アイツの後ろから話しながら付いて来たヤツを見て首を傾げた。
「前のヤツと違うじゃん」
どっちが本物の恋人なんだろう??
っていうか、いつの間にすり替わったんだろう?
けど、美人だった。
「このメンクイやろー」
この呟きは独り言。
俺の目の前を通り過ぎるアイツは本当に面倒くさそうな顔で、一生懸命話しかけてる男を思いっきり無視してた。
「もてるヤツはいいよなぁ」
アイツの背中を見送ってアクビをする。
客を探す必要もないから、そのままボーッとムダに過ごした。
金があるうちは、きちんと食べて楽しいことだけ考えて、それ以外はボーッとして。
気がつくと夜。本当にあっという間だ。
「そろそろアイツが帰ってくる時間かな」
わくわくして待ってたら、なんと今日は女連れで戻ってきた。
「えー? なんで? 女でもいいのかよ??……まあ、あいつからしたら相手がどっちでもあんまり変わりないのかなぁ……」
でも、やっぱり水商売って感じのハデなおねえさんだった。
毎日違うやつと一緒にいるくらいなのに。
「なんで俺が挨拶するのはダメなんだよー」
聞いてみたいけど。
話しかけたらまた怒られそうだもんな。

またアイツのマンションの前までこっそり後をつけて、二人で入るのを確認。
「やっぱ女でもいいんだ」
ぶつくさ文句を言ってたら後ろから不意に声をかけられた。
「こんな時間に一人で何してるの?」
警察かと思って焦ったけど、普通の人だった。
「えっと……」
ホームレスだからフラフラしてるだけって言おうとしたんだけど。
「プチ家出ってヤツ?」
答える前にまた質問された。
「プチじゃないけど……」
プチどころか、もともと家なんてないんだから家出でもない。
でも、そいつは俺の前に屈み込んで、気の弱そうな笑顔を見せた。
「行くとこ決まってないなら、僕のアパートにおいでよ」
どう見てもどこかの大学生だ。
話し方も声も優しい。
ちょっとおどおどした感じだったけど、悪いヤツじゃなさそうだ。
だから、お礼を言ってついていった。
いくら外があったかくてもベッドで寝る方がいいもんな。


アパートは一階で目の前も同じような古っぽい建物。
日の当たらない場所らしくて部屋の中もちょっとジメジメした感じだった。
「ゆっくり風呂に入っておいでよ」
キッチンにはインスタントラーメンみたいなものしかなくて、開けっ放しのクローゼットにも少ししか服はかかってない。
コイツが貧乏学生だってことは一目瞭然だった。
それでも遠慮なくシャワーを借り、すっきりした気分で髪を乾かした。
久しぶりの布団だって思いながら部屋に戻ったとたん、
「いいかな?」
そう聞かれた。
遠慮がちに俺の体に手を出すそいつは、やっぱり悪いヤツにも見えなくて。
今のところ金には困ってないし、住むところさえあればタダでやらせてもどうってことないし。
コイツ一人の相手なんて、そんなに大変でもないだろう。
だから「いいよ」って答えた。
でも、いざ本番って時に。
「……え?」
コイツ、あんまり上手くない。
悪気はなさそうなんだけど、ちゃんと準備もしてくれないし、ゴムも持ってないらしい。
「ね、ちょっと、待って……ゴム、」
「そんなのいいよ」
「だって、だって、病気になりたくないよね? 俺、持ってるし、つけてあげるから、ね?」
マジで心配してるのは俺だけだった。
「うん、そんなに言うならそれでもいいけど……」
もう、ホントに大丈夫なのかな、コイツ。
結局、俺が全部やるんだよな。
自分の体を慣らして、ぼーっとしてるだけのコイツにいろいろエッチなこともしてあげて。
「うまいよね」
なんてホントに感心した顔で言われてもぜんぜん嬉しくない。
しかも。
「うん、これ、仕事なんだ」
答えたら、急に俺を押し戻した。
「どうしたの?」
「僕、金なんて持ってないよ」
うん、そうだよね……とは言わなかったけど。
「しばらくここに泊めてくれる? そしたら、金いらないからさ」
「……ホントに? それだけでいいんだったら」
「いいよ。ほんとに」
そしたら、急に優しくなってキスとかいろいろしてくれたけど。
……それもあんまり上手くなかった。
金もなくてモテそうなタイプでもないから当然だとは思ったけど。
その日、そいつは3回イって。
俺も2回はイッたけど。
そんなに気持ちよくもなかった。
「でも、まあ、そんなもんだよな」
手荒な扱いをされなかっただけでも良しとしておいた。
それに、久しぶりのベッドは本当に気持ちよかった。


翌日、そいつが大学に出かけてから、お礼代わりに部屋の掃除をした。
帰ってきたらすごく喜んでくれたので、次の日は洗濯をしてあげた。
そんな感じで、2日間は奥さんみたいにのんきに過ごしていた。
けど。
その次の日、俺のパンツのポケットに押し込まれていた金が全部姿を消した。
まだ6万は残ってたはずなのに。
ずっと家にいたんだから落したりするはずないし。
そう思って、向かい合ってメシを食ってる時に聞いてみた。
「あのさ、俺の金……」
そこまで言った時、そいつの顔色が変わった。
「えっとさ、黙って借りられると驚くからやめてよ」
一応言葉は選んだ。
悪気はないんだろうって思ったし、それに、ちゃんと話せばきっと返してもらえるって思ったからだ。
「……あ、う、うん……ごめん。仕送りが来たらすぐ返すから」
引きつった笑顔だったけど。
「うん」
その言葉を信じた。


