Tomorrow is Another Day
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自分がどこにいるのか分からなかった。
それだけじゃなくて、目を開いてるのかどうかも分からないくらいぼんやりしてた。

――――……ど……こ……?

どこかで嗅いだ懐かしい匂い。
視界の隅で淡いグリーンが揺れた。
あとはただ一面の白。

目を凝らしてるつもりなのに、すべてがただぼやけていて。
死んじゃったのかなって思ったけど。
焦点が合わないままの視線をゆっくり移すと腕に巻かれている包帯が見えた。
それと同時に体中に広がっている鈍い痛みに気付いた。

少しずつ自分の中で何かが繋がっていく。
一面の白に見えたのは、どこにでもある天井と壁。
揺れていたのは優しい色のカーテン。

――――病院……なんだ……

懐かしいと思ったのは、きっと闇医者の診療所と同じ匂いだから。
足元の方向には大きな窓があって、そこから真っ白な朝日が差し込んでいた。
雨が上がったばかりなんだろう。
ガラスがキラキラ光っていた。

キレイだな、って思って。
そのあと、やっと。
そこに座っている人をちゃんと見る決心がついた。


窓のそばに置かれた椅子に腰掛けて、足を投げ出して。
火のついていないタバコをくわえたまま。
くちゃくちゃになった紙を見つめてた。
闇医者が弟の手紙を渡したのかなって思ったけど。
でも、紙はグリーンじゃなくて薄い青色だった。

なんの音もない静かな部屋。
ときどき窓の光が反射するけど。
中野の周りだけは時間が止まってるみたいに見えた。
見慣れているはずの横顔はすごく疲れていて。
こんな中野を見るのは久しぶりだなって思った。

今でも覚えている。
アイツと別れた日。
中野は今日と同じ顔をしてた。
あの時も慰める言葉なんて何一つ言えなくて後悔したのに。
また同じことを繰り返すんだなって思ったら悲しくなった。

「……ご……め……んね」

どんなに考えても他にはなんにも浮かんでこなくて。
結局、それしか言えなかった。
中野は驚いたみたいに顔を上げたけど、すぐにホッとした表情を見せて立ち上がった。
「ごめんね……」
もう一度謝ったら、大きな手が俺の頬に触れたけど。
やっぱり何も答えないまま、静かに部屋を出ていった。


ドアが閉まって。
足音が遠くなる。
張り詰めた空気が溶けたみたいに、ふっと息が抜けた。


一秒ごとに明るくなっていく窓の外。
さっき見た時よりもずっとキラキラしてた。
ずっと見ていたら泣いてしまいそうなくらい。
すごくすごくキレイだった。


だから。
生きてて良かったな、って思った。



痛みも記憶も。
目が覚めたときよりもずっとはっきりしていたけど。
助け出された時のことはまだ白くかすんでいた。
病院に来たことはもちろん、中野が助けてくれたあとのこともよく覚えてなくて。
思い出そうとするとよけいに見えなくなって。
そのうちに頭が痛くなったから、考えるのをやめて目を閉じた。
体中に鈍い痛みと熱が残ってて。
呼吸するたびに刺された場所が引き攣れるような気がした。
「……中野、どこ……行っちゃったんだろ……」
もうちょっとでいいから側にいて欲しかったのに。
そう思ったとき、ノックが聞こえて。
部屋に入ってきたのは闇医者と白衣を着てるおじさんだった。
「気分はどうだい?」
まだ頭がぼんやりしていてぜんぜん思い出せなかったけど、顔には見覚えがあった。
誰だっけ……って考えていたら、今度は先生に聞かれたことを忘れてしまって。
どうしようって思ってたら、闇医者が俺のおでこに手を当てた。
「無理に答えなくてもいいからね」
いつもみたいにニッコリ笑って。
それを見て、俺もホッとして。
「……お……はよ」
少し笑ったら、闇医者の目がキラって光った。
「よかった。ぜんぜん目を覚まさないから心配したんだよ」
すごく困った顔で何度も俺の髪を撫でて。
それから、また少しだけ笑った。
「僕があんなに大丈夫だって言ったのに、マモル君、ちっとも信用してくれないんだから」
その言葉と一緒にちょっと怒られて。
「……そういうわけじゃ―――」
なかったと思うけど。
それもあんまり思い出せなかったから、その先は言えなかった。
でも、闇医者は俺が寝てる間もずっと心配してくれてたんだから。

「……ごめんね」

いつも心配ばっかりさせて。
ホントにごめんね。
それから。

「……ありがと」

闇医者のこと、大好きだよって。
半分泣きながら、そう言った。

闇医者は何も言わなかったけど。
頬に触れていた手にぴちゃんとしずくが跳ねた。
だから、もう一度「ごめんね」って謝りながら。
それと一緒にわんわん泣いてしまった。


だって。
闇医者の手も中野の手も。
俺が覚えていたのよりもずっとあったかくて。
本当にちゃんと帰ってきたんだなって思ったから。

帰ってきて、よかったなって。
そう思ったから。



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