そんな会話をした後は、また無視され続ける毎日。
俺の「おはよー」だって絶対聞こえてると思うのに。
「ちょっとくらい反応してくれてもいいじゃん」
本人には言えないから、遠くなっていく背中に向かって愚痴をこぼしてみる。
けど、こんな状態でも、カンペキに一人だった今までに比べたらずっとマシだ。何よりも話しかける相手がいるってことが、俺にはかなり嬉しかった。
「それより、今日こそまともな客をみつけないとな」
ここに戻って来た次の日、結局客は見つからなかった。
その翌日も状況はあんまり変わらなくて、やっと掴まえた客には値切られて、仕方なく5千円でオッケーした。
それが3日前。
でも、髪を切りにいったせいで、金は今日の昼になくなった。
「……最近、いいことないよなぁ」
こっそり文句を言いながら、暗くなりかけた頃に客を探しにいった。
しばらくフラフラ歩いていたけど、いまいちヤル気が出ない。
公園から5分くらいの場所でボーッと突っ立っていたらサラリーマンっぽいヤツに声を掛けられた。
「あれぇ、髪黒く染めたの? 気がつかなかったよ」
この辺に知り合いなんていないし、前に俺を買ったヤツなんだろうなとは思ったけど。
普通すぎてぜんぜん覚えてなかった。
「誰か待ってる? じゃなかったら、どう?」
馴れ馴れしく俺の肩を抱いて、財布から1万円札を一枚取り出した。
やっぱりイマイチ気乗りがしなかったけど。
「……うん。いいよ」
男は俺の髪を触りながら、「今のほうが普通の子っぽくて可愛いんじゃない?」なんて言ってたけど。
「髪、染めたんじゃなくて、暑いから切ったんだよ」
そしたら染めてた部分がなくなったんだ。
「残りの金は終わった後でいいよな?」
「うん」
俺の記憶にはカケラも残っていないソイツの顔をしげしげと眺めながら、後をついていった。
人気のない裏通りを進んでいくと、突き当たりに古いビル。
「……ここ?」
マンションでもアパートでも、もちろんホテルでもない。
「いいから、来いよ」
急にやらしい笑いに変わって、俺の服を掴んだ。
「え? ……ちょっ、と……なに?」
腕を一掴みにされて、後ろに回された。
「いい子だから、この前みたいに大人しくしてろよ?」
笑いながら服を引き裂くソイツを見て、前に会った時のことを思い出した。
今日はメガネもしてるし、スーツ姿だったけど。
間違いない。
最初にあの公園に来た日に俺を仲間とまわしたヤツの一人だ。
「ヤダよ。俺、あの後、大変だったんだから!」
手を振り払って逃げようとしたけれど、ビルの前に停められていた車から出て来たヤツらに取り押さえられた。
「やめろって……放せよっ…」
抵抗したところで三対一。勝ち目はない。
服を剥ぎ取られて、壁に押しつけられて、手を縛られた。
それから積んであった空のプラスチックケースに体を押しつけられて、ちゃんと解しもしないで突っ込まれた。
ローションとゴムだけは使ってくれたけど、痛いことに変わりはない。
「う……わっっ…っ、く……」
後は声にもならなくてただ耐えるだけ。
早く終わればいい。
歯を食いしばって、こんな遊びにコイツらが飽きて立ち去るまでのガマンだと自分に言い聞かせた。
どうせすぐに暗くなる。
灯りもロクにない場所だ。長くは続かないだろう。
いろいろ理由を考えて、自分を励ましてみたけど。
一巡した後にはもう自分の体を支えることも出来なくなって、地面に座り込んだ。
「なにしてんだよ。さっさと立て!」
どんなに強い口調で命令されても、ムリなものはムリだった。
「甘えてんじゃねえよっ!」
腹を蹴飛ばされて、咳き込んで。
このままボコボコにされるのかと思った時、背中の方向から声がした。
「何してる」
妙に落ち着いた声。
冷たくて無感情で。
「……なんだぁ、おまえ……」
言いながら振り返ったヤツらが一斉に固まった。
だってさ。
またしても、そこに突っ立っていたのはアイツだったんだ。
しかも、どう見てもヤバそうなお兄さんが一緒で。
……まあ、アイツも同じくらいヤバイお兄さんに見えるけど。
「なんだよ、おまえの知り合いか?」
サラリーマン風の男が俺をチラッと見ながら聞いたけど、なんて答えていいのかわからなかった。
アイツは相変わらず黙ったままだし、連れのお兄さんはアイツからライターを借りてタバコに火をつけることに集中してたし。
でも、俺を囲んでいた連中は返事なんか待たずに一斉に走って逃げた。スーツの男もそれを見て慌てて仲間の後を追いかけた。
「なんだかな。最近のチンピラは……」
ヤバイお兄さんはこの状況を気に留めることもなくて、アイツにそれだけ言ってダルそうにどこかに行ってしまった。
残ったアイツはやっぱり黙ったまま。