けど、金は1週間経っても返ってこなかった。
しかも、その頃にはだんだん俺を邪魔者扱いにするようになっていた。
「家の人、心配してるんじゃない?」とか。
「他に彼氏がいるんだよね?」とか。
そんなことばっかりしかしゃべらなくなって。
さすがにうんざりしたから、自分から切り出した。
「俺、そろそろ出ていこうと思うんだけど」
金は返してもらえなくてもいいと思った。
また稼げばいい。
どう見ても貧乏なこいつをシメたって、どうにもならないもんな。
でも、男は笑顔で俺に言った。
「じゃあ、お金、今日返すよ」
本当なら喜んでいい場面なのに、なんだかすごく嫌な予感がした。
作ったような笑顔がすごく冷たく見えたせいかもしれない。
「銀行で下ろしてくるから部屋で待っててね?」
優しく頬を撫でられて、下手なキスをされて。
「……うん」
俺もニッコリ笑って頷いたけれど。
なんだか背中がゾクゾクして。
だから、そいつが出ていくと同時に身支度をした。
靴を履いてドアを開けようとしたが、ビクともしない。
「ドアの前に、なんか置いたんだ……」
つぶやいた時、低くて腹に響く声がした。
「本当に若くてカワイイんだろうな?」
どう考えてもこれはヤバイ状況だ。
「は、はい……あの、身体が小さくて年もまだ10代半ばくらいで……」
声は聞こえたけど、すぐに入ってこなかった。
ドアの前に置いたものを退かすのに手間取ってるんだろう。
急いで裏側の窓まで走り、息を詰めてそっと表に出ると塀を越えて隣りのアパートの敷地に逃げ込んだ。
「っざけんな、いねえじゃねえかよ!?」
男の怒鳴り声がビリビリと辺りに響いて、その後、大学生の悲鳴が聞こえた。
ボコられたことは間違いないが、どの程度だったのかはわからない。
ただ、すぐに警察が来たから、それなりにヤバい感じだったんだろう。


ドサクサに紛れて公園に戻った時には、もうすっかり夕方になっていた。
「……はぁ……散々……」
持ってた金を使われて、その上、売り飛ばされそうになって。
今朝はちゃんと食べたから、3日くらいは持つだろうけど。
どっちにしても、また、すぐに客を見つけなければならなくなった。
「ダルいよなぁ……」
汗が噴き出て、疲れも一気にきた感じだった。
いつものベンチに座り込んでふうっと大きく息を吐く。
空気と一緒に体に残っていた力も全部出てしまったみたいだった。
ゴミも散らかってて、居心地なんて絶対よくない場所なのに、なんでこんなに安心するんだろう。
「明日、メシ食えるのかなぁ……」
アクビをしながら横になって空を見上げていたら、視界の隅っこに見覚えのある男が映った。
「……あ、」
アイツだ。
こんな暑い日にまたしてもスーツ。
けど、やっぱりどこかうさん臭い。
「お帰り。今日、早いんだね」
寝転んだままそう言ったあと、話しかけるなと言われたことを思い出した。
ちょっと焦ったけど、今日は怒られずに済んだ。
「まだ居たのか」
冷たい声は相変わらずで、しかも、ちょっと呆れてたけど。
それでも返事をしてもらえたのが嬉しくて、俺はまたはしゃいでしまった。
「他に行くところないし」
公園は探せばいっぱあるから、別の場所でもいいんだけど。
なんとなくここに戻って来てしまうのはどうしてなんだろう。
「売り飛ばされるぞ」
素っ気ない会話。
でも、やっぱり心配してくれてるような気がして、本当は優しいヤツなんじゃないかって期待してしまう。
「な、俺、いくらなら買ってもらえると思う? 実は、さっき売られそうになったんだ」
頑張って起き上がって弾んだ声で聞いてみたんだけど。
返事はしてもらえなかった。
思いきりバカにしたように一回だけ俺を見て、そのまま公園を抜けていった。
「……つまんないヤツ」
後ろ姿が見えなくなるまで見送って、生温いベンチにまた寝転がった。
ビルに囲まれた空が少しずつ暗くなって、最初の星が頭上に浮かぶ。
明日は街に立って、お客を探して。
金をもらったら、うまいものでも食おうかな。
「それにしても、いろんなことがあるよなぁ……」
売り飛ばされそうになったのなんて初めてだ。
まあ、何度もあったらイヤだけど。
アイツの言葉を思い出しながら目を閉じた。
少しでも気を抜くとどっぷり暗くなりそうな1日だったけど。
最後はちょっと嬉しかった。
そう言えば、今日は男も女も連れてなかった。
「ついていってみればよかったかなぁ……」
耳に残ったアイツの声が、もう一度俺の中で響いて。
ちょっとだけ楽しい気分で明日のことを考えた。
そうだよな。
またいいことだってあるかもしれない。

だから。
きっと、大丈夫。



Home    ■Novels    ■TomorrowのMenu    ■Back     ■Next