地面に転がってる俺を見下ろしてた。
「……ありがと、た……すかった……」
一応、礼なんて言ってみたけど。
やっぱり返事はなかった。
何をしてたのかとか、大丈夫かとか、そんなことを聞くつもりもないらしくて。
無言で俺の両手を縛ってた紐を解いて、腕を掴んで立ち上がらせた。
脱がされた服を目で探しながら、もう一度お礼を言おうかと思ったんだけど。
アイツはいきなり俺の顔を壁に押しつけた。
「……な……っ?」
力の入らない俺の身体を片手で軽々と支えて、背中から羽交い締めにされた。
大きな手が服を着てない俺の胸に触れる。
俺の記憶よりもずっと温かい手。
けど、相変わらず容赦はなくて。
さっきまで俺をまわしてた男たちとおんなじように、俺の身体に何の躊躇いもなく入り込んだ。
「うああっ……っ、ああっ……」
抵抗する力なんて残ってなくて、されるがままに身体を貫かれた。
蹴られた場所も、もちろん突っ込まれたところだって、死ぬほど痛かったけど。
背中から俺を包み込んだアイツの体が熱く感じて。
「んん……っ、あ、っ……んっっ」
腰を抱かれたまま、あっという間にイってしまった。
終わったあとも足が震えて、アイツの手が俺の体を離すと同時に地面に座り込んだ。
「さっさと着ろ」
投げられた服は俺のじゃなくて、アイツの上着。
いいのかなって思ったけど、声が思いっきりイライラしてたから、慌ててそれを羽織った。
さっきまで地面に転がってた自分の体がどれくらい汚れてるのかなんて確認するまでもない。
普通なら触るのだって嫌だと思うレベルだけど。
辺りに散らばった俺の服はもう服と呼べる状態じゃなくなっていたから、どうしようもなかった。
「ちゃんと袖を通して前を合わせろ。そんな格好で歩いたら捕まるぞ」
座り込んだまま上着に腕を通して前が開かないように手で押さえた。
「……でもさ……」
立てばミニスカートくらいの長さにはなるんだろうけど。
これでも充分捕まりそうな気がした。
「大丈夫なのかなぁ……」
悩む俺を置き去りにして、アイツはさっさと先に歩き出した。
マンションまで徒歩3分。
辺りはもう真っ暗で人通りも少なかった。
「あ……うっく」
立ち上がろうとしたら、身体に痛みが走った。
足もガクガクで、また地面に座り込んでしまったら、アイツが戻って来た。
「歩けないのか?」
大丈夫だよって答えるつもりだったのに、条件反射で頷いていた。
「面倒なヤツだな」
吐き捨てるようにそう言ってから、アイツは軽々と俺を抱き上げた。
その振動さえズキズキと痛みに変わったけど。
それはジッと堪えて言葉を吐き出す。
「……ごめんなさい」
謝ってみたけど、アイツの呆れた表情はぜんぜん変わらなかった。
破かれた俺の服を踏んで、少し大きな通りに出て。
信号を渡ってマンションに着いても、脚の震えはまだ止まらなかった。
だからなのか、部屋についても俺は下ろされることもないままバスルームに運ばれた。
そこで置き去りにされると思ったのに、俺から上着を剥ぎ取った後で自分も服を脱ぎ、ザーッとシャワーを出すと無言で俺の身体を洗い始めた。
「な、俺、自分で……」
言いかけたけど聞いている様子はない。
まだ一人で立つことさえできない俺の身体を抱き支えたまま、奥まで指を入れて隅々まで洗って。
終わると頭からシャワーをかけた。
バサバサと乱暴にバスタオルで拭いてから、また抱き上げて。
そのあとは真っ暗な部屋のベッドに放り出した。
髪だってまだ濡れたままで。
「乾かさないとベッドまで濡れちゃうよ?」
何を話しかけても何も答えない。
呆れてるみたいで。怒ってるみたいで。
どうしていいのかわからなかった。
「……あのさ、俺の話、聞いてる?」
返事なんてないまま乱暴に引き寄せられて。
アイツはまた俺を抱いた。
それもぜんぜん優しくなんかなくて、身体もあちこち痛くて泣きたくなったけど。
「待ってよ、俺……ね、聞いてる?」
今更抵抗しようとは思わなかった。
「少し黙ってろ」
やっと返ってきたのがそんな言葉でも。
いきなり足を持ち上げられて、無理やり挿れられても。
泣きたいのか怒りたいのかわからない、複雑な気持ちでされるままになっていた。
「あ、……んんっ、あああっっ……っ!!」
絶叫と、激しい呼吸。
アイツはその間も一言も声なんか出さなくて、ほんの少し息が上がった程度。
腹が立つほど俺をぐちゃぐちゃにした。
何も考えられなくて、痛みと快感だけが巡っていく。
長いのか短いのかわからない。曖昧な時間が過ぎていった。
「う、あぁ……ぁっ…っ!!」
またしてもあっけなくイカされた後は指先にさえ力が入らなくて、イッたままの体勢で潰れていたら、バサッと毛布を掛けられた。
「……ありがと」
シャワーを浴びることもできず、気を失うようにして眠り落ちた。
何がなんだかわからなかったけど。
とりあえず、ふかふかのベッドはすごく気持ちよかった。
朝。
閉め忘れたカーテンから青い空が見えた。
俺の隣りでアイツが静かに眠っていた。
整った横顔が規則正しく呼吸を繰り返す。
触れなくても温かさが伝わる。
その肩に鼻先を押し当てて、また眠り落ちた。
柔らかく日が差し込みはじめた部屋は穏やかで心地よくて。
昨日のことなんてまるで悪い夢みたいに思えた。
2度目に起きた時にはアイツはいなかった。
相変わらず無用心で、万札が4,5枚テーブルに放り投げてあっただけ。
置手紙のようなものはなんにもなくて途方に暮れた。
第一、 着る服がない。
「……どうしよう」
とりあえずできることだけしておこうと思ってシャワーを借りた。
ちゃんと拭き取らなかったせいでカサカサになった肌をキレイに洗い流してすっきりして。
それから、バスタオルだけ腰に巻いて部屋に戻ると、窓から外を見下ろした。
公園まで行けば植木の陰に着替えが置いてあるんだけど。
「バスタオル一枚はヤバイよなぁ……」
警察とかにみつかったら、逮捕間違いなし。
「だいたい、鍵かけずに出ていっていいのかよ?」
ため息をついてベッドに腰を下ろした。
暗くなるのを待てば少しは目立たなくて済むかもしれない。
まあ、それで見つかった方が変態チックな気もするけど。
「う〜ん……」
それよりも鍵だ。
アイツが帰ってくるまで待った方がいいんだろうか。
「どうすればいいわけ?」
悩みに悩んだけど、結局、そのまま家にいることにした。
怒られてから出ていっても遅くないからいいやって思って。
「それにしても……腹減ったなぁ……」
水なら飲んでも怒られないだろうけど。
チラッと冷蔵庫を開けたら、飲み物とつまみくらいしか入ってなかった。
「自炊って顔じゃないもんなぁ」
生活感なんてまったくないんだから当然だけど。
腹は空いてたけど、そんなのもう慣れてるし。
テレビを見ながらゴロゴロしてたらあっという間に一日が過ぎた。
「やっぱベッドっていいよなぁ」
しかも自分ちにいるみたいだ。
トイレもシャワーも好きな時に使える。暑くも寒くもなくて快適。
「俺、こんないい家に住んだことないしなぁ」
広いし、キレイだし、部屋もいっぱいあるし。
「……けど、誰が掃除してるんだろ」
まさか、アイツ?
って思ったけど、そんなわけない。
やっぱり恋人だよな。
「どんなヤツなんだろうなぁ。あんなしゃべらないのと付き合うなんて」
以前見かけた若い男とハデなオネエさんの顔が過ったけど。
「あれは絶対、違うよなぁ。アイツ、一緒にいるのさえ面倒くさそうだったもんな」
そんなことを考えてたら、いきなりドアが開いた。
俺は素っ裸でベッドにいて。
どう説明しようか焦って考えたけど。
アイツの視界の中にはどうやら俺は入っていなかったらしい。
「あのさ……」
声をかけたら、ちょっと驚いたみたいに振り返った。
まあ、顔は相変わらず無表情なんだけど。
「一日居たのか?」
「……服持ってこなかったから着るものがなくて……それに、鍵かけなくていいのか分からなかったから」
そしたら、仏頂面のままTシャツと短パンを投げてよこした。
アイツのだから俺には妙にデカイ。
でも、遠慮なく借りることにした。
「ここはホテルと同じだ。外に出れば勝手に閉まる」
それはきっとさっさと出ていけってことなんだろうって思って、急いで服を着て玄関に向かったけど。
「待てよ」
アイツに引き止められた。
「金はいらないのか?」
顎でテーブルの上に乗っていた札を指し示した。
「……それって俺のなの?」
何も答えてくれないんだけど。
たぶん、そうなんだろうな。
「でも、昨日は助けてもらったしさ」
それにも返事はなかったけど。
「じゃあ……ありがと。もらってく」
腹も減ってたし、服も買わなきゃいけないし、身体もズキズキするから当分客なんて取れないし。
くれるって言うものを断わる余裕はカケラもなかった。
「恩返しはまた今度ね」
お礼する気持ちはあるんだっことを伝えても、アイツはナンの反応もしてくれなくて。
ただ煙草に火をつけて窓の外を見てた。
「あのさ、」
話しかけても俺なんてどこにも居ないみたいに、カンペキに視界の外。
「俺の名前、一瀬護っていうんだ。『護衛』の『ゴ』でマモル。イチセは普通の字。数字の『イチ』にサンズイの『セ』ね」
一生懸命説明してみたんだけど。
振り向きもしない。
仕方がないから、
「じゃあ、俺、帰るね」
それだけボソッとつぶやいてマンションを出た。
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